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ファイン・ワインへの道vol.10

古酒を選ぶ時は、“日本刀ワイン”。または~奈良漬け紹興酒回避法~。

さて、状態はどう?
それがラベルよりも、はるかに重要ですよね。

 満を持し、期待して抜栓したオールド・ヴィンテッジ・ワイン。開けてみると、色はどんよりと精彩なく曇り、アロマはまるで奈良漬け入り紹興酒のよう・・・・・・。果実味は消え失せ、偉大なワインどころか、煮詰めたマデラのような味・・・・・・。そんな経験、みなさんおあり、ですよね。え、先週も、でしたか? それはご愁傷です。
 1966年のブルゴーニュ、1971年のバローロ、1982年のブルネッロ……。どんなワインも、正しく保存温度管理がなされていないと、奈良漬け紹興酒、までではなかったとしても、そのワイン本来の、歌うような躍るような、華麗なアロマと味わいは悲惨なほど消え失せてしまうことも、皆さんご存じですよね。
 そんな、熱劣化古酒を、なんとか見分け、判別する私なりの方法を、今回お伝えしようと思います。古酒は、抜栓せずとも、ボトルの見た目で生死を判断できるというのが、私の個人的持論です。
 その判別法。一言で言うなら“目減り量よりもまず、色調と輝き”です。
 興味ある古酒をワイン・ショップで見つけたら、まずそのボトルを静かに、澱が舞わないように注意しながら、そのワイン・ショップで一番明るいライトがある場所まで運んで、その強い光にかざしてボトルの下からのぞき込むようにして、ワインの色と輝きをチェックしてください。
 この時点で即、答えが出ます。
 ワインが精彩なくどんよりと曇っていたり、全く光を通さないほど濁っていたりすると、おそらくはそのワインは死んだワイン。そのショップでセラーに入っていても、そこに届くまで、誰かがどこかでセラーに入れるのを忘れていたワインである可能性が高いです。ボトルを見た時「中に入ってるのは、永谷園のインスタント赤出汁味噌汁かな?? もしくは昔の都心近郊の海水浴場の水??」みたいな雰囲気のワイン(日本でも海外でも、とても多いです)は、私は手を出しません。
 では、おいしい古酒はどんな感じか?
 それは“まるで日本刀のように、ギラリと液体が輝く”ワイン。
 時折、血を欲しがっている日本刀のようにさえ見えることがあるほど、ギラリと妖艶。なまめかしいというか・・・・・・そら恐ろしささえ感じさせる光り方をするワインがあります。そういうワインは、まず間違いなく、劇的に美味しいです。光り方の強さと美味しさは、正比例するとさえ思えるほどです。
 時折、40~50年ほど熟成した赤ワインで、赤い色がかなり退色し、色全体が淡いオレンジになっているワインがあります。ワインファンからすると、さすがにコレはダメだよねぇ、と敬遠したくなるのが人情ですが、この手の古酒も、ギラッと光っているものは、まだまだ味を香りに勢いのあるものが多いです。

 先ほど「目減りの量より色と輝きが重要」と書きましたが、この部分も詳述しますね。それは、コルクの真下までワインは詰まってるワインでも、色がどんより、永谷園赤出汁状態だとほぼアウト。逆に、ミッド・ショルダーぐらいまで目減りしていて、危険水域かなと思える古酒も、ワインの色に輝きがあればOK、というケースが多いです。

 また、ここまでお読みいただいてお分かりかと思うのですが、当然のこととして古酒選びではラベル、生産者、ヴィンテージよりも、目の前にある瓶、1本1本の個体差(状態)が第一です。いかにモンフォルティーノ1971年でも、ラ・ターシュの1985年でも。輝きがない場合は、死んだワインだと私は判断します。逆に、例えば1977年、1968年など、ワインラヴァーからは見向きもされないオフヴィンテージの、全く無名生産者のバローロ、バルバレスコがギラギラに光っており、開けてみると、たいへんな掘り出しものだった、という経験は、とても多いです。
 「実存は本質に先立つ」と言ったのは確かサルトルだったと思いますが、古酒選びでは「色と輝きが、ラベルに先立つ」。これは鉄則中の鉄則かと考えています。

 実はこの判別法、何も30~40年熟成の古酒にのみ適応できる方法ではありません。10年少々熟成のワインにも適用できます。実はつい先日も、日本でやむなくネット販売で、2005年のとあるロッソ・ディ・モンタルチーノを2本、購入しました。やむなく、と言うのは、古酒購入に際しては私は現物の色調確認を必須としているからです。で、そのワイン、到着後しばらく静置し、澱を落として色を見ると、かなり永谷園赤出汁。どんよりと曇り、精彩がない。危険、と判断しました。
 そして3ヶ月静置後、某レストランに持ち込み、抜栓するとやはり紹興酒まではいかないものの、熱劣化で縮こまった印象。リリーフ投手(@先発ピッチャーが打たれた時用)として準備していた同ワインの2012の、口の中で孔雀が羽を広げたような華麗なアロマとセクシー至極な余韻とは、天地の差、雲泥の差、でありました。
 もちろんこのワイン、レストランには1週間前に持ち込み、試飲日の14:00にソムリエ氏に抜栓を依頼していました。(ソムリエ氏は、熱劣化のワインを“すこぶる良好なワインです”とおっしゃったのですが。つまり、時にはソムリエさんの判断よりも、色で判断した方が確実なことがあるということ??)。
 ちなみにその日の2本の差は、ヴィンテージ特性の差ではけしてありません。約4ヶ月前、私は生産者のセラーで2005を含む、その生産者の全てのロッソとブルネッロを試飲していたので、その生産者の味のスタイルは、把握していました。そのこともあり、その日の2005を、より確信を持って熱劣化と判断できたのです。
 また、同時に購入したもう1本の(より色が悪かった)2005年ですが・・・・・・、熱劣化の旨をワイン・ショップに伝えると、2012年と交換していただけました。
 日本のワイン・ショップは、良心的ですね。

 ちなみに、今回のコラムを書こうかと思ったきっかけは、とある航空会社客室乗務員の、社内ではワイン通として少々有名なソムリエールが先日、あまりにもはっきりと、こうおっしゃったからです。
 「私、古いワインは嫌い。だって、臭いもの」。
 そう、かなりワイン歴の長いこの方の古酒経験は、ほぼ全て奈良漬け紹興酒、だった訳です。
事態の根は、思ったより深そうですね。(ワイン仲間の選び方が悪すぎた?)

 ともあれ、この古酒判別方法、度々訪れるバローロの酒屋で、毎年約100本ほどの60~80年代のバローロ、バルバレスコの色をチェックし、70本をボツ、30本を選抜・購入し、日本で友人たちと開けるうちに、培われたものです。お陰様で常連さんには「不思議、というか憎たらしいほど、貴方のワイン会の古酒は、紹興酒化したワインが全く出ないねぇ」、と、よく言われます。
 見分け方は、そう難しいことでもないんですけどね。

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽
キューバの冷涼・夜音。メロウ・ギターで暑気払い。
GUYUN Y SU GRUPO『Canta Elisa Portal』
 キューバにも、まるでボサ・ノヴァのような、クールネスがある、スロー&メロウな音ジャンルがある(素晴らしい!)、という話は連載第一回目にさせていただきました。“フィーリン”というジャンルですね。そして、夏が近づくこの季節、ぜひお試しいただきたいのがこのフィーリン史上屈指の金字塔作。キューバのジョアン・ジルベルトとも呼ばれる大御所ホセ・アントニオ・メンデスの師であるギタリストです。1950年代の音とはとても思えない、熱帯の都会の夜の洗練と妖艶を、そのままゆったりとアコースティック・ギターの音に乗せたような音は、なんとも魔性の甘美さ。夏に、CDをプレイするだけでエアコン代の節約になる気さえするほどのクールネス、ワインも(ジン・トニックも)、美味しさ倍増しますよ。きっと。
https://www.youtube.com/watch?v=AAPk3gqqmEw

 

今月のワインの言葉:
「ワイン造りでは、技術者の助言よりも、たえず感受性を鋭く研ぎ澄まし、物事を直感的に捉える第六感のほうが重要だ」アンリ・ジャイエ

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。

 
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