合田玲英の フィールド・ノートVol.101 《 旅は変化と自分を見なおすきっかけ 》
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最終更新日:2022/06/01
ライブラリー, 新・連載エッセイ, 合田 玲英のフィールドノート 出張, ジュラ, ドメーヌ・モレル, ジョージア, ズラブ・トプリゼ, クヴェヴリ, ニコロズ・アンターゼ, アンフォラ
2か月間、ヨーロッパへ出張することが出来ました。3年ぶりに会う生産者も多く、久しぶりにお互いの近況を確かめ合う時間が出来ました。造り手たちと話すにつけ、人も環境も常に、それも大きく変化し続けているのだと感じた出張でした。
気候変動によるブドウの収量減は特に2021年のフランスで顕著でしたが、スペインやイタリアでも地域によっては、遅霜や多湿による病害、極度の乾燥による収量減が報告されています。
ジョージアでは伝統的な製法のクヴェヴリにたいする国内外の需要が増えたことにより、新しく製造されるクヴェヴリの品質の低下が問題視されています。カヘティ地方の【ニコロズ・アンターゼ】は、2017年に購入したクヴェヴリ約10基がワイン醸造向きの品質ではなかったそうで、2021年は昔から使っていたクヴェヴリ3基で醸造できる分だけの生産となりました(約2500L)。また【イアゴ・ビタリシュヴィリ】(カルトゥリ地方の造り手)は、品質を保つことが出来なければ国外のアンフォラも選択肢としてありえる、というクヴェヴリメーカーたちへの意思表示として、スペインのティナハを導入しました。
クヴェヴリメーカー自身が必ずしもワインを造るわけではないので、出来上がるワインからクヴェヴリの品質を自分たちで評価することができません。だから、ワインの造り手からのフィードバックが必要なのです。「ジョージアワインが世界的に注目を集めた2010年初頭にはクヴェヴリのメーカーは3軒ほどしか稼働しておらず、その上いつまで続けられるか分からないと言っていた。だけど現在は数えられないくらいクヴェヴリメーカーがいるんだよ」と、【ズラプ・トプリゼ】(グリア地方とカヘティ地方の造り手)は話します。そのような新規の、または需要拡大により生産を再開したクヴェヴリメーカーたちと、出来上がるワインの品質について親密に意見交換をすることは、容易ではなさそうです。
ワイン生産者は、自然環境の変化や市場を含めた状況への対応を余儀なくされています。変化に対応する彼らに頼もしさを感じるとともに、中には彼らの変化を受け入れることが、個人的に難しく感じられたこともありました。
フランス、ジュラ地方の造り手ヴァランタン・モレルは、7種のハイブリッド品種を実験的に植えました。2010年代のジュラ地方(フランス全土的ですが)は悪天候続きで、それゆえ価格も高騰しています。その中でヴァランタンは、遅霜があっても十分な収穫量が、それも全く農薬(ビオ栽培で認められている、硫黄や銅であっても)を使用せずに確保できる抵抗性のある品種を植えました。いわゆる、遺伝子組み換え品種ではなく、有性生殖による品種改良で、アメリカ系の品種とヨーロッパ系の品種を掛け合わせで、1860年以降、10,000もの新しい品種が開発されたのだと、ヴァランタンは説明します。
2021年4月にも、ジュラは遅霜の被害にあい、その後続く雨がちな気候によりベト病が蔓延し、彼が今まで栽培してきたジュラの品種の収穫量は畑により例年の10%~40%でした。しかしハイブリッド品種を植えた畑では、80hl/haもの収穫量がありました。
このキュヴェのリリースに当たって、ワイナリーのHP上でこのワインの生まれた理由、造り続ける理由を彼は書いています(http://www.vinlespiedssurterre.fr/la-canaille/)。全文の紹介はできませんが、ブドウの農薬なしでは生存できない依存性への考察、農薬や醸造添加物を販売する企業からの解放、銀行や顧客からの経済的独立性を熱のこもった文調で書き上げています。
ヴァランタンは醸造中のそのワインの2021年VTを飲ませてくれましたが、短いマセレーションをした、白赤混醸の淡い色のロゼでした。味わいにストラクチャーやエキス(若木からのワインはしばしばそうなりがちです)は感じられないけれど、ヴァン・ド・ソワフとして十分に楽しめるものでした。ヴァランタンとしては、翌年リリースするヴァン・ド・ソワフをハイブリッド品種で造り、今まで造ってきたジュラの地品種のワインはこれからも収穫量が見込めないことから、少量、ワインが必要な分だけ熟成をさせながら造っていくつもりだと話しています。ヴァランタンもこれらの品種で何ができるのかはまだわからないので、いろいろ試してみたいと意気込んでいました。
と、これからヴァランタンがリリースするワインに大いに期待しているところなのですが、胸の中に少しだけもやもやするものは何だろうと、自問しています。変化への漠然とした不安なのか、 “伝統的” でないハイブリッド品種への無知からくる偏見なのか。なんの抵抗もなく、ワクチンを3回打った自分ですが、本心から素直に納得するには時間をかけた見つめなおしが必要なトピックでした。
~プロフィール~
合田 玲英(ごうだ れい) 1986年生まれ。東京都出身。
2009 年~2012 年:ドメーヌ・レオン・バラル(フランス/ラングドック) で研修
2012 年~2013 年:ドメーヌ・スクラヴォス(ギリシャ/ケファロニア島) で研修
2013 年~2016 年:イタリア/トリノ在住
2017 年~:日本在住
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