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ファイン・ワインへの道Vol.76

ダ・ヴィンチの国の想像力と進化。さらにスピード感アップの様相。

 やっと海外渡航がラクになりました。で、まず10月末、ミラノで行われた試飲会【ITALIAN TASTE SUMMIT】(イタリアン・テイスト・サミット)に、参加してきました。
 イタリア南北から約60社の気鋭ワイナリーが参加したこのイベント。 昨年同様、小規模、家族経営、品質指向のワイナリーが大半で、発見の多いイベントなのです。
 今回はまず、2日間の試飲の中で、特に印象的だったトピックス、3つをダイジェスト形式でお伝えしようと思います。

目次:
1. エトナ”南西斜面”の愛すべき個性
2. サンジョヴェーゼとアンフォラの、意外な好相性。
3. まだまだ伸びしろあり。カタラットの偉大な潜在力。

 

 

1. エトナ”南西斜面”の愛すべき個性
 エトナといえば北斜面でネレッロ・マスカレーゼの赤、南東斜面でがっちり酸の高いカッリカンテの白、というイメージが一般的だったと思いますが・・・・・、あのやたらと斜面が緩やかな活火山には、もうひとつの死角があった様子。それは南西斜面。 近年アンジェロ・ガヤがこのエリアで赤の生産を始めたことでも話題になりましたが今回、より鮮烈だったのは標高1,000m付近、つまりエトナの中でも最・高標高となるエリアで生まれるカッリカンテとカタラット・ブレンドの白ワインでした。
 ここでも新しい世代が躍進していて、 特に印象的だった生産者がトラヴァリアンティ(TRAVAGLIANTI)と、レ・ドゥエ・テヌーテ(LE DUE TENUTE)。 特にトラヴァリアンティは、ボルドー液さえ年に一回しか撒かないという真摯なビオロジック栽培で「エトナ・ビアンコ」を生み、非常な活力と躍動感あるキウイ、ハーブ、マスクメロンの白い果肉、穏やかなスパイスなどのアロマが印象的。レ・ドゥエ・テヌーテの当主、セーデ・レガーレは「エトナ南西斜面は、エトナの他の地域よりさらに降水量が少なく、ビオロジック栽培に有利。北斜面では標高300 m くらいから畑が始まるが、私たちの畑は1,000 mという高標高による冷涼さが、葡萄のアロマ蓄積に有利に働いている」と強調した。
  今回の試飲の範囲では、このエリアの赤は比較的、酸とタンニンが野生的すぎる嫌いはあったが、南東斜面のカッリカンテに散見される、時折ヒステリック、というか攻撃的すぎる酸の高さを、カタラットとのブレンドによってテーブル・フレンドリー、かつ心地よい奥行きがあるワインに仕立てた南西エリアの生産者。今後、フォローする価値は大きいと感じられた。 

2. サンジョヴェーゼとアンフォラの、意外な好相性。
 アンフォラ熟成のサンジョヴェーゼといえば、すでに大御所 フォントディ(FONTODI)が、 ディノ(DINO)というキュヴェで、しかも亜硫酸無添加で先行し、偉大な成果をあげていますが・・・・・、 トスカーナの他のエリアでも、アンフォラとサンジョヴェーゼの相性の良さは静かに認識され、広まっている様子。
 今回その好例と思えたのが、キアンティ・モンタルバーノの名門、ヴィッラ・ビッビアーニ(VILLA BIBBIANI)。西暦776年(奈良時代!)、ロンゴバルド族がトスカーナを支配していた時代からの歴史を持つという老舗ワイナリーですが、2015年に就任した新オーナーがカンティーナを一新。若く情熱的なエノロゴ、レオポルド・モラーラが意欲的な挑戦を結実させています。中でも、最も瞠目したい効果を感じたのが、アンフォラ併用熟成のキアンティ。2019年のキアンティ・モンタルバーノ、でした。
 熟成は1/4がアンフォラ、1/2が大樽、1/4がステンレスタンク。アンフォラはトスカーナ製で1,700L。期間は8ヶ月。 アンフォラとしては 相当に大型のものになります。 
 実はトスカーナには長年、粘土の器作りの伝統があり、先述したフォントディも、 先祖がセラミック工房を経営した時代があり、アンフォラは自社製造(DIY?)のものだそう。
 ともあれヴィッラ・ビッビアーニで、アンフォラ熟成有無の、2種のサンジョヴェーゼを比べると、違いは瞭然。アンフォラ熟成をブレンドしたものは格段に果実の温かみがあり、味わいの多層性と複雑さ、伸びやかさに勝っていました。
 一方アンフォラ熟成なしのものは、酸とタンニンが刺々しくアグレッシブで、そのカドがとれるには相当の年月がかかりそうでした。
 エノロゴのレオポルド曰く「アンフォラ熟成により、サンジョヴェーゼのテクスチャーが円くなるだけではなく、余韻がより長くなる力が、しっかり確認できた。今後はアンフォラ熟成サンジョヴェーゼのキュヴェを増やして、その比率をあげる検証も積極的に進めていきたい」と情熱を滾らせていました。
  この生産者のワインは残念ながらまだ日本には未入荷ですが、 今後日本に届くことを期待したいものです。
 ちなみにこのビッビアーニという生産者は、日本ですでに人気で、ジュリオ・ガンベッリが監修したことでも知られるキアンティ・クラッシコの名門ビッビアーノとは全く無関係。スペルの最後がIかOか、だけで大違いなのです(全くのトスカーナ・あるある現象)。オーナーは「歴史はうちの方がはるかに古い!」と熱弁していたことは・・・・・全くの蛇足ですが、念のため。

3. まだまだ伸びしろあり。カタラットの偉大な潜在力。
現代イタリアワインの、二つの大・重要潮流。
その1:生産効率が悪く、絶滅寸前だった土着品種の復興。
その2: 多産型ゆえ二流扱いだった品種の、低収量栽培による一流品種昇格。
という話は、 このコラムで何度かさせていただいたと思います。そして”その2”の代表格品種の一つが、 シチリアのカタラットという話も。
 今回の試飲でも、やはり最も印象深かったことの一つが、低収穫栽培カタラットの深遠な表現力、およびさらなる伸びしろでした。
 特にシチリア西部、トラパ二郊外のファツィオ(FAZIO)。 カタラットで収穫量がヘクタール当たり7t(49hl/ha)!! という低収穫を2001年から既に断行していたとは・・・・・、この重要ムーブメントの知られざる先駆の一つであります。
 カタラットは普通に(=化学肥料たっぷりで)栽培すればヘクタールあたり13 ~15tも容易に収穫できる多産品種。それゆえ風味も香味も薄っぺらくなり、アルコールだけがある安物品種だとシチリアの地元の人さえ思っている品種です。
 実際、コロナの直前にシチリアを訪れた際は「シチリアのワイナリーはラベルにカタラットと書こうとしない。 書くと地元で安物ワインと思われるから!」とのコメントさえ、私は実際に生産者に聞きました。そんな品種です。
 ところが、その収穫量をグリーンハーヴェストなどで約半分にする勇気と英断の結果現れる、見事な躍動感と生命感あるライム、キウイ、ドライハーブ、オレガノ、メロンの内果皮のアロマと、程よく優美な芯の太さのある果実味、長い余韻の中で歌い踊るような酸とミネラルの美しさを経験すれば・・・・・「この品種を安物だなんて考えているシチリアの人は本当に、おかわいそう」とさえ、思えることでしょう。合掌。

 しかもこの生産者、ファツィオのカタラットは、亜流酸添加量70㎎/l。ナチュラルワインの基準には達しませんが、 EU オーガニック上限の半分以下の低亜硫酸ワインということも、試飲で瞬時に感じ取ることができました。
 さらに、このワイナリーではネロ・ダヴォラを2週間アパッシメント(陰干し)して、カベルネ・フランとブレンドしたワインもリリース。こちらも陰干しによる、わずかななめし革とダークチョコレートのニュアンスが、ほどよくカベルネ・フランの精妙な酸と美しく和音をなす好作でした。

 やはりイタリア。
 レオナルド・ダ・ヴィンチとランボルギーニを産んだ、ファンタジーの国であります。その想像力とチャレンジスピリットが、ワインに反映され始めれば・・・・・その進歩とダイナミズムのスピード感は、年ごとに加速度を増しているようにさえ思えます。
 日々、ぼんやりすることなく時代のキャッチが必要であるなぁ、と改めて【イタリアン・テイスト・サミット】の会場で、私は反省させられました。 

 

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽: 

年の瀬に、森の中の暖炉のような
なごみヴォーカルでほっこり。 

Toto Bona Lokua 『Ma Mama』

 年末のこの時期、アッパーなパーティーミュージックもいいですが、しみじみと一年を振り返り、省みる時間にフィットするような音楽もどうでしょう。
 フランス領マルティニーク生まれ、パリに移住したジェラール・トトが、中央アフリカ出身のアコースティック・アーティストたちとコラボしたこの作品。少なく簡素な音数で、ほのぼのと浮遊感ある、なんとも美しいメロディーとコーラスを聞かせる名作です。
 カリブ、ブラジル、西アフリカのメロウ・エッセンスが不思議なほど自然に溶け合った音の肌触りは・・・・・、まるで森の奥の小屋で静かにゆれる暖炉の火のような。大掃除が終わった後にゆったりとつかる温かな湯船のような。
 この季節、素朴なポルトガルの赤ワインや、 同じく素朴なガメイなど、肩の力無用系のワインとともに聞くと、1年分の肩凝りさえ、すぐにとびそう・・・・・です。
https://www.youtube.com/watch?v=XxH1n3ynPtU

 

今月の言葉:
「科学における全ての偉大な進歩は、新しい大胆な想像力から出てきている」                                      ジョン・デューイ(20世紀前半のアメリカの哲学者)

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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