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ドイツワイン通信Vol.66

リースリングを見直す

 3月上旬、毎年恒例のFoodex Japanが幕張メッセで開催された。ドイツパビリオンは昨年までの約1.5倍の面積に広がり出展者も増えて、ワインの醸造所や輸出入商社も合計8社とこれまでになく多く、それぞれのブースは訪問者で終日賑わっていた。もちろんフランス、イタリア、スペイン、オーストリアといった国々に比べればワイン関係の出展はごくささやかなもので、30分もあれば全部まわれてしまうし、公式広報団体ワインズ・オブ・ジャーマニー日本オフィスのドイツワインセミナーはあったがブースの出展はなかった。それでもなお、ドイツパビリオンの周辺はどこか明るく楽観的な雰囲気が漂っていた。

 「ドイツワインの売れ行きですか?良いですよ」と、会場で会ったドイツワインビストロのオーナーシェフは言った。「ドイツワインの輸入量が減っているというけれど、あれはコンビニなんかに置いてある安くて甘いワインが減っているからで、ウチに置いてある質の良い、料理にあわせて楽しむワインはよく出ていますよ。そこそこもうかってます。Mさんのワインも月に何回か追加で取り寄せているし」と笑顔だった。Mさんは3年前にドイツワイン専門のインポーターを個人で立ち上げた共通の知人である。ネットショップの他に飲食店やワインショップへの卸を小規模ながら地道に続け、今年は取引のある生産者がドイツから来日したり、デュッセルドルフで開催される大規模なワイン見本市プロヴァインに出張したりと忙しくしている。聞くところによれば、プロヴァインには今年は日本から4~500人も訪れたという。その全員がドイツワイン目当てではないとしても、今後日本に入ってくる新しいドイツワインは増えそうだ。そういえば、昨年3月にオープンした横浜のドイツワインバーも先日一周年を迎えた。二日間に渡って開催された記念パーティは連日常連客で満員だったという。また、赤坂のドイツワインバーの店主も二店舗目の開店を計画しているとフェイスブックでつぶやいていたから、経営も順調なのだろう。

 私の回りを見る限りでは、ドイツワインの売れ行きは堅調で先行きは明るそうだ。上記の知人たちはドイツワインを熟知していて、自分が必要とするワインを見分ける目を持ち、売り方を心得ているのだろう。他の産地のワインと同様に、ドイツワインも理解して適切に扱えば少しずつでも着実に売れるようだ。私が言うのも気が引けるのだけれど、問題は本当に理解しているかどうかで、それはドイツワインケナーやソムリエ、ワインアドヴァイザーなどの資格の有無はあまり関係がないと思う。

 

リースリングの理解

 例えばリースリングである。ドイツワインを代表する品種で、ドイツのブドウ畑の約四分の一を占めていることは周知の事実だ。ドイツワインケナーならドイツのリースリング栽培面積は世界最大であり、ワイン生産地域ファルツやモーゼルのリースリングの栽培面積は、北米やオーストラリアのそれよりも広いことを知っているだろう。あるいは、リースリングが最初に史料に言及されたのは15世紀半ばだが、それまで一般的だった混植に代わりリースリングだけを栽培するようになったのは18世紀はじめだったということも知っているだろう。そして19世紀末から20世紀初頭にかけて、ドイツワインのボルドーやブルゴーニュにならぶ名声を担っていたのもリースリングであったことや、晩熟品種で樹上で熟す期間が長く、ブドウ畑の個性を明確に表現し、辛口から高貴な甘口まで幅広いヴァリエーションのワインを造ることが出来る品種であることも知っているはずだ。

 だが、こうした情報を知っているだけではリースリングを理解したことにならない。リースリングというワインが一体どのような個性を持っているのか。どんな味わいでどんな使い方をすればより楽しめるのか。一介の物書きに過ぎない私ごときよりも、実務でリースリングに接する機会の多い職場に身を置いている方々の方が経験上よくご存じだと思うのだけれど、リースリングによるワインの個性を再考する一つの参考意見として以下に私見を述べさせて頂きたい。

 まず、「リースリングは軽く繊細なワインではない。繊細でも強靱で、特に辛口はその硬さが持ち味のワインである」。このように私は定義したい。

 よく、ドイツワインは和食にあう、なぜなら繊細で軽いからだ、という紹介がなされている。確かにアルコール濃度は南の暖かい地方のワインに比べて控えめで、夏場に雨が多いので繊細で軽く感じるかもしれないが、リースリングの本質はそこにはない。繊細でありながら複雑で、軽くても余韻が長く、しかも硬質な印象を受けるところにある。かつてヒュー・ジョンソンはザールのリースリングを「鋼のような(スティーリィ)」と表現していたと記憶しているが、まさにその通り。それは酸のキツさの印象を述べただけではなく、硬さについて指摘したものでもあると思う。

 

リースリングの硬さについて

 それではなぜリースリングは硬いのか。化学的な分析データの持ち合わせはないけれど、単純に考えれば樹上での成熟期間が長いことも関係して、地中のミネラル分や微量元素を果汁に取り込む能力に長けているからであり、結果としてテロワールの個性を明確に反映することが出来るということではないだろうか。こう言うと地中のミネラル分や微量元素は植物としてのブドウの生長に使われるだけであって、ワインの味覚上のミネラル感あるいはミネラリティにそのまま反映されるはずはない、という指摘がありそうだ。しかしワインに含まれる微量元素をはじめとする非揮発性の物質(エキストラクト)は収量を低く抑えたワインにより多く含まれ、複雑な香味や凝縮感・充実感に寄与するなど、地中から吸収される物質はワインの風味に影響を与えることは間違いなさそうだ。

 この硬質感はドイツのミネラルウォーターの硬さを思い出させる。どちらもドイツに降り注いだ雨と地中のミネラル分が反映された飲み物である。空気が乾燥しているせいもあってかドイツ人はよく1ℓ前後のミネラルウォーターのボトルを常時持ち歩いて頻繁に飲んでいる。最近は微炭酸が健康的ということで主流になりつつあるようだが、数年前はしっかりと炭酸が吹き込まれた発泡性の強いものが好まれていた。硬度の高い水にしっかりと炭酸を吹き込んだ水を飲んだ時の、あの刺激とガツンとくる感触はおそらく日本人の嗜好のストライクゾーンから若干ずれているのか、近所のコンビニで見かけるミネラルウォーターは非発泡性がほとんどだ。日本の水はよく知られているように軟水で、口あたりがやさしく柔らかい。産地によっては重かったり軽かったりという違いはあるものの、基本的にはしっとりとしている。水だから当然だけれども。

 私見では、リースリングがドイツで最も盛んに栽培され、好んで飲まれているのは、恐らくその硬さが彼らの嗜好に合うことが一つの理由であるように思われる。そしてドイツにおいて硬さを感じるのは水だけではない。石畳が敷き詰められた通り、石造りの家並み、夏の直射日光の肌や目を突き刺すような硬さ、視覚だけではなく肌で感じる日向と日陰のくっきりとしたコントラスト、神の存在を思わせずにはいられない広大な空と雄大な雲と、雲間から地上に降りる真っ直ぐな光の硬質感。春霞に煙る日本の景色の柔らかさ、やさしさ、曖昧さとは異質な、極めてドイツ的な様々な要素をリースリングの中に見て取ることが出来る。

 

リースリングの強靱さ

 リースリングの強靱さについては酸味が重要な役割を果たしている。酸味はまっすぐに伸びた背骨のように縦方向に長く感じられ、ミネラル感とともに張り詰めた緊張感と立体感を形成する。肉付きの良さは土壌のタイプにより左右される。モーゼルやミッテルライン、アールの粘板岩ならばボディはスッキリとして希薄で、気配として漂っているような一種の精神性をまとっている。ファルツやラインヘッセンの石灰質土壌であれば実体感を増して堂々とした印象を与え、ラインガウの珪岩ならば精妙なニュアンスを備えている。柔らかいレス土壌は果実味にたっぷりとした膨らみと、場合によっては粘性を付与する。

 つまりリースリングは軽く繊細という言葉で表現できるようなヤワなワインではなく、繊細だが強靱で多かれ少なかれ硬質で、酸味とミネラリティがボディにテンションと立体感を形成し、土壌による個性が果実味に表現されるワインである。そしてグラン・クリュでは余韻もまた精妙で長い。このような印象を、私は個人的に持っている。

 

リースリングと和食

 この一筋縄ではいかないリースリングを、どうしたらもっと活用することが出来るだろうか。ブドウ畑、生産者、生産年の個性の違いを味わうだけでも楽しいが、それだけでは日本市場には広がらない。例えば和食にあわせるとしたらどんな料理があうだろうか。ここで参考までにワインズ・オブ・ジャーマニー日本オフィスが発行している小冊子『新しいドイツワインの物語が始まる。ドイツワイン入門』をひもといてみよう。6ページ以下に「ドイツワインと和食」というコーナーがあり、以下のように書かれている。
「和食は、素材の持ち味、季節感、新鮮さを最大限に生かす、独特の感性を持つ食文化です。(中略)料理に使われる香辛料には、控えめに使われる山葵や唐辛子などを除いて、刺激的なものが皆無です。醤油、味噌、出汁、味醂、ほんのり甘味のあるたれなどは、素材を活かす範囲で使われ、強烈な味わいを残しません。(改行)和食は、その繊細さゆえに、同じく繊細なドイツワインと見事に調和します」。ドイツワインと和食の現在の一般的な理解はこの通りだろう。ただ、私は和食の繊細さゆえに、主張の明確なリースリングとの組み合わせは一筋縄ではいかないと思う。

 その点についてはこの「ドイツワインと和食」の著者も承知しているようで、刺身や鮨はネタの脂の具合によってヴァイスブルグンダー(ピノ・ブラン)、ミュラー・トゥルガウ(リヴァーナー)、ゼクト、ジルヴァーナー、シュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)などを使い分けるのが良いと指摘しているが、リースリングは出てこない。ようやく登場するのはてんぷらや串揚げなど油を使う料理で、「酸味が豊かでクリスピーなリースリングをはじめ」、グラウブルグンダー(ピノ・グリ)やシュペートブルグンダーがお勧めです、とある。ドイツワインの使い方の一つの提案ではあるし、実際に試しても十分楽しめる組み合わせだと思う。恐らく実際に試してみたのだろう。

 個人的には和食の繊細さよりも、リースリングの硬さと自己主張の強さに注目してあわせるものを考えてみてはどうかと思う。例えば上記の天ぷらでは、衣の硬さがリースリングとの接点になっていると思われる。酸味を活すのならば、同じく衣で揚げてレモン汁を垂らすことのあるとんかつか、ゆずやレモンとマッチする白身魚の焼き物や、ささみなど脂肪分の少ない部位の鶏の揚げ物や焼き鳥が合いそうだ。一定の噛み応えのある食材を、焼いたり揚げたりして水分を飛ばして調理してあることがポイントだ。

 味付けでは上記のガイドブックの和食の特徴とは逆に、塩やスパイスでくっきりとしたアクセントをつけてあった料理が、酸とミネラルでメリハリの利いたリースリングに合うと思う。東南アジア方面の爽快な辛さを伴う料理も良さそうだ。メリハリという点では甘酸っぱい味も合いそうなのだが、エビチリなどあんかけ系はテクスチャーが柔らかいのでリースリングが浮いてしまう。個人的なベストマッチは焼き鳥のレバー塩と辛口のモーゼル産リースリングである。噛み応えがあり舌の上でねっとりとする鶏レバーの旨味が、辛口リースリングの硬質なミネラル感に不思議なほどよくあう(人によってはミスマッチと感じるかもしれないが)。ある意味、セミハード系のチーズとの相性に似ていなくもない。

 リースリングはまた残糖度によって印象が変わるので、料理との組み合わせも幅広く対応出来る。表面的な観察や先入観を超えて、その品種や産地の本質的な特徴は何なのかを見極めることが、ドイツワインの使い方に関して幅広い提案を可能にするのではないか。繊細・軽い=和食にあうといった旧態依然とした紋切り型の図式からの脱却が、今後のドイツワイン普及の前提であるように思われる。

 

(以上)


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