ファイン・ワインへの道vol.27
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最終更新日:2018/11/15
寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
脱ステンレス。 セメントタンク回帰が生むヒューマン・ワイン。
「木製とセメント製の発酵槽を追放し、全てステンレス製タンクに置き換えることにした」。
これは、アンジェロ・ガイアが70年代、父に代わってワイナリーの指揮を執り始めたころ、最初に行った変革の一つだったそう。つまり“セメントからステンレスへ!”です(※1)。
そして世界はその潮流を追い、地球の隅々でステンレスの利便性が崇められ続けたのはご存じの通り。
そして。時は流れることはや40年以上。もし今も(おそらくはそうだろうと想像されますが)、ガイアが昔と同じように目端が利く、先の読める男なら多分、今頃どこかの醸造機器会社に、セメントか木製の発酵タンクを注文しているか、もしくはもう設置し終えているかもしれません。
わずかここ1、2年の間に、ピエモンテだけにとどまらず各地で発酵タンクの“脱ステンレス。還セメント(または木製)”の動きが急速に広まっているように感じられます。
その最大の要因の一つは、効率的かつ完全な発酵温度調整機能がついたセメントタンクの完成、でしょう。昔ながらの(今もバルトロ・マスカレッロらが使い続けるような)セメントタンクは、その厚みによる温度安定効果で、発酵温度はステンレスほど急激な変化はないとされましたが・・・・・、それでもやはり年により、発酵温度が上がりすぎる心労がつきものでした。
でも最近のものは、タンクの内側に冷却パイプや冷却板があり、温度管理は万全。ここ2年ほどの間にセラーで目撃しただけでも、ランゲではボルゴーニョ、オッデーロ、デルテットほか。またブルーノ・ジャコーザでセカンド・エノロゴを務め、イタリア若手最優秀エノロゴに贈られる「ジュリオ・ガンベッリ賞」を受賞後、バルバレスコで独立したフランチェスコ・ヴェルジオも2018年、セメントタンクを購入。その際のコメントも「やっとコレを買うことができたよ。待ち望んでいた瞬間だ」と満足げなものでした。
シチリアでも、エトナのトルナトーレ(縦長の巨大な玉子形セメントタンクを大量に使用)などのほか、「試験的に使用したセメントタンクの結果が良く、つい先日、30hlタンクを追加で10個発注したところだよ! それが来たら、ステンレスは廃棄だね」というような豪快な発言、およびそれに準ずる発言も数多く聞くことができました。
そして同時に、見事すぎるほどに共通していたのが「何故セメントなのか?」という問いへの答えです。
ほぼ全員が「ステンレスタンクは、ワインの果実味を縮ませるようだ」と答え。よりイタリア人らしい(詩的な)表現を好む者は「セメントのほうが、より伸び伸びと明るく、朗らかに。果実の果実らしさ、及びその奥行きが表現できるのだ」と語り。
より分析的な者は「ステンレスによる電気イオンの交換と、ステンレスに関係すると思われる電磁波捕捉が、ワインの表現力を削いでしまうようだ」と語りました。
実は筆者も今まで2度、全く同じ畑のブドウを3種の異なる材質のタンクで発酵させたワインを、タンクから直接試飲比較した経験があります。もちろんステンレス、セメント、アンフォラ(クヴェヴリ)の3種です。場所は、アルザス自然派の雄、ローラン・バーンワース、およびキアンティ・ルフィナで自然派に移行中のカステッロ・デル・トレッビオで、です。その結果は、最もひかえめに表現しても「同じ畑のブドウだと信じろと言うほうが無茶、というか絶対に無理」なほどの巨大な差、でした。
ステンレスは、まさにワインの果実味が萎縮し硬く、時に刺々しささえ感じるほど。一方、セメントの方は、果実味がリラックスした雰囲気、というか、より明るく温かみあるチェリーやベリーの風味がイキイキと輝き、不思議と人間的な温かみさえワインに映っているとさえ思えるものでした。
アンフォラについては、一社が地上置き、一社が地中埋蔵型(ジョージア伝統様式)で、やはり埋蔵型が、セメントタンクの利点にさらに妖艶な綾と奥行きが加わるのを感じました。
ただし。より厳密に言うと、最新型セメントタンクの内部には、冷却パイプや冷却板といった金属物質があり、またタンク自体も強度確保のため、コンクリートの中に鉄の芯が入るのが普通です。そのあたりがワインを“少し萎縮させる”心配も、また残っている訳です。
そして、ここをクリアしようという情熱的試みも行われています。例えばロアーニャのセメントタンクは、鉄芯入りのタンクを購入してセラーに搬入、ではなく。セラーにタンク業者を呼び寄せて、セラーの中で、鉄芯なしでセメントを型抜きして造った(造成した?)という、入魂作。ゆえ、さらにひときわ、果実味の伸びやかさがあったように感じられました。
ともあれ。
またも、手短に言うと1,2行ですむ内容がこんな長い文になり、恐縮至極です。
要は、これが言いたかったんですよ。「今までの“セメントタンク=古く垢抜けない。ステンレス=最新鋭”ってイメージは、既に逆転しています」と。
ゆえ、ネットで出てくるワイナリー情報などで、もし真摯なビオロジック生産者が“セメントタンク発酵”とあれば、それはよりポジティヴな情報ですよ、とね。
それにしても、セメント槽で発酵させた果汁のほうが、より温かく“ヒューマンな”味になるなんて。ワインってやつは本当に。
不思議な液体ですね。いつまでも。
(出典 ※1:「世界一優雅なワイン選び」ジェラルド・アシャー。1996年 集英社文庫)
今月の「ワインが美味しくなる音楽」:
熟成ブルゴーニュのセクシーなタンニンのような、
カエターノ・ヴェローゾの声。
Caetano Moreno Zeca Tom VELOSO
『OFERTORIO』
ブラジルだけでなく、世界最高峰の美声ヴォーカリストの一人、といえば、偉大なるカエターノ・ヴェローゾ。まさにヴェルヴェットそのもののような、そして不思議に中性的、かつ官能的な声は、今も輝きを増し続けるばかりです。その彼が、3人の息子と共に、ほぼアコースティックに近い素朴なライヴを収録した最新アルバムです。ゆったり、スロー&スロウメロウに。極々少ない音数で、音の隙間をキレイに響かせる曲調は秋のこの時期の、しみじみした空気感とも素晴らしく美しく共鳴します。
まるで、キメ細かく妖艶に熟成したブルゴーニュの赤を、耳で味わうような趣さえ、感じませんか。少しだけ。
https://www.youtube.com/watch?v=CTGJUeDupRg
今月の、ワインの言葉:
「シャンパーニュ人は、自分たちだけが世界に抜きんでるスパークリングワインを造れると任じており、事実、時にそれを実現してみせる」ジャンシス・ロビンソン
(筆者註:“時に”という表現が、この文言の核心。)
寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。