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ファイン・ワインへの道Vol.101

イタリアが「スパークリングの国に変貌」??

 それはまさに文明退化、かつ時代逆行? アルコールは極少量でも癌の原因になると、他ならぬアメリカ保健福祉省医務総監が宣言し、 そのラベル表示義務を議会に勧告したり。あのフランスでさえ保健省大臣ヤニック・ノデール氏が率先して自らドライ・ジャニュアリー(1月、1ヶ月間の禁酒)を宣言したり。
 偉大な人類のアルコール文化は、退化の一途にも見える忸怩たる世の中 ですが……。それでも成長分野もあるのです、というイタリアからの小さく軽~い 話題です。今月は。

目次:
1:イタリアワインの輸出本数、スパークリングが赤を超える。
2:シャンパーニュ、ブルゴーニュより広くなったプロセッコDOCエリア。
3:プロセッコ輸出先の68%は、ワイン消費先進国(?)EU諸国+イギリス。
4:品質上の将来の牽引役は、ピエモンテ、アルタ・ランガ。

 

1 :イタリアワインの輸出本数、スパークリングが赤を超える。

 イタリア産の赤、白、スパークリングワインの中で最も多く輸出されているカテゴリーといえば、やはり赤ワインかなと思いますよね。 私もそうでした。ところが昨年、とうとうスパークリングワインが赤とロゼの合計を上回って、史上初めてカテゴリー別輸出ワインの本数でトップに立ったというニュースが入ってきました。
 2024年1月から9月末までの合計ですが、赤とロゼの輸出総計が5億 2400万本。スパークリング輸出総計5億2800万本。 白は4億6000万本でした(Unione Italiana Vini,イタリアワイン組合:出典)。その活況の主役といえば、ご想像通りプロセッコ、です。 栄光のバローロ、バルバレスコ、ブルネッロなどなど名だたる偉大なイタリアの赤の合計よりも、プロセッコ(イタリア産スパークリングワインの75%) の方が本数上では世界中で飲まれている、ということなのですね。

プロセッコ DOCG エリアは急峻な丘陵地帯が中心。DOC エリアには平地も多く含まれる。

 

2:シャンパーニュ、ブルゴーニュより広くなったプロセッコDOCエリア。

 それにしても近年のプロセッコのビッグ・バン的な人気爆発は、ワイン上級者からしても、シャンパーニュ 原理主義者からしても(?)、無視し続けるのが難しいほどじゃないでしょうか。 生産量はこの20年間で5倍に増加。 ヴェネチアから北へ約30kmの丘陵地帯から始まった生産地域は、コネリアーノ、ヴァルドッヴィアーデネのDOCGエリアを核にしつつ、周囲のDOCエリアを需要の拡大に簡単に応えるように境界線を拡大。中でも2009年の法改正では認可エリアが一気に約4倍、40,000ha(シャンパーニュ 全体よりも、 ボジョレを除くブルゴーニュ全体よりも広い)に拡大され、 ヴェネト州5県(ヴィチェンツァ、パドヴァも含む)だけでなくフリウリ・ヴェネチア・ジュリア州の4県にまで達しています。
 しかもフリウリはイタリア最東端のトリエステや、スロヴェニアと国境を接するゴリツィアもプロセッコDOCエリア内。 つまり、あのミアーニやラディコンの隣の畑でも、作ろうと思えば プロセッコが作れるのです。 イタリア人のこのあたりの迅速なご都合主義は、時に痛快なほど心地よいものがありますね。そのスピード感は、見方によってはテロワールの安請け合い、安売りとも思えなくもないのですが。
 ともあれイタリアワイン組合事務局長、パオロ・カステレッティ氏が語る「イタリアはますます スパークリングワインの国に変貌している」というコメントも、データ上では日に日に重みを増しているわけです。

 

3:プロセッコ輸出先の68%は、ワイン消費先進国(?)EU諸国+イギリス。


 実は、今回、このニュースに関してプロセッコの様々な資料を縦横断した中で 特に興味を引かれたのは、その輸出量ではなく、輸出先に関して。プロセッコDOC、6億本の生産量のうち80%が輸出。その68%がEU 諸国 + イギリス。 25%が 北米大陸、 日本を含むアジア全域はわずか5%、なのでした(2023年統計)。 EU全体人口約3億人、対して 中国、インド、日本を含むアジア全域の人口はその10倍の30億人を軽く超えるわけですが、 比率 からすると 68% :5%。日本への輸入は、わずか300万本、全体の0.5%です。
 もちろんこのデータから安直に、やはりヨーロッパの人々はワイン選びがスマートだなぁ、ワイン消費の先進国ね(知的ね、合理的ね、慣れているね)などと言うつもりはないですが。それでも賢明かつ利口なスパークリングワイン選びとは? を考える中で、この数値は示唆に富むものとは言えないでしょうか。 もったいないですよね、本当に。 いつまでもプロセッコ=できれば避けたい(サーヴするのが後ろめたい)二流酒、 なんて反射的にこのお酒を遠ざけるのは。近年は、耐圧タンク内での澱との接触期間を延ばして、ぐっとクリーミーで細かな泡立ちのものも、増えていますよ。本当に。

 

4:品質上の将来の牽引役は、ピエモンテ、アルタ・ランガ。

 そしてもちろん、イタリア産スパークリングワインといえば見逃せない、見逃してはいけないエリアがアルタ・ランガ。ピエモンテ、バローロのすぐ南あたりから東に伸びる高標高地帯で生まれるメトード・クラシコのスパークリングワインです。 畑は標高250m以上が規定。600m 近い場所にもブドウ樹が植わっています。
 本格的スパークリング産地として活況を呈し始めたのは、一部の例外を除き今世紀に入ってからですが、近年の品質向上には刮目すべきものあり。 DOCG規定の瓶内二次発酵の最低期間が30ヶ月で、スタンダード・シャンパーニュ規定の倍ということも全体レベルの底上げに寄与している模様です。 もちろんシャンパーニュ同様、それより長く4~5年の瓶内二次発酵後に出荷する生産者も少なくありません。同様に意義深いのが10t/haという法定収穫量上限。こちらもシャンパーニュよりぐっと低い(≒品質志向)です。低収量、大切ですよね。皆様ご存じの通り。

最低 30 ヶ月の瓶内二次熟成が義務付けられるのがアルタ・ランガの DOCGの意義深き規定。

 現在アルタ・ランガの栽培面積は拡大したとはいえまだ約450ha(1980年前後のバルバレスコとほぼ同じ)、 生産者はポデーリ・コッラ、プリンチピアーノ・フェルディナンド、ジェルマーノ・エットーレ、デルテット、マッテオ・コレッジアなどなど、バローロ、バルバレスコ、ロエーロの気鋭生産者も含む40社以上が参入しています。 地域全体の2/3がピノ・ノワール、1/3がシャルドネという比率も、多くのアルタ・ランガが持つ、ほどよいボディ感の要因でしょう。
 このエリアの生産量は、2024年は対前年比10%アップ。輸出はまだ全体の15%ですが、その魅力と実力は、今後ますます世界に拡散すること間違いないでしょう。

 変貌続く“スパークリングワインの国”としてのイタリア。日本でも、日々の食卓のプロセッコ、ちょっと特別な日のアルタ・ランガ、なんて幸福な習慣がより(賢明に)広がれば、現代の新・禁酒法時代の逆風も、さらに他人事に、滑稽至極に思えることでしょう。

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

冬の夜に、心温まる、
王道、ウエストコースト・ジャズ。
『チェット・ベイカー シングス・アンド・プレイズ』
チェット・ベイカー

ジャズをこのコラムであまり推さないのは、筆者がへそ曲がりだからでも、メジャーなもの嫌いだからでもないのですが……。冬の寒い日の夜は王道ジャズ、しかもソフトでマイルドなウエストコーストものが、心温まりますね。中でも今月推すチェット・ベイカーはご存じ別格のビッグネーム。素直で軽やかなトランペットのフレージング加えて、時に中性的とも言われる優しくスイートなヴォーカルが、不思議なほど心身への音マッサージ効果さえ、与えてくれるのです。
膨大な作品中、まず「シングス」が大メジャーですが、1955年リリースのこのアルバムもチェットならではの軽妙さの奥にあるハート・ウォーミングな音が心地よく満喫できる一枚。冬の夜のスパークリングワイン(フランス産に限らず)はもちろん、食後のポートやマデイラなどまで。酔いのタッチを優しく温かく、変えてくれますよ。

https://www.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_kbR-ETqZZmbY2HFRl6V6YAkqVWKhax34U

 

今月の言葉:

「変化は人生の法則です。過去や現在だけを見つめる者は、未来を見失うことが確実です」
             ジョン・F・ケネディ

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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