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『ラシーヌ便り』no. 213 「私とワイン I」

私とワイン I

 ソムリエ協会のWeb Sommelier 2026年 7月号219/SPECIAL TALK SESSIONに、BMOの山田恭路さまとの対談が配信されました。テーマは「ナチュラルワインの近未来」。会員限定の配信なので、公開できませんが、その中でどのような経緯で、ワインビジネスを始めたかと、モデレーターの佐藤由起さんからご質問いただきました。すでにいろいろなところでお話ししてきたと思っていましたが、「私とワイン」についてあらためて何回かにわけて書いてみることにします。

 

幼少期から大学時代まで

 何から書き始めるかと思い悩むばかりで、なかなか先に進みません。でも、思い切って、「初めて飲んだワインは?」「いつから本格的にワインを飲むようになったか?」というあたりから、始めてみたいと思います。
私は大阪生まれの大阪育ちで、食べる ことに大変関心の高い家庭で育ち、生まれた時からの食いしん坊。芸術家気質の父が凝ったガラス瓶の製作の仕事をしていたため、仕事先の一つであるサントリーさんのワインが身近にあるような環境で育ちました。

兄と1歳の記念写真

 初めてワインを飲んだのは、5歳のクリスマス。父がお歳暮にいただいた貴腐ワイン(その名を挙げるのは自慢めくのでためらうのですが、じつはシャトー・ディケム)でした。父のお供で子供時代から関西の料理屋さんなどに出入りしていたため、おのずと食べることや美味しいものに深い関心が生まれたようです。
 思い返せば父は、大阪の黒門市場、法善寺横町界隈、北新地、淀屋橋のレストラン、京都の花見小路の小さなお店などに連れて行ってくれ、小さな頃から美味しいものをたくさん教えてくれました。
 クリスマスには、心斎橋の「バンビ」か「桃太郎」で服をそろえてくれました。心斎橋の「和光」と「高島屋美術部」は、父のお気に入りの散歩道で、そこが父にとってのヨーロッパの感覚の世界への扉でした。
 成人のお祝いに買ってもらったのが、ジョージ・ジェンセンのブドウのブローチ。奇しくもワインの世界に入った私が、365日ペンダントヘッドにして身につけてきたのは、ずっと後のこと。お気に入りの、心斎橋の虎屋で求めたベレー帽がよく似合っていました。
 大阪の老松町にあった民藝協団の事務所にはよく遊びに行きました。三宅忠一さんの「スエヒロ」には、益子焼、各地の民藝の品々、棟方志功の作品で溢れていました。幼いころ、父のお供で、民藝協団の催しに奈良、京都へとバスツアーで行ったことは懐かしい思い出。家には小鹿田焼、沖縄の大きな鉢があって、父は冬にはアイヌの織物の半纏を着ていました。私も琉球絣の着物を好んで着るようになりました。
 雑誌“民藝“を読みながら育ち、工藝、民藝に小さい頃から触れさせてくれたことは、つくづくありがたかったことです。

母とおよばれの時

 父の好きな食べ物は、オリーヴオイルをかけたトマトサラダ、母が作るプリンと、堂島にあった大阪グランドホテルのブリオッシュ、ホットケーキ、シュークリーム。厚めに切ったトーストには凍ったバターを厚く切って、イチゴジャムをたっぷりのせて食べるのが好きでした。晩酌は黒松剣菱に、母の作った「もろこの佃煮」と、典型的な関西人のお酒の好みでした。お酒をいただいたあとの、薄味の細いおうどん。父が私に「味わう」世界の基礎を作ってくれたのだと思います。

 家にあった雑誌「ミセス」「暮らしの手帖」は、おませにも小学生時代から私の愛読書でした。当時「ミセス」に連載されていた朝吹登水子さんのエッセイに触れては、「フランス」への憧れを大きく膨らませていました。白と淡いピンクの「ラナンキュラス」の生け花の写真にうっとりとみとれ、今も切り抜きを大切に持っています。「ラナンキュラス」を日本の花屋さんで見かけるようになるのは、それから20年もたってからです。紹介されていたホルトハウス房子さんの食生活は、私にとっては遥かな夢のよう。いつか私も、こんなキッチンを持ちたいと願い、長じてから台所道具集めに熱を入れていました。

 さて、ワインを日常的に飲むようになったのは、大学時代から。ミッション系の大学でフランス文学に入門するが、勉強よりは料理や菓子づくりに興味があったほう。神戸で習っていた中華料理の教室には、マテウス・ロゼを買って、試食の時に楽しんでいました。アルバイト代を貯めて、ポール・ボキューズやレイモン・オリヴェなどの著名シェフが来日した時の食事会に参加したりすることも。

 

学園祭で、アメリカパイと肉まん販売

 

22 歳の時 やっぱり!ワインで自宅で乾杯していました

 卒業後は東京で(健康を害するほどに)忙しく翻訳のコーディネーターをしていましたが、商社勤めをするようになってからは、職場の女子会で仲良しとよく食事に行きました。当時一ツ橋にあった、瀟洒な《ラ・コロンバ》で飲んだラドゥセットのプイィ・フュメ、レイモン・オリヴェの来日ディナーで飲んだJ.モローのシャブリ(よく覚えていると、自分でも感心)、近くのスーパーで買ってきた山梨の一升瓶ワインなど、かすかに銘柄の記憶が残っています。ワインの銘柄を読み解くことなど無縁で、迷路の入り口に呆然と立っているようなもの。懐との相談づくで、当てもなく飲むことを楽しんでいました。

 

次号9月 私とワインII もう一人の味覚の恩人と20代後半 に続く
合田泰子

 

今月のワイン
Christian Tschida Himmel auf Erden II – Maischevergoren2024

クリスチャンの新ヴィンテッジが到着
・Himmel auf Erden Ⅱ – Maischevergoren 2024 ・Brutal white 2022 をテイスティング

クリスチャン・チダが、VieVinum 2026の会場にて、オーストリア発のワイン誌 falstaff.magazinによる “Falstaff Winemaker of the Year 2026”を受賞」

 記事内では、彼のことを「新世代のワイン醸造家を象徴する存在」と紹介。ーーこれからも、クリスチャンは新しいヴィンテッジごとに、私たちを驚かせてくれるはず。と3か月前に、ラシーヌのインスタグラムにお伝えしましたが、先日のテイスティングでは全員が言葉を失いました。この数年、クリスチャンのワインは新たな世界を開いたと、新着のヴィンテッジを飲む度に驚いています。
 気候変動によって失われがちな “みずみずしさ、冷涼さ、いきいきとした味わい” を失うことなく、個性そのものの素晴らしい味わいをみせてくれます。

 Laissez Faire white(リースリング)、Non Tradition weiß(グリューナー・ヴェルトリーナー)、Non Tradition weiß 4 Jahre Fassgereift(グリューナー・ヴェルトリーナー 600ℓの樽で4年間補酒なしで熟成)、All The Love of the Universe 2023(ピノ・ブラン)、そして最近新たに誕生したA・E・I・O・U Extended(シャルドネ)には、それぞれの品種特性を失わずに純粋かつ強烈な個性を放ち、多くのファンを魅了しています。
今年リリースのHimmel auf Erden Ⅱ – Maischevergoren 2024 は今までのHimmel auf Erdenから全く異なる感覚の鋭さ、迫力を感じます。どうすればこのような跳躍が可能なのか、クリスチャンがひたすら実践してきた特異な栽培が表れてきたのか。
 クリスチャンはいつも「どういうメッセージがワインに込められているかが大事だ。僕は僕のワインを飲む人が、好きな人と楽しく飲んでくれるのが一番だ。細かな情報などどうだっていいことなんだ。この地方に合ったブドウ栽培を、ようやくわかってきたような気がする。ワインの資質はひとえに素晴らしいブドウ果汁のなかに潜んでいる。」と話します。
 植樹密度を高めて「ダブル」(ブドウ樹を2本ならべて植えることで互いを競わせ、深く伸びた根が水、ミネラル、養分を取り込む。)や、アルベレッロの仕立て、手間のかかる仕立てを試みてきた結果がこのような味わいを生み出しているのでしょう。
 「Non-tradition」という名前にこめたルールや伝統というものに対するアンチテーゼ、伝統とはなにか、再考を迫る。心からBravo Christian!!!

 
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