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エッセイ:Vol.98 ワインのエネルギー

公開日: : 最終更新日:2015/09/08 定番エッセイ, ライブラリー, 塚原 正章の連載コラム

前回は、言葉のエネルギーについて述べたが、

 本来はワインのエネルギーを論じるはずであった。が、ここで言葉からワインへと「生の飛躍」(エラン・ヴィタール)をすることは、ちょいと無理がありそうなので、まずはワインの風味の問題にさかのぼってみよう。そのうえで、ワインにエネルギーがあるのか、感じられるかという議論をしたい。

 

復習 味の要素とは

 味を構成する基本的な要素として、酸・甘・塩・苦の基本4味に、アジア文化圏で古くから認識されていた「うまみ」umamiを加えて5味と称するのが、近ごろの世界的な傾向らしい。うまみは、英語では「味覚を喜ばせる風味(savory)」とか、「肉のうまさを感じさせる味(meatlike)」と表現されるいっぽうで、「味の増強剤」taste enhancerとも呼ばれた。だがこのグルタミン酸ナトリウム、食品工業ではグル曹とかMSGと略され、増量剤としても多用されたが、文化人や自然志向者、味のうるさ型からは目の敵にされていた。この「うまみ」がひろく認められて、積年の野心が叶った大手化学調味料メーカーは、さぞかしご満悦のことだろう。が、それを認めるとしたところで、基本味は最大限でもたった5要素のみ。それに対して香りの要素は、スパイス/ハーブやエッセンシャル・オイルの種類だけを考えても少なくない。数だけとってみても、香りの広がりは無限大とは言わないまでもおびただしいので、それだけでも香りの重要性は底が知れない。

 

香りの専制を排す

 また、味よりも香りの方が、ワインという嗜好飲料に複雑な風味をもたらし、ワインをいっそう興味深い存在にさせる効果があることも、たしか。だが、ワインの香りの多様性と判別の「むずかしさ」は、ワイン学校やソムリエにとっては、絶好の商売のタネ。ゆえに、ワインの風味の判定を秘儀めかし、実際には香りの連想ゲームにおちいりながら、無邪気な素人衆をたぶらかしている気配が濃い。故アンヌ・ノーブル女史の考案になる「風味の輪」(ワイン・アロマ・ホウィール)図を援用して、動物・植物・鉱物などジャンル別に「○○のような香り」があると列挙し、飲み手を煙に巻くことは、さほどの芸を要する仕事ではあるまい。

 が、ワインになにがしかの香りの成分があると同定(アイデンティファイ)し、連想にいそしむのは、しょせん無駄というもの。特定あるいは複数の香りの集合体や共同連想体であることが、そのワインの規定や評価に結びつかないことは、明らかである。さまざまな香りの存在や香りとの連想作業は、たしかに楽しいし、結構な時間つぶしにはなるが、「それがワイン(の本質)と、どう関係があるのか」というエラスムス流の疑問には、答えられまい。香りゲームより、ひたすらワインと向き合う方が、よほど理にかなっている。

 

味と風味

 ところで、言うまでもないが、一般に「味」tasteと呼ばれている感覚的な印象は、実際には「風味」flavourであり、風味と香りaromaもまた同一ではない。このあたりの事情を、科学的な知見をまじえて述べたのが、神経生物学者ゴードン・M・シェファード教授の『美味しさの脳科学』“Neurogastronomy”(小宮淳子訳、合同出版)。そこで同書によりながら、風味の基本だけをかいつまんで紹介しよう。

 私たちが口にする食物の風味は、鼻から息を吸い込む行為によって知覚されるわけではない。食べ物や飲み物を噛んだり飲み込んだりすると立ち上がるにおいは、呼気に乗って口の奥から鼻道を遡るから、風味が感じられる。この「裏手の経路」すなわち「レトロネイザル」(後鼻腔)経由のにおいretronasal smell、「口中香」に対して、鼻から嗅ぐにおいは「オルソネイザル(前鼻腔)経由のにおい」orsonasal smellという。風味の主役は、後鼻腔経由で運ばれるにおいであり、基本5味を超える感覚は、食物の味ではなくて、風味というべきなのだ。正確には、嗅覚と味覚が統合された「味わい」の感覚を、「風味」と呼ぶべきなのである。

 風味は学習によって後天的に習得されるのだが、特定のにおいを嗅ぐと脳活動にある空間パターンが生じ、これらのパターンは「においのイメージ」として機能するとか。人間は、大きな脳で複雑な情報処理(パターン認識)をおこなうことによって、発達した風味の感覚を持つにいたった。嗅覚は、吸気用のオルトネイザル嗅覚と、呼気用のレトロネイザル嗅覚の二つからなる感覚だが、人間の嗅覚は優秀な脳が考案した最強の分子検出装置(GCMSガスクロマトグラフ質量分析計)よりも勝っているのだ。

 

ミネラル風味も味のうち

 ミネラル風味(ミネラリティ)は、最近とみに重視されている風味要素である。が、これがどういう成分で、どこから由来するのかについては、議論が分かれる。ミネラルとは、ワインを焼成して残る固形成分(灰分)という定義だが、ミネラル味となると、前にもふれたことがあるが話はややこしい。ともかく、ある種のワインには、ミネラルとしか呼びようがない風味が存在することは疑いない。問題は、それを「ミネラル風味」と呼ぶこと。言葉や名前があると、それが実在する、とつい思ってしまいがちなのだ。いずれにせよ、どういう風味をミネラリティと呼ぶのかについて定義や定説がない以上、味わいに因果関係を想定することはできない。

 ミネラル“mineral”という名詞には、鉱物とか無機物という意味があることからして、単純にミネラリティを鉱物性の味と思いこんでいる人もいるようだ。けれども、土壌(ソイル)や岩盤に含まれる岩石などの鉱物質が、そのままの形でワインに含まれ、人間の味覚に感じられる「ミネラル風味」に移行することは、ない。地下深くにある岩石は、ブドウの直下に伸びる根からの分泌液によって溶かされ、イオンの形で微量がブドウの木に吸収され、その栄養分になることは、ご存じのとおり。だが、オリジナルの鉱物イオンは、ブドウの果実のなかで、(鉱物とは)別の風味の起源になる、とジェローム・プレヴォーは来日した際のレクチャーのなかで図解しながら語っていた。

 かりに、呈味性を有する鉱物イオンがそのままワインのなかに残っていたとしても、通常ワインに含まれるイオン化した岩石由来のミネラルの量は、閾値をはるかに下まわるとされているので、人間が感得できるレヴェルではないらしい。

 

ブルギニョン夫妻の説によせて

 もっとも、土壌微生物学の権威であるリディア&クロード・ブルギニョン夫妻は、ブドウ畑の下に潜む鉱物質の風味が直接ワインに感じとれる、という考えを主張しているので、先の感知説をいちがいに間違いと決めつけるわけにはいかない。もしかすると、件の風味を探そうとやっきになればなるほど、感覚が常軌を逸して異常に研ぎ澄まされ、無きに等しいものを感じとれるようになるのかもしれない。たとえばニック・レーンも述べているように、「世の中ではよくあるように、ミトコンドリアの変異は、見つけたいと思う人にはよく見つかるが、疑っている人には必然的にわずかしか見つからないのである。」(『ミトコンドリアが進化を決めた』みすず書房)

 が、そのように不自然で歪んだ味覚を養成するよりは、ワインの持ち味の全体像をバランスよく把握することの方が、重要ではなかろうか。人間は、ワインの「欠陥発見器」でも「超高感度検知器」でもないのだから、わざわざ機械に変身する必要はない。そんな機械人間は、知ったかぶりのワインマニアでないとしたら、見えないものを見たがり、つねに異見を述べたがる、逆立ちしたワイン批評家の同類でしかない。

 余談ながら、ブルギニョン夫妻の説では、驚くべきことに《植物の酸は、がんらい植物からの排泄物である》。果実の中での酸は、甘味とバランスをとりながら、果実そのものの保存料の役割をはたし、その種子は美味しい果実をついばんだ鳥から糞とともに排泄されることになる。人間は植物からの排泄物に由来するワインの酸味を、たいそう有り難がって飲んでいる、と夫妻はワイン愛好家に皮肉な冗談を浴びせかける。

 なおまたブルギニョン夫妻は、良質な土壌に大量にふくまれる地中微生物が、テロワール(気候条件)や土壌(ほぼ岩石由来)よりも、ワインにとってはるかに決定的な役割を演じる、と断定。とすれば、かの微生物こそ、クオリティワインの微妙にして複雑な味わいに貢献しているわけで、この意見に筆者も賛成である。ひょっとしたらミネラリティは、これらの土壌微生物がもたらした産物、あるいはなせる技なのかもしれない。だとしたら、ワインづくりの見えない主役である無数の土壌微生物たちに、私たちはいよいよ感謝しなければなるまい。

 

テクスチュアも味のうち

 それでは、なめらかさやザラツキなどの触感、ひんやり感や温もり感は、味にふくまれるのだろうか? これらのテクスチュアは、先のニック・シェファードによれば、口中での質感を生む物性で、口腔感覚とかマウス・フィール(口に含んだ時の質感)の仲間である。すなわち「テクスチュアという口腔感覚は、触覚、圧覚、温度覚、痛覚など、多様な感覚サブモダリティーを感知する体性感覚系によって仲介される。これらの体性感覚の神経線維が、口腔内の味と鼻腔内の味と鼻腔内のにおいに数々の重要な官能的質を付加して、統合された風味の知覚を形成するのである。」

 このテクスチュアがワインのなかで複雑な呈味物質と同居しているばあい、味わいをいっそう増幅したり減少させたりする作用があるから、味の強力(ときに無粋)な同伴者とみなせる。絶妙なテクスチュアが官能をくすぐる場面もあるから、テクスチュアはたんなる味の引き立て役ではなく、積極的あるいは微妙な味づくりや味加減に関与する要素である。その点、ノイズや歪みをともなう増幅装置(アンプ)もどきに、飽きやすい嫌味を感じさせがちな化学調味料類とは、まったく異質。ためしに、どこかの国のもの足りないワインにMSGを振り掛けてみてはいかがだろうか。いや、すでに、気づかぬほど微量に添加されているかもしれないから、クオリティワイン愛好家たる者、用心にしくはない。

 なお、美術用語でも聞きなれない「触覚価値」tactile valueについて、高名な美術史家のバーナード・ベレンソンは、美術品判定のさいもっとも重要な基準であるとまで持ち上げていましたね。

 

ワインにエネルギー?

 話が、ミネラリティとテクスチュアという、基本5味とは異質な世界に属す、しかし本質的にワインの味わいにかかわる要素に及んだ。ようやく、食べ物の味わいとは縁遠いと思われがちな、エネルギーの出番がきた。はたしてワインにはエネルギーがあり、また、エネルギーを感じさせるワインがあるのだろうか。

 

エネルギーとは

 エネルギーを考える場合、私たちはまず、エネルギーという言葉の歴史的な成り立ちから、見ていく必要がある。ギリシャ哲学を根本から考察し、20世紀を代表する独創的な哲学である現象学を樹立したのが、ハイデガーである。ここでは哲学者・木田元さんの『ハイデガーの思想』(岩波新書、p.117)から、興味深い一節を引くことにしよう。

 “近代の〈エネルギー〉という言葉は、…ギリシャ語で現実性を意味する〈エネルゲイア〉energeiaから派生したものである。…これは〈en +ergon+語尾〉というつくりからなっていて、〈作品(エルゴン)の内(エン)に現れ出ている状態〉、制作過程が完了し作品として安らっている状態という意味をこめて、アリストテレスによって造語されたものである。”

 “…が、近代の〈エネルギー〉という言葉の〈現に働いている力〉というその意味は、〈エネルゲイア〉の原義とはまったく逆になっていると、ハイデガーは指摘している。”

 内因としてのエネルギーと、製作品という結果に現されたエネルギーという対照の妙が、面白い。

 

物理学のエネルギー

 このような逆説的な指摘をふまえて、物理学におけるエネルギーを、すこしだけ覗き見する。といっても筆者は、現代物理学はおろか近代物理学にすら暗いので、よくできた教科書を参考にするしかあるまい。たとえば『ファインマン物理学 Ⅰ力学』(坪井忠二訳、岩波書店)で、初学者にも面白い書きっぷりだから、読んで損はない。

 第4章「エネルギーの保存」の冒頭でファインマンさんは、エネルギーそのものではなく、エネルギー保存の法則について語る。我々がエネルギーと名付けるある一つの量は、自然界でどんな複雑な現象が起こっても、その量は変化しない、として彼は「腕白デニス」の積み木の数から、この保存原則を説明している。次に著者は「エネルギーにはちがった形のものがたくさんあるのであって、おのおのに対してそれぞれ計算式がある」と述べて、それらを列挙する。

 「すなわち:重力エネルギー、運動エネルギー、熱エネルギー、弾性エネルギー、電気エネルギー、化学エネルギー、輻射エネルギー、核エネルギー、質量エネルギー等である。これらのおのおのの量を求めて全部加えあわせると、エネルギーの出入りがなければ、答えはいつも一定なのである」。

 このような分類はわかるような気がするが、なんだか素っ気なさすぎて妙だなと思ったら、これに続くパラグラフがあった。いわく、「エネルギーとは何だろうか。それについては、現代の物理学では何もいえない。このことは頭に入れておく必要がある。」なんだ、結局、エネルギーの本質は、高名なノーベル物理学賞の受賞者でも答えられないのだから、わたしごときにわかるわけがない。なんだか、フォルスタッフめいた結論だけれども。

 どうやらワインは、質量エネルギーには関係がありそうだが、すべてのワインにエネルギーが感じとれるわけではないから、物理学的に一様な説明ができるかどうか疑わしい。

 なお、シュレーディンガーの『生命とは何か―物理的にみた生細胞』(岩波文庫)に付せられた鎮目恭夫さんの解説のなかに、注目すべき一節があったので、ここに引いておく。

 「『負エントロピー』という言葉は…誤解を招きやすい…。なぜなら今日の物理的化学には、熱力学のエントロピーと、通信工学に由来する情報理論のエントロピーという二種類のエントロピーがあって、この両者が分子生物学の大学教授(注。福岡伸一さんのこと)などによっても、しばしば混同され過誤や混乱を助長しているからだ。(後略)」

 

生物エネルギーの源、ミトコンドリア

 それでは、生物学に矛先を転じようか。先に引用したニック・レーンの名著『ミトコンドリアが進化を決めた』によれば、真核細胞から構成される生物体の中で、エネルギーの発生源は各細胞のなかにあるミトコンドリアである。20億年もの前に登場した、細菌に起源を有するミトコンドリアは、大きな細胞の中に生活することになった、いわば細胞のなかの異生物である。この不思議な存在ミトコンドリアは、人体の各細胞中に300~400個も存在し、人体全体では1京個(1兆の1万倍)にものぼるとか。この細胞小器官のなかでATP(アデノシン3リン酸)の形で、エネルギーが生成されるのだから、わたしたちは「小さな発電所」(ニック)ともいうべき働き者ミトコンドリアにも、感謝せざるを得ない。

 が、それにしても、ワインのなかにミトコンドリアが潜んでいるわけではないから、ミトコンドリアもまた、当面の問題の解にはならない。

 

実感的ワインエネルギー論

 かくして、関係のありそうな科学の門をたたいても、扉は開きそうにない。とすれば、初心に帰り、「ときにワインにあると感じられるエネルギー」について、実感的に述べるしかなさそうだ。ワインの風味をこえたポジティヴな作用とか働きのようなものが、特定のワインに感じられるとき、その働きの源と性質を考えなおさざるを得ない。その作用力にたいして、どのような名前を付けるかは、別問題だし、たいした問題ではないように思える。言葉や観念を実体化させるのは言語信仰であって、分析の役には立たない――と、見きわめたうえで、読者にはお馴染みのない方法かもしれないが、あらためて試飲とは別次元のワイン鑑定法について論じてみよう。

 

 ①ダウジング法

 最初のキーワードが、ダウジングdowsingである。この言葉を最初に耳にしたのは、エリオ・アルターレ宅。エリオの娘シルヴィアさんが、なにげなく「パパもダウジングをしている」と洩らした。「ダウジング」という言葉は初耳だったが、彼女の身振りからして、L字型の木を揺らすかたち。なんらかの器具を用いて、地下の鉱脈などのありかを探る技法については、聞きおぼえがあった。そういえばイタリアで、この器具を用いてワイン造りに利用していると称する、風変わりな生産者に出あったこともある。ちなみに、エリオが使っているのは昔からよくあるL字型占い棒らしく、辞書によればdivining rodもしくはdowsing rodという。通例はハシバミの枝の棒で、地下の水脈、鉱脈などの発見に役立つと考えられたという。地下に潜むなにものか(地磁気、貴金属、水脈、エネルギーなど)に反応し、これを掴むことが期待されている技法である。

 

マルク・アンジェリにならって

 次にこの技法について知ったのは、昨年マルク・アンジェリ宅を訪れたとき。食卓の上に短いペンダントが置いてあったので、用途を訊いたら、ワインの品質判定に用いるとのこと。これを一般に、振り子(フランス語でpenduleパンデュール)というらしい。コルシカ島に住んでいたマルクの母親も祖母もみな、この単純な鎖(金属製のペンダント付きの短い鎖)を用いて、食べ物の質などを判定していたとかで、マルクには身近な存在であった。ちなみに、貴金属などの高価なペンダントヘッドである必要はなく、短い鎖に錘が付いていればいいそうである。

 今回の来日時にマルクの使い方を実見した。右手で鎖の上端を短くもち、ワインのボトルやグラスの上方に垂直にかざし、振り子のように手早くリズミカルに揺らす。ワインが高質ならば、ペンダントは時計回りに回り、問題があればその反対回りに回転するという。ラシーヌ主催の試飲会が終わったあと、研究熱心なマルクは各種のワインボトルの上方から鎖を揺らして反応を見て、ワインが高品質だと感心していた。自分が主宰するワイン展示会の参加資格者を、探していたようである。

 

我流

 参考までに私のやり方について。昨年マルクに会った後、すぐさま品質鑑定専用のペンダントを探したところ、パリはオデオン地区の定宿の近所で、東洋医薬品販売店を探り当てた。金属製ペンダントつき振り子などを求め、独学で使い方を工夫した。といっても、この長めの金属製ペンダントを、ボトルかグラスのわずか上方に静止させるだけである。ペンダントはワインの品質に応じて自然に動き出し、回転を始める。ワインのエネルギーが高ければ、ペンダントがほとんど水平に近づくくらい、勢いよく回るので、エネルギーを実感せざるを得ない。

 

エルヴェ・ジュスタン流

 この占い棒やペンダントをより進化させた近代的な器具“antenne de lecher”を日常的に用いて、ワインや水のエネルギーを量的に測定していたのが、エルヴェ・ジュスタンである。エルヴェはラシーヌのオフィスで常用している水(純粋に富士山の「まりも石」を浸漬したもの)の反応を測定し、自分がシャンパーニュ造りに用いている水よりも上質でエネルギーがある、と驚いていた。エルヴェは、フランスでもブドウの果実と搾汁液のレヴェルをまめに測定し、ホメオパシー法で希釈した液体をマストや器具の要所要所に振り掛けていたのを、昨年間近で実見した。

 このようなマルクとエルヴェの具体的な使用法をみて、ワイン(の原料)の品質と内在エネルギーを測定することができることを、私は確信したしだいである。

 

②オーリング・テスト

 わたしが青森県でT先生から技法の基本を学び、自分流に工夫してワイン用に応用・発展させ、この10年近くあらゆるワインの品質鑑定に用いてきた分析技法である。マルクがダウジングの際に上手に言い当てたように、この方法ではことさら、鑑定者がなにを問題としてそのワインに向かうかを自覚的に問いつめ、問う場所に精神を集中して冷静にオーリング・テストの反応を求め、得られた反応の因果関係を分析すれば、すくなくとも自分に関するかぎり、ダウジングの手法にくらべて、より短時間でより正確に、ワインの持っている可能性と実力が把握できると思っている。ワインの品質・状態・味わいのレヴェルと、エネルギーや「気」の内包状態について、試飲結果と矛盾しない正確な結果を得られると、経験的に思っている。

 視点を変えて問えば、ワインはどのような資質と可能性をそなえているのだろうか。はたして、ワインに「気」はあるのだろうか。あるとしたら、それはエネルギーと同じなのだろうか。それとも、別の「力」が感得できるのだろうか。ワインの味わいに、なにが影響を及ぼし、どうすればその影響力をふせぐことができるか。

 それらは、オーリング・テストで得られる反応そのものではない。かくして、考えるべき問題は次々と現れてくるから、ワインを楽しみながら、こちらの思考力を高めるしかない。正解のない問いほど、面白いものはない。(了)


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