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合田玲英のフィールド・ノートVol.81 《 生産者たちからのメッセージ/対応 》

 「素敵なメールをありがとう。幸いなことにこちらはみな元気です。私たちは幸運にも畑で働けるので、都会の住民のように家に閉じ込められているわけではなく、オープン・エアの中で過ごすことができています。ラシーヌのみなさんとみなさんに近しい日本の方々が、今回の災厄に罹らず、精神的にも健やかでいることを願っております。」

 4月の始め、日本そしてワイン業界全体、ラシーヌの現状とこれからの対策について、ラシーヌが考えていることを、世界各地の生産者に向けて、発信しました。春になり、ブドウも萌芽し、忙しくなる時期にも関わらず、多くの生産者が冒頭のような文意のメールを返してくれました。ご返事いただいたどの生産者も、COVID-19に罹患している人はいないようで、街から離れて自然の中で暮らし、畑の作業に追われることに感謝している、と綴っています。

 畑の中で作業するときは、念のため他の従業員とは離れて働くように心がけ、可能な限り接触を避けています。もっとも、従業員が外出禁止のため働きに来られなかったり、農業従事者を派遣する業者が機能しなかったりもします。しかしそれと同時に、会合や試飲会が開かれていない分、例年よりも多くの時間をワイナリーで過ごすことが出来ているようです。例年3月と4月は、世界でも最大規模のワイン品評会が各地で開催され、それに合わせた小さなイベントが毎週のように各地で開かれてきましたが、それらも全てキャンセルされました。

 各国ではご存じの通り、飲食店の全面的な休業命令(補償とセット)が出されているので、生産者のところでもワインの出荷がほぼ滞っています。特にある程度、規模が大きなワイナリーほど、苦しいというのが現状です。生活に欠かせない物流は通常通り動いているので、酒屋への出荷は少量だけで、日本と同様にオンラインショップ販売網を持つ顧客への販売量が増えています。日ごろからSNSでの発信が盛んな造り手は、オンラインでの注文を受け付けたり、柔軟に対応をしており、閉鎖直後から近隣ならば直接配送するという、アナウンスも見かけました。

 欧州の多くの国でロックダウンが宣言されてから、1カ月半。日本で自粛の要請が出てから3週間。いつ解放されるかも、分かりませんが、生産者たちも前を向いて今できることを行っています。

以下、いくつか生産者からのメッセージの抄訳をご紹介します。

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ズラブ】 ズラブ・トプリゼ(ジョージア)
 この、小さな目に見えない脅威が、これほどまでに諸国に深刻な悪影響を与えることができるとは、これまで誰が予測しえたでしょうか。ジョージアも例外ではなく、私たちはここにいて、逃げ出すこともできません。 幸い政府は、私たちの最高のウイルス学者や疫学者の話に注意深く耳を傾け、かなり早い段階で、ありとあらゆる種類の国境を越えた移動を閉鎖しました。そしてジョージア全土に緊急事態を宣言し、午後9時から午前6時までのすべての種類の旅行を禁止するなど、 厳しい措置を講じました。 
 驚いたことに、私たち、開放的で外向的で時にカオティックなジョージア人でさえも、緊急時にはむしろ規律正しく行動していました。 厳格な措置が発表されるずっと前から、ほとんどの国民は家で過ごしていました。幸いなことに、週末は出かける場所があり、ブドウ畑を歩いたり、仕事をしたり、クヴェヴリのガラスの蓋越しにワインを眺めたりして楽しんでいます。 私にはワインが緊急事態を感じているように見えます。とても静かで、液面にフロールや病気の兆候もありません。 中のワインも、素晴らしいものであることを願っています。トビリシが完全に封鎖されるかもしれないという噂があったので、明日、私と私の家族はトビリシから移動して、私の村の家にあるグリアに引っ越すことにしました。

アルトゥーラ】 カルファーニャ一家(イタリア)
 素敵な言葉とご心配を頂き、ありがとう。幸いなことに私たちはみな元気で、マッティアは、フランスはオーヴェルニュの畑で、ガブリエラ、イレーネとわたしはここジリオ島にいます。
 なんとこの小さな島にも4人の感染者がいます。信じられない!わたしたちは幸運にも畑で働けるので、町の人々のように家に閉じ込められるわけれなく、開けた空気の中で過ごすことができます。
 状況は思わしくなく、この災難がとても悲しくおもっています。
 テレビは残念ながら、物事の悪い面をことさら強調して発信する傾向があります。状況はたしかによくはないですが、テレビが伝えるほどひどいものではないと考えていますし、そう信じています。この病気は本当に重くしつこいですが、治癒した方や症状が軽い人がたくさんいるのも事実です。とにかくわたしたち今は元気にしていて、みなさんの健康もお祈りしています。

メンティ】 ステーファノ・メンティ(イタリア)
 イタリアの市場売上はほぼゼロに等しいほど減っていますが、私たちは畑に出て全力で仕事をしています。ひとつ助言をするとすれば、日本の”ロックダウン”の可能性に備えて、オンライン販売に投資し準備をすることです。(もちろん、小売り販売をするあなたたちの顧客を尊重する価格設定で)
 ここ数ヶ月観察していたところ、業者(レストランやワインショップ)にのみ販売を行ってきたイタリアのナチュラルワイン輸入業者は、たった2ヶ月で売上高が100から0まで落ちました。一方で、最終消費者(個人やワイン愛好家)までのオンライン販売経路をもつ輸入業者は、以前は対・業者が96%、個人が4%だった売上が、今は対・業者は0%、個人は39%にまで変わりました(標準の売上高と比較して)。あなたがたがとてもプロフェッショナルで、この状況をどのように管理・運営していくべきなのかわかっていることを我々も知っています。
 私たちとしては、頼ってもらえる準備をしていますし、どんな方法でも助けたいと思っています(全ての人にとって厳しいこの状況を乗り越えるために)。

ジャン・ピエール・フリック】 フリック一家(フランス)
 私たちの住んでいるアルザスは、フランスのなかでもコロナウイルスの影響が強い地域です。私たちの病院は一杯で、患者を隣国、ドイツやスイスに移送しなくてはなりませんでした。政府が経済的な尺度から、予期できるウイルスのリスクに対処せず、病院の設備とサービスを最小限にとどめ、国外に追いやるリスクをおかしていることに、私たちは憤りを隠せません。私たちはそれに対する高い費用を支払っています。現在、私たち含め周囲には直接的には感染者はおらず、とても注意深く暮らしています。田舎では、畑仕事とカーヴでの仕事は引き続き行われています。幸い、私たちは自身のビン詰め機能を持っているため、2019VTのワインのビン詰めに必要なものは足りてます。ふだんと変わったこととしては、カーヴを閉鎖し、販売も停止していることです。こんなときだからこそ、ポジティヴな面に目を向ける必要があるのかもしれません。たとえば、いままでしようとして出来ていなかった仕事に着手できます。ジャン=ピエールは古いワインのデータを分類し始めました。あなたがたが次回訪ねてきてくれる際に、もし時間が許すならば、ぜひ優れた古いミレジムの良好な保存状態を確かめてください。

ル・クロ・デュ・チュ=ブッフ】 ティエリー・ピュズラ(フランス)
 全ての友人、家族は健康で元気にしています。ブドウの樹は待ってはくれないので、私たちはいつもどおりに働いています。とても久しぶりに私はこの時期をワイナリーで過ごし、ブドウと共に一緒にいられることに感謝しています。四日四晩、霜への対応に追われましたが、大事な芽を救えました(ただし、今のところ)。二人の娘たちは私のそばにいて、とてもよく助けてくれています。彼女たちはワイナリーの働き方を変え、より良い仕事が出来るよう新しい発想をもって取り組んでくれています。古い慣習を変えるために新たなスピリットを持つことはとても良い事です。私たちはあなたの真摯さ、この危機を相助の力を持ってより良い状態で乗り越えられることを、確信しています。皆さんの今後数週間がより良いものであることを願います。

シャンパーニュ・マルゲ】 ブノワ・マルゲ(フランス)
 わたしは今回のウイルスは地球にとってひとつのチャンスなのだと考えています。飛行機での移動の制限など、自分たちの生き方の再考を、ウイルスによって強いられています。

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ブノワ・マルゲの言葉は、いかにも彼らしいのですが、どのような苦境でもその中で、何ができるかを考え続けなければいけない、と思います。自粛がいつまで続くかは分かりませんが、以前のように元通りになるなんてことはないのだから。

 

 

~プロフィール~


合田 玲英(ごうだ れい) 1986年生まれ。東京都出身。
2009 年~2012 年:ドメーヌ・レオン・バラル(フランス/ラングドック) で研修 
2012 年~2013 年:ドメーヌ・スクラヴォス(ギリシャ/ケファロニア島) で研修
2013 年~2016 年:イタリア/トリノ在住
2017 年~:日本在住

 
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