合田玲英のフィールド・ノートVol.71 《 2019 年 6 月販売開始ワイン 》
公開日:
:
ライブラリー, 新・連載エッセイ, 合田 玲英のフィールドノート
【ドメーヌ・ランドロン】フランス/ロワール/ミュスカデ
ロワールはこの5年のうち4回、遅霜の被害を受けていており、毎年遅霜の被害が出ることがもはや、前提となりつつある。春先の気温が上がり、発芽が早まることが被害の一因なので、ドメーヌ・ランドロンでは植え替えの際、発芽のタイミングの遅いフォル・ブランシュ種を積極的に植えている。
フォル・ブランシュ種は早熟でアルコール度数が低く、酸も特に高い土着品種であるため、アトモスフェール(ヴァン・ムスー)を多く作るランドロンでは、これからも植樹割合を増やす予定で、現在は不足分を近隣のブドウ栽培者から購入している。
とはいっても、ビオロジック栽培のブドウ農家を見つけることは容易ではなく、アトモスフェールもBioとNon Bioに分けて醸造している。ジョー・ランドロンのように、20年以上ビオロジック栽培のブドウでワイン造りをして成功を収めている人がいても、その後に続く人は容易には出てこない。
ジョーの息子であるマニュエルは、ワイナリー【コンプレモンテール】を妻のマリヨンとともに立ち上げた。マニュエルによれば、ヴァン・ナチュールに触れて、ワイン造りを始めたい人にとっては、ドメーヌ・ランドロンのように、50ha近いブドウ畑を持っていると、引き継ぐのはなかなか難しいそうだ。
大小さまざまなワイナリーは、それぞれ役割は違うと思うけれど、中~大規模のワイナリーで情熱を持って、ワイン造りをしていく若者を見つけるのはこれから大変だろう、とはマニュエルの談。
ドメーヌ・ランドロンでは、ヴァン・ムスーの《アトモスフェール》と、ミュスカデの《アンフィボリット》を主軸にしているが、少量だけ造っている亜硫酸無添加キュヴェの《ムロニックス》や、長期大樽熟成の《オート トラディション》(今回初入荷)は、造りに細部にまで行き届いた気くばりを感じさせる。
【ヴィニ・ヴィティ・ヴィンチ】フランス/ブルゴーニュ/アヴァロン
久しぶりに1年を通して気候の問題もなく、収穫の増えた2017VTは、かなりとっつきやすい味わい。特に白は、アタックからのど越しまでなめらか。マセレーションを試してみたり、シャルドネとソーヴィニョン・ブランをブレンドしてみたり(キュヴェ・シャルドニョン)と、ニコラらしい遊び心満載のキュヴェをリリース。こういうことができるのも、十分な収穫量あってこそ。願わくはこの天候が続いてほしい。
先日19回を迎えた、ヴィニ・ヴィティ・ヴィンチ、ド・ムール、トマ・ピコ、カデット主催の試飲会「シェ・ラン・シェ・ロートル」は、ヨンヌ県に焦点を当てており、20名ほどの若手生産者がワインを紹介。北部の地域であるにもかかわらず、赤ワインはしっかりと果実味に熟度を感じる。アルコール度数も抽出も軽めのワインが流行っているので、気候の傾向とは逆になってしまっているけれど。
【セラーズ・ジョアン・ダンゲラ】スペイン/カタルーニャ/モンサン
2009年からのビオロジック栽培への方向転換から、試行錯誤を続けてきたジョセプとジョアンの兄弟。降雨量が激減し、収穫量も毎年減り続けている。それに伴って、エントリー・レベルの《キュヴェ・ジョアン・ダンゲラ》の生産を中止。このような気候条件の中で、安く出すだけのためにエントリー・レベルのワインを造ってもしょうがない、それよりは、さらに収穫量を絞ってでも、自分たちが納得の行くものだけを造りたい、という考えに至った。
その彼らの考えは、味わいにしっかりと出ており、2016年と2017年の両VTとも、味わいに迷いがなくなっているように感じる。彼らの父親が亡くなって15年以上がたち、ようやく彼らの確固たるスタイルが出来上がってきたのだろう。個人的には、良い栽培によるブドウの酸が残った、熱い地域のしっかりとした赤が好きだ。グルナッシュもかなり好きな品種だけれど、彼らのグルナッシュは本当においしい。
~ジョージア~
今年で10回目を数える“New Wine Festival”は、イアゴたちを始めとする少数のクヴェヴリワインの生産者たちが始めた試飲会。今年は、数百人にのぼる小中規模の造り手たちが、ジョージア中から集まる。 毎年、参加する生産者の数は増えており、それにともない運営が大変になってきたためだろうか、当初試飲会を盛り上げた生産者たちは運営から抜けた。
そして、クヴェヴリ醸造の基盤のうえにナチュラルワインというコンセプトを加えた、“Zero Compromise”(妥協を排す)と称する試飲会が始まった。今年はフランスやイタリアからの生産者をゲストとして迎え、総勢80人以上の大試飲会となった。
街中を歩いていて気がつくのは、以前に比べれば高級志向ではあるが、ナチュラルワインを扱う飲食店や、それを伴った宿泊施設ができていること。海外からも毎年、Zero Compromiseの前後に数十人単位でツアーを組んで、欧米各地のソムリエやカヴィスト、生産者たちが、はるばるジョージアを訪れている。
だが、それとは逆の現象もみられる。ジョージアの造り手たちが外国産のワインを口にする機会も格段に増えているだけでなく、そのワインの造り手たちと直に交流している。ために、ジョージアでも醸造の技術や醸造環境が格段に向上した。
それに伴って、以前のような様々な微生物の活動の痕跡が感じられるような、よく言えば特徴的だが、じつは素朴な味わいは、だんだんと減ってきている。それが結果的に、ワインの味わいに造り手自身の個性を感じにくくさせてしまっている面もある。
現在はジョージアに移り住み、バリックを使ってワイン造りをしているフランス人もいれば、スペインのティナハを試しているジョージア人もいる。そんな具合に、人や醸造用具のさまざまな組み合わせが生じて、一種のカオス状を呈している。
一般論ではあるが、様々な醸造法を試すことが、固有品種の理解を高め、その可能性への確信を深める手助けとなるはずであるし、ジョージアの造り手たちも多くは、このことを肯定的に受け止めている。とすれば、ジョージアでワインとワイン造りの理解が深まったあげく、クヴェヴリ醸造のワインがいっそう品質向上を遂げる可能性が高まることが期待できる。その過程を通じて、各生産者の個性が出てくることを期待したい。
なにか、奥歯にものが挟まったような言い方になってしまったみたいだけれど、いまジョージアの伝統的なワイン造りは、いきなり世界のワインの実際と触れあい、ワイン造りの手法と現状を知ることによって、目を見開かせられたことだけは間違いない。それが、伝統の後退や妥協ではなくて、開眼と革新に結びつくこと、僕は信じている。
初めて飲んだ頃の、素朴なままのジョージアワインでいてほしいと思う反面、変化を体験した後の、まだ見ぬジョージアワインの姿も楽しみだ、というのが実感です。
【ニコロズ・アンタゼ】ジョージア/カヘティ/マナヴィ
藁と土と漆喰で建てたワイナリーで醸造ができるようになったことで、落ち着いたワイン造りになるかと思っていたけれど、毎年多くの試行錯誤をしている。2017年と2018年の計5000L近くが納得がいかず、ワインを蒸留してしまったとか。その分チャチャが増えるから、いいんだよと言っているけれども、乾燥や雹でかなり収穫量が減っているので、すこし心配になる。
ニコロズはワイナリーの横の質素な家に住み、多くを求めない生活をしていて、あまり金勘定はしそうにない。だからこその、何とも言えない味わいというものがある。
【イアゴ・ビタリシュヴィリ】ジョージア/カルトゥリ/チャルダヒ
早くから伝統的で自然なワイン造りの重要性を訴えて続けてきたイアゴは、ジョージアを代表する造り手となった。チヌリ種という、果皮の色も薄く、品種としての個性はそこまで強くないブドウを、長期間のマセレーションで、見事なワインへと変身させている。ノー・マセレーションの方は、例年発酵が終わりきらないことが多く、甘みを感じるが、敢えてか偶然か、揮発酸がちょうどよくバランスを与えている。
妻のマリナの出身地カヘティでは、マリナの親戚からムツヴァネ種を購入・醸造しているが、カヘティ人が造るムツヴァネとはひと味違い、やはりイアゴのワインだなぁとつくづく思う。いつか、赤を造ったりもするのだろうか!?
【ラマズ・ニコラゼ】ジョージア/イメレティ/ナフシルゲレ
【ゴギタ・マカリゼ】ジョージア/イメレティ/テルジョラ
【ガイオス・ソプロマゼ】ジョージア/イメレティ/バグダティ
ジョージアワインをあまり飲んだことのない人でも、ヨーロッパのワインのようでとっつきやすいと言われている、イメレティ地方のワイン。白のマセレーションもしないことが多く、確かにヨーロッパのワインのイメージには近いかもしれない。いまではそのヨーロッパでもマセレーションをかけた白ワインがほんの少しずつ増えているので、その“らしさ”というものも、気候変動などと一緒に代わっていくのかもしれないが。
カヘティやカルトゥリなど、首都トビリシ周辺の地域はやはり大規模なワイナリーが多い。それに比べて、イメレティでは、小さな農村の田園風景の広がる農家が多い。トビリシに行くたびに変化に驚くが、ひとたび街を出ればほとんど以前と変わらない風景が残っていて、うれしく思う。
ラマズは長年経営を任されてきた、トビリシのナチュラルワインバーとして象徴的なワインバー・グヴィーノ・アンダーグラウンドを離れ、今はワイン造りに専念。新しいキュヴェ《ソリコウリ》は、去年亡くなった【アワ・ワイン】のソリコへのオマージュだ。通常は行ってこなかった、ツォリコウリ種のマセレーションを、やってみてはどうかと提案してくれたのが、ソリコだったのだ。カヘティのワインのような力強さとは違うが、タンニンのおかげか、より垂直的な味わいとなっている。
ゴギタのワインは年によりかなり変化が大きいが、少しずつ彼のワイン造りの味わいができつつあるようだ。初めての輸入時のアラダストリ種のロゼを飲み口の、柔らかさと心地よさは大きな衝撃だった。クヴェヴリの特性をつかむため、瓶詰め前にステンレスタンクで数週間休ませることも試みている。新しいクヴェヴリを埋める場所が見つかったそうで、数年先、さらに面白いワインが出てくると期待したい。
ガイオスは孫も生まれて、息子のゴガもワイン造りに少しずつ参加。2018年には野ざらしだったクヴェヴリにも、ようやく屋根ができた。地面も石を敷き詰め、作業はしやすそうだ。ワイナリーツアーのお客さんがかなり増えたので、漸く屋根が造れたそうだ。息子の参加によるものか、以前ほどの個性はないようにも感じるが、2017年VTのすっきりとした飲み口は、イメレティらしい味わいのワインだ。
ゴギタもガイオスも、英語を話せないのが残念でならない。僕がジョージア語を勉強するよりかは簡単だとは思うのだが。
【ズラブ・トプリゼ】ジョージア/グリアとカヘティ
東のカヘティ地方(暑く乾燥した地域)と、西のグリア地方(涼しい山岳地帯)は、正反対の気候だが、ズラブはそこでワイン造りをしている。彼のように、首都トビリシに住みながら、地元でワイン造りをしていた人は、少なくない。カヘティ地方はトビリシからも近いこともあり、週末気軽に行ける小さな家を、ブドウ畑の近くに建てた。西の出身ということもあるからか、彼の造るサペラヴィはカヘティの一般的なサペラヴィよりも、抽出が控えめ。そうはいってもやはりサペラヴィはサペラヴィで、色は薄めでも味わいはしっかり整っている。
新商品のゴールデン・ブレンドは、カヘティの土着白品種の混醸で、しっかり熟した果実から長期のマセレーションで十分に成分を抽出しているが、親しみやすくまとまっている。あまり酸のないブドウで、亜硫酸低添加醸造をするのは難しいと思うのだが、揮発酸が上がることもなく、今までにない味わい。
~プロフィール~
合田 玲英(ごうだ れい) 1986年生まれ。東京都出身。
2009 年~2012 年:ドメーヌ・レオン・バラル(フランス/ラングドック) で研修
2012 年~2013 年:ドメーヌ・スクラヴォス(ギリシャ/ケファロニア島) で研修
2013 年~2016 年:イタリア/トリノ在住
2017 年~:日本在住