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合田玲英の フィールド・ノートVol.94 《 無垢なるワイン 》

 ベッキー・ワッサーマンがなくなり、web上でも多くの追悼文が寄せられ、その人柄をうかがい知ることができます。僕も数度、ブイヤン村のご自宅に招いていただき、夫のラッセルの料理と共にワインを飲みながらお話を聞くことができました。
 1968年にブルゴーニュにやってきてから、樽の製造会社のアメリカ市場向けのエージェントとして働いたのちに、ワインそのものへと注力をするために、輸出業者としての活動に舵を切りました。84歳で亡くなられたということは、1979年に最初の輸出業者を設立したのは42歳の時。今では考えられませんが、たった30年前の1990年代でさえ、(特定の上位20社は別として)小規模ドメーヌが生産するブルゴーニュワインは知名度も商品力もほとんど無かったとは信じられません。ベッキーが試飲会でヴォルネイしか提供しなかったことに激怒し、パンを投げつけた人すらいたなんて。10年前の各地の地品種によるワインやマイナーエリアのワインの扱われ方もここまでひどくはなかったでしょう。
 1970年代初め伝統的な市場であった、大手ネゴシアンが小規模生産者からのワインの購入を打ち切り、生産者たちが元詰めを始めることが余儀なくされた頃、ブルゴーニュのワイナリーで瓶詰の経験がある人はほとんどいなかったそうです(※)。そのため瓶内でマロラクティック発酵が起こり、ラッセルはそのワインを「スパークリング・レッド・ブルガンディーが好きな人には理想的なワインだった」と評しました。しかしその10年後、瓶内のガスが落ち着いたころ、そのワインはとてつもないワインとなっていたそうです。なんだか耳に馴染みのあるエピソードです。

 ワインの調和を愛し、音楽を表現するかのようにワインを表現するといわれるベッキーですが、【ダヴィッド・クロワ】のワインを評してinnocentと表現していたことが、話し方や表情を含め深く記憶に残っています。“清浄な、無垢の、純潔な、無邪気な、無垢な、無害な、無知な…”と、いろいろな訳が可能です。
 販売される以上、市場の好みや、栽培や醸造の流行、蔵出し値にそぐわない市場価格の評価に全く左右されないワインなんてものはありません。生産規模、リュット・レゾネ、ビオディナミ栽培、新樽率、低温発酵、全房発酵、個人会員向けの販売、スーパーへの販売etc。ワインの品質に影響を与える、こういった多くの要素とは離れたところに、何十年もブルゴーニュのワイン産地を見守ってきたベッキーの意識と感性は惹きつけられていたのでしょうか。

 雑音の奥にある、造り手の無邪気なワインへの情熱と洗練された感性に触れたときに、ベッキーはinnocentといったのだと僕は解釈しています。ベッキー家族と夕食を囲えたことと、innocentと発した時の彼女の姿は生涯の思い出です。

 ※ワインの生産者元詰めについては、フランク・スクーンメーカーやアレクシス・リシーヌ、ボードワンといった先駆者たちが、1930年代以降から働きかけや運動をはじめていました。が、1979年代末ごろからベッキーがブルゴーニュの小さな優良ドメーヌを積極的に発掘し、「ドメーヌ元詰め」を必死で説きまわったころでさえ、小規模生産者の元詰めは稀でした。(塚原)

 

~プロフィール~


合田 玲英(ごうだ れい) 1986年生まれ。東京都出身。
2009 年~2012 年:ドメーヌ・レオン・バラル(フランス/ラングドック) で研修
2012 年~2013 年:ドメーヌ・スクラヴォス(ギリシャ/ケファロニア島) で研修
2013 年~2016 年:イタリア/トリノ在住
2017 年~:日本在住


 
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