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合田玲英のフィールド・ノートVol.29

公開日: : 最終更新日:2015/03/30 ライブラリー, 新・連載エッセイ, 合田 玲英のフィールドノート, その他

Vol.29

 2月も終わりに近づき、地方によりますが、ヨーロッパでは剪定もほぼ終わろうかという時期です。南半球のチリでは収穫の準備に忙しいころでしょう。今年の1月からご紹介しているチリワインですが、今回はその中の《クルション》というキュヴェを造っているワイナ リー、《コトー・デ・トゥルマオ》についてお伝えします。

 《 コトー・デ・トゥルマオ 》
 ワイナリーのオーナーは、フランス人であるクリストフ・ポルトとオリヴィエ・ポルトの兄弟です。2人はロワールのソローニュで代々林業を営んできた家系の出身で、新たに林業を始めるためにチリへとやってきたのは1978年です。彼らが林業を始めた町オソルノはロス・ラゴス州にあり、チリでのワイン生産地域としては最南端にあたります。この辺りでブドウ栽培が始められたのはごく最近のことで、オリヴィエたちがブドウ樹を植えたのも2000年のことでした。それ以前はこの地域でのブドウ栽培など考えられないことだったそうですが、気温の上昇により年々ブドウ栽培地域の南限は下がっています。ピノ・ノワール、カベルネ・ソーヴィニョン、メルローの3種を植えましたが、1.5haのピノ・ノワールだけが成育しました。
IMG_5526_オリヴィエ・ポルト:オーナーIMG_5480_クルションのピノ・ノワールの畑。15歳。芽かきは行うがキャノピーフリー

 ワインを造るプロジェクトは、もともと自家消費のためでした。彼らがチリへやってきたばかりのころは、「安くてうまかった」チリワインが注目されていましたが、近代化が進むにつれて「うまい」ワインが無くなっていってしまったそうです。ならば自分たちで造ろうと、オソルノから車で1時間ほどの山中に栽培する場所を見出しました。世界自然遺産であるパタゴニアにも近いロス・ラゴス州は、チリ中部に比べ緑がはるかに多い地域で、原生林こそありませんが林業が盛んです。どこも森におおわれた丘と谷を流れる川のとても綺麗な地域ですが、オリヴィエたちにとっては自分たちの出身地であるロワールのサンセールの景色に重なるところがありました。

 栽培も醸造も全く知らない2人でしたが、「土地が良くてブドウが美味しければ、ワインが不味くなるわけがない」と試行錯誤。かれこれするうち、共通の友人からルイ=アントワヌ・リュイットのことを聞き、彼に助言を求めました。2008年のことです。前年までのワインの出来に落胆していた2人にとって、ルイ=アントワヌはまさに救世主。同年にはマルセル・ラピエールもルイ=アントワヌの招きでやってきて、素晴らしいワインの出来る土地だと太鼓判を押しました。
 ルイ=アントワーヌは、新たにピノ・ノワールを1ha植えるにあたり、ある試みをしました。 16世紀にイタリアで書かれた、『フランスのシトー派のピノノワールの栽培についての教え』に従ったのです。「土地は広く、自前の苗で、コストはかからない。もともとチリでピノ・ノワールを植える特別な意味はない。時間と土地はいくらでもあるから、面白い試みをやってみよう。」そこで7年間は剪定をせず放っておき、収穫をしない。このようにすると、始めの7年間でしっかりと根が張り、いったん剪定をすると根にたくわえられたエネルギーが爆発するかのように、力強い成育をみせ、素晴らしい収穫を得ることができる。2015年3月は、初めての収穫となる、何と楽しみだろう。 
 その後ルイ=アントワヌは、2010年まで栽培・醸造の指示を行ってきました。けれども、やはり彼の住む地域とはあまりにも離れているため、2011年以降はクェンタン・ジャヴォワというオーナーの友人が住み込みで指導に当たっています。
IMG_5524_クェンタン・ジャヴォワ:エノロゴ。栽培醸造の責任者。IMG_5467_セラー外観IMG_5459_セラー内部。バリックの中は全てピノ・ノワール。プレスは手動
 クェンタンもまたロワールのワイナリーの出身者。早くからナチュラルワインに興味があり、実家で働くか他で経験を積むか考えていたところに、ルイ=アントワヌからの誘いがありました。初年度の2011年から亜硫酸無添加の醸造に挑戦し、手作業で徐梗、醸造中の介入を可能な限り削っています。育苗も自前でやっており、といっても剪定した枝の中から良いものを選び地面に植えるだけで根が出てくるのです。チリでしか出来ない利点をしっかりと取り入れつつ、余計な工程を省いて醸造されるワインは、大変洗練されています。まだまだ畑の管理が思うに行かないことが多いとのことですが、可能性に溢れた土地であることは間違いなく、模索のし甲斐がある、とクェンタン。 また、もともとの土壌が豊かなので、畑の中で少しでも水分の集まりやすい場所では樹勢が強まり、病害にさらされる危険性が増します。「雹のように避けようのない被害はあるのか」と聞くと、意外な答えが返ってきました。2014年チリでは難しい年でしたが、それは霜の被害によるものでした。チリで霜害?と思いましたが、初春のカラッと晴れた日の早朝は放射冷却により気温が急激に下がり、ブドウの芽が凍ってしまうことがあって、ある畑の区画が全滅ということもあるそうです。やはりどんな土地でもブドウ栽培が楽なことはないようです。

 ナチュラルワイン生産だけでなく、チリには多くのフランス人がワインビジネスに関わっています。そして国際的な交流がある以上、輸出入品の貨物(中古の農業トラクターなど)と共に、ヨーロッパから数年おきに新しい虫や病気持ち込まれているらしいとのこと。チリの特別な環境が少しずつ壊されていくことが、脅威に感じられます。現在コトー・デ・トゥルマオに植わっているピノ・ノワールのクローンは、チリのあるワイン生産者から分けてもらったものです。元々は1830年代にチリへ持ち込まれたクローンで、サヴィニー・レ・ボーヌやポマールのあたりで栽培されていたブドウ樹のものだということが分かっています。本土のフランスではフィロキセラ禍によりこれらのクローンはほぼ完全に消え去ってしまったと思われます。ピノ・ノワールに限らず他品種についてもそうですが、これらの財産がいつまでも損なわれることなく続いてほしいものだと、心から願っています。

 

合田 玲英(ごうだ れい)プロフィール
1986年生まれ。東京都出身。≪2007年、2009年≫フランスの造り手(ドメーヌ・レオン・バラル:写真左)で収穫≪2009年秋~2012年2月≫レオン・バラルのもとで研修 ≪2012年2月~2013年2月≫ギリシャ・ケファロニア島の造り手(ドメーヌ・スクラヴォス)のもとで研修 ≪2014年現在≫イタリア・トリノ在住

 
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