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ファイン・ワインへの道Vol.104

アルザス、負のミステリーの謎を解く。

 あれほど素晴らしい、アルザスのシルヴァネールとピノ・ブランは、なぜ、AOC法では格下扱いなのか。その不条理と名誉回復に、今月は挑みます。

目次:
1:ブラインドで、リースリングと間違われることもあるのに。
2:以前は100hl/ha。今、トップ生産者は40hl/ha。
3:酸が落ちにくく、気候変動にも“正しい”品種。

1:ブラインドで、リースリングと間違われることもあるのに…。

 負のミステリー? 不条理? いわれなき品種差別in アルザス?? まさにそのとおり(現代では)。AOC法ではグラン・クリュの畑に植わっていてさえ、グラン・クリュを名乗ることを禁じられ(ごく一部の例外を除く)、二流品種の烙印に甘んじる、不憫極まりないアルザスの白品種といえば、我らが愛するピノ・ブランと、シルヴァネール、ですね。
 トップ生産者が手掛けたピノ・ブランとシルヴァネールは、時折(度々?)リースリング顔負けなほどの華やぎある香りと、美しく多面的な酸とミネラルで、飲み手をうっとりと魅了してくれるのは……皆様ご存じのとおりでしょう。
 そんな魅惑のポテンシャルを持つ品種が、なぜ長年、グラン・クリュ戴冠禁止、高貴品種枠(リースリング、ピノ・グリ、ミュスカ、ゲヴェルツトラミネール)から除外の蔑視(?)にあっているのか。その謎と不条理を解くべく3月、アルザスの気鋭生産者たちに質問し、そのミステリーの理由に迫ってみました。

シルヴァネールの房はこんな形。大きさは中程度で、先が尖った円筒形。

 遅霜対策、雨対策などでお忙しい時期にもかかわらず、真っ先に届いたのが、まさに筆者の積年の思いを、まんま代弁してくれたかのようなこのコメントです。
 「残念ながら、ピノ・ブランとシルヴァネールは、アルザスの4つの“高貴なブドウ品種”と比較して、質的に劣っていると長い間考えられてきました。私たちは、この二つの品種は長い間、誤解されてきたブドウ品種だと考えます。まず大切なのは、低収穫。そして特に高標高の花崗岩土壌斜面に植わるピノ・ブランは、高い酸と複雑さを現し、ブラインド試飲でよくリースリングと間違われます」。ドメーヌ・マルク・クライデンヴァイス、マールテン・ファン・ブルーデンさんの見解です。

 

2:以前は100hl/ha。今、トップ生産者は40hl/ha。
 そのマールテンさんほか、今回回答をいただいた7社の生産者の見解に100%共通していたのが「ピノ・ブラン、シルヴァネールの多産性、収量の多さという特徴が、1962年AOC法制定時、そして1975年以降のグラン・クリュ制定時にネガティヴに働いた」というものでした。
 「この二品種はかつて、収穫量が莫大だった」という表現は、ドメーヌ・ジュリアン・メイエのパトリック・メイエ氏から。
 「かつては100hl/haも収穫することが容易で、当然、香りも味わいも稀釈され、特徴のないワインとして1L瓶に詰められ、手ごろな日常消費用テーブルワインとみなされていた。しかし昔のように80~100hl/haではなく、40~50hl/haに収量制限を行えば、ほどよいボディとストラクチャ―、そして華やかな香りを現し、十分にグラン・クリュの名に相当するワインを生める品種なのです」とドメーヌ・ヴァインバック、エディ・リーバー・ファラーさん。他にも見事に全員が、“この二つの多産品種の収量を下げることで、素晴らしい品質のワインを生むことができる”という趣旨を、語ってくれました。
 やはり。十分あるのです。潜在力は。そこに人的要因、つまり量を犠牲にして質を高めるというドメーヌの“志”が加われば、この二品種は“高貴品種”に並び立つことができるのですね。

 加えてもう一点、「グラン・クリュ制定当時のアルザスでは、今とは異なり、遅積み(ヴァンダンジュ・タルティヴ)や、貴腐(セレクション・グランノーブル)で甘口ワインを生む潜在力も考慮されていた。しかし、甘口を造るほどには糖度が上がりにくい特性も、AOC法がこの2つの品種を“高貴品種”の家族に含めなかった理由の一つでしょう」とのジョスメイヤー、イザベル・メイヤーさんの見解も、含蓄あるものですね。

 そしてもちろん。皆様ご存じのとおり。経済上、営利上の効率に反し、グラン・クリュの畑に、それをラベル表記できないことを重々承知しつつもシルヴァネールやピノ・ブランを育て続ける“信念の人”も、アルザスには数多く活躍しています。
 ドメーヌ・ローラン・シュミットは「鮮烈な柑橘とハーブの香り高さ、美しい酸とミネラルがある卓越した品種としての可能性を信じて」、グラン・クリュ、アルテンベルグ・ド・ベルグビエテンにシルヴァネールを栽培。ジェラール・シュレールのピノ・ブランも、その一部はグラン・クリュ、アイヒベルグに植わっている(どのキュヴェに入るかはヴィンテージにより変動する)。

ピノ・ブランの房はこんな形。
粒が、やや玉子型のものが混じる。

3:酸が落ちにくく、気候変動にも“正しい”品種。
 さらに今回、もう一点、この二品種を賞賛し、祝福すべき点が見えました。それは、気候危機時代へのこの二品種の有効性です。
 「どちらの品種も、酷暑年にも糖度が上がり過ぎず、良好な酸を維持するため、気候変動の文脈でも非常に興味深い品種なのです」とドメーヌ・ヴァインバックのエディ・リーバー・ファラーさん。
 同様の理由から「気候変動に際して、明らかに正しい品種」との見解もジョスメイヤー、イザベル・メイヤーさんから届きました。今、ますます。この二品種の重要性、そして必要性が増しているわけですね。この地上では。

 やっと、謎が解けた(溜飲がおりた)気分です。筆者は。アルザスのトップ生産者で、多様な白品種を水平試飲、垂直試飲してさえ。シルヴァネールとピノ・ブランが、往々にしてリースリングやピノ・グリ以上に輝きが大きく、魅力が深い、と感じることが多かった方々(私もです)の感覚は、十分に一理あった、のです。
 今まで、格下扱いだった「ピノ・ブランとシルヴァネールが好き!」と公言するのは(やや)後ろめたかった(自分の中で辻褄が合わなかった?)方々も、この春からは(より)堂々と、公言していいはずです。AOC法が、その潜在力を見過ごした(誤解した)品種の潜在力は、格下ではなかったのです。

 そう。まさに。
 ドメーヌ・ヴァインバック、エディ・リーバー・ファラーさんが言い切るように。
 「“高貴なブドウ品種”という概念と枠組みは、アルザスで見直される必要があるのです」。
 21世紀も1/4が既に過ぎようとしている現在では、特に。日に日に、です。

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

シルヴァネールを音にしたような。
澄んだ美しさの声とボサ・ノヴァ。祝・再来日。

『Não Vim pra Ficar』Renato Braz

 まるでシュレールさんやフリックさんが造るシルヴァネールの、地平線まで続くか……と思うほど美しく澄んで広がるミネラル感と、クリーンな白い花と緑系柑橘のアロマを、そのまま音と声にしたような曲なのです。
 ブラジルでキャリア30年以上。MPBからボサ・ノヴァまでを、優美な透明感の奥に淡いセクシー感をにじませる天賦の美声で聞かせるこのアーティスト。昨年、長年の音楽界への貢献から、サンパウロ州政府から勲章も受勲したそう。
 その天上の美声が、5年ぶりに再来日。会場で上質のシルヴァネール(ナチュール)が飲めることを祈念しますが……、それが高望み過剰ならぜひ、ホールに着くまでに一杯、いただくとさらに。音と曲の美しさに没入できるはずです。深々と。幸せに。

https://www.youtube.com/watch?v=jaLBv_O84J0

 

今月のワインの言葉:

「他人のものさし、自分のものさし、それぞれ寸法がちがうんだな」
   相田みつを (書家、詩人)

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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