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ファイン・ワインへの道vol.13

迷宮の精華。フリウラーノ、礼賛。

 まだまだ残暑が続きますが・・・・暑い時には、白ワイン。ということで、今回はイタリア北東端、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州の、迷宮のお話を。
 迷宮とは・・・・・はい。かの、どうにも豊富(すぎる?)ブドウ品種ゆえのことです。で、今回は、その女王にして女帝。フリウラーノのみに絞ってお話を、させていただきます。
 それにしてもブドウ品種、多いですよねフリウリには。
 この多さは、ワインラヴァーにとっては、もちろん多様性を楽しむためのポジティヴな側面もあるかと思います。しかしなから。常日頃思うのは、あまりに品種が多すぎて、普通のワインラヴァーは、この地の精髄であり、真に味わうべき品種に、辿り着けてないのではないか?? とういう老婆心であります。

 可能性としては、そこそこの生産者のピノ・グリージョとシャルドネとソーヴィニヨンを、何本か飲んだだけだと、
「あ、フリウリの白ね。こんなもんかな。ま、世界にはいろんなブドウの産地があるし。次は他の産地の白ワインを、飲んでみようかな」と、普通のワインラヴァーが、この地を軽視したとしても、不思議じゃないと思います。
 だからこそ。今回、フリウラーノだけのお話なのです。

 何故フリウラーノなのか? それは今年6月、フリウリの白ワイン、最・聖地の一つ、コッリオ地区主催の試飲会で、3日間に渡り、白ワインのみ(!)約170種類を集中的にテイスティングしての、改めての率直かつ明確な思いゆえ、です。
 それが、冒頭との繰り返しになりますが、「フリウラーノこそが、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州の白品種の女王であり女帝にちがいない」という気持ちです。
 実はその試飲イヴェントの終了時には、僕だけが無知で、僕だけがフリウラーノの重要性と卓越性を、正確に把握できていなかったのかと恥じていました。その他の品種と比べ、あまりにも果実味の純潔さと美しさ、澄んだ奥行きと深み、明るさの奥にある陰翳と幽玄、そして、柑橘の花、白い花、心地よいハーブを伴ったアロマの鮮明さが、傑出していたからです。それも、群を抜いて。

 ところが、現地で生産者に聞くとニュアンスとしては「フリウラーノ? 僕は好きだね。家でもよく飲むよ!」ぐらいのニュアンスがほとんど。同地の雄【ボルゴ・デル・ティリオ】のニコラ・マンフェッラーリでさえも「私は、この名前を奪われたブドウをけして見捨てるような真似はしない。私の子供時代のブドウだったから。たしかに、生まれは卑しくて、気が良くて不運だけれども、従兄弟(たぶん多産性の)貴種たちよりも私は好きだ」と語るにとどまる(しかしこの言い方は、インテリ・イタリア人特有の婉曲表現で、実はマンフェッラーリが最も力を入れているワインの一つは、フリウラーノである)。また、かのイタリアワイン碩学、バートン・アンダースンには「日常消費用の品種だが、東フリウリのものは良質」とあしらわれる程度。おそらくアンダースンがこう著した時期(試飲は2002年まで)には、フリウラーノで収穫量を抑えるという慣習がなかったのかも、ですが。
 つまり、フリウラーノ=女王と言い切る人は、現地でもほぼいなかった訳です。(ほとんどの生産者は、輸出マーケットも意識し、数種の品種を栽培しているという現実が、答えの歯切れの悪さの要因になっていないことを祈ります)。

 ともあれ。ニコラ・マンフェッラーリが言う“名前が奪われたブドウ”とは、ご存じの通り、2006年までのトカイ・フリウラーノという名のこと。トカイの本家、ハンガリーとのEU内での係争に敗れ、2007年からトカイの名を名乗れなくなったことを指しています。
 アルザスにもあったトカイ・ダルザスなどを含め、ヨーロッパには19世紀後半には赤ワインも含め、数十種類のハンガリー外“トカイ”ワインがあったそう。フリウリのフリウラーノについては、かつては歴史学者のガエターノ・ヴェルジーニら、複数のイタリア人研究家が、同地がオーストラリア・ハンガリー帝国領だった1863年に、オッテリオ・ディ・アリス伯爵にとりハンガリーから持ち込まれたフルミントと関連がある、といった主張も類も多くあったそう。

 しかし近年のDNA鑑定はフランスのブドウ研究家、ピエール・ガレ教授の説を裏付ける結果に。それは、南仏原産のソーヴィニョナス、もしくはソーヴィニヨン・ヴェールという品種が、ヴェネト経由で19世紀にフリウリに伝わったというもの。
 実はそのガレ教授は、ソーヴィニョナスを「高級ワインの畑にあるまじき品種」と断じています。これはある角度から見ると、テロワールのポジティブ・ミステリーとも思えるもの。南仏では二級と見なされた品種が、フリウリ、特にコッリオでポンカと呼ばれる土壌(白亜質の粘土と砂岩で非常に脆い)とテロワールで、突如その優越性を開花させた訳、です。何だか、野球でパッとせずトレードされた二軍選手が突如、新チームの一軍ですごい名選手になった、みたいな話、ですが・・・・・・。世界の懐は、深いですね。

二軍選手がトレードで、一軍の大選手に豹変。その大きな要因の一つ、ポンカ土壌。粘土砂岩で、非常に脆い。

 ちなみに、コッリオ地区での現在の総栽培面積の中では、ピノ・グリージョ(25.8%)、ソーヴィニヨン(19.34%)、シャルドネ(9%)、リボッラ・ジャッラ(7.5%)、ピノ・ビアンコ(3.92%)、マルヴァジア(2.6%)といったあたりが主要品種。他に1%以下で、トラミネール・アロマティコ、ミュラー・トルガウ、リースリング・レナーノなどが栽培されています。つまり栽培面積15.35%のフリウラーノは、第3位に甘んじています。しかしながら現地でも、フリウラーノの潜在力にはさらなる脚光があたりつつあり、コッリオワイン協会会長のロベルト・プリンチッチは「今後は固有品種であるフリウラーノとリボッラ・ジャッラの比率が高まり、第一次大戦後にこの地に伝わったシャルドネやソーヴィニヨンの比率は長期的には減少するだろう」と断言しました。(フリウラーノは、既にこの地の固有品種と考えられているのも、興味深いですね)。

 と、ここまで読まれて“で、フリウラーノが女王なら、王は何?”と思われますか?
 またも主観的な見解をお許しいただけるなら、王はヴィトフスカ、もう一つの雄、リボッラ・ジャッラは頼れる屈強な野武士、じゃないでしょうか?
 実はこのヴィトフスカという品種、これまた土壌に非常に敏感で、コッリオからわずか10km少々南に下ったカルソ地区の、より明確な石灰岩土壌でしか良い結果が残せず、コッリオでは栽培されていないそう(そんな王の繊細さと気まぐれさは、近年のこの品種のワインの価格高騰につながってる気もしない訳でもありません)。そして、本稿の出だしに、フリウラーノを女帝、とも表現したのは、しばしば王を凌いだ“帝”の栄光を放つ、という理由ゆえであります。

 ともあれ。
 品種が多すぎて、どれから選んでいいのか分からないブドウの迷宮状態(消費者も、時にソムリエも)のフリウリで。誰かがはっきり言わなくてはいけないと、現地で実感した次第です。
 フリウリの白の偉大さを知るには、まずフリウラーノですよ、とね。

註:
 本稿の多くは「ヴィノテーク」での現地取材に基づいています。現在発売中の8月号にはより詳細なコッリオの白についてのレポートが。9月号(9月1日発売)にはリッボッラ・ジャッラのみについてのレポートが掲載されています。こちらも是非、お目通しいただければ幸甚です。

 

 

今月の「ワインが美味しくなる音楽」:
上質のフリウラーノのような、
清冽な透明感と淡い幽玄のギター。

Durutti Column 『Portrait for Frazer』(from album 『LC』)

 美しい水彩画のような、淡くはかない透明感があるギター。クリアで、白く可憐な花のような響きと、その奥に、薄氷のように静かにたたえる品格ある陰翳と幽玄はまさに、上質のフリウラーノそのものとさえ思える音。極々わずかに薄くドラムが入るものの、中心はあくまでその流麗で、心が洗われるようなギターです。
 1981年、パンクとニュー・ウェーブの嵐が吹き荒れるロンドンで、その反動のように生まれたとも言われるアコースティック・サウンドの名曲は、今なお輝きを増し続けています。
 このアーティストには、他に「スケッチ・オブ・サマー」という名曲もあり、まさに今、晩夏の時期、いいワインのように心にしみますよ。

https://www.youtube.com/watch?v=Afsv12Nl_ZU

 

今月の「ワインの言葉」:
「亜硫酸無添加のマルセル・ラピエールの古酒は、亜硫酸を加えたものよりも良く熟成する」
カーミット・リンチ(1990年代からラピエールのワインをアメリカに紹介した輸入商)。

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。


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