*

『ラシーヌ便り』no. 173 「造り手への手紙、ジュリアン・クルトワのリバション」

 事態はますます厳しくなってきていますが、お互い様ながら、皆さまのご無事、闘病されておられる方のご快復と、亡くなられた方のご冥福をお祈り申し上げます。

 出勤したら、注文のFaxがゼロという朝もありました。遂にそのような時がきた、と一瞬どきっとしましたが、その日は幸い追ってメール等でご注文いただきました。このような時にご注文をいただくと、つくづくありがたいと思います。かつて当然のようにみなされていたものごとは、いまや当たり前ではなくなってしまったのですから。

 ダライ・ラマはこう語っています。 
「私たちは、改善できる問題ならば改善策を見つけなければなりません。しかし、改善の余地がなければ、思い煩うことに時間を費やす必要はありません。・・・・私は、この新型コロナウイルスは、私たちが直面している未曾有の問題を乗り越えるには世界規模の協調した歩み寄りが唯一の解決策である、ということの警告でもあると考えています。」
 公式ページ「“祈りだけでは十分ではない” ダライ・ラマは語る:なぜ私たちは思いやりを持って新型コロナウイルスと闘う必要があるのか」4月14日
http://www.dalailamajapanese.com/news/2020/20200414?fbclid=IwAR2bEoVQEkY9xtKdRKfdkgeK2Vb87GQlNfNCRxwsoA6Q5CuUrRyPyDERnRw

 社会の一員であることを深く自覚させられ、他に役に立てるありかたを考える毎日です。
 ワインの造り手の方々も、傷つき悩む同胞や自身のことだけにかまけず、すすんで私たちがどうしているか心配してくださっています。ラシーヌでは取引先の皆さんに手紙を書きましたので、その一部をご紹介させていただきます。

 COVID-19が世界中に蔓延し、パンデミック状況になっていますが、ご無事でお過ごしでしょうか? ご家族の皆さまはお変わりありませんか? たとえ外出禁止令がでていても、あなた方はいつものレヴェルを保って畑で栽培し、きれいな空気のもとで毎日をすごされるので、運動不足にならずに健康を保っておられることと思います。 
いつも皆さんがどうされているだろうか、ご家族は無事でおられるだろうかと、あなたから遠く離れた所に住む私たちは心配し、無事を願っております。
 さて、おかげさまでラシーヌのスタッフは、全員元気です。本年3月終わりから勤務体制を変えました。社員の1/3強はオフィス近辺に住むために徒歩通勤を続けられます。遠方から電車通勤をしている人は、混雑時間をさけて時差通勤を始めましたが、3月31日以降は、自宅で仕事をすることにしました。そのため現状ではラシーヌはオフィス事務を含めて、大きな支障をきたしていません。
 深刻化する経済危機のさなか、クライアントと共に危機を乗り越え、互いの絆をより強くしていくには、何をしなければならないか、また将来、感染症が収束したのちに備えて今何をしなければならないか、社内全員で話し合いました。・・・・・
 当分お目にかかることはできませんが、お訪ねして語り合うことができる日が早くくるように願っています。皆様とご家族のご健康を心よりお祈り申し上げます。

 手紙に対して、次々と造り手たちからは、全ての方々が元気で、成長の早い畑で一日ブドウの世話をしていると返事が届きました。どなたも一様に、日本のマーケットが毎年のようにワインを楽しんでいただいていることを心から感謝されています。下記に、ピエール・フリックからいただいたお返事の一部をご紹介します。また、他の生産者からのメッセージは、ラシーヌのホームページで別途ご紹介させていただきますので、是非ごらんください。

Pierre Frickからのメッセージ

  本日庭の畑でとった写真 畑に咲いた満開の野生のチューリップ。この芳しい香りをともに送れないのが残念です。ブドウの枝に始まった萌芽と最初の葉も見てください。いまのところ今年は霜による被害はありません。野生我々はあなた方がこの特殊な状況下で、出来る限りより良い仕事を続けるために完璧なモチベーションである事を強く想っています。それではお大事になさってください。

――――――――――――
ヴァン・ナチュールファンの仲間たちへ
Vin maintenant “ LIBACHON “ par Julien Courtois /Le Clos de la Bruyere

 さて、我らがジュリアンのお話です。じつは昨日(4月23日)、久しぶりに《リバション》を飲みました。「その時がきた!なんと美しいアフターだろう。すべての要素が分解して、溶け込んで、水のようななめらかさ…時とともに、なんともいえない甘さが現れて、この時を待っていた」と、嬉しくて嬉しくて、おもわず筆を執ってしまいました。ちょっと長文ですが、「ナチュール好きな方は、リバションを味わってください。

 日本にヴァン・ナチュールが紹介されて、20数年。初期の頃の特徴や癖にあふれるワイン—「欠点があるけれど、強烈な迫力で迫ってくる」が、たまに懐かしくなります。
 ヴァン・ナチュールには、不安定で個体差が激しく、若いうちは欠点が強く表れるワインが多いのは事実です。けれども、数少ない真のヴァン・ナチュールは潜在的な力を秘めており、ある時点で欠点が目に付くとしても、10年を経ればときに美しく熟成し、感動を与えてくれることを、何度も経験してきました。味わいがまとまり真価を発揮するのに時間がかかるので、待つのは経済的にも負担でした。
 「今持っていれば、宝ものなのに」と思い浮かぶワインは、たとえば……

エリック・カルキュ、クロード・クルトワティエリー・アルマンニコラ・ルナール(VT1999.ビン詰byティエリー・ピュズラ)、80年代-90年代のオヴェルノワ、などなど。
 シュレールピュズラのワインは、まだ少し手元にとどめてありますが、伝説のワインたちのようなワインは、もう出会えません。

ジュリアン・クルトワ、《リバション》を開ける
 「Yasuko、久しぶりに飲んでみよう」 2018年1月に訪れた際、出荷されないまま長く隅っこに積まれたままの箱から、ジュリアンは《リバション》を開けてくれました。そういえば、2008年ごろに樽試飲をした時、揮発酸が強くていつビン詰めするかわからないといっていたワインがあったような、記憶がかすかに。「そろそろリリースしてもいいかな?と思うんだけど、どう思う?」
 一口味わって思い出したのが、「コレール・デ・ゼウス2001」。入荷して2年たっても揮発酸がおとなしくならず、どうしようかと思ったワイン。今、持っていれば、エリック・カルキュもそうですが、宝物なのに。もう、手元には1本も残っていない。「《リバション》は数年後、きっと宝物になる」という思いがあり、2018年春に到着しました。到着直後は、社内でもさんざんで、「粉っぽい漢方薬のような臭い、揮発酸が高く、ドライで奥行きがない。難しいなー、待つしかない」と、わたし。

クロード・クルトワ、かく語りき
 2013年来日時にクロード・クルトワが、《ラシーヌ2002》を飲んで語った言葉:「このワインで、私はパリのクライアントの大半を失ってしまった。2002年は本当に難しいヴィンテッジだった。タニックで、果実味が隠れ、不快な酸が目立ち、長い間楽しむことが難しかった。今日のこのワインは、素晴らしい ハーモニーを得て、何と繊細な美しさに満ちているのだろう。朝到着したばかりのワインを、その日のディナーで売るようなサービスをしていては、このような ワインを理解することはできない。」 
 日本にだけ届けられた《リバション》は、幸いたっぷりラシーヌのセラーに眠っています。今に生きるヴァン・ナチュールの原点を、ぜひ味わってください。 

 

※Libation《リバション》:生贄とともに神様へ捧げる酒、という意味。
ヴィンテージ:表記なし(2005、2006、2007年のブレンド)。
2005年が、翌年になっても発酵が終わらないので、2006年のブドウを加え、樽で醸造。あまりに揮発酸が高いために、2007年のワインをさらに加えて熟成、2010年にビン詰。意図せず生まれたワインは、味わいがまとまるのにさらに時間がかかりましたが、ようやくその時がきたようです。

 


PAGE TOP ↑