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ファイン・ワインへの道Vol.67

公開日: : 最終更新日:2022/03/01 寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ ,

実験簡単。小さなグラスのススメ。

目次:
1.オバマ&オランド大統領の晩餐も、小さなグラスの店で。
2.バローロ、バルバレスコ公式試飲会の一つは、ボルドー型。
3.小さな手間で、大きな発見。 

 

1.オバマ&オランド大統領の晩餐も、小さなグラスの店で。

 それはワインラヴァ―の条件反射、初歩Ⅰでしょうか。
 反射的に、とりあえず大きめのグラスを出してしまう。
「今日はちょっといいワインだから、リーデルのブルゴーニュ・ヴィノムやローヌ・グラスを使おう。バローロ、バルバレスコ、ロワール、アルザス・ピノ、オーストリアン・リースリングなどなどなど・・・・・・。
 そこそこいいワインの際、ひとまず家にあるグラスの中で、一番大きなグラスを、いそいそと使う事が多くないですか?

 そこで。ものすごく簡単で、短時間で労力なくできる対照実験です。
 その際に、一回りもしくは二回り小さめのグラスも何個か同時に試してみると……。多いですよ。予想以上に。発見とサプライズが。
 小さめのグラスに注いだ方が、味の輪郭がまとまり、焦点が明確・明解になるだけでなく、香りの密度まで増すことがあるのです。逆に、(いいはずの)大きなグラスだと、味わいがばらけてしまい、香りも散漫になるようなケースが・・・・・意外なほど多いのです。
 これは、なかなかに不思議なミステリーであります。

右端の小さなオープンナップと、その隣のなんでもない小さい白ワイングラスが、赤ワインの場合でも意外なほどいい仕事をすることが多い。オープンナップは、ブルーノ・シュレールも試飲時に使用している模様。

 小さなグラス、というお題でまず思い出されるのはパリの三ツ星、「ランブロワジー」でしょう。 このレストランではリーデルの大型グラス無縁。 高級グランヴァンにも、リーデルやザルトの大型グラスよりはかに小ぶりでやや厚手の、洗練されているとは言い難い形のグラスが出てくることで有名です。ボルドー4、5級シャトーやブルゴーニュ南部の村名クラスの赤では、INAOのテイスティンググラスより少し大きいぐらいのサイズ、(つまりかなり小さなグラス)が使われます。 
 ちなみにこのレストラン、1986年以来パリで最も長く三ツ星を維持している店であり、2015年にオバマ大統領がフランスを訪れた際、時のオランド大統領とともに晩餐を共にした店でもあります。
 私も以前、この店を訪れた際、私のテーブルおよび周囲のテーブルのワイングラスの小ささに、料理の美味しさ以上に驚きました。
 その際は少し釈然としなかったのですが・・・・・、 近年になってやっと、ランブロワジーが示唆した小さなグラスの優位性、および”ワインの常識”とされるもののあやふやさと軟弱さに、お恥ずかしながら気付いたという顛末です。

 

2.バローロ、バルバレスコ公式試飲会の一つは、ボルドー型。

 予想より小さなグラス、と言えば毎年春(最近は2月)にピエモンテ州アルバで行われるバローロ、バルバレスコの最新ヴィンテージの国際的試飲会、ネッビオーロ・プリマもしかり。 リリース直後のバローロ、バルバレスコなのだから、一番大きなブルゴーニュ・グラスでしょ・・・・と単純に推測しそうですが・・・・・。
 このイヴェントの公式指定グラスはボルドー型。こちらもリーデルのものより少し小さいサイズ。私はこのイヴェントで、何度か同じワインを公式指定グラスとブルゴーニュ・グラスで比較したことがあるのですが・・・これまた不思議にも。
 ブルゴーニュ・グラスの方が酸が荒く、また香りの立ち方も漫然とすることが多い印象でした。

バローロ、バルバレスコ最大の公式試飲会の一つ「ネッビオーロ・プリマ」。オフィシャルグラスはこの形。

 ちなみにネッビオーロを飲む際のグラス選びは、またこの品種特性同様(以上に?)気難しく・・・・、日本のレストランのソムリエ諸氏が反射的かつ慣習的に行われるように「香りが華麗だからブルゴーニュグラス」一択、という訳でもなさそう。
 実際、同じワインをブルゴーニュ型とボルドー型で比べると、ボルドー型の方が味のまとまりと均整が美しく収まるケースが多々ありました。 そんなネッビオーロのグラス選びを、ランゲの金字塔的リストランテ、「イル・チェントロ」の偉大な元シェフ・ソムリエ、富松恒臣氏にうかがうと・・・・「ボルドー型かブルゴーニュ型か、どちらがベストかはヴィンテージ 及びそのワインの熟成ステージによって変わる」とのこと。またもネッビオーロの魔性度、迷宮度がアップしてしまいましたね・・・。
 ちなみにこのイル・チェントロ、かのルーカ・ロアーニャも大いに贔屓するリストランテのようで、大著「Il grande viaggio nel Vino Italiano」には、ルーカが嬉々として同店のキッチンに入る姿と、自分のワイン(パイエ、ヴェッキエ・ヴィーティ)に合うこの店のパスタの写真が大きく掲載されています。

キアラ・ボスキス(バローロ)の試飲室も、この形のグラス。

 

3.小さな手間で、大きな発見。 

 ともあれ。この稿でそれぞれのワインについて詳細に、これにはこのグラスが・・・・・・と執拗に書き連ねることは・・・体質的には好きなほうですが、そこはあえて差し控えさせて頂いて。 一番の力点だけを再度お伝えさせていただきますね。
 ワインを抜栓されたら、是非。いろんなサイズと形のグラスに注いでみられてはいかがでしょうか。
 全く時間も手間もかからない作業、じゃぁないですか?
 あると思いますよ。きっと。
 小さな手間で、大きな発見。
 特に、小さめのグラスが魅せる、ワインの焦点強化力に。

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

カエターノ・ヴェローゾ『MEU COCO』

 ブラジル音楽界のひとりDRC?
 79歳、最新譜の円熟と甘美。

 20歳代から大スターとして脚光を浴びたミュージシャンが、最高傑作を60歳前後で生むことはブラジルで多い、という話を時々このコラムでもしましたが。それにしても。今もブラジル音楽の最前線であり頭脳であり良心。カエターノのニュー・アルバムの出来栄えが驚異的です。
 美しすぎるメロディーと、抑制の効いたアンサンブル、残響を聞かせる妙技 。甘さの奥に静かな 毒と苦さが潜み・・・ 。アルバム全体を通して 聞くと、熟成した DRC ワインを何本か一気飲みしたような多幸感にさえ、包まれます。
 このアーティストは来年80歳。聞けばきっと、春をより明るい気持ちにしてくれます。 
https://www.youtube.com/watch?v=lNQKKHI2a9w

 

今月の言葉:
  「常識というものは、世間一般に信じられているほどの根拠を持たない」
                          アインシュタイン

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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