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『ラシーヌ便り』no. 124

公開日: : 最終更新日:2016/03/02 定番エッセイ, 合田 泰子のラシーヌ便り, ライブラリー

no. 124

進化する造り手

長らくワインの仕事に携わるうちに、さまざまな出会いや別れがあります。素晴らしい造り手との新しい出会いはもちろん大きな喜びですが、それ以上に大きな喜びは、造り手の進化を共に喜びあえることです。

最近入荷したワインのなかでは、マルク・アンジェリの ロゼ・ダンジュール2015年と、ラ・リュンヌ2014年、オリヴィエ・コランの初リリース≪コフレ・クインテット≫はまさに長年の取引の賜と言えるでしょう。それぞれの歩みとともに、この二人の近作についてお話ししたいと思います。

 1) マルク・アンジェリ、さらなる純粋な味わいへの深化

Mark Angeli1

シュナン・ブランは、品種固有の残糖があるため、低量の亜硫酸で仕上げることが難しい品種です。マルク・アンジェリは、酸化のニュアンスがなく、美しくまとまった味わいのシュナン・ブランを長年生み出してきました。が、彼は常に、どのようにすれば亜硫酸の使用量を減らし、かつ酸化のニュアンスのないワインに仕上げられるか、をずっと探究してきました。最近は、亜硫酸非使用で醸造している他の造り手を訪ね、積極的に苦労話を聞いては、試みを重ねてきました。《ラ・リュンヌ》の総亜硫酸は、2002年は100㎎/ℓを超えていました。が、あげく2011年には18㎎、それ以降は作柄にもよりますが、大変低くなりました。2014年は38㎎と上がりますが、雨にみまわれた困難な年に、この仕上がりになるということは、長年の研鑽の結果だと思います。酸化のニュアンスがなく、ますます内からの輝きがましてきているように感じられます。

また、その成果は《ロゼ・ダンジュール》の醸造方法に大きな変化をもたらし、2015年にはついに亜硫酸ゼロでビン詰めされました。残糖のあるワインを亜硫酸ゼロで美しく仕上げることは大変難しいのですが、2015年のロゼ・ダンジュールは、本来の魅力が少しも損なわれることなく、さらにピュアな味わいとなり、別次元の世界が広がりました。甘美な味わいのロゼ・ダンジュールは、多くの方に愛されてきたワインですが、新たな味わいに驚かれた方も多いでしょう。

VdF - Rosé d’Un Jour - Grolleau gris 2015

庭の大木の側に埋めた、ジョージアのクヴェヴリで醸造された、2013年と2014年の《ラ・リュンヌ》も、「繊細で複雑、品の良い余韻の心地よさ。なんと美しいクヴェヴリ・ワインだ」と思わずにおれません。以前マルクのことを、「大御所と勝手に思い込んでいたら、彼の真の姿をつかみ損ね、通りすごしてしまう」と書いたことがあります。ことほどさように進化し続けるマルクに、深い尊敬をいだかずにはおれません。

2) オリヴィエ・コランの新境地 

独自のファイン・シャンパーニュ造りの道を歩む、オリヴィエ・コラン。純なエキスを湛える、優美でしなやかなスタイルのシャンパーニュは、世界中のワイン・ラヴァーを魅惑しています。そんなオリヴィエが昨年、新しい試みの5本組セットをリリースしました。 

 

クインテット:正式名称 Coffret Collection Quintet (コフレ=「意匠を凝らした木箱」入り) 

内訳

Les Maillons 2012 Les Maillons2012 Les Pierrières 2012 Les Roises 2011 Les Enfers 2010
Blanc de Noirs Rosé de Saignée Blanc de Blancs Blanc de Blancs Blanc de Blancs

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 2014年秋のこと、珍しくオリヴィエが興奮ぎみに電話をかけてきました。

 「レ・ザンフェール2010 をリリースするにあたって、本数が1500本しかないので、500本ずつ48か月熟成、60か月熟成、72か月熟成、と3年にわけて500本ずつリリースしようと思う。毎年500本しかないから、レ・ザンフェール(初リリース)とロゼ・ド・セニェ、それに他の3つのキュヴェを各1本ずつ。計5本を、特別なケースでセットにしようと思うんだ。2003年から造り始めて、10年たって、やってきたことの結果が明確に感じられてきた。今までと違った世界に入ったと思う。それが、嬉しくて嬉しくて。」

と、オリヴィエの言葉はとまりません。いつも大きな瞳を道化師のようにくりくりさせながら、笑顔いっぱいで話すオリヴィエ。普段よりいっそう明るい笑顔が、間近に見えるような話しぶりでした。

 クインテットの日本お披露目が近づいた1月末に、やっとのことオリヴィエを訪問しました。彼のセラーのありようが、近年の味わいの著しい進化を物語っています。1階セラーでは、2015年が醸造と熟成のさなかにあります。地下に降りると、様々な大きさのフードルと、600ℓと225ℓの樽が、あふれかえっています。現在オリヴィエの年間生産本数は43000本、その生産本数に対して、レゼルヴ・ワインが、25000ℓ。これほどにも長期熟成のワインに力を入れているのです。 

フードル

 「はじめの頃、レゼルヴを持っていなかった。だからモノ・アネ(単一年) で造ってきた。畑が徐々に戻ってきて生産量が増えたので、レゼルヴを少しずつ用意してきた。いくつもフードルを買って、ここにある25000ℓは全てヴァン・ド・レゼルヴだ。2013年に日本を訪問した際、あなた方は、私にたくさんの味わったことのないフランス以外のワインを味わう機会を用意してくれた。そして旅の終わりの京都で、《2004年からのコラン垂直試飲》を用意してくださいました。残念なことに、私の元には、造り始めたころのボトルは一本も残っていない。なのに、あなた方は、貴重なシャンパーニュで、私が歩んできた道を振り返らせてくれた。ワインは、みじんの衰えがなく、完璧な状態でした。静かに私に語ってくれ、さまざまなことを思いださせてくれました。この時深い感銘を受け、そのことが 〈 私のシャンパーニュは長期熟成に耐える〉ということを、確信させてくれました。

 今、2010年が一つ樽で熟成していますが、まだビン詰めしない。テイスティングして「今だっ!」 と思ったら、ビン詰めします。ビン内で熟成するのと、樽内で長期熟成して、シャンパーニュに仕上げるのでは、出来上がるワインの性格がまったく異なる。このワインがどのようなシャンパーニュに成るのか、楽しみだろう? 畑でブドウが健全だったら、ワインは熟成に耐え抜く力をもつ。日中ぼくは携帯電話をもたないし、メモもとらない。余念なく、ひたすら仕事に集中してきた。ぼくは自分のワインを信じている。もはや樽で長期熟成することに、何の恐れもない。」  

コラン

 かえりみれば初めて訪問したのは2004年1月で、初収穫の2003年を樽から試飲させていただきました。どのような造り手になっていき、どのようなシャンパーニュが生まれるのか、まだわからない時でしたが、まっすぐな人柄と極度の集中力がある人だと思いました。ブラン・ド・ノワール はプラスチックタンクに入っていて、そのなめらかなテクスチュアとチャーミングな味わいに驚きました。が、残念ながら2003年はアペラシオン認定にいたらず、すべて蒸留されてしまいました。

 日本に初入荷したのは、2007年秋でした。テイスティング用に空輸された2004年を恐る恐る開け、一口味わった瞬間の全員の驚きと興奮を、鮮明に覚えています。現在オリヴィエは、30カ国に取引先があります。が、この度の《クインテット》は、フランス、イタリア、ベルギー、香港と日本にだけリリースされました。 もちろんオリヴィエは、日本に最大量のオファーをくれました。「ぼくを最初に訪ねてくれ、シャンパーニュができていないのに何年も通い続けてくれたことは、なによりの励みだった。そして長く信頼が変わることなく買い続けてくれ、ぼくの自信となった。」

 さて、その新作が到着しました。特別製の堅牢で凝ったオークの木箱と内蔵の5本セットには、それぞれ通しナンバーが付せられ、手紙が添えられています。

この2月24日、大阪で皮きりのお披露目会を開きました。ラシーヌのシャンパーニュと長年お付き合いいただいている方々にお越しいただきました。長熟によってピュアな味わいをいささかも損なうことなく、逆に深みと妙なる個性を体現した、オリヴィエの最新作。「静かなうちに秘めるエネルギーを感じる」とご好評いただきました。

長年ともに歩んできた造り手の新境地を分かち合えることは、本当に大きな喜びです。

 

シャンパーニュを愛する皆様へ」

―クインテットに付せられた、オリヴィエ・コランのメッセージ―

 2003年にシャンパーニュ造りを始めて以来、私は畑のある土地に最大の敬愛と注意を傾けて手入れをしております。この土地で私は、区画ごとにシャンパーニュを造ることに専念してきました。5種類からなるこのコレクションは、12年におよぶ労苦の結晶です。すなわち、私のチームと私自身が、コンジー村内外にあるわがブドウ畑から、そのテロワールの特徴を最も純粋に表現したものです。オーク材をもちいた特注のケースは、私たちがワインの熟成に使っている樽を、いとも鮮やかに思い出させてくれます。このケースの中に収めたのは、レ・ピエリエール2012、レ・マイヨン2012およびロゼ・ド・セニェ・レ・マイヨン2012、レ・ロワーズ2011、レ・ザンフェール2010各一本です。

 なかでもレ・ザンフェールは、生産数が極めて限られたキュヴェで、このたび初めてリリースいたします。レ・ザンフェールは、私たちのセラーで48ヶ月間熟成させたものであり、ロゼ・ド・セニェとともに、この《クインテット》コレクションでのみ入手可能です。

 《クインテット》は、これら5種のキュヴェを500ケース限定で初めてご提供いたします。5種の各シャンパーニュが有する特徴と独創性を、ご発見いただければ光栄に存じます。

  私たちのシャンパーニュ造りに注ぐ情熱はまた、私たちのシャンパーニュに長期の熟成可能性をもたらすものでもあります。適正な状態で保存していただければ、これらのシャンパーニュは何年にもわたって皆さまを喜びへと誘ってくれるはずです。

どうぞ、お楽しみください!

 

合田泰子


 
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