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『ラシーヌ便り』no. 138 「ヨーロッパの霜害/Vinitaly 出張」

1)ヨーロッパの霜害 とVendange Solidaire の活動

 4月20日未明、寒波がヨーロッパを覆い、フランス各地、北イタリアのブドウ畑が酷い霜害に見舞われました。今年は、2月の終わりから暖かくなり始め、ブドウが例年よりも2、3週間早い速度で成育が進んだため、各産地では大いに喜び、今年のヴィンテッジを楽しみにしていたところでした。なのに、一転…。
 アリス・エ・オリヴィエ・ド・ムールによれば、昔も霜害はありましたが、20年で1度程度、またステファノ・メンティが祖父からきいた話では、40年に1,2度程度で、今回のように続けて広範囲にわたる霜害は経験したことがないと聞いています。シャンパーニュやロワールの造り手たちのFacebook を見たところでは、霜害により85%を超える霜害による収穫減のようです。とりわけ、二年続きの甚大な被害を受けたシャブリとシャンパーニュの造り手のことを思うと、慰める言葉が見つかりません。このような時にも、アリス・ド・ムール は、「ジェルは髪のもの、ブドウのためのものではない」 などと、Facebook にアップして冗談を言ってますが、今どんなに辛い思いをしているかと思うと、胸がいっぱいになります。

 以下は、昨年の被害の後、パリでミシェル・トルメー達が中心となって活動が始まった、“Vendanges Solidaires” 《連帯してワイン醸造家を応援する運動》がFacebook で知らせている内容です。

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 恐れていたことがついに起きてしまった。飛び切り急ぎ足で春が進んでいたら、急激な気温の低下に遭って、フランスの多くのブドウ畑が被害を受けて荒廃の憂き目に。
 とりわけロワール、ジュラ、ブルゴーニュ、シャンパーニュ、ラングドック、ボルドーなど…。今夜もさらに冷え込み、被害はより深刻になるだろう。

 生産者の方々へ:Vendanges Solidairesは2016年に、既に被害にあった生産者を支援します。5/31までに応募書類をお送りください。出来る限りのご支援をさせていただきます。同じ書類でもって、グループで応募されても受け付けられます。
 ワイン愛好家の皆様へ:一般の方もプロの方も、ぜひ募金をお願いします

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以下 france bleu (フランスの詳細なニュースサイト) より:

エロー県、20,000haものブドウ畑が霜害を被る。
 木曜の早朝からエロー県のブドウ畑が霜害に見舞われた。
Chambre d’Agriculture de l’Hérault(エロー県農業事務所)の調べによると、20,000haが被害に遭い、そのうちいくつかの区画は壊滅状態だという。
《1966年以来だ…》ペズナ(エロー県)付近、カステルノ=ド=ゲールの生産者達は、これからさらに被害は拡大するだろうと指摘している。とりわけこの地域は木曜から金曜の朝にかけて連続して霜害に遭っている。Didier Michelは木曜の朝、畑で働いていたが、当時の様子をこう語る。
「7時ごろ、植物が曲がっているのがみえた。すぐに凍り始めているのだと気付いたよ。」
それから24時間後には、茎や葉が焦げたような凄惨な光景であった。
「La gelee noire(植物につく酷い霜/黒霜)だと高齢者たちは言っている」とMichel氏の同業者はコメントする。「自分は初めての経験だが、私の父はこのような大規模な霜は1966年以来だと言っていた。」

《霜被害を免れた生産者は、わずか15%にすぎない》
Chambre d’Agriculture de l’Héraultによると、メゼやポメロル、ピネといった沿岸地域で20,000ha以上が被害に遭い、ベダリウ-やエレピアンの山岳地帯やミネルヴォワからオード県ぎりぎりまでも被害が及んでいる。収量の損害は100万hl(全体の20%)と推測される。
農業事務所は、今回特に被害に遭ったブドウ農家を援助するために今回の状況のより詳細な調査を行うべく、地方の農業団体と共に緊急会議をひらいた。
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 ラシーヌも昨年に引き続き、Vendange Solidaire への寄付・募金活動を続けるとともに、呼びかけを行ってまいります。 Vendange Solidaire では支援活動のために、ミシェル・トルメーの絵が印刷された、トートバッグ、Tシャツ、ファイルケースなどを販売しています。至急ラシーヌで仕入れますので、あらためてご案内申し上げます。

 

2)Vinitaly 出張

4月4日からVinitaly のため、イタリアに行きました。ヴェローナで6日間Vini Veri, Villa Favorita, Vinitaly の3つの試飲会とその他にも、小さな試飲会がヴェローナ近郊で開かれました。その前後にフリウリ・ヴェネツィア・ジュリア とプロセッコ、ヴェローナの造り手を訪問しました。
今月も、お伝えしたいことがもりだくさんです。  その一部をご報告いたします。

 

カ・デイ・ザーゴ

カー・デイ・ザーゴのクリスチャン・ザーゴ

ヴェネツィアの名物ワインバー「ラ・カンティネッタ」で、かつて「好きなプロセッコは何か?」と尋ねたら、「一にカ・デイ・ザーゴ、ニにカ・デイ・ザーゴ、三にカ・デイ・ザーゴ、それで君は何を輸入してるのか?」「もちろん、カ・デイ・ザーゴ」と言いあって笑ったことがあります。今回、行ったエストロ(ヴェネツィアのナチュラルワインに特化したワインバー)でも、「(カ・デイ・ザーゴの)クリスチャンはクレイジーだ」と言っていました。

クリスチャンは、「コルフォンド」と呼ばれる製法のプロセッコを作っています。ビン内二次醗酵の酵母は、同年収穫のアパッシメントした果汁を加えるので、酵母もリキュールも自然のもの。おのずと、味わいは純粋で温かさをおび、活き活きとした酸が心地よい。 カ・デイ・ザーゴは、JancisRobinson.com で、コラムを書いている、Walter Speller とソアヴェ生まれの醸造家、アレッサンドロ・フィリッピ が紹介してくれました。2人は、パレルモ近く に残る、アルベレッロの畑を残す運動、ラシーヌが輸入しているエリチーナのプロジェクト(現 Vino Nuovo) を、運営しています。

 カ・デイ・ザーゴとは、ザーゴ家の家という意味。1929年から一貫してヴァルドッビアーディネの街の外れでプロセッコを作り続け、畑には1度たりとも化学薬品を使用したことがありません。ヴァルドッビアーディネは緩やかな丘の斜面にあり、ザーゴ家の畑は、街を囲む斜面に広がっている。が、現在、栽培と醸造の指揮をとるのは、5代目のクリスチャン・ザーゴ(1986年生まれ)で、その父親もご健在です。6つの畑を合わせて7ha分もっています。そのうち3.5haは斜面のためすべて手作業で手入れをしています。若き当主クリスチャンは、「クレイジー」 と呼ばれるとおり、効率と採算に逆って醸造しています。畑は、一本一本ふとい栗の木で支えられ、枝は柔らかな柳の枝で縛られています。90年を超える古い樹を大切に栽培し、根元から出てくる若芽を使って、セレクション・マサルの台木を自ら造ります。「価格の安いプロセッコで、このような栽培をしてる人がいるなんて」、と驚きました。「フランチャコルタが、優れたエリアだなんて思っていない、国際品種を植えて、大量生産して…」とクリスチャン。
 2016年ヴィンテージより、DOCGを得るためにコルクでの打栓を始めました。今までの王冠ではDOCのProsecco表示までしか認められておらず、地域名であるValdobbiadineと表示するためにはDOCGを取得し、そのためにコルクで打栓をしなくてはなりません。自分の住んでいる村の名前を名乗れないのはかなり、心苦しそうでした。「私は、ヴァルドッビアーディネの丘で、ワインを作っている。だから、その名をラベルに刻みたいんだ。実験を重ねて検証して、王冠キャップでは味わいに豊かさがないとわかった。だから、コルク栓に変えることにした」。
 ここまで、書いて、クリスチャンの真剣さは十分伝わったと思いますが、もっと驚いたことがありました。「コルクは、不良品が多い。だから、コルクを妹と2人で3日かけて、選別した」。ラシーヌでは、重要な作り手とは、コルク業者の選定を相談し、優れたコルクを使ってる重要な造り手から業者を紹介してもらっています。【シャンパーニュ・マルゲ】もSapienceの日本向けは、塚原のインストラクション下で合田玲英と私の3人がコルクを選び、最上のコルクだけを使ってもらっています。コルク選別を、自ら行う造り手の話を聞いたこともないのですが、まさかそれをプロセッコで行ってるとは。クリスチャンのクオリティにかける真剣さに、心を打たれた訪問でした。しかし、だからと言って、価格が高くなりすぎては、市場のニーズからかけ離れてしまうので、あまり値上がりしすぎないようにと、願っています。

 

合田玲英訪問記

 ワインの生産者を表現するときに、「ぶっ飛んでいる」とか、時には「変態だ」などということがあるが、しばしば自由奔放なワイン造りをする生産者を指している。クリスチャンもまた別の意味でぶっ飛んでいて、出来上がるワインは澄み切っているが、自分の感性プラス、祖父の行なっていた醸造の記憶を頼りに、こだわれるところ全てにこだわりきっている。
 金属を嫌うので、畑にある金属入りのコンクリートの支柱は、彼らの所有する森からの材木に植え替え、瓶詰め前のアソンブラージュ以外は全てコンクリートタンクを使い、金属製のプヌマティックプレスを辞めて垂直プレスに置き換えた。何より驚いたのは新しくコルクを選ぶ際に、まず7社のコルク会社にそれぞれサンプルをもらい、3社にしぼる。その3社のコルクサンプルで2015年を少量ビン詰め。1社にしぼったのだが、さらにそこから、全量60000本分のコルク(シャンパーニュと同じ3層コルク)を75000個のコルクから手作業でえらんだ。ちなみにはじいた15000個のコルクはコルク会社に返品できるそうだ。
 畑には桑の木や果樹が植わっていることからも、畑の古さが伺える(一番古い畑は1929年の植樹)。草を残しているので野性的にも見えるが、丁寧に手入れされた庭のようでもあり、特に、家の周りの畑は様々花が植わっている。庭園のような佇まいのブドウ畑では、柳の枝で木の柱とブドウ樹をくくりつけている。春のせいもあるだろうが、ここまで居心地のいい畑は本当に数えるほどしかない。
 新しく植えるときは全て自社畑のセレクション・マサルで植える。収量はだいたい70hl/haなので、プロセッコの地域としては少ないが、一般的なクオリティワインの基準から考えると多い(スティルワインを造る際の収量は通常30hl〜40hl/ha。収量が多いと、凝縮感の代わりに、果実はゆっくり熟し、酸が残りやすくなるという利点があるので、太陽の多いイタリアでスパークリングを造る上での解決策の一つか)。クリスチャンの目指すのは、フレッシュなだけでなく、しっかりと味がのっていて、熟成にもたえるプロセッコ。それには単純な酸だけでなく、熟した果実のミネラリティーをどのように表現するかが重要。
 彼のプロセッコは1次発酵をコンクリートタンクですませ、ビン内2次発酵用の糖分はブドウをアパッシメント(陰干し)したものを使用している。
 今後の展望としては、祖父が行なっていたような栗とオークの大樽による醸造をしたいそうだ。長年使われていない大樽が放置されているが、それを修理してくれる工房も見つけているので、なるべく早く実現する予定。感性も技術も素晴らしい上に、こだわり方が尋常ではない。

 

 

モンテ・ダッローラ

モンテ・ダッローラの家族。子供もみなワインづくりに手を貸している。

 アレッサンドラとカルロ・ヴェントゥリー二は1995年に、ヴァルポリチェッラの歴史的ゾーンであるサン・ピエトロ・カリアーノに5haの土地を購入しました。そこは18年間耕作放棄地となっていました。長らく放置されていたため、いろんなものが生えていて、薮となっており、2人は、野生のままになっている斜面の土地を見て、すぐに夢中になりました。
 「いいか悪いかは別にして、土地の様子が、他の畑と異なることに気づいた。この野生的な環境を見て、ここに家を建て、家族と暮らすからには、日々の生活だけでなく、仕事も生活も同じレベルに、環境と体に良いことをしようとすぐに思った。壊れた石垣を造り直し、手入れしてブドウを植えた。ゼロからの出発だった。2003年に、ルイージ・ヴェロネッリがミラノでのテイスティングに声をかけてくれた。それが最初のFiera だった。ルイージはどこかで私のワインを飲んで、試飲会の仲間に入れてくれた。また、良いワインに経験と愛情あるエンツォ・ブランヴィッラが、パオロ・ベアとテオバルド・カッペラーノに紹介してくれた。アンジョリー…ノ・マウレが見に来て、『なんでこのような方法で、ワイン作りをしているのか?』と尋ねた。テオバルド・カッペラーノは、ViniVeri の前身であるVilla Boschi に呼んでくれ、そこでラディコンや、フリウリの造り手たちと出会い、ビオディナミのコンサルタントであるミシェル・バヴォーを知った。しかし、私は目指す方向は同じだけれど、Vini Veri でもなく、Villa Favorita でもなく、単にナチュラルワインの流れに巻き込まれたくないと思っている。自分で、見て、香りを感じて、生きて、それをワインに昇華して、ワイン作りをすること、ヴィーノ・ディ・コンタディーノでありたいのだ。アマローネというワイン自体が、人口的な醸造であるから、栽培、剪定全てを手を尽くして、自分たちの仕事をワインに映しだしたいんだ。」
 ラシーヌは2003年、ジュゼッペ・ラットとシャンパーニュのヴエット・エ・ソルべに紹介されてヴィッラ・ボスキに行き、そこでカルロに出会いました。当時、ラシーヌを起こして一週間もたたないタイミングでのVinitaly行きで、必死で取引すべき造り手を探していました。特に、ジュゼッペ・クインタレッリとダルフォルノ・ロマーノを前社ル・テロワールで取引していたので、ヴァルポリチェッラには強い思い入れがありました。私たちは、言葉も通じないなか、ワインを仲立ちにして、信頼を築いてきました。始めは小さな洞窟で、わずかの醸造機器で作っていたカルロとアンジェリーナ、この春には念願のレセプションルームができ、お披露目の会が、Vivitのメンバーを招いて開かれました。「良いワインとは何か?、そのためにはどうするべきか」を考え、強い信念で、突き進んできた22年だったに違いありません。2人の誠実で、熱のある仕事ぶりは、イタリア内外で、ファンを得ています。訪れる度にセラー環境は充実し、経営もまた順調そうで、2人の幸せそうな様子が、嬉しい限りです。
 「ヴァルポリチェッラの中で、特に重要な地区の斜面に畑を持つことができたことは、とても幸運だった。」そこで、その可能性を最大限引き出すべく、ところどころに虫を呼び寄せるための剪定後の枝の山を設け、薬品に頼らずに病害対策をするなど、工夫を重ねています。2016年は、古い大きなコンクリートタンクが3つ増えました。《ロッソ・ヴェロネーゼ・サセッティ》は、これまでステンレスで醸造していましたが、コンクリートでの醸造が加わり、味わいにふくよかさと柔らかさが生まれました。「リパッソとアマローネの発酵と熟成は木製の発酵槽を使う。リパッソはバランスをとるのが難しい。発酵としての興味は、いかにバランスをとるかに集中している。」今後、また10年後、どんなワインが生まれていくか、楽しみです。

 

モンテ・デイ・ラーニ

 昨年のVinitaly 同様、Vinitaly後に訪問しました。クラシックなファインワインの世界で、現在特別な評価を受けるZeno Zignori ゼノ・ズィニョーリその人には 、崇高な印象さへ感じます。しかし、その味わいは、徹底して自然な栽培を元に生まれます。昨年のFacebookでかなり詳しく紹介しましたので、今回は新しい話にとどめます。テンドーネの支えの代わりにフラシネ ナを植えていますが、その間にAcero という樹を植えています。葉っぱの根元に着く虫がハダニを食べてくれます。ブドウの列の間に植えている、ニンニクや玉ねぎ、豆類は硫黄が多いので、自然にうどんこ病よけになります。彼の話を聞いていますと、【アリス・エ・オリヴィエ・ド・ムール】を思い出します。素晴らしいワインを作っているのに、本人は、冗談が多く、力が入った様子がなく、「うーん、そうやったほうが、美味しくなりそうだからね」 。本当に素敵な造り手です。

ゼノ・ズィニョーリ談

モンテ・デイ・ラーニのゼノ・ズィニョーリ

 「2013、2014年、2年続きで難しい年になった。平均11000本作るのが、2013はリパッソを作らず、《ヴァルポリチェッラ・スペリオーレ》が7000本、2014は3000本のみ。
 2013年のヴァルポリチェッラ・スペリオーレ は、一部は20日間と3ヵ月のアパシメントが30%入っている。アパシメントを入れたからヴァルポリチェッラとしてはどうなるか心配したけれど、4000kgのブドウから2200リットル得ることができた。雨が多く、空気が湿っていた年だが、ブドウはきれいだった。それほど凝縮しなかったので、バランスが良いワインができた。
 2014年も大変だったよ、普通は夏に一回だけ雑草を切るのだけれど、切ってもきっても伸びて来た。アパッシメントは、写真のように房かけするが、余ったブドウは木の浅い箱を使う。200年前からの道具を修理しながら、使って来たけれど、壊れてしまった。この辺りの家は、大地主以外は貧しく、私も17歳から働いた。
 もう無くなってしまったけれど、自分は“Casa Verde” という若者だけのCoopで、ワイン、チーズ、レストラン、ホテル経営をしていた。当時のメンバーは9人、29歳で辞める時には43人に増えていた。この当時イタリアで、ビオロジックは少なかったので、ましてCoop でビオロジックは珍しく、たくさんの人が見学に来て、80%をドイツが購入した。
 イタリアでビオロジックが増えてきたのは1995年以降だ。このカンティーナは奥さんの実家。大きくなるつもりはないが、ボッテ・グランデがずっと欲しかった。フマーネに住むおばさんが、セラーを貸してくれる事になったので、そこでビン熟成をして、ここの空いた場所にボッテを置くつもりだ。畑が小さいので、20hlは大きすぎるので、15hlを買った。
 5年前に古い畑を植え替えたので、今年から1000本分増えるかなー? 18歳と15歳の息子がいるが、最近上の子が、馬耕作を一人でできるようになった。ワインの仕事はやる気さえあれば、美しい仕事だ。やる気がなければ、残念だ。最近、軽いビストロが増えているけれど、ちゃんとワインのことを学ばないで、とりあえず始めてから考える人が多い。ワインもレストランも、師匠のところでしっかり学んでから始めないとね。」

 さて、この秋リリースされるヴァルポリチェッラ・スペリオーレ2013、普段リパッソとアマローネしか作らないZenoの、珍しいキュヴェです。特別な均整をもち、強いのに、強さを感じない。ファインワインのお手本であり、ユニークな個性を備え、是非ワイン・ラヴァーに楽しんでほしい、素晴らしいワインです。


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