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エッセイ:Vol.93ワインライターへの道(2)

公開日: : 最終更新日:2015/04/22 定番エッセイ, ライブラリー, 塚原 正章の連載コラム, その他

2.真面目に王道をいく

1) ジェイミー・グッドの勧告

 さて、今回まず取りあげるのは、ジェイミー・グッド「若きワインライター諸君へのアドヴァイス」“Advice for young winewriters” (2015.02.15)。前回に紹介した同氏の戯文「退屈な記事を書いてワインライターとして成功する方法」“How to succeed as a wine writer by writing boring articles” (2015.01.22)とは様変わりした真面目な論調であるから、逐語的に紹介しよう。冒頭からして「(今回は、ぐんと真面目な記事を書いて)お役に立ちたい」と、まことに殊勝な心掛けである。

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内容は、9項目にわたる。

① 幅広く、頻繁に読むこと。もし、達者な文章を書こうと思ったら、小説を終日読みふけらないわけがないだろう。「読む時間がない」ですって? お些末な書き手のくせに、忙しいなんて抜かすとは、呆れる。退屈で型にはまったワイン記事などを書いているから、忙しすぎて読書できない破目になるんだ。

② 読め。持説を繰り返すのは、「そんなことは、とっくに承知している」と馬鹿にして、君が①を無視するからだ。冗談抜きに、ともかく読みたまえ。

③ ニッチ(適所、隙間)を探せ。一歩退いて、わが身を見つめなおすのだ。君は、どのように受け入れられており、君の名前からすぐに連想されることはなにか。ワインライターで、どのようなテーマでもそつなくこなせるジェネラリストは、ジャンシス・ロビンソンやヒュー・ジョンソンといった、わずか1、2名にすぎないトップ格の批評家や、TVタレントに限られる。1、2ないし3におよぶ得意な(専門)分野なしでは、身を立てることはおぼつかない。小さな池の大魚たるべし。なんとなれば、大きな池ではいつのまにか、君という魚は食べられてしまうから。

④ 自分の文章スタイルを身につけて磨くこと。ここでスタイルとは、狭義の文体ではなくて、流儀にちかい。他人とは違う独自のスタイル――自分の考え方や話し方、一口で言えば持ち味――を発揮できるようになれば、労せずしてことが容易にはこぶはず。

⑤ 速く書け。芸術家気取りを止め、わが身を(言葉で仕事をする)装飾画家と思いなすべし。絵筆を捨てて、ローラーに持ち替え、手早く言葉を塗り付けなければならない。このゲームで生計を立てるには、スピード技が唯一の方法なのだ。

⑥ 違った種類の記事を書くこと。わが同業者のなかには優秀な書き手もいるけれど、多くは1500~2000語のフィーチャーもの(ニュース以外)の定型記事しか書けない。というのも、その他のタイプの執筆経験がないからだ。執筆にも多種の仕事があるのだから、枠を拡げることだ。

⑦ ワイン・ライティングを唯一の収入源としないこと――少なくとも、出発時には。生計の資を稼ぐという圧力に屈してつまらない仕事を引き受けると、心ならずも妥協を余儀なくされ、急ぎ仕事に巻き込まれたりする。その種の原稿書きは喜びが感じらず、家賃だけしか出ない手間仕事とくる。経済的な圧力下にあることは、もの書きにとっては決して好ましい環境ではない。現実的になりたまえ。いくらなければ生活できないのか。フリーランサーで、どうやって最低生活費を捻出できるのか。僕がフリーランスで出発した時、二人の子供を抱えた唯一の給料の稼ぎ手だった。だから、独立してフリーランス稼業につくことは、難しい選択であったが、すでに夜間の副業としてワインライターの仕事についており、新聞のコラムを書いていたし、単行本を書く契約もあり、過去にグレンフィディッチ賞を二回受けていたので、成功の見込みありと踏んだのである。

⑧ つねに目配り怠りなく、ストーリーを探せ。ものごとの上っ面に騙されず、その裏を見よ。誰もが語らないストーリーを書こうと努めること。

⑨ 少しだけ成功を手に入れたとき、注意せよ。ワインの世界では、誰しもが新しくて新鮮な、若手の声を聞きたがっている。だから、君に助けの手を差し伸べ、引き上げようとしてくれたのだ。が、その後に、二種類の危険が待ち受けている。 

 最初に直面するのが、「お世辞、煽り立て」hypeを信じはじめ、自分をちょっとした特別な存在であると誤解する危険。これが頓馬な行動を誘い、仕事にも影響を与える。

 次が、セカンド・アルバム症候群だ。当初君に救いの手を差し伸べた人たちが、君を潜在的なライバルではないかと見做し、もはや手助けしようとしなくなる。この際は、謙虚な気持ちを持ち続け、地に足をつけ、冷静を保て。ペダルから足を離す時機ではなく、いまは懸命に仕事をすべき時と心得ること。いつまでも新人ではなく、若さを保ち続けられないし、そのような利点はすでに失っているのだ。いまや、君には最上の仕事を生み出すべきときが来ている。それに向けて前進あるのみ。

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 どうです? 心からの忠告であることが、よくお分かりでしょう。ジェイミーは著作家の心理と経済に迫っているだけでなく、同業者どうしのやっかみや嫉みまでを視野に収めた実用的な助言役に徹している。「よくも、まあ、ここまで書いてあげたな」と感心すべき、良心的なアドヴァイスじゃありませんか。 
 わけても①②で、ともかくまず読むことだと強調するあたりは、同感のいたり。書くための読書とは迂遠なように響くが、読者の立場ではなくて書き手の立場から読み直すことは、王道中の王道である。事実の探り方と意味づけ(評価)が的を射ていて、しかも文章表現が練られたワイン記事には、英文ですらめったに出くわさない。とはいえ、③に引かれたジャンシスとヒューの名は外すことができないし、私見ではマット・クレイマーやアンドリュー・ジェフォードも、その両名に優るとも劣らない。ただし、加えて私は、できたら原文で読むことを勧めたい。誤訳の被害を免れることができるだけでなく、論理的で正確な英語表現に刺激され、楽しんでいるうちに、いつしか著者の発想法が多少とも身につけば、いずれ英語で書く場合にも役立つはずだから。むろん、ここに挙げたワインライターたちとは正反対の凡作や愚作を垂れ流す者もいなくはないが、反面教師からも学ぶことはできる。

 
2)私的アドヴァイスの試み

 さて、このような視点に立ったジェイミーの上出来のアドヴァイスに、あえて付け加えるべきことはほとんどない。とすれば、その説を踏まえたうえで、別の視点から私の意見を述べるとしよう。その問題意識は、「ワインライターに必要な資質とは、なにか?」である。

 思うに、第一点は、「ワインライターである前に、ライターであれ」ということ。第二点は「ワインライターである前に、鋭いワイン・テイスターであれ」である。お気づきのとおり、上記二項に共通するキーワードは「ワインライターである前に」という修飾句。皮肉な言い方をすれば、ワインライターになる必要があろうとなかろうと、ライターであり、テイスターであることが、ワイン人(こんな言葉があるのかな? ワイン愛好家でもよい)として望ましい資質ではなかろうか。
 第一点について。ライター(著述家)とワインは、なんの繋がりもなさそうに見えるが、見えないワインの「味わい」を言葉でからめ捕って表現するのは、かなり知的な技であり、高級な芸である。だから、文章力と文章作法が必要なだけでなく、そもそも「考える」という作業を要するのだ(参照:丸谷才一『食通知ったかぶり』。はたして丸谷さんは成功しているのか?)。そこで「味わいを言葉でからめ捕る」ためには、同時に二番目の要件の後半、「良いテイスターでなければならない」ことになる。とすれば、難題のありかはむしろ「ワインの味わい」。そいつをからめ捕るという困難な知的作業には、ワインへの方法的なアプローチと、正しいアティテュードが肝心なのである。(注。このあたり、なにか堂々巡りの感がしなくもない。)

 おっと、思わず、「知的作業」などと口走ってしまったが、ワインに向かうためには、単に感覚を磨いたり、官能を高めたりするだけでは足りなくて、「考える」といういっそう根本的なブレーンワークが欠かせないのだ。そして、考えることを誘発するところが、読書の醍醐味ではなかったかしら。

ワインブック以外を読め

 そこで、もう一つ大切なことがある。それは、ワイン記事やワインブック以外の作を読むこと。なぜか? ワイン記事は商売のネタでもあるから、ワインのライターと志望者は、言われずともいくらかは読むだろう。だが、わざわざ積極的にワイン以外の分野を漁る必要があるのか。ワイン分野に秀作が少ないから必然的にそうなる、というのは半ば冗談、なかば真実だ。ワインライター業界が成長中でペイも多くて高収入ならば、優秀な書き手が育つか参入するはずだが、あいにく国際的にみてもそんな事情ではない。それに優秀な著作家は、過去にさかのぼればさらに、文学・歴史・思想・芸術(音楽・演劇・絵画その他)/批評などの諸ジャンルに輩出していて、目も眩みそう。ワイン以外の領域に目を転じれば、傑出した著作家がうじゃうじゃいて、知的で面白い読み物にあふれているから、選び放題である。だから、というわけではないが、ここで私のお勧めする〈ワインブック以外の著者名〉を挙げることは遠慮する。わが書庫から総動員するには、ひいき筋の著作家の数が多すぎて、作家・思想家大全になりかねず、絞るのがやっかいなのだ。

  そんなことを考えていたら、やはり同じ思いをしているワインライターがいたとみえる。『フォーブズ』誌のキャシー・ヒュイゲCathy Huyghe女史で、エッセイのタイトルは「ワイン・コミュニケーターのための(ワインブック以外の)8冊」“8 Books For Wine Communicators  (That Are Not About Wine)”(2/20/2015)。
 キャシーもやはり、「ワインライターは、なによりもまずライターでなければならない」としたうえで、「ワシントン・ポスト」のデイヴ・マッキンタイアーの言を引く。いわく、〈「ワイン」は名詞「ライター」を修飾する形容詞である。ワインについて優れたコミュニケーターになるということは、優れたコミュニケーターになることを意味する。〉
 本年ナパで催された「プロのワインライターのためのシンポジウム」に出席したキャシーは、「より良いワインライターであるためには、ことにワイン分野以外の本を、幅広くよむべし」と痛感した。そこで、自分のブックリストを公開するのではなくて、シンポジウムの出席者8名にインタヴューした結果を短くまとめた。ここでは、うち6人の回答の内容を紹介して、任を終えさせていただこう。

ビリー・コリンズ(北米桂冠詩人):ジェフ・ダイヤーとかポール・テルーなどの旅行作家。目的地に着いてみたら退屈きわまる場所だった、という期待外れの現実を、躊躇せずに書く人だから。ありのままを書くって、そういうことなのだよ。

ジャンシス・ロビンソン「エコノミスト」誌。上手な書き方のお手本。単純な言葉と明快な文章で、複雑な主題を専門家でない普通人向けに伝える。

エヴァン・ゴールドシュタイン(マスター・ソムリエ):ヒュー・ジョンソンの園芸や樹木に関する本。ワインだけにしか通じていない著作家ではないという例証。

ルイーズ・キアナン(ピューリッツァー賞受賞ジャーナリスト):「スロー・ジャーナリズム」(文字どおり徒歩で歩むペースで、足元の事実について書き進む)を提唱・実行する、ポール・サロペックが寄稿している、シカゴ・トリビューン紙のシリーズ記事。

パット・トムソン(ラ・ドルチェ・ヴィータ・ワインツアー創始者):ロージー・シャープ女史の『男たちと飲む』。彼女の人生における重要な瞬間の背景をなす、バーの人間模様を活写するメモワールである。たとえば、ノース・ヘイヴン・メトロ線のバー車輛のなかで、男たちから酒をおごられた時、お返しにタロット占いをしてあげた十代の経験談のくだり。

アルダー・ヤーロウ(「ヴィノグラフィー」創始者):『香りの帝王』(生物物理学者ルーカ・トゥーリンの伝記)と、ルーカ・トゥーリンの自伝『香りの秘密』。ヤーロウは、ワインの香りではなく、香水の香り(アロマ)に注目している。

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なお、キャシーを、「現在知るかぎり、もっとも興味深いワインライターへの道の途上にある」と評するスティーヴ・ヘンホフは、この記事に刺激されて、「私に影響を与えたノン・ワインブック」“Some non-wine books that influenced me”(Feb 23, 2015 )というエッセイを発表した。そこに名前が挙がった著作家は、仏陀、ウィンストン・チャーチル、ゴア・ヴィダール。また自伝としては、ナンシー・リーガン、ローレン・バコール、ジャック・ペパン、ポール・ゲッティなど。関心のある方は、直接ネット記事をご覧くださいな。


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