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合田玲英の フィールド・ノートVol.98 《 ケルセチン・ロッソ 》

 サンジョヴェーゼ好きのみなさま、写真のような沈殿物がワインのボトルから出てきたことはないでしょうか? この少し白っぽい沈殿物は、ケルセチンと呼ばれるものです。ワインの澱の中でも、酒石酸や酵母の死骸などとは違い、写真のように帯状を呈し、時には虫の死骸とも見えかねない沈殿物です。
 つい先日のこと、弊社扱いのトスカーナ産サンジョヴェーゼ100%の赤ワインを購入されたお客様から、「澱にしては長細くあまり経験がないもの」がボトルから出てきた、とのお問い合わせがありました。その方は、「混入してしまった虫の死骸でしょうか? 飲み込む前に気がつき、赤ワインもおいしくいただけたので満足だったのですが、もし原因がわかるようであれば教えてください」と、おっしゃって下さいました。
 ワイン界でこの問題の報告が増えてきたのは2010年前後からとされ、原因はいくつか挙げられています。ラシーヌ輸入のワインでもいくつか事例がありましたので、今回の記事を書くことにしました。そこで、まずはその道のプロフェッショナルに聞いてみようと、《ポデーレ414》の醸造家であるシモーネ・カステッリにケルセチンについて問い合わせました。彼の父親であるマウリツィオ・カステッリは《マストロヤンニ》や《グラッタマッコ》など、トスカーナの著名ワイナリーを中心にコンサルタントとして活動しています。シモーネも醸造学を修め、ビオロジック栽培のブドウを原料に、近代醸造設備を適切に使いながら、技術的にも感覚的にも神経の行き届いたモレッリーノ・ディ・スカンサーノ(マレンマ地方のサンジョヴェーゼ主体の赤ワイン)を造っています。
 マレンマ地方はトスカーナの最南部にあり、海に近く標高もそこまで高くないため、気温が比較的高いエリアですが、彼のワインには涼しさすら感じられ、瓶詰後早期での澱の沈殿の気配もありません。シモーネに問い合わせたところ、彼の父のラボへと問い合わせてくれ、詳細な返事をくれましたので、訳してご紹介いたします。

 

【ケルセチンはポリフェノール類であるフラボノールの一種であり、赤ブドウの果皮には必ず含まれていますが、白ブドウにはあまり含まれていません。そしてある種の品種は、果皮に多くのケルセチンを蓄積します。中でも、サンジョヴェーゼはその筆頭であり、他にもネッビオーロ、ネレッロ・マスカレーゼ、ピノ・ネーロ、ガリオッポなどもしばしばケルセチン含有量の多い品種として挙げられます。

 ブドウにおけるケルセチンの合成は、その一般的な品質に直接関係します。つまりブドウの品質が高ければ高いほど(※果実が熟していればいるほど)、色素やタンニン、芳香物質およびその前駆体などの、赤ワインに気品を与える物質がより多く果皮に蓄積されていきます。よってケルセチンの蓄積量も同様に増えていき、ケルセチンの安定性に問題が発生する危険性が高くなるのです。

 ケルセチンは、非晶質(結晶ではない)で、ぐにゃぐにゃした糸球体や凝集体をなしているため、時間がたつにつれて非常に見苦しい沈殿物を引き起こす原因になります。しかし、その優れた抗酸化作用と抗炎症作用のために、薬用として大いに注目されている物質でもあり、最近ではケルセチンを利用した代替医療品も登場しています。

 ケルセチンは、非常に暑くて乾燥した年に多く蓄積されます。また、ある種の栽培技術による環境下で特に発生しやすくなります。例えば早期の房の周りの除葉(※果皮に直射日光があたる)、夏季の枝先の剪定、収穫直前の房の間引きなどです。また、セラーでの作業が原因となることもあります。澱引きをほとんど行わなかったり、空気中の酸素と接触しない還元的な環境での醸造を行なったりする場合にも、ケルセチンの析出する可能性はあがります。

 現時点では、ケルセチンの安定性は、サンジョヴェーゼ100%のワインに関わる技術的な問題であり、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノやキアンティの丘陵地帯の中でも、ラッダやグレーヴェの高標高のエリアで生産されるキアンティ・クラッシコに対して、懸念が大きいと言えるでしょう。

 その点モレッリーノはサンジョヴェーゼ(85%)と、ブレンドが認められている他品種(シラー、チリエジョーロ、アリカンテ)を原料とするワインであるため、ケルセチンの安定性に問題はありません。なぜなら、ブレンドされるその他の品種の成分が、サンジョヴェーゼに含まれるケルセチンを非常によく、持続的に安定させることができるからです。】 (※)引用者注

 なぜ今になって報告が増えているかということについては、気候の変動のほかにも、キアンティ・クラッシコやヴィーノ・ノービレ・ディ・モンテプルチアーノなど、サンジョヴェーゼ100%で醸造することが認められたDOCGが昔に比べ増えたことや、果皮からより多くの抽出物をワインに与えられるブドウのクローン選別が流行ったということも挙げられています。

 シモーネに本件について問い合わせをした理由は、彼のワインが非常に高い完成度を示しながら、およそ「醸造的欠陥」のないワインを造ることが出来るし、目指してもいる造り手だと思いいたって、問い合わせました。回答としては上記の通りチリエジョーロ、アリカンテ、コロリーノ、シラーを15%ブレンドしていることから、彼のワインにはケルセチンが析出する可能性は少ないだろう、とのことでした。

 サンジョヴェーゼ100%でワインを造る際は、上記の栽培時の対策に加え、醸造時に特殊な清澄剤を使ったり、メの細かなフィルトレーションをしたりして、ボトリングの前にケルセチンの沈殿/除去をさせるなどの対策をしているワイナリーもあります。しかし特定の物質だけを取り除くという、都合の良い技術があるはずもなく、それらの工程は確実にワインの香味に(時にはネガティヴな)影響を与えます。

 ケルセチンが析出するということは、ブドウの成熟度が高いこと(ただし、必ずしも高品質を意味しない)の証左ではありますが、生産者としてはその他の香味をも取り去ってしまう過度のフィルトレーションを施したくはない、とはいえ樽熟成させてケルセチンが沈殿しきるのを待つ経済的、空間的余裕がないので瓶詰をした。けれど味は◎。 

 個人的には、そのようなワインは問題なく楽しめるけれど、そういうことがあるとは知らない消費者が、家で美味しいサンジョヴェーゼを飲み終わった後、はからずも瓶底からプヨプヨして丸みを帯びた白い虫状の物質が出てきたら、確かにぎょっとしてしまうでしょう。「なんじゃこりゃ!?」と思って検索をしたとき、このケルセチン記事が出てきて、お役に立ちますように。

 サンジョヴェーゼで、つつがなく良いお年をお迎えください。 

 検索用ワード:ワインの澱、白い、幼虫、芋虫、みみず、気持ち悪い 

※“ケルセチン・ロッソ”とは、なんだか体にいいらしいと最近噂を呼ぶ、サンジョヴェーゼならではの関与成分“ケルセチン配糖体”を指す、合田玲英の造語です。

 

~プロフィール~


合田 玲英(ごうだ れい) 1986年生まれ。東京都出身。
2009 年~2012 年:ドメーヌ・レオン・バラル(フランス/ラングドック) で研修
2012 年~2013 年:ドメーヌ・スクラヴォス(ギリシャ/ケファロニア島) で研修
2013 年~2016 年:イタリア/トリノ在住
2017 年~:日本在住


 
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