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ドイツワイン通信Vol.84

温暖化と土壌の個性

 どうやら今年のドイツワインは質・量ともにとても良い生産年になりそうだ。リースリングの収穫開始がモーゼルでも9月17日頃と――もちろん生産者やブドウ畑の立地条件によって違っていて、9月24日から本格的に始めるところや、10月に入ってから本腰を入れるというところもあるけれど――前代未聞の、おそらく史上最も早い収穫開始である。

 世紀の猛暑と言われた2003年でさえ収穫が始まったのは10月3日頃だった。2017年もまた9月末から10月初旬という、とある生産者によれば「約100年前に醸造所が設立されて以来初めて」という早い時期にリースリングの収穫作業がはじまったが、今年はそれよりもさらに10日前後も早いペースで進行している。

 「すでに収穫作業にとりかかっているが、今日も日陰で29℃ととても暑かった。明日からは涼しくなりそうで助かるよ」と、9月20日にモーゼルのルドルフ・トロッセンはメールに書いていた。9月16日にはザールのファン・フォルクセンがフェイスブックで選果の様子を動画で投稿していたが、説明がなかったので品種はヴァイスブルグンダーかリースリングかわからない。それから5日後の21日に、同醸造所はヴィルティンガー・クップと思しき畑のリースリングの収穫の写真をアップしていた。房は小さめで果粒は大小入り混じって、金色に輝かんばかりに美しかった。

前代未聞の長い夏

 なぜこんなにも収穫が早まっているのか。おおざっぱに言えば温暖化の影響ということになるが、一つには4月からの例年にはない暑さが、時折雨を挟みつつ9月まで一貫して、つまり展葉から成熟までずっと続いていたのだ。これほど長期間にわたる暑さは前代未聞だという。開花は5月末で2017年よりも1週間前後早かったが、勢いよく成長する新梢に養分を持っていかれたため、結実したばかりの山椒の実ほどの果粒の一部が自然に落ちてしまった(https://www.steffens-kess.de/cms/2018/06/16/verrieseln/)。その結果、果粒と果粒の間に隙間の多い、風通しがよくて傷みにくい房となった。そして今年のブドウ樹は、昨年の遅霜の損害をとりもどそうとするかのように房の数がとても多かった。

2017年の状況

 2017年を振り返ってみると、3月から4月にかけて例年にない暖かさだった。いつもなら冬の寒さが残る3月ですら、人々は庭や通りのテラスで食事を楽しんだという。早々と冬眠から目覚めたブドウ樹は新梢を早々と伸ばし始め、それが4月20日頃の遅霜の被害を大きくした。遅霜を生き延びた枝の房は6月6日頃に、損傷をリカバリーしようと後から伸びてきた枝の房はそれよりも遅れて、しかしどちらも好天下で順調に結実した。だが、やがて成熟がすすみ果粒がふくらむと粒が密集して風通しが悪くなった。遅霜の後7月いっぱい続いた夏らしい天候から、8月から9月にかけては一転して涼しく、しばしば雨が降り、ブドウはゆっくりと熟しつつも果皮が薄く傷みやすくなり、気長に完熟を待てる余地はなくなっていった。そうして9月末頃からリースリングの収穫が始まった。成熟状態にはばらつきが大きかったが、遅霜で収量が減ったために果汁は凝縮された。

 実際2017を飲んでみると、個人的には2013の凝縮感と酸とミネラルを思い出す。あの年は5月下旬から6月上旬にかけての大雨でドイツ各地が洪水に見舞われ、ブドウの開花は6月下旬にずれ込んだ。収穫も9月の低温でなかなか完熟しなかった上に、10月上旬に降った雨でブドウが傷みはじめ、本来ならばもう少し待ちたいところを収穫に踏み切った畑が多かった。もっとも、2017の酸味は2013の人を突き放すような酸味ほどには厳しくはない。凝縮感という点では花震いの影響で収量が低くなった2010に似ているし、やはり夏の涼しかった2014を思わせるところもある。2010は果汁の除酸が盛んにおこなわれたこともあって最初はこき下ろされたものだったが、近年は収量の低さが幸いして非常においしくなっていた。残念ながらほとんどが飲み干されてしまったが、2017も数年後はそうなる可能性は十分にあると思うし、今も飲みごたえがあって楽しめる。

ひさしぶりの豊作

 今年の収穫に話を戻すと、2018年は久しぶりに豊作になりそうだ。9月21日付のドイツ連邦統計局の収穫予想は13生産地域合わせて975万hℓで、昨年の750万hℓを大幅に上回っている(https://www.meininger.de/de/weinwirtschaft/news/erste-offizielle-ernteschaetzung)。もっとも、これは猛暑が厳しかった8月の予測値に基づく統計なので低めに見積もっている可能性があり、過剰生産とバルクワイン価格の下落が危ぶまれている。

 とはいえこれを書いている9月24日現在、モーゼルのリースリングの収穫はまだ序盤が始まったばかりで、これから何が起こるかわからない。昨夜もドイツではモーゼルからフランケンにかけて暴風雨が吹き荒れ、ザールでは運転を誤った乗用車が街路樹に激突し、フランクフルトの空港では少なからぬフライトが遅延したり着陸空港の変更を余儀なくされ、フランケンでは倒木の影響で約2時間前後鉄道が止まった。しかし一夜明けた今日は晴天に戻り、天気予報では9月いっぱいは涼しい好天が続くそうだ。最低気温は3℃まで下がるそうで、酸の分解とアロマの蓄積が進みそうだ。一体どんなワインが出来るだろうか? やはり花震いがあって夏の暑かった2009に似ているのではないかと、個人的には想像している。

ドイツワインの基礎知識

 さて、ラシーヌでは月に一回、毎回社員が持ち回りで講師役を引き受ける社内勉強会がある。9月は私がドイツワインの基礎知識を担当させていただいた。そのおおまかなところを、この場を借りてお伝えしようと思う。

 ドイツワインを理解するには、まず生産地域の個性を把握する必要があると思う。生産地域は旧西ドイツに11、旧東ドイツに2つあるが、旧西ドイツの11生産地域は全てライン川沿いとその支流に分布している。従って、ドイツの大半のワイン生産地域はフランス寄りの南西部に集中している。

Source: Wikipedia

三畳紀と粘板岩

 ワインの個性を左右するのは気候とともに土壌であるが、ドイツのワイン生産地域はおおざっぱに「三畳紀」の産地と「粘板岩」の産地の二つに分けることが出来る。三畳紀の土壌は南と東のドイツの産地(バーデン、ファルツ、ヴュルテンベルク、フランケン、ザーレ・ウンストルート)に分布しているが、これはパリから同心円状に広がるパリ盆地の周縁部にあたる。もう一つの粘板岩の産地はライン川中流域からオランダにかけて位置するラインスレート山地にあるアール、モーゼル、ミッテルライン、ラインガウ西部とナーエの一部だ。

 粘板岩で注目すべきは生成年代の古さである。約4億年前に太古の海に沈殿した泥が圧密されて生成した岩が風化した土壌の、急斜面の畑のリースリングはとりわけ余韻が長い。一方三畳紀の土壌は「雑色砂岩」「貝殻石灰質」「コイパー」の三つの地層から成るのでその名があるのだが、約2億~2億5千万年前に生成した地層だ。雑色砂岩のリースリングに比べて貝殻石灰質土壌のものは肌理が細かく上品で、コイパー土壌のものはやや大人しい。一方、ラインヘッセンは5600万~260万年前の第三紀の石灰岩とレス土(黄土)で、ワインの味も他の産地にくらべて柔らかく親しみやすい。

 こうした土壌とワインの個性を関連づけてとらえると、産地の個性が理解しやすい。産地の個性と個々の生産者のつくるワインと関連づけて、ドイツワイン、ひいてはワイン全体の中で位置づけることが出来ればベストではないかと思う。私はまだ、その入り口のあたりで右往左往しているわけだけれど。

産地の中の地域差

 産地の枠組みがなんとなくわかったら、次に個々の産地の中での地域差に注目してみる。大抵の産地では「ベライヒ」と称される、土壌と地形の異なる地区に分かれているが、例えばラインガウの場合は「ベライヒ・ヨハニスベルク」の一つしかない。一つしかないのだけれど、地形や土壌からみると三つの地域に分けることが出来る。一つはライン川の支流であるマイン川の河口付近の地域。ここは石灰質の砂や粘土が多くてワインの口当たりもやわらかい。次にライン川がタウヌス山地にぶつかって左折するところから、観光客で賑わうリューデスハイムの手前までの、ライン川とタウヌス山地の間のゆるやかな斜面が広がる地域。ここはレス土と川が運んで来た砂や粘土、そしてタウヌスの珪岩が堆積していて、気品のあるきめ細かな味わい。そして三番目がリューデスハイムの先でタウヌス山地がライン川に接するあたりからロルヒハウゼンまでの、粘板岩と珪岩やレス土の急斜面が広がる地域で、モーゼルのようなスッキリ感とラインガウのヴォリューム感を兼ね備えたワインが出来る。

土壌に注目する理由

 このように、生産地域の中でも土壌と地形に主眼を置いて地域を分けると、ワインの個性との関係性が見えやすくなる。そして生産地域というくくりだけでは、かならずしも産地とワインを関連づけにくいことがわかる。フランスやイタリアの場合、AOCやDOCによって使用可能な品種や醸造手法まで規定されていて、土壌を問うまでもなく産地の個性の枠組みが決められている。しかしドイツの場合、各産地で栽培可能な品種は数十種類に及び、何を植えるかは生産者の裁量に任されている。だから、産地の個性を理解するためには土壌を注意深く観察する必要があるのだ。

 1971年のドイツワイン法では、品質基準は収穫時の果汁糖度の高さによって決まることになっている。だが現在、実際に醸造されるワインの65%前後が辛口かオフドライで、VDPのグローセス・ゲヴェクスなど辛口のグラン・クリュが、高貴な甘口とならびドイツを代表する高品質なワインとして評価されている。さらに温暖化でフランス系の品種まで完熟が容易になっていることから、47年前に施行されたワイン法の品質基準は、その意味を失いかけていることに疑問の余地はない。

果汁糖度からテロワールへ

 実際、DWVドイツブドウ栽培者連盟のニッケニヒ総書記は、地理的条件を基準にした品質区分――呼称範囲が狭いほど高品質とする――への移行に前向きな姿勢を示している(https://www.weinbauverband-wuerttemberg.de/DATA/FUER_MITGLIEDER/2018/2018_Bezeichnungsrecht_Vortrag_NICKENIG.pdf)。それに呼応するかのように、ラインラント・ファルツ州の農業サーヴィスセンターでも、ほぼ毎週配信される果汁糖度の分析値を、今年からブドウ畑の立地条件で三段階に分けて記載するようになった(http://www.dlr-mosel.rlp.de/Internet/global/themen.nsf/Web_DLR_Mosel_Aktuell_All_XP/A77BB29900E2B93DC125830E0028ACE8/$FILE/kis180919_7_reifemessung_akt_situation.pdf)。

 果汁糖度ではなく、ドイツでもブドウ畑の立地条件が品質基準となる時が近づいているのは間違いない。10年ほど前から言われていることではあるけれど、いよいよ実現に向けて動き出しているようだ。

(以上)

北嶋 裕 氏 プロフィール: 
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。

 
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