*

ファイン・ワインへの道Vol.105

ラフィットが2年で約半額に。 カベルネ・ソーヴィニヨンは落日 のブドウ…… なのか?

 突如、 世界的なボルドー・ワインの大ディスカウントセールが始まったのでしょうか?  2023年に続き、2024年も。1級を含むボルドー・トップシャトーのプリムール価格が、またも約30%前後も値下げされた、というニュースが大きく報じられています。 
 カリフォルニアでは昨秋、収穫しても採算が取れないブドウが膨大な量、樹に放置されたまま静かに悲しく腐敗と落下を待っていたというニュースも伝わっています。
 そんな中、今回は、カベルネ・ソーヴィニヨンとボルドーについて、少し(久々に?)随想してみたいと思います。

目次:
1:23年も24年も。ボルドー・プリムール価格、大ディスカウント。
2:不思議にも、上級者はボルドーを語らなかった経験談。
3:カベルネ・ソーヴィニヨンは、“擁護されるべき”品種?

 

1:23年も24年も。ボルドー・プリムール価格が大ディスカウント。

 皆さんの周りには、日々、ボルドー及び カベルネ・ソーヴィニヨンについてよく語り、よく飲む人はいますか? 私の周りには(なぜか)皆無なのです。 ピノ・ノワール やネッビオーロについて語る人は騒がしすぎるぐらいに多いのですが。 
 ともあれ。
 確かに。2024年は雨が多く冷涼で、難しいヴィンテージでした。
 しかし 2023年は十分な 日照もあるグッド・ヴィンテージでしたよ。そんな中、かの誇り高きラフィットが 2年連続プリムール価格を対前年比で30% 値下げ。 23年に対前年比 39%!も値下げしたムートンも、さらに24年、 25%の 値下げに踏み切りました。 そこまで値下げしないと売れない……わけですね。
 ラフィットのプリムール価格は10年以上前の2013年の水準に逆戻り。2023年はプリムールのリリース後、セカンダリー・マーケットでさらに15%も価格が下落し、投機家を激しく裏切りました。
 シュヴァル・ブラン→シャトー・シュヴァル・ブラン?に至っては、2008年リリース時、17年前の水準に逆戻りし、イギリス 市場での売り出し価格は 6本入りで1650ポンド、 1本あたり約5万3500円 でした。 
 今まで ワインを”よく値上がりして儲かる株券”のようなものとして買われていた方々が今どんな目に遭われているのか、 とても心が痛みますね。

 そんな、トップ・シャトーの話に限らず。 広い目で見ても、ボルドー全域で1万ヘクタールを目標としたブドウ樹の引き抜き政策に、フランス政府が莫大な 補助金を出しているというニュースもお聞きの通り。 ブドウ樹を引き抜いてブドウ畑を減らし、 ボルドー・ワインの過剰生産に対処しようということなのですね。
 まるで昔、日本でもあった田圃の減反政策と同じことが ボルドーで起きているわけです。 ブルゴーニュ やシャンパーニュ では、そんな話は聞いたことがありませんね。

 

2:不思議にも、上級者はボルドーを語らなかった経験談。

 なんだか、 栄光のボルドー、 およびカベルネ・ソーヴィニヨンの人気に暗い陰りが出ているような気もするのですが……。 思い起こすと、その予兆とも思えるコメントを、私の身の回りでもここ数年、おりに触れ、聞いてきた気がします。
 少し前、 広辞苑並みに分厚い巨大ワインリストを誇る、パリの「トゥール・ダルジャン」 本店でのこと。 ベテラン・ソムリエに「最近、 ボルドー・ワインは売れますか?」 と尋ねたところ、帰ってきた答えは「 少し前までは、中国とロシアのお客様には売れたのですが……。 最近はそれすらも減りつつあります。 困ったものです」と、伏し目がちになりつつも、「ブルゴーニュは本当によく売れるのですが」と補足してくれました。

 また2023年にナパで、ミシュラン・ガイドのトップ・カリフォルニアソムリエに選ばれたヴィンセント・モロー氏と、マスターソムリエのデズモンド ・エシェバリー氏にインタビューした際にも。
 「個人的に、自分自身の楽しみのために愛飲する赤ワイン品種、トップ3は何ですか?」 という質問には、両マスターソムリエとも、カベルネ・ソーヴィニヨンもメルローも見事にスルーでした(ピノ・ノワール、 ネッビオーロは 含まれていました)。
 この時のセミナーは、ナパ・ワインの素晴らしさをアピールするためのセミナーで、2人のマスターソムリエはそのためにナパ側から招待されており、 彼らに一抹の義理や忖度があれば、好きなブドウ品種にカベルネを入れてあげても良さそうなものですが… …、そこを完全スルーするアメリカ人の正直さ(非情さ?)は、なかなかに痛快でした。

 そして。以前も少し書いたかと思うのですが、ヴィノテークの取材時によく会った、世界各国のワインメディアの編集長やジャーナリストにいつもぶつける質問でも。ボルドーのBの字は、一度たりとも出たことがありませんでした。 

 いつもの質問は「世界中のワインの中で、自分の個人的楽しみのために飲むのに好きなワイン、トップ3は何ですか? 値段無関係で、高額ワインでもいいです 。ペトリュスでも、コンティでもいいですよ」という質問です。
 かなりの期間、本当に色々な方々に この質問をしましたが、カベルネ・ソーヴィニヨン・ベースのワインを挙げた人は、全くの皆無……だったのです。毎年、ボルドー・プリムールの試飲に招待されているジャーナリストさえ、です。

広大な湿地帯だったメドックが、オランダ人干拓技師により農地に転換できたのは 1630 年代以降。 その歴史は、意外にもそう長くはない。

 

3:カベルネ・ソーヴィニヨンは将来、擁護されるべき品種?

 そんな経験の数々から、やんわりと思い浮かぶ 仮説の一つがあります。 それは「ワインの経験値の高さと、ボルドーおよびカベルネ・ソーヴィニヨンへの関心の高さは反比例する」という仮説です。大胆すぎですか? 乱暴すぎる? しかし。
 ワイン入門時は、多くの方々は「有名な」ボルドーおよび、「かの有名なボルドーの主要品種である」カベルネ・ソーヴィニヨンからスタートするケースが多いでしょう(もちろん、約40年前の私もそうでした)。
 そこから、壮麗なピノ・ノワール に出会い、感動的グルナッシュに出会い、官能的ネッビオーロを知り、温かなガメイを知り、香り高いメンシアを知り……と、経験値が広がり高まるにつれて……、カベルネ及びボルドーが「また今後も是非飲みたい、買いたい、感動的でエキサイティングなワイン」の自分内リストから、なんとも不思議なことに外れていく……、という現象が(局所的にせよ)起こっている気さえしてきます。皆さんは、どうですか?

 そんな話を先日していると、 とある友人がこう考察しました。
 「1855年に、ボルドーが格付けされたのは、フランスのワイン産地の中で地理的に 最も輸出に向いた場所だったからなのでは? 大西洋に面した河の河口で、大消費地のアメリカやイギリスに船で一番送りやすい場所。産業と外貨獲得の手段としてフランス政府がこの時代、値段による格付けという、どシンプルかつなんとも巧妙なマーケティングで、全フランスの中でこの地域を唯一、後押ししたのは当然の成り行きかも」との見解にも、一分の理が筆者には感じられました。
 ちなみにボルドーが格付けされた時代、バローロの多くはやや甘口。カリフォルニア、南アフリカ、 オーストラリアに現在のように傑出した素晴らしさのあるワイナリーが生まれるなどとは、想像すらされない時代だったでしょう。
 数年前、ジャンシス・ロビンソンMWはこう述べていました。「あと数年もすると、 私は カベルネ・ソーヴィニヨンを擁護することが必要になっているかもしれない」。 ”擁護”が必要とはすなわち。ジャンシスもまた、カベルネ・ソーヴィニヨンの相対的な人気の低下に薄々気付き始めていたのかも……とさえ、思えませんか。

 ボルドーとカベルネ・ソーヴィニヨンが、超・長期的にはもしかすると落日の品種となるのか……。そもそもボルドーとは、その優越的な名声に値するほどの感動を、世界各地で偉大なワインが生まれる今でもなお与えてくれるワインなのか……? 20世紀のボルドー4大ヴィンテージ、つまり1982、1961、1945、1929 の、本当に多くの1級シャトーをいただいたにもかかわらず、この15年ほどはほとんどボルドーに手を出していない(あまり飲みたいと思わない)恩知らずで罰当たりな私が、語る資格はないのかもしれませんが。現実として2年間で約50%OFF! の大幅下落になったプリムール価格と、その今後は見守っても面白そうです。

 それにしても皆さん。最近、ボルドーやカベルネ・ソーヴィニヨンは、お飲みになってますか?

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

夏のビーチのゆる~い空気感を、そのまま音に。
冷た~いペット・ナットなど、進みすぎます。

『One Summer Day』 CHS

 夏のビーチ・リゾート、木陰でお昼寝。そんなピースフルな時間の心地いい涼風、海の波のきらめき、海辺の砂の匂いが、そのまま音になったような曲、なのです。極ゆる、ダウンテンポ・ギターを中心にした、このチルアウト・インスト・ユニット、作品はどれもトロピカルな”夏の情景”を絵画的に音にしたような作品のみ。
 このトラックだけでなく、全作に一貫する”夏音一筋”感も、とても痛快です。韓国のユニットなのですが……、音のリゾート感はモルディヴ、タヒチ、セイシェルなどの風情もたっぷり。
 キラキラ輝くようなギターのフレーズは、上質のペット・ナットから弾ける泡と美しいミネラル感を音にしたようにも思えて……、これからの季節の幸せが、ほのぼの高まりますよ。

https://www.youtube.com/watch?v=9eX0mVTJpPI&list=RDEMKqwIQwF69nsjCAxHZdPtQw&start_radio=1&rv=TgbaTs2D0Sg

 

今月のワインの言葉: 

「ワインは宴の豊かさと歓喜を表現します。結婚式の宴を紅茶で締めくくるなんて、想像してみてください。きっと恥ずかしいことでしょう」

            前・ローマ教皇 フランシスコ

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
PAGE TOP ↑