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『ラシーヌ便り』no. 214 「私とワイン II」

~もう一人の味覚の恩人~

 大学を卒業してすぐに東京にでてきました。

 以前のラシーヌ便りにも書いたことがありますが、父以外にももう一人味覚の恩人がいます。作家で天台宗の大僧正であられた、今東光先生。父の縁で私は幼いころから、八尾にあった今先生のお宅によくおじゃましました。東京に下宿していたときは、「お嬢、今からおいしいケーキを食べに行こう」とか、「今日はね、フランス料理を食べに行こう」と、シルクハット型のクラシックカーのようなメルセデス・ベンツに乗って、「小川軒」や銀座の「胡椒亭」、代々木の「ローン」(アメリカンパイ)でご馳走になりました。関西育ちの私にとって、初めての「東京の味」でした。山高帽をかぶり、ステッキを持った先生は、和尚様というより、本当にハイカラで素敵な紳士でした。よく通る声は、あたたかく響き、平泉の中尊寺での願文を奏上されるお声は今も耳に残っています。

 お連れいただいた銀座の胡椒亭と小川軒は、20代の女の子には素敵すぎる世界でしたが、代々木のアメリカンパイのローンを知ってからは、アメリカンパイにはまり、学園祭で売ったり、注文をもらって焼いたりしていました。

 先生は、「和尚の舌」という本を書かれるほど、美食家であられました。3月のお誕生日には、大勢の方が集まられ、私も台所のお手伝いをさせていただきました。しっとりと焼いた目玉焼きとプリンが大好きでした。先生が亡くなられてからも、お誕生日やご命日にうかがったおり、奥様の「きよ夫人」からいろいろなことを教えていただきました。ワインの仕事を始めてからは、銀座「煉瓦亭」からいただかれた、大きなグラスで、乾杯をしました。奥様は、お背も小さかったのですが、何よりもとてもかわいい方でいらっしゃいました。厳しい方でしたが、人の背負っている痛みの深さを受け止め、どのようなときにも潔くあることの大切さを教えてくださいました。ロセッティの絵画や先生の数々の思い出の品に埋められた千葉のお宅で、季節の美味をいただきながら、どれほど生きていく勇気と智恵を教えていただき、温かく励ましていただいたことかわかりません。

 また、大変お世話になりました「すし萬」の先代のお家では、よくちらし寿司をご馳走になりました。かんぴょう、お野菜、おじゃこがたっぷり、何と言ってもご飯はすし萬の酢飯ですから、とびっきりおいしいのはあたりまえ。「どうやったら、こんな酢飯を作れるのだろう」と母と話しました。

 21歳の夏、父が倒産したため、厳しい時期が続きました。その時はアルバイトをかけもちしました。忘れられないのは、六甲道に屋台で朝さばいたばかりの鶏肉を売っているおじさんです。仲良くなると、学校の帰りによればいつも安い部分をとっておいてくださり、その鶏で作ったピーマンとナッツの炒め物、ヨーグルトカレー、親子丼は、最高でした。兄は苦楽園のアンリ・シャルパンティエでアルバイトしていて、どんな時もおいしいものを楽しんできました。
 東京に出てきてからも働きどおしでしたが、いつも美味しい素材をさがして、きちっとした食事を続けられたのも、両親のお陰です。
 27歳で結婚、28歳と31歳で出産、夫は公務員研究者なので、地味な暮らしでしたが、大学の友人が神戸の今井商店さんのお仕事を手伝っていたので、そこからワインを送ってもらっていました。32歳の9月、予期せぬことにフランス留学することになります。

ボルドー留学の日々 に続く
合田泰子

 

今月のワイン
Envínate

 1988年秋にワインの輸入会社「八田商店」に勤めて以来、ずっと仕入れに携わってきました。仕入れの仕事は、時間・手間・費用がかかるわりに、いつもうまくいくとは限らず、むしろ、うまくいかないことの方が多いくらいです。無名のワイナリーの素晴らしいワインとの出会いが、数年後に世界的に高い評価を受けるようになった場合は、喜びもひとしおです。
彼らと出会えた幸運をいつも幸せに思います。

 Envínateエンビナーテ(「ワイン、あなた自身」という意味)との出会い
 

 テネリフェ島(カナリア諸島)へ

 バルセロナを20時に発ち、まだ明るい空を飛んで、22時ごろ夕暮れを迎え、1時間の時差で22時50分 カナリア諸島のテネリフェ島に着。2017年、テネリフェ島を訪問しました。ギリシャの島々のワイナリーを訪問した時も、感慨深いものがありましたが、まさかテネリフェ島を訪れるとは。

 「スペインにも、面白い造り手が登場してきているらしい」と、2014年の秋にスペイン探訪を再開。情報収集を重ねて訪ねたのが、エンビナーテです。彼らは、リベイラ・サクラやカナリア諸島といった、主に大西洋性気候の影響を受けた地域で、個性的な畑に焦点を当ててワイン造りをしています。スペインに古くから伝わるブドウ栽培文化を背景とした、その土地固有の味わいを感じさせるワインを造ることです。「どんなところでも、良いワインはできるんだ。ましてやスペイン各地に残っている、すごい畑を見てくれ」という熱意にあふれています。

 2015年、展示会「Vinos de Espana」 @マドリードでの出会いから11年、彼らのワインは間違いなく伝説を作り続けています。自根の古樹が生み出す深く壮大な世界、優れた醸造、AlfonsoとRoberto を中心とした素敵な4人組。この11年の間に、エンビナーテが生み出すワインは世界的に高い評価を得るようになってきました。
 さまざまな名酒を楽しんできた友達からのメッセージ。
 「合田さん、こんばんは。タガナン・マルガラグア2019、久しぶりに飲みました。余りにも美味しすぎてびっくり‼有難う御座います。最高でした‼今日は自宅で和食、イタリアン、韓国、ミックスご飯。特に本鮪の山葵和えに(山葵、醤油、オリーヴオイルと胡麻、海苔)とても相性見せました。美味しすぎて!有難う御座います‼」

 カナリア島の山肌に遺る、古いブドウ畑。収穫の厳しさは、計り知れません。2000年代に、ブドウ栽培は次第に消えゆく途にありました。樹齢は正確にはわかりません。なかには齢300年の樹もあり、そこから自然にマルゴタージュで増えるため、若いものもあります。
 岩山の上をましらのごとく軽快に飛び回るロベルトは、優れたテイスターでもあり、明るくて聡明。地元の栽培家達を巻き込んで、確実にナチュラルで稀有な個性をもつワインを生み出しています。

 D.O.リベイラ・サクラ
 スペインの西端、ポルトガルの北に位置するリベイラ・サクラでは、主にアルフォンソ・トッレンテが担当。Lousas (砕けたスレート) という キュヴェ名通り、スレート土壌の急峻なテラスから生まれるワインはといえば、緻密なテクスチュアでフィネスそのもの。歴史ある産地で新たな味わいを生み出し、この地域の可能性を明らかにしています。
 ドイツのモーゼルのように、シル川に沿った急斜面にブドウ畑のテラスが連なっています。上端から見下ろそうとすると、立っているだけで川の方へと落ちてしまいそうな斜面に、狭いテラスがいくつも重なりあっています。そんなところにゴブレ仕立ての自根ブドウが植えられている光景には、説得力があり、彼らがなぜここでワインを造りたいと思ったのかを、一目で感じられます。

一番右:アルフォンソ、右から二番目:ロベルト

Ribeira Sacra リベイラ・サクラ(ガリシア地方)

 彼らのワインを紹介して10年たって思うことは、温暖化による様々な困難にみまわれる今は、過去の銘醸地を離れ、自らのテイストを信じて、自由にワインを楽しむ時代だということです。自根の高樹齢のブドウから生まれるワインは、特異な個性とずば抜けた醸造の見事さ。入荷量が少ないので、あまりご紹介できなくて申し分けないのですが、彼らほどの造り手が世界中にどれほどいるかと、いつも思います。

 
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