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ファイン・ワインへの道Vol.106

ダ・ヴィンチ時代の料理はガストロノミーの先駆? イタリア、600年間の料理語彙とレシピ18,000を網羅した巨大サイトの魔性。

 万博のワイン、 特にモナコ館のワインバーのリストが面白いと聞き、早速行ってみたのですが……、 全25種類のグラスワイン・リストには ナチュラルワインのナの字もなく。ブシャール・ペールのシャンベルタンがグラス4万円、などなど。おなじみのブランド・ワインをとりあえず列挙しました、という大衆的かつ俗っぽい(と思えた)リストに早々に退散。 モナコ、高級ホテルのアイコン的一軒「オテル・ド・パリ・モンテカルロ」監修のワインバーとのことだったのですが、モナコの文明度も未開なものよ、との印象が残るばかりでした。 フランス館のビストロでは、アルザスに特化し、約70のドメーヌが登場。 極々一部、クリスチャン・ビネール、シュトフレーなど、ナチュラルワイン生産者が片手で数えられる程度にピックアップされているのですが、各生産者は15日間隔で入れ替え制。ゆえ、訪問時にナチュールを楽しめるかは大変確率の低い運だのみになりそうです。

 といったところで 万博ワインの話題は早々に落胆的に終了し、今月は、より文化的意義が深いとも思えた、 圧巻の情報スケールの中世~近世イタリア料理語彙のウェブサイトの話です。

目次:
1.中世から19世紀末まで。400の料理語彙を32人の大学教授がピックアップ。
2.ボッタルガはフルーツと。17世紀の料理は現代にこそ刺激的。
3.ウェブで無料アクセス可、かつ多言語翻訳容易な快挙。

 

1.中世から19世紀末まで。400の料理語彙を32人の大学教授がピックアップ。

 レオナルド・ダ・ヴィンチ やミケランジェロが活躍した時代、 キアンティ法を作ったリカーゾリ男爵が若かった時代、そしてバローロもモンタルチーノも甘口ワイン産地だった日々(1700年代)。約600年間の料理語彙、レシピ、素材を網羅した、レベルちがいに壮大、かつ野心的なウェブサイトが今年、イタリアで生まれています。
 中世からイタリア統一までの食文化用語の動的かつ体系的な地図の作成、 統一以前の食文化言語語彙集の作成を目指して作られたこのサイト、「AtLiTeG(「中世からイタリア統一までのイタリア美食文化の言語とテキストのアトラス/“Atlante della lingua e dei testi della cultura gastronomica italiana dall’età medievale all’Unità”」の略)。その中には、1308年のナポリの料理書、 1461年のボルツァーノの料理書、1469年のフィレンツェのメディチ家の結婚式に関する料理記録などなど。
 1300年代から1800年代末まで、全55の食文化関連の歴史的文献を、計32人のイタリア各地の大学教授が精査。その中から400の料理語彙がピックアップされ、計18,000‼ ものレシピが開示される、記念碑的大作なのです。 見応え、読み応え、 半端じゃないですよ。
 でも、なんだか 古臭い料理ばかり出てくるんじゃないの?  と思われますか?
 ところが。 逆なのです。
 「肝臓(Fegatelli)」のブロックの中にある、31のレシピの中には、”エンドウ豆のソースに、茹でた鶏レバーとローストしたアーモンドをよくすりつぶして加える” という14世紀トスカーナ南東部のレシピがあったり。ラードで煮込んだレバーをシナモンと砂糖とともに串焼きし、オレンジジュースを添えて出すという1662年、マントヴァの料理 (出典:「上手に料理する技術」)などなど。古臭いどころか、むしろ斬新。現代から見ると、500年前とはとても思えないガストロノミー・イタリアンの輝きが、古い料理書の行間から香り立ちさえするのです。
 それはまさに、特大スケールでの温故知新、でしょう。

 

2:ボッタルガはフルーツと。17世紀の料理は現代にこそ刺激的。

 もう少し、気になったレシピをご紹介させてくださいね。
まず「トリュフ(Tartufo)」の欄。 煮込んだ 脳みそ(子牛と思われる )と、トリュフを合わせる 1853年のミラノの料理。同じく脳みそ、リードヴォー、背肉とトリュフを煮込む1893年ジェノヴァのレシピ。他にも何点か、トリュフと脳みそを組み合わせる料理があり、想像力と唾液腺が、激しく搔き立てられます。
 近年、日本ではニュージーランド産仔羊の脳みそが冷凍で入っていますが、やや冷凍臭があるので、代用するなら脳みそと非常に味が似ている、フグの白子で代用するのがいいかもしれませんね。

 「ボッタルガ(Bottarga)」の全22種類のレシピと引用の中には、 水で柔らかくしたビスケットとフルーツのコンポート、ケッパー、マジョラムにボッタルガ(カラスミ)を合わせるという斬新レシピ。1791年 ボローニャ刊の「王室と市民のシェフ」 という書籍からの出典です。ボッタルガとフルーツの組み合わせは、1609年 ローマで出版された「スカルコの書」にも、 薄切りメロンとの組み合わせが 推奨され……  これまたイマジネーションが刺激されますね。

 「コンソメ(Consumato)」では、去勢鶏だけでなく、キジ、ヤマウズラ、鳩も1匹丸ごとを利用してスープをとる方法の出典も。 15世紀後半ラツィオ刊「料理芸術の本」では、それら素材の骨を全て砕くこと、7時間 忍耐強く煮込むことが推奨されています。
 ちなみにキジ、ヤマウズラ、鳩などを1匹 まるごと使って コンソメを取ることは 15~16世紀には広く行き渡ったレシピだったようで、コンソメのブロックにある全21のレシピのうち、 トスカーナやロンバルディアで出版された書籍、 計 5つの出典でも ほぼ同様のレシピが推奨されていました。
 ヤマウズラやキジ、丸1匹を使ってスープを取ることが 広く 行き渡っていたとは、15世紀イタリア(日本はまだ室町時代)、私たちの想像以上に豊かで贅沢な時代だったのかもしれませんね。どうにも、羨ましい限りです。

 「血のソーセージ(Sanguinaccio)」は現代フランス料理でも定番のブーダン・ノワールですが……、1570年のローマでは、豚の血に新鮮なヤギのミルクを加えて作ることを推奨。また1766年トリノの書籍「ピエモンテの料理人」では豚だけでなく、イノシシの血を使ったソーセージも紹介されています。
 血のソーセージが、既に18世紀には イタリア全体で広まっていたことは、1808年ローマの書籍「現代版アピシウス  第2版」の記述「イタリアの多くの都市では素晴らしい血のソーセージが作られており、珍しいものとして贈り物にもされる」との部分からも推測されます。 この、血のソーセージ料理のレシピもまた、1549年ヴァージョンから1899年ヴァージョンまで。 全27種類もが紹介されています。

3:ウェブで無料アクセス可、かつ多言語翻訳容易な快挙。

 と、この 壮大なアトラスから気になる料理をあげていくと、文字通りきりがなく。
 何しろ料理用語 400、レシピ 18,000ですから。本当にファンタジーの国、イタリア。 知らなかった、想像もしなかった料理の数々が、 まさに無尽蔵かつ学術的に出てくるこのウェブサイト、 本当に人類史上に輝く、記念碑的労作そのものでしょう。
 よくやってくれました(ブラヴィッシミ!)、 製作チームの皆様。
 (※ワインに関する出典は少ないのですが、このアトラスは今後もどんどん 内容が追加予定。ワイン関連語彙の増強は今後に期待です)。

 それにしても。これだけ壮大な労作は、通常(超)高額な書籍で出版されるものですが、そこを寛大至極にもWeb で無料公開、 かつグーグル翻訳で世界の多くの言語に即時に翻訳して読めるという英断には本当に頭が下がるばかり。ナポリ大学パトリシア・ビアンキ教授、ボローニャ大学キアラ・コルッチャ准教授ほか、計32名の学術関係者のプロジェクト・チームの志の高さ、 およびイタリアの食文化史とその伝播への情熱には、最大級の畏敬と感謝を捧げたいところです。

 ともあれ、次の休日は。自宅でボッタルガ&メロンに挑戦しますか。 行きつけのリストランテで、フグの白子とトリュフの料理などなど、現代にこそ刺激的だと思われる、イタリア中世~ルネサンス時代の料理話に花を咲かせますか。 まさに偉大なイタリア料理史の壮麗で巨大な魔宮にして迷宮であるこの記念碑的大作サイト「AtLiTeG」を紐解くほどに、咲く花は多く大きくなることでしょう。

https://www.atliteg.org/


 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

 名もなきインドネシアの島の夕暮れ風景を音に。 
極上の脱力感で、進みます。夏のリラックス・ワインたち。

『Puja Puji Puspa Hati(心の花を讃えよ)』 Irama Pantai Selatan(南海岸のリズム)

 バリ島など、お膳立てされたリゾート地じゃなくて……、インドネシア僻地の、名もない島に普通に暮らす人々が、海辺の夕暮れを見ながらなごむ風景を音に映すと、こんな風? ゆる~く、飾らず、素朴で、温か。どうにも心がゆるみ温まる、脱力感あるスローさと、リラックス感ある歌が、本当にピースフル&ナチュラルなのですよ。
 2017年に結成された、インドネシアのこのウクレレ・ユニット、1950~60年代の現地伝統歌謡(旧宗主国オランダ音楽の影響もあり)をベースに、淡くチェロなども取り入れつつ、近年のシティ・ポップ、ラウンジ・ミュージック、ビーチ・サウンドの要素を融合させたゆるさが、どうにも格別の甘さ、心地よさなのです。
 そんな、夏のリラックス感には、キュッと冷やしたアルコール低めのペットナットやミネラリィな白などなどが、音との極上のマリアージュになって……、夏の夕暮れワイン時の幸せを、優しく倍増してくれますね。


https://www.youtube.com/watch?v=BTSUmsbftLk

 

今月のワインの言葉:

「イノベーションとは、過去の素晴らしいアイデアを結び付けることだ」
スティーヴ・ジョブス

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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