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エッセイ:Vol.92ワインライターへの道

公開日: : 最終更新日:2015/03/30 定番エッセイ, ライブラリー, 塚原 正章の連載コラム, その他

ワインの評論家やジャーナリスト

を一括して、ここではワインライターと呼ぼう。ワインライターという仕事や職業は一般に、またとりわけこの国では、ビジネスとして成り立ちにくい。なぜだろうか。

言葉の問題
 ワインは世界市場をもつ商品であるが、歴史的にイギリスとの関係が深かったため、英語で書かれた良質のワインブックが多かった。もし「ワイン言語」を一つだけ選ばなければならないとしたら、歴史的には英語だろうか。その比率は落ちているにせよ、現在もなおワインブックでは英語が優勢であるとみられる。だとしたら、ワインライターの言語のなかで最も有力なのは、いまなお英語である。いまや世界中でうごめいているワインのブロガーは、一種の「ワインライター予備軍」とみることができる。インターネットで質的に高い水準にあるワイン専門のコンテンツとブログの言語もまた、英語が圧倒しているようだ。
 このような言語情勢の中で、日本人ワインライターたるもの、英語で自説を述べないかぎり、世界から優れたワインライターと認められず、単なるドメスティックな存在にとどまってしまう。逆にいえば、たとえMWであろうと、日本国内のワイン情勢にさほど詳しくない英語圏人が、日本のワイン事情について狭い見聞にもとづいた意見を英語で述べたら、それが真に受けられてしまいがち――となるが、これは余談。
 もとより日本語の使用人口は、日本国民の範囲を大きく出ないから、英語に比べて著しく狭小である。日本語のワインブックやワインジャーナリズムの総出版点数や活動もまた、けっして大きくない(世界でも近年のワインブック発行点数は低調である)。そのような低調さと読者層の狭さが一方にあり、おまけにワイン専門分野のライターに対するニーズが相対的に低いから、日本でワインライターの収入もまた低止まりしがち。だから、とりわけフリーランスのワインライターは、自立した生活がしにくい、という事情がある。

経験蓄積の困難さ
 ワインほど、充実した経験をつむのに必要な時間と費用がおびただしくかかる世界は、あまり類があるまい。そのうえ、海外の先進ワイン地域に長期滞在し、独自に取材するとしたら、経費は膨大にのぼるから、よほど生活に余裕があるか別に収入の道でもないかぎり、自費でまかなうのは不可能にちかい。近ごろは出版社・放送局ともに、撮影を伴う長期の海外取材経費を惜しむようであるから、かくして他力本願も空しそうである。
 けれどもマット・クレイマーのピエモンテ滞在のように実り豊かな実例(“A Passion for Piemonte”の出版)を目にすると、フィールドワークの大切さを痛感する。地域ごとのワイン専門家をいかに養成するかが、広義のワイン業界の課題であろう。
 それにしても、経済的な観点として、ワイン情報/経験のインプットに要する経費と、執筆などのアウトプットがもたらす収入の割合だけでみたら、Output/Inputの効率がいちじるしく悪い。それにもかかわらず、ワイン好きが嵩じて(インポーターではなく)ワインライターを目ざす方々がいるのは、お目出度い、いや、頼もしいかぎりである。

ワインライターへの王道はあるか?
  「努力しないで出世する方法」という、性格俳優ロバート・モースが好演するユーモラスなミュージカル映画があった。主人公の青年が同名の本に惚れこみ、書かれたとおりに生き方を変えようとして、窓拭きからスタート。ご機嫌取りやあらゆる奇策をとり、はなばなしい失敗にもめげず、念願かなって会社のトップに上り詰めるという成功譚であった。この映画の公開当時、さる映画評論家がこれは「努力しないで出世する」のではなく、「別の努力をして出世する」方法であると、うがった論評をしていたのに感心したものだ。
 それでは、努力しないでワインライターになる方法はあるだろうか。王道の努力をしないのなら、奇策をとるしかないが、後者はこのミュージカル映画とおなじく、つまるところ別のすさまじい努力をすることだとしたら、普通のワインライター志望者は王道をとるにしくはない。
 王道とはなにか。じつは、その方法について、まじめな考察から冗談めかした戯論まで、さまざまなエッセイがブログには登場する。

 1.不真面目な「王道」とは

A)ロン・ウェイシャムの方法
 ティム・エイトキンMWが主宰するホームページtimatkin.comのなかで、道化役を楽しんで演じてみせるのが、喜劇作者転じてソムリエとなった、筆達者なロン・ウェイシャムRon Washam。その秀作エッセイのなかには、現代を「退屈なワイン論の黄金時代」に見立てたあげく、チョーサー/セインツベリー/ダーウィン/スウィフトという名士が、当時ブログがあったら残したであろうと思われる、「逸文」の抜粋録がある。
 が、本題に戻れば、ロンの怪論は「ワインライターとして成功する方法」“How to become a successful wine writer”(2014.11.05)なるエッセイ。もちろん、風刺を利かせた戯文だから、まともに受けとってはならないが、その当てこすりは快い。

 前説として、ワインの知識や筆力、才気などは、ワインライターの必要条件でないこと明白、とロンは言明。もしワインジャーナリズムが正確でかつ情報にとみ、申し分なく上手に書かれていたとしたら、かえって読者には荷が重すぎて悪夢となる、とまでからかう。ワインライターを志す数千人の人々が、ブログや新聞コラムで繰り返し書いている内容から察するに、彼らは〈知識と文章力の欠如〉という必須の資質に恵まれているのに、まだ成功していない。そこでロンは、3点のチェックリストを用意。いわく、「名声」「謙虚を装うこと」「常にワインを尊崇すること」。
 オークチップが新樽風味をつけられるように、およそ本物など不要で、名声はワイン知識の代用品になると知るべし。ただしそのためには、恐るべき数のワインレヴューを量産して、自分のブログや「セラー・トラッカー」などに投稿し、ワイン・エキスパートであるという想像上の役割=アイデンティティーを、インターネットで確立すること。エキスパートの旗印を振り続ければ、必ずや名声は実現する。
 そこで、次なる資質、「謙虚の装い」を身につけること。ワインについて書くとき、本物の「精妙さ」など求められていなく、それは詩のためにとっておけ。〈つねに気取っていないふりをするという気取り〉こそ、人々がワイン・エッセイに求めているのだ。ともかく読者に奉仕し、(自分には不可能でも)彼らが求めているワインへの正しい接近法を示し、教育してあげるのだ。
 この2点を達成したあげくに必要なのが、ワインを神秘めかして語り、讃仰の祭壇に上せること。むろん、ワインを知って理解するためには、「ワイン発見の旅に参加しませんか」などと、仲間に誘いかけるのは愚の骨頂。単身で尊崇の檀に自らを置き、這い上がろうとする他のライター志望者どもを見下ろすべし。檀上、ワインの神秘と威厳に手をかけ、名声と謙虚の仮装とともにこの高みにすっくと立ち、人間に雷光と運命を打ち下ろすギリシャの神々もどきに、ワインに関する判断や評価点を宣下すること。大衆は、自分の好みなどいわずに、受け入れるしかなくなる。結論は、〈ワインライター業こそ、世界一の偉大な仕事なのだ〉、ですって。でもこの仕草、誰かを思わせますよね。

B) ジェイミー・グッド
 次に紹介するのは、ワインブロガーから出発し、『ワインの科学』の著者としてライターに上り詰めた実績のある、ジェイミー・グッドの戯文。「退屈な記事を書いて、ワインライターとして成功する方法」“How to succeed as a wine writer by writing boring articles” (2015.01.22)。いかにも誠実な科学者らしいタイトルですね。

 「ワイン雑誌に載っている大概のワイン記事は、退屈で型どおり」なのだから、市場が望むとおり退屈で型どおりに書けばよい、という結論は論理的である。が、ジェイミーが説く方法は興味深い。
 まず、プレス旅行に参加すること。どこかの地域団体が用意したプランに便乗し、2~3日間のワイン地域X旅行に、同業者とともに乗り込む。訪ね先は、ブティック・ワイナリー、より大きな生産者、巨大な生産者(主なる費用負担者)が、各1~2名という組み合わせ。
 次に、ワイン雑誌の編集者が地域Xの記事に原稿料(コミッション)を用意するが、内実は太っ腹な地域団体が広告費もろともおぜん立てしたもの。原稿のサイズは1500~1800語で、100語あたり£225~1000(15年も不変のよしで、日本と変わらない)。
 次なるは、退屈な記事の書き方。だが、この語数では深い記事は無理というもの。まず、固有名詞をあまり入れない、長い概論big overviewを書く。それには、次のテンプレートに従えば簡単である。

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 30年前まで地域Xは、畑とブドウ品種が高い可能性を約しているにもかかわらず、とても良いワインの産地ではなかった。次なるは、当地のパイオニアの仕事を説明する段。同輩に先駆けて、わずかだけ良質なワインを生み出しはじめた人々についてである。もし、より良いワインを造れば、より高値で売れることに気づき、いかにしてそれを実現し、コンペティションでトロフィーを得たり、パーカーから90+の点数を獲得したりして、成功への途を実現した生産者1~4名について述べる。
 それから〈畑面積、品種名、気候〉について、事実を少々。訪問先生産者の発言の引用から始まるパラグラフ、2点。曖昧な一般論で可ゆ、この機会を大いに活用すべし。
 小・中・大の生産者規模について言及し、「大」の広さにもかかわらず、その質の高さを讃える。
 栽培・醸造について語る。畑の樹齢が一部は若く、一部は高い。最上ワインは最上テロワールから産する。あるテロワールは他のテロワールに優り、地域を通じてどのような地質の広がりがあるかを指摘。(あなたには具体的な地質の意味がわからないだろうから)訪問先生産者の言を借りて、その地質について語るべし。誰も識らないのだから、それでよいのだ。当地の赤・白ワイン用品種名と、特定クローンの優劣について。ヴァリエタル・ワインとブレンド・ワインについて、ブレンドものにもヴァリエタルに優る(劣る)ものがあること。生産者によっては、オーク樽あるいはステンレス・タンクの、どちらか又は双方を使うこと。
 生産者は伝統派と近代派にわかれ、それぞれの派の支持者がいる。伝統派生産者のなかには、近代派の流れに与するものもある。
 ここで、個人的な見解を述べること。ワイン造りに情熱をもち、小さな畑を買って情熱を惜しまず注ぎ、毎年のワインのわずかな品質向上とともに、少ずつビジネスも拡大し、徐々に畑を買いたしてきた、生産者Yについて。高齢生産者が引退し、新たなワインメーカーが仕事を始めるという世代交代について、注意深く書くこと。とはいえ、「ものごとはすべて、ほんの少しずつ向上する」(リチャード・ニール)という叙述テーマから逸脱してはならない。現在のワインの質は数年前の質を上まわるが、誰しもが情熱と動機があるから、今後も少しずつ向上しつづけるだろう、と予言すること。
 肝心な点。この段階で、書きかけの原稿が(実際のとおり)アドヴァトリアル(PR記事)のように読めはしないか、自戒すること。そこで、品質向上に翳りを落し、解決を要する2~3の点について言及しつつ、その乗り越えが難しくなく、実際に解決しつつあることについて触れられればベスト。近年のヴィンンテッジが別のヴィンテッジほど良好ではないとか、霙の害の危険性や為替レートの変動、旧型耕作のばあいのロバ不足などについても。
 結論。未来は明るく、産地Xのワインは上昇の一途だから、買わない手はないこと。
 ここで、お勧めの生産者5人が登場。あなたが見聞した、異なるレヴェルと質に、広くまたがるべし。各層からワインを選び、一般的な記述を与えればよい。これにて終了。私にお礼を言うことはなくて、役にたてれば何よりです。

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  ……いやはや、なんとも長丁場だったけれど、ジェイミーの作ってくれたテンプレートは、日本のワインライター志望者の参考になりそうではありませんか。
 間違いなく、あなたも凡庸なワインライターになれること、請け合いです。

  さて、次に王道の中の正論について、同じくジェイミー・グッドから“Advice for young winewriters” (2015.02.15) について言及したうえで、私のアドヴァイスを付け加える予定でした。が、ご覧のとおり文章量が多くなりすぎたので、今回は遠慮するとしよう。なんなら、代わって書いていただいても結構ですよ。


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