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エッセイ:Vol.124 ワイン原論 / 補のまた補「視点1.現代に生きていることの特権について」

好きな言葉は「コンテンポラリー」

 わたしは、コンテンポラリー“contemporary ”という言葉 ― フランス語ではコンタンポラン“contemporain”― が、気に入っています。その単語の成り立ちは、後期ラテン語で、con(…と同じ、共にする)と、“tempus“(時間)が組み合わさり、「ある時や時代を共有する」ことを意味しています。
 “contemporary ”という英語には二つの意味があり、①同時代にかかわる意味(「同時代に起きた・存在した」「同時代の」)と、②「現代の・当代の」という意味になります。言葉に両義性があり、文脈によってどちらの意味かが論理的に読み取れるのが、面白い点です。
 「誰にとって」という視点からすれば、特定の人物にとっての同時代(のヒト・モノ・コト)とは、②の現代(人)にもなれば、①のように、その人の生きてきた時代の出来事にもかかわるわけです。
 が、わたしがこの言葉に関心があるのは、当の形容詞が人間を修飾する場合です。わたしにとって同時代人とは、おなじ時代の空気を吸って生きた特別な共感関係にある、潜在的な同志のようにすら感じられるのです。いずれにしても「コンテンポラリー」には、「テンポラリー」“temporary”といった一時的で軽い意味合いとは異次元にある、親しみをおぼえさせて作用があるようです。

 

「現代に生きている特権」を分解すると
―特権

 特権的という言葉には、懐かしさを覚えます。といっても、特権や特権階級に惹かれるからではありません。アルベール・カミュの翻訳に登場する特権的という言葉には、それまであまり馴染みがなかったけれども、なにか感覚的な鋭敏さが印象に残りつづけました。そういえば、フランス語の原書購読でも、特権的には何回かお目にかかった気がします。
 これに反して、あまり好かない特権という言葉もまた、誰がそれを手にするか、それが誰に与えられ認められるか、という「誰」に深くかかわる言葉です。が、特権とか、エリートやエスタブリッシュメントという一連の言葉からは、いわば制度に寄りかかりながら社会から甘い汁を吸おうとする、寄生的な精神構造が浮かび上がるような気がします。
 けれども、いま生きていること、現在という貴重な瞬間の特別な価値や意味合いを指すばあいの「特権」は、同時代的な存在のあり方や実存性に深く根ざしているように思えるのです。

 

―現代

 日刊紙や週刊誌のタイトルだけでなく、あらゆるところに現代という言葉が氾濫しています。が、それらの多くの場合に「現代」は、スローガンや扇動の文脈に置かれたのでないとすれば、流行現象に対する月並みな形容詞のように、擦り切れて汚れた感じしかしません。
 これに対して、かつてサルトルらが創刊した思想雑誌『レ・タン・モデルヌ』“Les Temps Modernes”(現代)という表題の響きからは、時代の風と重みすら感じとれたことが、懐かしく思い出されます。
 たしかにこの誌名には、モデルヌ“modernes”が使われていて、コンタンポランではありませんが、さほど気にする必要はないでしょう。それよりも、現代がいつの時代や期間を指すか、それにどう立ち向かおうとするのかの方が問題です。
 たとえば、わたしがコンテンポラリーを意識して「現代」というときには、「2017年現在の日本」という時間空間的に狭くて特殊な範囲が、意識に上るようなことはありません(意識の底にある、軍事と独裁を志向する権力に対する、強い違和感や警戒感がなせるわざでしょうか?)。
 どちらかといえばわたしは、自分が過ごしてきた「20世紀後半以降、現在にいたる世界」という、やや長くて広い範囲を、最長の「現代」として意識しているようです。
 参考までにいえば、時代区分として「近代」の後を襲う「現代」は、長くは1945年以降(第二次大戦後)から現在までの期間を指すことが多いようです。たまたま、わが個人史にかかわる私的時間の総計が、奇妙ながら歴史的な「現代」と符合しているのです。

 

現代のワイン愛好家が恵まれた特権的な状況は?

 しかし、ここでは、そんなにシリアスなことがらを扱うわけではありません。現代という時代が、ワイン愛好家に特権のように与える、それまでになかった恩恵と可能性があるのではなかろうか、という問いがあるだけです。現代人はワイン史上に例がないほど素晴らしい恩恵に浴しているので、その気になりさえすれば、好みのワインやコンディションのよいワインを選んで楽しめる、という恵まれた環境にあるのでは、ないでしょうか。それなのに、特別な受益意識が乏しいのではないか、という思いがします。
 そのような問題意識に立って、現代のワインが置かれた状況を、ワイン界の大状況と小状況にわけて考えてみる必要があるでしょう。

 

ポイント1.大状況は、良し悪し半ばする

 フィロキセラ禍と接ぎ木の根本的な影響

 まず、19世紀後半以降にフィロキセラ禍が世界中に及ぼした取り返しのつかない大事件を、ワイン界は忘れられません。今なお世界のワイン界は、フィロキセラ禍から質量ともに立ち直っていない、と見ることすらできるのです。
 天下無敵で変幻自在なフィロキセラに対しては、唯一の有効な対策として、ヴィティス・ラブルスカ種のアメリカ産台木に、ヨーロッパ原産のヴィティス・ヴィニフェラ種を接ぎ木するしか、手の打ちようがなかったのです。接ぎ木は、オリジナルな品種やクローンの遺伝子をそのまま活用するための便法であって、交配と違って遺伝子は混じり合いません。
 けれども、いわば他人の子宮に受胎済みの卵子を植え付けるような、不自然さが残るだけではありません。有無をいわせずに、ヴィティス・ラブルスカ品種との「同棲生活」を強制するにひとしい技法から、オリジナル品種にストレスが生じないわけがありません。フィロキセラの侵襲と接ぎ木の手法が、ワインとワイン界にもたらしたポジティヴな影響は、原品種の存命以外にほとんど見あたりません。逆にそのネガティヴな影響を列挙して検討しましょう。

 

フィロキセラが残した禍根の検討

  1. 接ぎ木に要する莫大な手間と費用のお陰で、経済的に成り立たない地域でのワイン生産が放棄された結果、特に安価なワインの産出量が激減し、その後もEUの一律なワイン品質重視策も手伝って、ブドウ栽培面積はいまだに恢復していないし、その見込みはありません。
  2. ために、各地に伝わる独自のブドウ品種数が減少し、ときに絶滅を招きました。
  3. 接ぎ木が、ワインの味わいを根本的に変えてしまった。現在、世界各地に例外的に残っている自根ブドウの味わいから、かつてのワインの伸びやかな姿を想像し、うかがい知ることはできるにしても、ワインの質が著しく変わってしまったことは、取り返しがつきません。
  4. アメリカ産の台木が、万能ではないこと。不適切な品種の台木への接ぎ木が、前世紀末に北米で発覚し、多くの畑が全面的な植え替えを余儀なくされました。これはカリフォルニア大学の過失とされましたが、不適切な台木の種類は専門家の間では以前からわかっていたので、避けることができたはずでした。
  5. 台木の種類として、多産性の品種が選ばれがちだったこと。たしかに、病虫害や不順な天候気象対策に有効な台木が選ばれたにしても、経済第一志向の栽培家はブドウ果の品質より、多産性を尊重しがちだったため、ワインの品質低下をもたらしました。

 ざっと、こういう有様ですが、これ以上、亡き子の齢を数えるようなことは無駄でしょう。そこでまずは、フィロキセラ禍以外にワイン界を揺るがせたさまざまな要因を、思いつくままに挙げてみます。

 

ポイント2 《ワイン界を変えた要因と事象》一覧表

  1. 化学肥料、除草剤と殺菌剤の蔓延(WWⅡ以後)
  2. 大学等の研究機関における、ワインの科学と技術の発展―地学・農業科学を踏まえた栽培と醸造の技術開発、衛生管理法、遺伝子分析による品種の系統確定など
  3. 新大陸(アメリカ大陸、オーストラリア・ニュージーランド、アフリカ大陸)でのワイン生産の発展
  4. 醗酵・醸造用の容器の普及と開発―ステンレス・スティール製タンク(温度コントロール装置付き)や新小樽(バリック)の普及、エッグ型コンクリート容器の導入
  5. アンフォラ、スペイン式ティナハ、クヴェヴリ、など、歴史的容器の見直しと使用
  6. ワイン、とりわけシャンパーニュ市場の発展と、RMの革新と拡大・普及
  7. 有機農法の普及と、バイオダイナミック農法の進展―natural wine運動(フランス→イタリア)と、その世界的普及(産地以外の消費地;日本、北米、ロンドン、北欧)
  8. 銘醸地における巨匠の隆盛と世代交代と、新しい産地の参入と発展
  9. TCA汚染によるコルク栓問題の世界的拡大と、新たなストッパーの開発普及(ステルヴィン、スクリューキャップ、合成栓、「TCA除去」コルク)
  10. ワインコンサルタントの活躍とその功罪
  11. ワイン資格―トップはMWとマスターソムリエ―の認知拡大と活躍の場、広がる
  12. ワインライターの増加と質的向上、ワインブックの普及、ワイン地理/事典の登場
  13. ワイン情報の普及―インターネットの普及と、ワインブックの伸び悩み
  14. ワインの評価方式の拡大(パーカー式点数法の普及と行きづまり)
  15. 各国での大型ワイン展示会開催―イタリア(VinItaly、ヴェローナ、)フランス(Vinexpo、ボルドー)、イギリス(自然派展示会:RAW、The Real Wine Fair、ロンドン)、ドイツ(ProWein、デュッセルドルフ)、スペイン(FENAVIN、マドリッド )、オーストリア(VieVinum、ヴィーン)
  16. ワイン・アウォードや品評会の横溢
  17. ワイン人口の拡大(若年層愛好家の減少)、従来の非ワイン生産地における市場拡大
  18. リーファー・コンテナ/トラック、ワインの品質向上に一役(ただし部分的な普及)
  19. ワイングラスの改良(機能的で美しいワイングラスの開発、鉛ガラスからの脱却)
  20. 各種の機能的なワイン用品の開発登場(グラス以外;酸化防止型器具、オープナー等)
  21. ワインテイスティング技法への関心増大(ワインブック、ワイン教室/スクールの急増)
  22. ワインバーの発展・増加(チェーン系と独立系)
  23. ワイン流通の発展と、通販(インターネット・ショップ)大幅拡大
  24. …(以下、略)

以上に加えて、各地域に特有な条件や変化がありますが、ここでは触れることはしません。

 

結語:

 このように、大小さまざまな諸々の要因が、単独または組み合わさりながら、怒涛のように起きた結果、世界のワイン界は大胆な質的変容を遂げつつあります。そのような現代ワイン界の変容は、ワイン愛好家にとってどのような意味を持つのでしょうか。歴史上稀に見るような、恵まれた「特権的状況」のなかにある現代の賢明なるワイン愛好家は、どのように行動し、振る舞ったらいいかを、引き続き次号でさらに検討したいと思います。

 

 


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