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ドイツワイン通信Vol.67

ドイツワインの今日と明日

ドイツの遅霜の状況

 4月20日(木)早朝、ヨーロッパ各地と同様にドイツでも遅霜があった。マインツのドイツワインインスティトゥートの広報担当者によれば、北はアールから南はバーデンまで、西はモーゼルから東はザクセンまで、13生産地域全体で多かれ少なかれ被害があったそうだ。4月に気温が氷点下に達することはドイツでは珍しいことではないが、先週まで非常に暖かかかったため、ブドウ樹が例年よりも約2週間早く展葉を始めたことが各地の被害を招いた。周知の通りブドウ樹が冬眠から目覚めて成長を始めるタイミングは品種によって差があるが、辛口の需要増加に伴い近年栽培面積が増えているブルグンダー(ピノ)系のダメージが大きかったという。温暖な気候で知られるファルツでも、早朝に最低気温が氷点下4~5℃に達し、多くの醸造所では霜害対策用の風車やヘリコプターを動員して上空の暖かい空気を地表に送り込もうとした。早朝から響くヘリの騒音に住民達は何か大事故か事件が起こったのかと思ったそうだ。一部ではブドウ畑でたき火をたいたが、この方法だとヘクタールあたり数百箇所で点灯しなければならず、お金がかかるので実施出来るのはごく狭い範囲に限られるという。

 今回の遅霜の被害の程度にはばらつきがあり、壊滅的な畑もあれば幸運にもまったく被害を受けなかった畑もある。冷気の通り道や停滞しやすい地形の、とりわけ樹齢の若いブドウ樹の被害が大きかったようだ。ファルツでは2011年の遅霜よりも被害は少なかったそうだが、ヴュルテンベルクでは約7割の新芽が枯れた畑もあるという。とはいえ、展葉が始まってまだ間もなかったので、ブドウ樹は脇芽から新梢を伸ばすため、ある程度は挽回するはずだ。また、昔は一度雹や遅霜にやられると完全に快復するまで数年かかると言われていたが、近年の状況を見る限り、翌年には平年並みの収穫に戻っているようだ。2014年もちょうど今の時期、マインツでVDPプレディカーツヴァイン生産者連盟の新酒試飲会が開催される前の週に、生産地域モーゼルのザール地区で局地的に雹が降り、とりわけファン・フォルクセン醸造所のゴルトベルクが壊滅的な被害を受けたが、翌年同じ試飲会を訪れた時、ブドウ樹は既にすっかり快復したと醸造責任者のフェルク氏から聞いた。

 遅霜は5月上旬の氷の聖人達(5月11~15日)の祭日が過ぎるまでは用心しなければならないと農民達は伝統的に言い習わしてきたので、それまでは気が抜けない。温暖化でドイツのブドウ畑ではブドウが完熟しやすくなり高品質な辛口が造りやすくなったものの、遅霜や雹、洪水や嵐、病害虫の蔓延(2014年のオウトウショウジョウバエが記憶に新しい)や収穫期の高温多湿など、ブドウ栽培のリスクは増えている。今年は生産者達にとってこれ以上トラブルのない平穏な年であることを祈りたい。

 

「今飲むべきドイツワイン」の発表

 去る4月12日から14日まで東京ビックサイトで「ワイン&グルメ・ジャパン2017」が開催された。3月に幕張メッセで開催されるフーデックス・ジャパンに続く大型のワイン関連イヴェントで、ドイツワインの輸入元10社とともにドイツワインの日本における公式広報団体「ワインズ・オブ・ジャーマニー日本オフィス」が出展。昨秋各生産地域のワイン女王13人の中から選ばれたドイツワイン女王レナ・エンデスフェルダーさんがセミナーを行い、ハンス・カール・フォン・ヴェアテルン駐日ドイツ連邦共和国大使や、このためにドイツから来日した連邦食糧・農業庁政務官が視察に訪れて、日本市場のドイツワインについて出展者達の意見を聞いて回るなど、ドイツの公官庁関係者達の前向きな姿勢が印象的だった。

 今回注目を集めたのは、事前申し込みで二日とも満員だったドイツワイン女王によるセミナーの他に、ワインズ・オブ・ジャーマニー日本オフィスが「今飲むべきドイツワイン」として選定した30アイテムのドイツワインの展示試飲だった。辛口・中辛口(リースリングはファインヘルプも)を条件にした公募に国内の輸入元から応募のあった121アイテムと、ドイツから送られてきた若手醸造家団体「ジェネレーション・リースリング」のメンバー達が醸造したワイン59アイテムを、大橋健一MWをはじめとするソムリエやワインジャーナリスト達5人がブラインドテイスティングで採点し、それぞれ15アイテムずつ選んだという。この30アイテムは今年ワインズ・オブ・ジャーマニー日本オフィスが企画・運営する展示会やプロモーション活動で紹介される予定だ。ワインリストはいずれ同オフィスのサイト(http://www.winesofgermany.jp/)でも公開されるはずだが、(株)ラシーヌからもモーゼルの【A. J. アダム】のリースリング ドローナー2011とホーフベルク ファインヘルプ2011の2アイテムが入選している。

 

高品質な辛口系ドイツ

 輸入元から応募された中から選ばれた15アイテムはいずれも繊細で複雑で余韻が長く、最近の辛口系ドイツワインの品質の高さをよく示していたと思う。品種別で見るとリースリングが7アイテムにシュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)が5アイテムで、15アイテムのうち12アイテムをこの二つの品種が占めているのは、現在の高品質な辛口ドイツワインといえば真っ先にこの二つの品種が想起されるという事情を反映しているように思われる。

 一方、若手醸造家団体「ジェネレーション・リースリング」の15アイテムはピュアでチャーミングで、輸入元から出品された15アイテムに比べると余韻にはやや物足りなさが残っても、繊細で飲み心地の良いものばかりだった。現地小売価格は4.5~14.75Euro(約540~1770円)で普段飲みには申し分ない。品種別に見るとこちらはリースリングが6アイテムにシュペートブルグンダーが2アイテムで、あとはヴァイスブルグンダー(ピノ・ブラン)、グラウブルグンダー(ピノ・グリ)、シャルドネ、ジルヴァーナー、ゲヴルツトラミーナー、レンベルガー(ブラウフレンキッシュ)と主要品種が一通りそろっている他に、カベルネ・ブランCabernet Blancという黴菌耐性品種が混じっていたのも興味深い。これは1991年にスイスで開発され、ファルツの苗木育成所で選別された後、2010年に販売が始まったばかりの新しい品種で、Cabernet Sauvignon x (Silvaner x Riesling x Vitis vinifera) x (JS 12417Chancellor)という交配から生まれた。ドイツでは夏から秋にかけてよく雨が降るので、黴菌に耐性があることは農薬の使用量を抑えることが出来るという意味もあり、とりわけ有機栽培に取り組む生産者に有望視されている。房は大きいが果粒は小さくばらけているということは風通しが良く、ワインにはタンニンが多いというから果皮も厚いのだろう。やや晩熟で10月上旬に完熟し、高い糖度に達してエキストラクトを多く含み、ソーヴィニヨン・ブランを思わせる香味のワインとなるが、花震いを起こしやすいので、開花時の天候によっては収穫量が減るリスクがあるという。試飲してみると白い果肉のベリーを思わせる、心地よくエレガントなワインだった。

 

高品質な辛口の産地としての南ドイツ

 この「ジェネレーション・リースリング」の15アイテムは、品種の多様性というドイツワインの魅力を提示しているように思われるのだが、現在の日本ではリープフラウミルヒに代表される「安かろう、甘かろうの初心者向けワイン」というイメージを次第に脱却して、高品質な辛口もドイツにはあることがようやく知られつつある状況のようだ。先日フェイスブックでリンクが紹介されていて知ったのだが、大阪の柏屋の松岡正浩ソムリエのブログ「ちょっと真面目にソムリエ試験対策こーざ」で、ドイツ南部のワイン生産地域バーデンのとある生産者が今年2月に来日した際に、ソムリエ達十数名を集めて開かれた試飲会がレポートされている。来日したその生産者のワインとフランスワインのそれぞれ価格的に近いもの(フランスワインの方が若干高め)を2種類ずつブラインドテイスティングで比較して、どちらがバーデン産だと思うかを聞いた際、生産者本人も自分のワインをブルゴーニュ産と間違えるほどに両者の品質は伯仲していたという。そして松岡氏はこう述べている。「昨今の”冷涼ワイン”への回帰からソムリエ試験的にもドイツ復活の兆しを感じます。この講座でも一昨年くらい前までは、”本当に時間の無い人はドイツをあきらめることも合格するためにアリかもしれません”とお伝えしていたくらいですが、そうも言ってられなくなりました」と。最近のドイツワインの状況を端的に示した言葉だと思う。ちなみに2017年版日本ソムリエ協会教本のドイツワインの項は大幅にアップデートさせて頂いたので、今後ドイツワインへの見方も良い方向に向かえばと思う。

 ちなみにワイン生産地域バーデンは南北約400kmにわたる細長い地域で、9つのベライヒ(地区)に分かれている。北部のベライヒはライン川を挟んでファルツの対岸にあり、南部のベライヒはアルザスの対岸にあるのだが、特に南部は石灰質土壌とレス土壌の広がるブルグンダー系品種に適した産地で、上記の来日生産者をはじめ、【エンデルレ・ウント・モル】など素晴らしい辛口(特にブルグンダー系)を醸造する生産者が多い。温泉をはじめ温暖な観光地もあり、アルザスのガストロノミーの影響を受けて1970年代から料理にあうワインを意識したワイン造りに取り組む生産者がいる地域だが、一方でブドウ栽培者の大半が醸造協同組合に収穫を納める兼業小規模農家で、地元で日常消費される手頃な価格のワインがもっぱら造られていた。やがて1980年代末頃から優れた辛口の生産者が注目されるようになり、トップクラスのものはブルゴーニュに勝るとも劣らないという認識が広まったのは1990年代末以降である。志の高い醸造家達は、距離的にもそれほど離れていないブルゴーニュの生産者を訪れて熱心に学び、高品質なクローンに植え替えて植樹密度を高め、収量を落としてバリック樽の使い方にも習熟した。リンクリンの様にビオロジックに取り組む生産者も少なくない。バーデンの若手醸造家達は、ドイツワインインスティトゥートが主導する全国規模の「ジェネレーション・リースリング」に倣って「ジェネレーション・ピノ」という団体を結成し、現在54人のメンバーが仲間同士で品質向上に取り組んでいる(http://generation-pinot.de/)。同じドイツであってもバーデンの生産者達にはリースリングよりもピノ系品種こそが、自分達の個性と価値を表現することの出来る大切な品種なのである。もっとも、この二つの団体は敵対している訳ではなく、両方の団体に同時に加盟しているメンバーもいて、それはそれで問題ないそうだ。基本的におおらかな産地なのである。

 

「今飲むべきドイツワイン」が示す未来予想図

 ワインズ・オブ・ジャーマニー日本オフィスの「今飲むべきドイツワイン」に話を戻すと、「ジェネレーション・リースリング」で選ばれた15アイテムのうち11アイテムがワイン生産地域ラインヘッセンのワインだという点も興味深い。審査の結果そうなったのか、あるいはドイツから送られてきたワインの大半がラインヘッセン産だったのか定かではないが、若手醸造家の活躍するリーズナブルで高品質なワインの産地としてラインヘッセンがアピールされることになりそうだ。あるいは、大量生産された甘口のリープフラウミルヒの主要産地だったラインヘッセンの現在を示したかったのかもしれないし、今後日本で広く認知されて欲しいスタイルのドイツワインを選んだところ、バーデン南部と同様に石灰質とレス土壌のブドウ畑が広く分布しているが、バーデンよりも冷涼で柔らかく繊細な酒質のワインが多いラインヘッセン産が選ばれたのかもしれない。言ってみれば、既に日本で扱いのあるワインの中から選ばれた15アイテムは日本市場におけるドイツワインの「現在」を象徴し、ジェネレーション・リースリングの15本は「未来」を示しているのかもしれない。実際、こうした日常的に気軽に飲みたくなる多種多様なドイツワインが日本でも手に入りやすくなってくれれば言うことはないのだが。

 いずれワインズ・オブ・ジャーマニー日本オフィスから、ワインリストと選出理由が公式発表される予定だ。今回ここで述べたことは全て私の推測にすぎない。とはいえ「今飲むべきドイツワイン」の選出をきっかけに現在のドイツワインを見直すことが出来たのは、ありがたいことだと感謝している。

 

(以上)

 
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