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合田玲英の フィールド・ノートVol.90 《 醸造家・ジャコモ・マストレッタへのQ&A 》

 キアンティ・コッリ・セネージの【ラ・トッレ・アッレ・トルフェ】で2018年から腕前を振るう、ジャコモ・マストレッタ。何度もこのエッセイで紹介してきましたが、今年に入ってからもジャコモとやり取りを行ってきました。その中で見えてきた彼のワイン観や醸造の実際を、さらに深く掘り下げることができましたので、ご紹介いたします。

Q. ロザート・ルネッラについて、そしてロゼワインというものについての意見を聞かせてください。 

A.  ロゼワインの醸造方法について一番簡単に言うと、『赤ワインを白ワインのように醸造』しています。そしてロゼワインというワインの性質は、しばしばテクニカルなものとみなされています。
 私はフランスのモンペリエの醸造学校に通っていました。その後、ワインバーなどでも働き、南仏のモンペリエではロゼワインが多く飲まれていました。ですから最初に働いていた【ラ・ポルタ・ディ・ヴェルティーネ】でもロザートを造ることはすぐに頭に浮かびましたが、観光地で飲まれるような技術介入の多いロザートは造らないことを心に決めていました。
 トスカーナのロゼの醸造は、サラッソという醸造法が一般的です。赤ワインを醸造する際にマセレーションの最初の抽出があまり濃くない時期に果汁を抜いて、ピンク色の果汁をそのまま醸造する方法です。サラッソとはフランス語でいうセニエのことで、ヨーロッパでは一般的な方法です。
 私の場合は普通よりもマセレーションの時間を長くしているので、ブドウの果皮の部分の成分が多く抽出されています。プロヴァンスではセニエではなく、赤ワイン用のブドウをプレスしただけの果汁で造るほとんど色づきがないロゼが一般的だったので、私の造るロザートとはその意味で大きく違います。私は大体6時間から長くて一晩マセレーションした段階で果汁を抜いて醸造していますが、プロヴァンスのようすぐプレスする方法でも、味わいのクオリティの面では変わらないとも考えています。もちろん培養酵母は使用せず、自然酵母による発酵が始まるのを待つことも重要です。
 もう一つ大事なことは、醸造段階で温度コントロールをしないことだと考えています。私はモンペリエの醸造学校を卒業した後に、【シャプティエ】で働いていました。醸造学校では白ワインはアロマティックに仕上げなければいけないので、14度くらいで温度コントロールをしながら発酵させないとアロマティックなワインにならないという考え方が支配的でした。しかし色々なワイナリーで醸造経験を積んでいくうちに、だいたい20度くらいまではアロマに影響がないことがわかりました。むしろ醸造中に少し温度が高いほうが、『ロゼワインらしい』のではなく、より『ワインらしい』味わいになると考えています。【シャプティエ】では温度コントロールをしていなかったので、白ワインでも28度くらいまで上がることがありましたが、彼らのワインがアロマティックでないとは思いません。

Q. 温度管理をして低温発酵をするよう学校では教えられている中で、醗酵時には温度管理をしない、 というご自身の考えに至った理由が知りたいです。温度管理をしないことがなぜ重要なのでしょうか。 

2月、冬の冷気に晒される熟成中のロザート。

A.  現在のワイナリーでは、タンクの温度管理ができないというのが現実…だから仕方がない!!! というのは冗談ですが、同時に私たちがセラーの設備を変え、冷却システムなどをタンクに実装するつもりがないことも事実です。
【ラ・ポルタ・ディ・ヴェルティーネ】でも、それ以前にパンツァーノ・イン・キアンティの【ファットリア・ラ・マッサ】で働いていたときも、そして人生で最初に醸造の経験をした【シャプティエ】やそのほかのワイナリーでも、タンクには直接の温度調節装置がついていませんでした。白ワインの醸造においても装置がついていないことがありました。つまるところそれは私の運命なのかもしれません!
 このような方法でワイン造りをすることが出来る可能性があるということを、様々なワイナリーで経験した事実があるわけで、とにかく今までに冷却システムを使ったことはほとんどありません。
 しかしワイン醸造中の選択肢について、白か黒かはっきりいえることはほとんどありません。正しいとか間違っているかだとかは、分からないという意味です。そして選択には得失がともない、何かを手放すことによってのみ、何かを得られるということを承知の上で選択するのです。
 温度管理をしないとリスクがある、といわれます。けれども、”リスク”とは必ずしも何かを失うということではないのです。たしかに、低温発酵によって獲得できるとされるアロマは、主要なアロマではあります。けれども、【トルフェ】ではそもそも長期間熟成できるワインを造るために、比較的長めのマセレーションをしているわけであって、アロマティックが持ち味のブドウ品種を使っているわけでは無い、ということも事実なのです。だから、低温コントロールはそもそも必要ではありません。
 いずれにせよ、最終的には何も失うものは無いと考えています。かといって、醗酵温度を全く見ていないわけではありません! 醗酵中の温度は、常に最大の関心事の一つです。しかし、醗酵をスムーズに進ませるため、さらにはより良い抽出をするためには、ほかの重要な一連の流れがあります。醸造段階では、香りの要素よりは抽出つまり“味わい”を、個人的にはより重視しています。アロマは熟成中に自然と形成されていくものだ、と考えています。
 温度管理して発酵させたワインと、そうでないワインとの違いを説明するのは、難しいことです。ワインの醸造プロセスは複雑なシステムであり、多くの変数が存在するからです。ある種の白ワインやロゼのように、温度管理を極端にすると、バナナや風船ガムのようなアロマが出てきて、中には人工的ともいえるものあり、それらは個人的には料理と一緒にワインを飲む時には邪魔だと考えています。 

Q. 【ラ・トッレ・アッレ・トルフェ】の赤ワインについて、教えてください。 

A.  【ラ・ポルタ・ディ・ヴェルティーネ】のあったガイオーレ・イン・キアンティのゾーンと、このキアンティ・コッリ・セネージは、そもそも土壌からして違います。
 サンジョヴェーゼという品種は、土壌によって味わいがかなり変化します。中でもタンニンの表現に大きな違いが表れます。ガイオーレ・イン・キアンティのほうは、岩がちな白い石灰岩と粘土質、キアンティ・コッリ・セネージの中でも【トルフェ】のあるエリアは主に砂質土壌です。その砂質土壌のタンニンを生かすために、このキアンティ・コッリ・セネージは、セメントタンクで醸造し、セメントタンクで熟成させています。木製樽での熟成も考えましたが、このタンニンの特性を樽のタンニンで覆いたくなかったのです。
 2018年、【トルフェ】での初醸造時は、カナイオーロやコロリーノなど色々な品種がありましたが、この土壌でどのようにそれぞれの品種の違いが表れるのか分からなかったので、まずは別々に醸造しました。最終的にコロリーノはキアンティ・コッリ・セネージにブレンドしました。
 カナイオーロは、アロマティックで繊細な品種の個性を活かし、木製樽が出しゃばらないようセメントタンクで醸造・熟成、チリエジョーロはサンジョヴェーゼと遺伝子的にも近い品種で、骨格もそなわり果実味も豊かなので、木製樽で熟成させても樽の風味に負けることはないと考え、樽熟成を行いました。

 砂質土壌は、キアンティ・コッリ・セネージ、カステルヌオーヴォ・ベラルデンガ、キアンティ・クラシコの南部、そしてサンジミニャーノにもあります。タンニンのニュアンスが閉じている感じがして、すごく細かな砂を舐めているかのような質感があります。熟していない青いタンニン由来ではなくて、砂質土壌からくる少しザラザラとした感じが残るタンニンが特徴です。
 キアンティ・クラシコのエリアのなかでも標高の高いカステッリーナ・キアンティやガイオーレ・イン・キアンティのあたりは、粘土質石灰岩土壌が広く分布していて、より骨格のあるタンニンになります。
 テイスティングで感じる味わいは感覚的な部分が多いので、あまり先入観を与えたくないのですが、サンジョヴェーゼは土壌の個性が色濃く出る品種なので、異なる土壌のワインを飲み比べることが理解を深めるためには効果的だと思います。

Q. 土壌の他にワインの味わいには、何が大きく関与するでしょうか? 気候、ブドウのクローン、もしくは造り手の味の好みとか。

A.  挙げていただいた、要素の全てが要因となっていますが、誰しもこれらすべての様々な要素をコントロールすることができません。私の仕事は、適応することか、理想的には姿を消し去ることであって、これらの要素の表現にできるだけ干渉しないようにすることです。すなわち、ジャコモ・マストレッタの存在を出来るだけ消し去ることにより、それら他の要素ができるだけ表現されるようにすることで、それぞれのワインに違いがでてくると考えています。しかし実際は、机上で物事が決まるわけではありません。
 【ラ・ポルタ・ディ・ヴェルティーネ】のワインは、すべて18ヶ月間以上オーク樽で熟成されていました。が、【トルフェ】での醸造においては、樽熟成の使用量は大幅に減らしました。
 キアンティ・コッリ・セネージはセメントタンクのみを使用し、リゼルヴァは試しに栗樽で約1年熟成させていますが(日本未入荷)、オーク樽に比べて樽熟成によるアロマとタンニンの影響は少ないはずです。 

Q. 何故ワインを造りたいと思うようになったのですか?

A.  私は元々ピエモンテの生まれで、日ごろからワインを楽しんでいる家族でした。大酒飲みの一家に育つことには、いい所もあれば悪いところもありますが、小さいころから特にワイン造りをしたいと思っていたわけではありません。けれど、大学を選ぶころワインに興味が出てきて、醸造学校に進学しました。大学では、醸造以外にもワインの販売についてなど、ワイン業界全体のことを学びましたが、その中でも特にワイン造りに興味を持ちました。

Q. ご自身のワインのどこが好きですか?

A.  好みで言えば、オーセンティシティのあるワインが好きです。例えば、ある水源の水をボトル詰めして飲んだら、敏感な人だったらどこが水源だか感じ取れるように、どこのワインを飲んでいるか、ブドウがそのままワインになったような、造りこまれすぎないワインを目指して造っているし、それが自分のワインでも実現できていると思っています。

Q. 収穫時期はどのように決めますか?熟したブドウとは? 

A.  私たちは主に赤ワインを造っているので、先ほども回答したように、長い期間のマセレーションを維持しなければなりません。フェノールの熟成、つまりタンニンの熟成はとても重要です。それを判断するために、様々な方法を試したうえで自分の中で手段として残っているのは、やはり実を食べてみるのが一番の、そして唯一の方法だと思います。
  実をつぶして果肉を外し、種を観察して熟しているのか、まだ青々としているのか。果皮を咀嚼してみて…と、年々ゆっくりと感覚的な体験を積み重ねていきます。
 数値での分析は重要ですが、ボトリングに至るまでのプロセスの中で、自分たちの感覚を使って判断することが基本です。繰り返しになりますが、分析は重要ですが、一面だけを見ることしかできません….ワインはつまるところ飲み物です! 

 以上、インタビュー風にまとめてみました。彼のワインを飲むと、確かに “オーセンティック” であると感じますが、“ナチュラル” という言葉同様、その定義づけは難しい。直訳の「本物の、真正の、正統派の」というのは大げさでしっくりきません。けれど私も自分なりに様々なワインを、いろんな人と意見交換をしながら試飲をしてきたことで出来上がった、“オーセンティック” なワイン像と、“ナチュラル” なワインの口当たりの柔らかさと飲み心地の良さが、ジャコモのワインにはあります。
 ワインの味わいのなかで、生産者の個性とはどこから来るのでしょうか。ブドウがワインへと変化する過程で、出来るだけ造り手の存在を消し去ることが自分の仕事だというジャコモの姿勢はとても謙虚ですが、それでも同一生産者の造るワインには、場所や品種が変わっても共通する味わいがあります。とても結論の出る問いではありませんが、造り手とワインについて深く考えることが出来たやり取りでした。ありがとう、ジャコモ!

 

~プロフィール~


合田 玲英(ごうだ れい) 1986年生まれ。東京都出身。
2009 年~2012 年:ドメーヌ・レオン・バラル(フランス/ラングドック) で研修 
2012 年~2013 年:ドメーヌ・スクラヴォス(ギリシャ/ケファロニア島) で研修
2013 年~2016 年:イタリア/トリノ在住
2017 年~:日本在住


 
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