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ファイン・ワインへの道Vol.77

2022年。気候危機対策・奮闘記。イタリア編。

 はいはいと、簡単に答えが出る話ではないということは百も承知。
 でも答えが出るかどうか分からない質問も、必要な時には必要なのがジャーナリスト業の因果(宿痾?)、なのです。
「地球気候崩壊に面し、どんな対策をとっていますか? 栽培と醸造で」。これが2022年10月末のイタリア取材で、 話を聞けた生産者に必ずぶつけた質問でした。

 

目次:
1.ただ、狼狽するだけ(?)の生産者も多数。
2.浸漬後半ルモンタージュ・ゼロの有効性。オッデーロ / ラ・モッラ
3.真摯なビオロジック栽培で、酸が急落しない樹に。
  プリンチピアーノ・フェルディナンド / モンフォルテ・ダルバ
4.バローロ・ボスカレートは、ランゲでは例外的な全房発酵。

 

1.ただ、狼狽するだけ(?)の生産者も多数。

 その質問を続ける中で感じたのは、”対策”にまではとても至らず、まだ単に”狼狽”(おろおろと)の段階の生産者も少なくない、ということでした。
「ブドウの葉で房を隠すようにした 。でないと房が熱で焼けてしまう」との答えは比較的多かった答え。 その後に「人間の力ではそれ以上どうすることもできない」と、 イタリア人にしては珍しく不安げに、目を泳がせながら答える生産者さえ、いました。
 逆にイタリア人的?? だったのは「うちの畑は夜が涼しくなるから大丈夫」との非常に古典的な論法が、未だに答えになると考えている生産者(かなり、もしくは度を越して楽天的)もいたことです。もちろんその生産者のマルケの白2019年は、やはり暑さの影響で、平板な味わいになっている印象は拭えませんでした。

 そんな混迷と混沌の中、わずか1週間弱の取材期間中、印象的な答え、およびその成果が結実しつつあると思われる生産者に2社のみ、バローロで出会え、その奮迅ぶりを今回ご報告しようと思います。

2.浸漬後半ルモンタージュ・ゼロの有効性。オッデーロ / ラ・モッラ

オッデーロの次期当主、イザベッラさん。 いつも理知的、理路整然とした話しぶり。

「効果的だった醸造法は、マセレーション後半、果皮をほぼ動かさない方法」と即、明快に答えてくれたのが、オッデーロのイザベラ・オッデーロさん。 バローロ、ラ・モッラ随一の歴史的生産者の、次期当主です。通常約28日前後の一次発酵とマセラシオンの期間中、2018年から始めたというこの新たな醸造法では、ルモンタージュを行うのは5日目から12日目までの1週間のみ。後半2週間はピジャージュも、ルモンタージュも全く行わず、果帽が乾いてきた時に軽く押して濡らすだけ、とのこと。彼らが”バニャトゥーラ・ディ・カペッロ(果帽湿潤)”と呼ぶこの醸造、狙いは
「果汁と果皮を動かしすぎると必要以上の成分が抽出されてしまう。 通常のルモンタージュではタンク全体の約15%の果汁が動くが、この果帽湿潤の方法では約3%果汁しか動かない。暑い年はとにかく、 果汁を動かしすぎず、過度の抽出を避けることが大切」と語りました。

 その効果は2020年バローロ・クラッシコ、及び2021年バローロ・クラッシコにブレンドされる予定の各クリュの非常に均整が取れたバランス感と、引き締まった果実味と酸にしっかりと現れていた様子。 ヨーロッパに、50年前の人々が想像もしなかったような暑さが何年も連続できている、ということを、彼らの2020年、2021年はほとんど感じさせなかったことは 、多くのワイン・ラヴァーにとって、 不安と心配の払拭になることでしょう。

 また、オッデーロでは近年、暑すぎる年は樽熟成期間をやや短縮する試みや、発酵温度を今までより下げる試みも果敢に、矢継ぎ早に試行中。いずれも期待した効果が出ているそう。もう一つ、興味深かったトピックは、今まで自社で10年間熟成後にリリースしていたフラッグシップ・クリュ、バローロ・ヴィーニャ・リオンダを、2015年以降、熟成7年に短縮しリリースを始めたこと。それは「 暑いヴィンテッジには、比較的若い時点で特有の面白さとキャラクターが現れるから」というのが理由でした。
 この日のヴィーニャ・リオンダの試飲は2020年でしたが、 妖艶な活力ある花とドライオレンジの果皮、官能的なスパイスのアロマが折り重なり伸び広がる華麗さが早くも現れ始めており、イザベラさんの狙いの意義が感じられました。
 この生産者はご存知の通り、先々代がバローロDOC法の必要条項の策定に寄与したという歴史的老舗生産者ですが、特に近年、2010年前後以降の品質向上と、各ワインの正確な完成度は、常に卓越の域。日本ではソムリエさんやワインショップの方々でも未だに「ちょっと古臭いスタイルの生産者」との昔のイメージがあるようにも思えるのですが・・・・・・、世の進歩は時折、人の想像より早いということを実感させてくれるワインの造り手としても、 ますます見逃せない生産者であると感じました。

3.真摯なビオロジック栽培で、酸が急落しない樹に。
  プリンチピアーノ・フェルディナンド / モンフォルテ・ダルバ

プリンチピアーノ・フェルディナンドの当主、フェルディナンドさん(右)。真摯にゆっくりと、思索的に語る。

「真摯にオーガニック栽培を続けたことにより、 8月末まで猛暑でも、ブドウの酸が急落しなくなったのだ」。 バローロ、モンフォルテ、およびセッラルンガの雄、プリンチピアーノ・フェルディナンド当主、フェルディナンドさんの言葉でした。「以前は8月末や9月初旬まで暑さが続くと、ブドウの酸が急激に落ちてしまった。しかし長年、オーガニック栽培を続けていくうちに、糖度の上昇は適切、かつ酸の落ち方のカーブがぐっとスローになった」とフェルディナンドさんは明言しました。

 類似の談話は、よくビオディナミの生産者からは聞くことがありましたが、ビオディナミだけでなく、オーガニック栽培でも年月を重ねると、いわゆる「ブドウ木が自ら、自然条件に対してバランスをとり始める」ということなのでしょう。

 もう一点、彼が強調したのは、「収穫量低減のためのグリーンハーヴェストをしすぎないこと」。過剰なグリーンハーヴェストもまた、 9月に酸が急落する 要因になるとも語っていました。
 その成果か、試飲したバローロ2019年、2020年はともに、 猛暑のネガティヴ面をほとんど感じさせない、スミレの花とオレンジピールのアロマ。果実味にも鈍重さはなく、表情豊かな酸の活力も非常に印象的でした。
 中でも傑出していたのがバローロ・ラヴェーラ・ディ・モンフォルテ2020。赤いスミレと黄色いスミレの両方の香りと、ベリー類だけでなく上品に引き締まったキウイや固いメロンなどの非常に華麗かつ多元性あるアロマ、およびそのニュアンスを帯びた味わいに、心が震えました。

4.バローロ・ボスカレートは、ランゲでは例外的な全房発酵。

 また、今回のテーマからは余談になりますが、良年のみリリースのフラッグシップ、バローロ・ボスカレートは、ネッビオーロでは非常に珍しい全房発酵とのこと。筆者はかつて、ネッビオーロの全房発酵を記事テーマにしようと奔走したことがあるのですが、ロアーニャが年により10%ほど全房ブレンドということと、 老舗ブルロットが行うということ以外、ほぼ全ての生産者の返答は「 タンニン豊富なネッビオーロに果梗は必要ない」、でした。
 しかし、プリンチピアーノのボスカレートは2009年からすべて全房発酵とのこと。もちろん果梗の荒々しいタンニンや緑の苦みは一切なく 、美しく深遠な甘いスパイス感が伸び広がる完成度は、おそらく皆様ご存知のことでしょう。

プリンチピアーノ・フェルディナンドの熟成室。 円錐形木製タンクも活用。

 もう一点、興味深かったコメントは、 ピエモンテだけでなくヨーロッパ全体が歴史的干ばつに襲われた2022年。 ニュースでライン川やポー川が干上がる知らせが流れる中で、ブドウはいつもより房を多くつけた(!)、という話です。
「おそらく水不足によるストレスで、ブドウは自分自身の生命の危険を感じて、子孫を多く残そうとしたかもしれない」とフェルディナンドの右腕、ニッコロ氏は語りました。その2022年は、ドルチェットのみ試飲できましたが、ドルチェットがバルベーラに近づいたかのようなカシスなどの黒いフルーツのニュアンスが現時点では前面に。アルコールは11.2%でしたが、感覚的にはより高く感じるものでした。

 ちなみにフェルディナンドさん、最近アルタ・ランガにも畑を入手し、ティモラッソ、スラリーナなど、栽培困難で絶滅寸前だったピエモンテ土着品種の復興にも力を入れ、目覚ましい成果を挙げています。しかし アルタ・ランガに取得した土地の主眼は、ブドウだけでなく、オリーヴやラヴェンダーを栽培し、さらには様々な家畜を飼育することだそう。
 「より生物的多様性を深めることが目的。ワイン生産量はこれ以上拡大しない。それ以上に、農業としての質を高めること。より人間的に ワインを作りたい。 バローロは自社セラーでの熟成期間をさらに長くとってからリリースしたい」とフェルディナンドさん。 その語り口は、 常に控えめで物静か。真摯に言葉を選びながらゆっくりと、一言一言を噛みしめるように話すような思索的な口調と雰囲気は、どこか少し禅僧(in モンフォルテ)な雰囲気もあり・・・・・・。彼の畑のすぐ隣の、えらく商売熱心な人々が作るバローロとのニュアンスの大差の理由の一端を見た気がしました。

”ワインは造り手の人の味”とは、言い尽くされつつも、それを実感させてくれるワインがあまりに少ないフレーズです。その”人の味”を、今回の訪問で、しみじみ、肌で感じることもできました。

 2023年もまた。そんなワインに、多く出会えますように。

 

 

今月のワインが美味しくなる音楽:

お正月の澄んだ空気とマリアージュする
バッハの教会カンタータ。

J・S・バッハ 『カンタータ第147番』 

 お正月の清新に澄んで、心地よい凛々しさのある空気。一年を新たにする、その心地よさと清浄感の中で、ワインを傾ける時の音といえば、バッハの教会音楽はどうでしょう(今年も)。
  バッハ、300曲以上のカンタータの中でも屈指の名作とされるこの曲。 一年間、身体に淀んだ澱と雑念を洗い流すような高遠、崇高な響きだけでなく、不思議と人肌の温かみさえ感じさせてくれるのです。
  温度を下げすぎない熟成シャンパーニュ、 クリスチャン・チダやシュレールの、同じく神聖さを感じさせるミネラルある白ワイン、ヴァレンティーニの壮麗なロゼなどなど。おせちと合わせる、とっておきのワインと音のマリアージュで、お正月の幸せがより高まりそうです。
 ちなみに曲名には「心と口と行いと生きざまを持て」、との訳もあり。その、なんとも教示的な曲名も年初に、合掌ものです。
https://www.youtube.com/watch?v=PVSue13CvU0

 

今月のワインの言葉:
混じりもののないワインのグラスを唇に運ぶ時、ナイチンゲールが歌い始める」
   ハーフェズ(14世紀ペルシャの詩人)  ※傍点は筆者加筆。

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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