ファイン・ワインへの道Vol.81
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寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ イザベル・レジュロンM.W., ピエール・フリック, アルザス, ロウ・ワイン・フェア2023, パリ開催, 中央ヨーロッパ, ナチュールワイン, ブリューノ・シュレール, 亜硫酸量の表示
イザベル・レジュロンM.W.主催のナチュールフェア、RAW WINE PARIS 2023、報告。
目次:
1. 参加156社、ほぼ全ての出品ワインの亜硫酸量を事前明記。
2. さらに好スパイラルで広がる、アルザス・ナチュールの波。
3. イタリア、ドイツ勢には“勇み足”も、散見。
1.参加156社、ほぼ全ての出品ワインの亜硫酸量を事前明記。
全156社。世界中から集まったナチュールワインを生産者と共に一気に試飲できる機会、 そう多くはありませんよね。 それが名声、世に誉れ高いロウ・ワイン・フェア(RAW WINE FAIR)です。直訳すれば“生ワイン博覧会”。マスター・オブ・ワインの中で数少ない(と推測される)ナチュールワイン推進派、 イザベル・レジュロンがオーガナイズするこの大型試飲イベント、 2018年ニューヨークで始まり、ロンドン、トロント、コペンハーゲン、ベルリンなどでも定期的に開催されてきました。
そして今年初めて、パリでも開催。 早速、足を運んでまいりましたのでその概況をお伝えしたく思います。
このフェアの最大のサプライズの1つは、 実は会場に着く1週間前にありました。 それは イベントのサイトで、参加ワイナリーのほぼ全てのワインに酸化防止剤(亜硫酸)量が明記されていたことです。 一ワイナリーあたり、およそ8種を出品するとして、 1,248 アイテム。 それだけの種類のワイン全てにトータルSO2量を表示する労力は相当のもののはず。 それでも、ワインの美と深淵を左右するこの数字の表示は、その多大な労力に値するというのが、マスター・オブ・ワインであるイザベルからのメッセージなのでしょう。合掌、であります。
近年少しずつ、一部の(志の高い)ワインで裏ラベルに瓶詰め時のトータルSO2量を表示する、歓迎すべき動きが出ていることはご存知の通りかと思いますが、 さらに広まってほしいですね。 この傾向は。
今回165の参加ワイナリー数を 国別に見ると、フランス54、イタリア32、 スペイン13、 ドイツ4、 オーストリア15、ハンガリー2、スロバキア3、 セルビア2、 ギリシャ4、スウェーデン1、ジョージア17、アメリカ4、 カナダ1、といった内訳。 2日間の試飲の中で、最も手応えと将来の有望性を感じたトピックスは2つ。うち一つは、オーストリアとその周辺国、ハンガリー、 スロバキアなど、中央ヨーロッパ産ナチュールの伸長。 もう一つは、アルザスのさらなる躍進、でした。歴史的には一つの国だった時期も長いオーストリア、ハンガリー、そしてスロバキア。
スロバキアの「マグラ・ファミリー・ワイナリー(Magula Family Winery)」( https://www.vinomagula.sk/en/ ) はエリザベス・ガーベイM.W.とのコラボレーション・ワイン(SEN)も発表 ( https://sen.wine/ ) 。「ヴィーノ・フビンスキー( Vino Hubinsky )」( https://www.vinohubinsky.com/ ) が手がける稀少固有品種“デヴィン”2020の非常に力強いアロマと、太い果実味と心地いい酸の重層的なレイヤーも非常に印象的でした。
このワイナリーも、 オーナーのペーター・フビンスキーが「ステンレスタンクはワインの果実味を萎縮させるから良くない。だからこのヴィンテッジから発酵タンクを円錐形コンクリートタンクに変えた」と力説していたのも印象的でした。
また、オーストリア勢といえば少し前には、今やナチュールの神話的巨星クリスチャン・チダもNYのロウ・ワイン・フェアには参加していたそうですが、 今回はチダの姿はなし。
しかし同じノイジードラーゼー湖畔で、 チャーミングでポップなラベルとは対極的なシリアスなワインを生む「コッピティッシュ・アレックス&マリア(Koppitisch Alex&Maria)」( https://weingut-koppitsch.at/en/ ) 、ツヴァイゲルトとザンクト・ローレンのブレンドからダイナミックな活力あるスミレの花のアロマを産む「ワイナリー・ヨハネス・トラプル(Winery Johannes Trapl)」( https://johannestrapl.com/ )など。今や堂々、ヨーロッパの最重要ナチュールワイン大国としての、オーストリアの盤石ぶりを、またしても見せつけられました。
2. さらに好スパイラルで広がる、アルザス・ナチュールの波。
そんなオーストリア勢を、さらに一段上回る安定感、粒ぞろい感があったのがアルザス勢。 「ドゥ・ヴァン・オー・リアン(Du Vin aux Liens)」( https://duvinauxliens.com/ )、「ミュラー・ケベルレ(Muller Koeberle)」( https://www.muller-koeberle.fr/en/en/ )、「サンズ・オブ・ワイン(Sons of Wine)」(https://www.rawwine.com/profile/sonsofwine)、「アインハート(Einhart)」( https://www.rawwine.com/profile/domaine-einhart )ほか、 ほぼ全ての生産者が凛々しい均整と格調の高さ、 そして、スッと自然に心の奥底に届くようなピュアで素朴で美しい果実味あるワイン作りに成功していたのには驚かされました。
そんな近年のアルザス・ナチュールワインの活況について「やはり【ピエール・フリック】、【ブリューノ・シュレール】、 パトリック・メイエの3人のスーパースターの影響は大きい。 彼らのワインに激しくインスパイアされた若い世代が次々に、 彼らの背中を追いかけてナチュラルなワイン作りを開始している。 そして3人のスーパースターは、とてもオープンな人々。彼らのところに教えを請う若者たちには、惜しみなくどんなことでも教える。彼らのオープンさによってアルザス・ナチュールワインの道筋は 、さらに広く遠くまで伸びるようになっているの」と語ってくれたのは、ドゥ・ヴァン・オー・リアンの若き女性当主ヴァネッサ・レトール。 まさに巨星、シュレール&メイエが開いた道は、素晴らしい波状効果とポジティブ・スパイラルで、ますますアルザスをフランスの最重要ナチュールワイン王国の一つに、しているようです。
3. イタリア、ドイツ勢には“勇み足”も、散見。
とはいえ 、 このようなフェアでは、当たり外れがあるのは、もはや運命的原理。32の生産者が参加したイタリアについても ご報告すべきでしょう。 エトナ の大御所フランク・コーネリッセンはトップ・キュヴェのマグマを大盤振る舞いし、 ピエモンテの名匠、カーゼ・コリーニはネッビオーロを含む10種のキュヴェを惜しげもなくサーヴし、という贅沢はありましたが・・・・。全般的に他国より目立ったのは、 いい意味、と言いたいところだけれども今回は悪い意味でのワインのエクストリーム感。
特に、よくも悪くも近年のファッションとなったマイナー郷土品種 100%でのワインは、今回の出展社に関しては、荒っぽさとワイルドさが目立ちすぎ、 どう楽しんでいいのかわからない、難儀ワインが散見されました。
例えばピエモンテ、アスティ地方のグリニョリーノ100%のワイン( 「カッシーナ・ガスパルダ 」)、フレイザ( 「アンドレア・スコベーロ」 )、モスカート・ノワール( 「アソトム」 )などなど。あまりにも酸が高くアグレッシブ、 時には酸の質感がヒステリックとさえ思えるワインも散見し…、 ワイン作りの難しさと、 極端なものに対する許容量が大変に寛大な(時折、寛大すぎる?)、イタリア人の国民性を感じさせられた次第、でした。
もちろんグリニョリーノは「19世紀、トリノ貴族の間では、偉大なブルゴーニュの代替品となるワインとみなされた」との話も伝わる品種。この品種もフレイザも、生産者によっては偉大なワインがあることは、補足するまでもないかと考えます。
ともあれ。極端すぎて楽しみ方不明のワインは今回のドイツ勢も同様。全4社 全てをテイスティングしましたが、 なぜか多くがアルコール10% 少々のフレッシュ&ライトスタイルを志向しすぎたのか、こちらも高すぎる酸と痩せた 果実味のバランスが不安定なものが多く、 内心ドイツ勢に多いに期待していた私としては、今回のフェアではお宝には出会えませんでした。
ちなみに、コラム 冒頭で触れた スウェーデンのワイナリーですが・・・・・・私も事前リストにこの項目を発見した時はかなりエキサイトしたのですが、ブドウは スウェーデンでは栽培されていません。
この会社はワイン輸送時の環境負荷、輸送の二酸化炭素排出量削減のため、ボトルの軽量化を促進し、アルミ缶でのワイン販売に行き着いた会社です。なんと アルミ缶は通常のガラス瓶より輸送時の二酸化炭素排出量を79%も削減できるというのです。 ワインはイタリア、オーストリアなどの生産者からバルクで購入しているとのこと。 私たちとしては、金属容器がワインに与える影響が少し心配ではありますが、 そんなことも含めて多くの問題提起、 新潮流の発見、嬉しい発見も、嬉しくない発見も渦巻いているのが、この種のフェアの楽しさです。
もちろん今年、今からでも間に合うロウ・ワイン・フェアもあります。
6月11日コペンハーゲン、11月12、13日ニューヨーク。訪れればきっと。広がるでしょう。目と心と舌の上に、新しい絶景が。
今月の、ワインが美味しくなる音楽:
コロンビアのゆるゆるシティ・ポップ(?)が、
春のほっこり空気とワインにフィット。
Maréh(ft. Catalina García, Monsieur Periné)『Mi Destino』
ボサノヴァなど、ブラジル音楽が好きなキューバの若手アコースティック・ギタリストかなと思ったのですが・・・・・・、 意外にもコロンビア人、でした。 それにしてもこの音の素朴さ、飾らなさ、生成りの自然体の心地よさたるや。 アコースティック・ギターを中心にシンプルに、いい意味での田舎っぽさある音を、ゆったりとミディアムテンポで。ブラジルとラテンの洗練も奥の奥に絶妙に溶け合ったコード感の中で展開。まさにゴールデンウィークのほっこり温かな空気そのもののような音は、同じく素朴なロワールやオーストリア 辺境のペットナットなどを、“ちょっとぬるいかな?”というような温度で飲むと、 はまりすぎ、進みすぎて困るほどですよ。
https://www.youtube.com/watch?v=J3kHUZf5yKw
今月の言葉:
「酒は太陽。ただ、太陽は輝いて没するが、 我が酒は全ての美点で太陽に勝る」
アブー・ヌワース(8~9世紀、ペルシャの詩人)
参照:「アラブ飲酒詩選」塙治夫:編訳 岩波文庫(1988年)
寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。
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