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『ラシーヌ便り』no. 171 「ヴェット・エ・ソルベ、ラ・トッレ・アッレ・トルフェ」

公開日: : 最終更新日:2020/04/01 定番エッセイ, 合田 泰子のラシーヌ便り, ライブラリー

 コロナウィルスの感染拡大で、世界中が大変な事態になってきました。今は何をどのように対応してゆけばよいか、判断が難しい状況です。ワイン業界でも生産者の来日予定が次々とキャンセルになり、このままでは3月と4月に予定されている、国内のワイン・イヴェントがすべてなくなってしまいかねない様相です。せめて飲食店の方々に向けて何かできるように、足元で小さな活動を続けていきたいと思っています。

Vouette et Sorbee ヴェット・エ・ソルベ

 2月初旬にシャンパーニュに行き、【ヴェット・エ・ソルベ】を訪問しました。 ベルトラン・ゴトローは、静かなただずまいで穏やかな人となりですが、深い思索と試みを重ね続ける独自のワイン造りには、いつ訪れても圧倒されます。 ブドウ畑周りの環境づくりのために、周りの雑木林から、種類を選ばずに苗を造って、畑の周りに400本の木を植えていました。その中のいくつかは、ミツバチをよぶための木です。表土のあちこちにシレックスの石が転がっていますが、下に広がる地層は、3000年前のマルヌが一度固まって、時間の経過とともに、崩れた石灰石だとか。その地層構造を、崖の斜面に見ることができます。土中の石灰石を裏返すと、底面は鍾乳石のように一度雨水で溶けて固まったようになっています。「この溶けた部分をブドウの根っこが“舐め”に来るんだよ。この土地のワインはミネラルのニュアンスも塩気もあり、エレガントにはなりにくい。シンプル、野生的ともいえるかもしれない。」テロワールの秘密を垣間見た思いがしました。

 

「真冬のシャンパーニュに、なんだと思う? タイムだよ。古い地層に含まれてた種が、この暖冬で発芽して育ってる、何ということだ!」

 昨年3月の来日時に、東京・大阪・京都でベルトランを囲む会を開き、2004年―2008年を含むいくつかを試飲しました。適切な熟成を経て現れる優雅な味わいに参加者一同は驚き、あらためてその素晴らしいクオリティを確認しました。ベルトランが言うように、この土壌故にオーブ産ワインは、一般に大柄で味わいが強い印象なのですが、彼のシャンパーニュは10年近い熟成を経ることで、若いうちには想像もしないエレガントさが表れ出ます。

 2018年から、娘のルイーズ(22歳) も一緒に醸造を始めました。「セラーに彼女と一緒にいることが大切で、重要な経験になっていく」と、ベルトラン。Textureテクスチュール以外にも、新たなアンフォラ醸造が進行していました。ピノ・ノワールとシャルドネ2種類の40HL樽を2005年からソレラで熟成し、その40HLの樽から毎年400Lのみをビン詰めしています。一般にソレラでベースのワインを造る場合、50%ほどをビン詰めすることが多いのですが、毎年50%ずつ新しいワインを注ぎ足したら、あまりも味わいがリフレッシュされすぎてしまい、ソレラの意味がなくなると、ベルトランは考えています。なにごとにも独自の方法を貫くところが、ベルトランらしいと思います。コフレの箱も、他のシャンパーニュ生産者のコフレと異なって質素なもので、しかし中身は特別なシャンパーニュを入れている―そこもベルトランらしいと、感心するばかりでした。

 

 そのソレラから、2009年にビン詰め、2015 年デゴルジュマンをしたコフレが、今年初めてリリースされます。丹精をこめた栽培と、人為的な手はできるだけ加えず、おのずと育つように配慮された醸造の結果、ヴェット・エ・ソルベのシャンパーニュが生まれ出るのです。その希少さを知れば知るほど、安易に販売してはいけないと、思いを新たにさせられます。

 あらためて確認しましょう… *収穫からビン詰めまで一切の亜硫酸を加えない *ステンレスタンクは一切使わない *マロラクティック発酵は室温をあげることもなく、工夫を凝らして発酵を終わらせる *ルミュアージュは手作業で、最近では当たり前になったジャイロパレットを使わない *デゴルジュマンは、アラボレとよばれる手作業 *リキュール・ド・ドザージュは使わず、60本分のシャンパーニュを造るのに、61本を使い、1本分をデゴルジュマン時に足します

 このように手をつくして作られるのが、ヴェット・エ・ソルベのシャンパーニュ。ラシーヌでは、希少な1本の真価を味わっていただけるよう、優雅な味わいがボトル内に形づくられるまで待つことに決めたので、昨年入荷の大半はまだ倉庫で眠りつづけています。

La Torre alle Tolfe ラ・トッレ・アッレ・トルフェ

 ジャコモが帰ってきた‼

 昔から、トスカーナのワインが好きでした。今も、美味しいサンジョヴェーゼを飲むと、幸せに浸ります。だから、La Porta di Vertineラ・ポルタ・ディ・ヴェルティーネがオウナー側の都合で廃業し、大好きなジャコモがワイナリーを去らざるをえなくなった時は悲しかったです。私たちの中では、ジャコモが手を尽くした本来のワイナリー業務は、すでに2011年で終わっていました。2012年は瓶詰め前に、容量1000リットルのプラスチックタンクに入れて、異なる倉庫を3度ほども移動していたので、ワインが傷んでいると判断し、やむをえず購入をあきらめました。 「人生の重要で長い時を賭けてきたから、当分は何も考えたくない」と、心底から寂しそうだったジャコモ。どうか、彼の才能を開かせてくれる、良い畑を持つ賢明なオウナーと出会えますように、と祈ったり、心当たりを紹介したりしてきました。 が、ついに2018年夏にジャコモの友人の紹介で、【ラ・トッレ・アッレ・トルフェ(La Torre alle Tolfe)】をまかされることとなりました。8世紀に建てられた塔(Torre)を住居やオリーブ畑、ブドウ畑が囲む、大きな農園とも小さな集落ともいえるヴィッラ(貴族の郊外の別宅)は、厚い壁のセラーがあり、大きなコンクリートタンクがいくつも据えられています。会ってみてオウナー夫妻が賢明なうえにとても素敵な人柄だとわかり、私たちはジャコモの新たな出発を喜びました。 さて、その第一便が到着しました。ジャコモがラ・ポルタ・ディ・ヴェルティーネで作ったキアンティ・クラシコは、優雅で奥深い味わいで、高貴さと親しみやすさをあわせもっていました。「コッリ・セネージのワインには、ガイオーレのような力強さ、高貴さは望めない。でもジャコモならきっと素敵なワインを造ってくれるはず。どのようなワインが登場するかしら」と思っていましたが、《カナイオーロ2018》はなんともしとやかで、思わず泣けてきました。うれし泣きの乾杯をしました。「おめでとう、ジャコモ!」 昨年秋に入荷した2018年は、すぐに完売しましたが、5月には再入荷しますので、楽しみにお待ちください。

 
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