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ドイツワイン通信Vol.41

公開日: : 最終更新日:2015/03/30 北嶋 裕の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ, その他

ドイツワインマニア考

 私はドイツワインマニアなのかと自ら問うと、はなはだ心許ないものがある。確かに13年間モーゼルに住んで、来る年来る年試飲会に赴いてはもっぱら新酒を試飲して来た。試飲会には醸造所が開催するものからデュッセルドルフのプロヴァインまで様々あり、アイテム数は小規模な場合で15種類前後、大規模な場合は数百からそれ以上に達する。考えてみればトリーアの町のワインバーに行って、新しく入った地元の生産者のワインを何種類かグラスで飲むのも、ミニ試飲会のようなものだった。新たな出会いや発見を、私は何よりも楽しみにしている。それは今でも変わらない。

 何をもってマニアというか、その定義が問題になるのかもしれない。手元の辞書(三省堂『大辞林』)によれば「一つの事に熱中している人」のこと、とある。これだと大抵のプロフェッショナルや職人、学者、スポーツ選手に欠かせない資質のような気がする。

 マニアの類義語にはおたく、エンスー、フリークとか、ギーク、アノラックといった呼び方がある。トリーアの知人ラース・カールベルクはモーゼルワイン情報に特化したサイトwww.larscarlberg.comを運営しており、100年前のモーゼルワイン本など紹介したりしていてかなりマニアックなのだが、ラースは自分の書いた記事のことを「“geeky“すぎて普通の人には面白くないかもね」と自嘲気味に言っていた。アノラックといえば邦訳にも『ワインの科学』があるジェイミー・グッドのブログwineanorak.comが思い浮かぶ。なぜアノラックかといえば、イギリスの鉄道マニアがアノラックを着込んでお目当ての列車を線路脇で待っていたことから、かの地ではマニアのことをアノラックと呼ぶようになったのだとか。ストゥアート・ピゴットのブログwww.stuartpigott.deはマニアともギークともアノラックとも名乗っていないが、「一つの事に熱中している」という意味では相当にマニアックだと思う。

ドイツワインマニアの多様性

 なぜそんなことを考えているのかと言えば、先日『ドイツワインマニア会』と称するささやかなワイン会があったからだ。数年前から日本のドイツワインを盛り上げようと密かに(でもないか)画策を続けている仲間達が集まり、それぞれマニアらしいワインを持ち寄った。フランケンの赤底統土壌で栽培されたリースリング(フランケンの赤底統なんて初めて聞いた)、ラインガウのオレンジワイン(マセレーション発酵したリースリングをバリックで熟成、なんと型破りな!)やゲミシュター・ザッツ(リースリングの牙城ラインガウに地場品種7種類の混植混醸とは!)、ファルツで試験栽培されているグリュンフレンキッシュ(ブラウフレンキッシュなら有名だけど、グリュンフレンキッシュ?しかも地場品種!)や、ビオディナミを超えて霊気でブドウを栽培している醸造所のエティケット無しの正体不明なワイン(醸造所の奥さんは、ブドウ畑で毎日ブドウ樹の妖精と会話しているそうだ)などなど、興味深いワインが集まり大いに盛り上がって楽しんだ。

 しかし考えてみると、一口にマニアと言っても様々なタイプがあることに気づく。例えば、ミーハー型ドイツワインマニア。日頃から本や雑誌、ネットで情報収集を重ね、現地で話題になっているワインや生産者があると飲まずにはいられない。とはいえ、日本で扱われているドイツワインはとても限られているので、友人に頼んで送ってもらったり、現地に出かけて行って醸造所で買って来たりする。ついでに、その体験をネットに投稿して、知り得た情報を分かち合おうとすることもある。

 モーゼルに住んでいた頃に何人か出会ったのはミーハー型の一種、現地訪問型ドイツワインマニアであった。アマチュアでも自力で醸造所に予約を入れて一日に何軒もハシゴして歩く人々で、彼らの熱意と体力は半端ではない。中には30分刻みで醸造所を渡り歩き、一日10軒近く廻る猛者もいる。ある現地訪問型マニアは、昨年ついにドイツワインの輸入を始めてしまった。試飲イヴェントを頻繁に企画していて、ユーロ高もあって色々と大変なようだが、経営も2年目に入り順調にがんばっているみたいだ。

 ミーハー型の対極が銘醸系甘口マニアで、年配の人達に多い。ドイツワイン歴が長く「最高のドイツワインは銘醸の極甘口」と固く信じて疑わない。確かにドイツワインの辛口は、わずか20年前にはまだマイナーな存在で、辛口によるテロワールの表現が重視されるようになったのは21世紀に入ってからだから、致し方ないところはある。銘醸系甘口マニアはドイツ文学や音楽の愛好家も兼ねている教養豊かな人々であることが多い。が、惜しむらくは保守的で、視野を広げようという姿勢にやや乏しい傾向があるように見受けられる(違うだろうか?)。

 最後に、知識偏重型ドイツワインマニアもいると思う。彼らはとても勉強熱心だ。数ある交配品種の親品種から13生産地域のブドウ栽培面積と栽培品種の割合まで、実によく学んでいる。勤勉な日本人の鏡のような人達だが、その知識をどこで生かすのだろう、と思えなくもない(例えば「オルツタイルラーゲ」なんていう、今ではほとんど死語と化した専門用語を知ってどうするのだろう?)。日本ソムリエ協会の教本や、日本ドイツワイン協会連合会が出しているドイツワインケナー試験対策用テキストには、まだまだ足りない点が多い。重要な生産者や生産地域の気候や土壌、近年の生産年の特徴と仕上がりの傾向など、ドイツワインについて本当に勉強するべきことは、私見ではそうしたテキストの外にある(ケナー試験のお手伝いをさせて頂いていながらこんなことを言うのも申し訳ないけれど、反省の弁としてお許し頂きたい)。

 マニア必携の一冊としては毎年改版されるゴー・ミヨのドイツワインガイドの他に、2013年に邦訳出版されたステファン・ラインハルトのFine Wineシリーズ『ドイツ』(ガイアブックス)があるが、これは聞くところによればまだ200冊程度しか売れていないらしい。恐らくこういう最新情報に飛びつくミーハー型マニアは、英語の原書をいち早く入手して事足れりとしたものと思われる。

ワインマニアとワイン好き

 ちなみに私はその昔、ワイナートの『マニアの泉』というコーナーでドイツワインマニアとして取り上げていただいたことがある(24号、2004年11月)。あれからもう10年以上経っているかと思うと感慨深い。それほど長い間マニアをやっているのであれば、貴重なワインも相当溜め込んでいるのではと思われるかもしれないが、私費留学の貧乏学生にそんな資金があろうはずもない。もともと蒐集癖などない上に、もったいなくて飲めないようなワインは買わない主義なので、帰国の時日本に送ったワインは24本しかなかった。その程度ではマニアを名乗る資格は到底ない、単なるワイン好きではないか、とおしかりを受けたら返す言葉もない。

 ドイツ語ではワイン愛好家を「ヴァインリープハーバー」Weinliebhaberと言う(「ちなみにLiebhaberには『愛人』という意味もあるんだよ、とオールドファンの方が嬉しそうに言っていた)。考えて見れば、ドイツにはワインマニアに相当する言葉が見当たらない。私の見識不足かもしれないが、あえて言えば「情熱的なワイン愛好家」der leidenschaftliche Weinliebhaberといったところか。ヴァインファンWeinfanという言い方もあるけれど、これはどちらかというとアマチュアの無邪気なワイン好きといったニュアンスだ。ワインは日常生活に溶け込んでいるため、マニア的な偏愛の対象になりにくいのかもしれない(フランスではどうだろうか?やっぱりいそうな気がする)。あえて言えば蒐集家Sammlerがマニアといえるかもしれないが、蒐集の対象はもっぱら希少かつ高価なワインである。

 自分の中に抱くイメージを大切にするのが日本的マニアであるとするなら、その意味では真にドイツワインマニアらしいマニアはミーハー型ではなく、銘醸系甘口マニアに相応しいかもしれない。対照的にドイツの情熱的なワイン愛好家は、互いに議論するためにワインを飲んでいるようなフシがある。醸造所を訪問してまわり、毎年同じ試飲会で顔をあわせるうちにワイン業界関係者と知り合って、いつの間にかワインライターになったり醸造所で働いていたりという例も少なくない。ワインに対する開かれた情熱は、人を結びつけるはたらきがあるのだろう。これは洋の東西を問わない。

 以上、よしなしごとを書き連ねてしまった。そういえば、ここ半年ほどブログを更新していなかった。今度の取材から帰ったら、少し心を入れ替えてがんばらなければ。

(以上)

北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会 員。


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