エッセイ:Vol.126 「ブショネ」判断について ― いかにしてワインの品質チェックは可能か ―
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定番エッセイ, ライブラリー, 塚原 正章の連載コラム
はじめに
1.要約
ワイン界の悩みの種であるブショネは、TCA(またはTaCA)に由来する品質不良です。クレームとしてラシーヌに返品された理由のなかでも、「ブショネ」の割合が圧倒的です。「ブショネ」返品されたワインは、品質管理役の塚原(と必要な場合は合田)が、状態を確認。味わい・コルク・ボトル口元の3点を点検し、品質不良の状態とその原因を探ってきました。
その結果、「ブショネ」ワインのなかには、実際にTCA汚染コルクによる特有な異味だけでなく、これまでにも何度もお話ししてきましたが、ビン口周囲の汚れ(清拭不足)に起因する呈味異常も多いことがわかりました。また返却されたボトルでは、コルクの上下を逆にして挿しなおしたケースが少なくありません。その際、コルク下方の表層に、こげ茶色をしたTCA密集部位があり、そこからTCAの二次汚染が生じたケースもよく見つかります。
つまり、「ブショネ」ワインには、本来のTCA型ブショネもあれば、単なるビン口汚れ型の異味もあり、コルクの逆さ詰めによる「二次的TCA汚染」現象も見られます。
2.お知らせ
またラシーヌでは、ワインの状態(健全度)を判定するために、O-リングテストをおこなって品質評価の参考にしています。テストによる反応と、テイスティングによる品質評価の結果が一致すれば、同テストの有効性が確認できます。これから一歩進めて、同テストによる「ワインの画像診断」も可能であることがわかりました。
以上の経験をもとにして、ラシーヌでは2018年1月以降、検品処理の方法を変えて、画像診断法を採用いたします。「ブショネ」または「不良」が疑われるワインがあれば、その場で問題のボトルとコルクを撮影していただき、その画像をラシーヌ宛てにメールで送付していただくことになります。
送付された画像を、塚原がO-リングテストし、その反応を分析して、問題の有無を確認いたします。また、この方法によって、費用と手間が省けて効率化できます。画像の撮影方法など、具体的な方法につきましては、担当営業までお問合せください。
なお、従来通り不良品を送付してラシーヌの判定をお望みのかたは、送料を自己負担していただくことになりますので、ご協力をお願いいたします。
ブショネ問題 ― TCA汚染とビン口汚染について
ワインという難問?
いわゆる「ブショネ」ワインの返品にどう対応すべきかについて、ワイン業界に統一基準はないようです。けれども、ワインの生産者から消費者までを巻きこむ関係者全員にとって、ブショネなどの品質不良問題は、重要であるだけでなく、扱い方が微妙です。ワインは、客観的な「品質」と主観的な「味わい」のバランスの上に成り立っている感性商品でもありますから、味覚と嗅覚にもとづいて各人が品質判断をしなくてはなりません。この難問について、すこし整理しながら考えてみることにしましょう。
視点
①ブショネの責任は、どこにあるか? →誰が補償すべきか、すべきでないのか?
②ブショネ以外の「欠陥ワイン」についても、責任はどこにあるか?
③ワインの品質チェックは、誰がどのようにして判定したらよいか?(判定権と判定手続きの問題)
ブショネも製造者責任だが…
ワインの品質については、生産物の一般論としても、まず製造者の責任が問われるべきでしょう。つまり、ワイン生産者がワインという商品の品質について、第一に責任を負うべきである、という考え方です。これについては、だれからも異論が出ないでしょう――品質の定義についての考え方と、生産者を除いては。
次なる問題は当然、生産者が労苦のあげく仕上げ、世に送り出したワインの「先天的な」品質を、だれがどのように劣化(あるいは向上?)させる可能性があるか、ということです。が、以前に論じたことがあるこの大問題についてはここでは取りあげず、ブショネにかかわる問題に局限しましょう。
ブショネ「補償」はだれに請求?
生産者にしてみれば、価格や時間・空間の制約でもないかぎり、意図的に品質の低下をはかったり、容認したりする理由はありません。商品化(とくにワインのボトリング)に欠かせないボトルとストッパー(栓)類は業者から購入しているのだから、ブショネという生産者にとっては「後天的な」品質異常があるとしたら、それを供給したコルク類の製造者に責任がある、と言いたいでしょうね。
もし、アメリカ流に生産者が「無条件の返品処理=返金」(または代替品の提供)を認めるとしたら、その費用を価格に折り込められるか、という問題もあります。輸入・販売業者が生産者の責任代行をするとしたときも、潜在的にはおなじ価格上昇の問題が発生しますが、はたしてそれを購入者や消費者が認められるでしょうか。
責任の前送りでは逃げられない
〈消費者→販売・飲食業者→卸・インポーター→生産者→納入業者(コルク製造者など)〉という具合に、それぞれの前段階に対して、責任と補償を求めるのは妥当でしょうか。堂々巡りになりそうな、厄介きわまる問題です。
消費者からのクレームを、販売店やレストラン&ワインバーは、仕入れ先やインポーターにただ転嫁するだけで、済ませられるのでしょうか。インポーターからは、前金仕入という危険だけでも過大な負担だという呟きが聞こえそうです。
ワイン取引の諸段階のなかで、利幅が大きく付加価値率が高いところ(だれ?)が危険負担すべきだという一般論もあるようです。
ブショネとその検出法―化学か、人か
そこで、端的にブショネという現象について、考えてみましょう。いわゆる「ブショネ」というワインの特異臭が生成される原因は、コルクに含まれる2‐4‐6 TCAとTaCAという化学物質にあるとされています。(最新の研究では、TCA類は、ワインに特異臭を付与するのではなくて、鼻腔にある嗅覚細胞の働きを阻害することが、結果として人間に特異臭として感じられるそうですが、どちらにしてもTCA類の作用であることに、変わりはありません。)
この化学物質を検出することは、ガスクロマトグラフ(通称ガスクロ)という分析機器を用いれば可能とされていますが、ワイン界で実際にこの高価な分析道具を所有し、分析スキルがあり、日常的に使用しているのは、大手のコルク生産者以外では、大手のワイン製造業者(最新式のラボを備える大手のワイン生産者)でもない限り、ほとんどいないでしょうか。ということは、ブショネ鑑定のためには、食品の化学分析を受注するラボ(または研究機関)に分析を委託するしか、科学的な方法がありません。
ただし、大学や研究機関でワインの生産や醗酵技術と化学分析法を学び、経験によって異味異臭の原因を特定する技法を身に着けた専門家(かりに「エノロジスト」と呼びましょう)ならば、テイスティングによって、その原因が製造のどの段階で、どのようにして起きたかを、(ある程度または正確に)推定することが出来ます。
しかし、そのような化学的な機器分析によらなくても、たとえば偉大なるジュリオ・ガンベッリは、(サンジョヴェーゼについてのみかもしれませんが)異変とその原因をひとくち味わっただけで驚くほど正確に言い当てた、と伝えられます。ちなみに彼は、アルコール度数を下一桁まで正確に推定するのが常だったので、あるとき予めアルコール度の分析数値を入手していた生産者が、テイスティングをしたジュリオが口にした数値と一致していなかったので、慌てて再分析をラボに依頼しろと命じたと、伝えられています。
つまり、ジュリオのように例外的に味覚嗅覚が鋭い鑑定家と、経験の深い「エノロジスト」ならば、テイスティングによってTCA類の存在と強度(ppbレヴェル)を、かなりの確度で推定できるはずです。逆に言えば、通常のワイン愛好家や、ワインの販売や提供・サーヴィスに携わる人たちにとっては、よほど酷い汚染や異常な状態でもないかぎり、TCA類だけでなく、ワインの品質異常について、テイスティングだけからその原因を正確に推定するのは難しい、といっても間違いではないでしょう。
ブショネか否か
なぜ、そのようなことをあえて言うのか、それには理由があります。「ブショネ」という理由でラシーヌに返品されてきたワインを、私は12年にわたってすべてテイスティングし、その際にコルクとボトルを検品しています。かなりの頻度でナイフを用いてコルクを切り刻み、表層近くにある茶褐色をした病巣(TCA密集部)の存在を確認し、異臭を感知検出しようとしています。このようにすれば、ワインの風味異変とコルクとの因果関係をつきとめることは可能なはずであり、実際にかなりの程度に可能なのです。
敵はビン口汚れにもあり
その結果をおおざっぱに述べてみましょう。じつは、ビン口汚れが「ブショネ返品」の約1/3に見られるのです。ビン口部分の汚染は、空中の雑菌または生産者のセラーでよく生じるようです。このビン口汚れは、ワインを注ぐ際にワインとビン口との接触によって、(グラス内と、逆流によってボトル内の)ワインに移行し、ワインの呈味異常を引き起こしているケースがかなり多く認められます。
また、「ブショネ」と決め付けられて戻されたワインのうち、その半数はブショネ以外の品質異常または品質劣化らしいと推定されるのです。
このように、ビン口汚れを原因とする味わいの劣化を分別したうえで、味覚・嗅覚による分析的なテイスティングと、視覚・嗅覚によってコルク内のTCA密集部位のありかを確認することを組み合せれば、結果的にTCA汚染の因果関係を把握し、汚染レヴェルを推定することが、かなりの確度でできるはずです。
TCA病巣はコルクのどこにあるか
なお、TCAの病巣は、コルク内のどこにあるかによって、ワインへの影響の有無と程度が異なります。コルクのなかで、ボトル内でワインと接触する部分(下方の表面または端)にその病巣があれば、(横積みされたボトルならばとりわけ)ワインが接触感染されることは確実ですし、横に寝かせてなくてもボトル内で空気感染することもほぼ確実におこります。
逆に、ボトル内でコルクの上層のみにTCA病巣がある時は、ワインがTCA汚染される確率は低いとみるべきです。
コルクの上下を逆にすると…
ところが、グラスまたはボトルから異臭が感じられたとき、刺さっていたオリジナルのコルク全体の臭いをかいで、「TCAコルク」だと即断しがちな方が意外に多いようです。が、コルクのどこにTCA病巣があるかが問題なのです。じつは、ワインに面していない、という意味で「コルク上層部」にあるTCAは、無害のはずです。味わいに異変を感じたとき、しっかりビン口を清拭せずに、汚染がそこに残されたために、ビン口汚染がワインに移行して呈味異常を引き起こした可能性が、かなり高いのです。お店側の清拭不足を棚上げにして、コルクに責任を問うべきではありません。
ボトル内に挿入されたコルクの下方には問題が無く、コルク上層部に病巣があるとしましょう。そのとき、抜かれたコルク全体から発散される(TCA由来の)異臭が感じ取られるために、そのワインをブショネと誤解しがちなのです。
そのばあい、コルクを逆さまにしてビン口に戻すと、オリジナル状態で上層部にあった病巣が、今度はワインに面して接するか、ビン内で空気感染する結果、あらたに瓶内でTCA汚染が生じるという現象が起こります。そのため、コルクを逆にして差したビンからテイスティングすると、この度はブショネ風味が感じとれてしまうのです。これまた、サーヴィスする側がコルクの扱い方を不注意に逆にしたことから、ビン内感染が起き、それが感じ取られるという、困った現象なのです。
汚染のパターンと分類
以上、くどくどと述べてきましたが、要するに「TCA汚染」と呼ばれるケースには、次のようなパターンがあるのではないでしょうか。
①[本来性TCA感染] コルク内の下方表層部またはその近辺にTCA病巣があり、ワインに感染した場合
②[第二次TCA感染] コルク内の上層部にあった病巣部が、コルクを逆に差したためにワインと向き合った結果、直接または空気による間接TCA感染が、後天的に起きる場合
③[ビン口汚染による感染] ビン口がもともと汚れていたか、ワインを注いだ後に口元に残ったワインに雑菌がはびこったとき、ボトル内の健全なワインがビン口から汚染して不快臭が発生したのを、TCAと誤解する場合
――とすれば、上記の①の場合のみ、返品されたワインについて、本来のボトリング(生産)段階に起因するTCA汚染であると認めるべきではないでしょうか。②と③は、いわばサーヴィス側の不適切な処置または不注意による「後天的な」異臭発生とみなすことができますので、生産者と輸入販売者(インポーター)にその責任を問うべきではないと思われます。(了)