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Sac a vinのひとり言 其の一

公開日: : 最終更新日:2017/03/31 建部 洋平の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

 お初にお目にかかります。パリの片隅でソムリエを生業としております建部と申します。今回故在りまして筆を執らせていただくことになりました。私のような若輩者がこのような機会を頂きまして恐悦至極。

 さて、ラシーヌ様からお話を頂きまして最初に思ったのが、「何を書けばいいのだろう」ということでした。現地の情報でしたら、それこそラシーヌ便りを見ればいいですし、テクニック的なことなら、読者の方たちなら身近に質問できる先達がいらっしゃるでしょう。前提条件として「自分よりレヴェルの上の人間が読む」ということが念頭に思い浮かびました。それならばいっそ、常々自分が意識していることを俎上に載せて皆様にご賞味していただく、というのが良いのではないか、と思いつらつらと筆を滑らせていこう。そう愚考した次第であります。
 もしお読みになられて、消化不良や胃もたれ、食あたりを起こされても責任はとれませぬゆえ、努々ご容赦のほどを。

 

il n’y a rien de parfait dans la vie… mais bon, chaqu’un fait son mieux!

 マリアージュ、原義は結婚、引き合わせ、ハーモニー。我々プロフェッショナルがお客様から一番聞かれることです。美味しい料理に美味しいお酒、そして善き相手。

 

rien à dire, qu’est ce qu’il faudrait ajouter…peut-être une musique?

 何気ない仕事終わりの気軽な一献から、壮麗なる佳酒と珍味加工の夢うつつ。どちらも程度の差こそあれ、我々の人生における、大切な大切なピースであります。そして誰かのその大事な時間をお手伝いさせていただくのが、我々のささやかなお仕事であります。

 

quel metier qu’il me fait des plaisirs… que de bonheur, que de bonheur.

 その我々の幸せなお仕事の上で非常に大切なことが一つ
「誰が為のマリアージュなりや?」

 

 これは<私共がどのような立場で顧客に相対しているのか>によって変わっていきます。
レストランであれば、シェフの料理を引き立てるためのもの。
ワインバーであれば、ワインをいかにして楽しんでいただくかが肝要。
店頭販売であれば、お客様の消費される環境を想像し、フレキシブルに対応できるように。プランや求められるものが違うため、たとえ同じワインであっても、お勧めの仕方や組み合わせ、ワインの提供方法が全く異なってきます。
 それ故「ワインにとってベストの状態≠お客様の要望」であるケースが多々生じます。

例1 
マグロのづけにPinot Noirを合わせたいというオーダー。クラシックな作法のため、わさびではなく和辛子でいただく。ボトルを開けた状態で試飲した結果、若干であるが還元のニュアンス。
 通常であれば大きめのグラスに入れる、カラフェに移し替える、瓶を振って空気と混ぜる、などの何らかの手当をとるが、敢えて其のまま小さめのグラスで提供し、還元のニュアンスと辛子の揮発成分のマリアージュを狙う

例2
牡蠣に合わせる白ワインの購入を検討されているお客様。

Aのワイン)販売価格1,900円ほどで生ガキとの相性も良く、個性にもあふれる素晴らしい。ただし温度調整やカラフェに移し替えるなど操作も多く、ある程度の知識がないと真価を発揮し無いワイン。

Bのワイン)販売価格2,400円程のオーソドックスな、所謂「スッキリとした白」。開けた瞬間から既に香りが開いていて、どのようなサーヴィスをしてもある程度美味しくいただける。

 このようなケースの場合どちらをおすすめしたほうが良いのかはお客さまの環境によります。あまりワインに関してなじみのない方の場合、自宅でAに対して適切な処置を施すのは難しいと考えられますし、いくら相性が良くても求められている組み合わせがBのような定番の組み合わせの可能性もあります。

 最後に、例えば全体を通して赤一本で通すため、力強いグルナッシュであるがしっかりと冷やしてスタートしてみたり、冷涼さを感じさせるリースリングを牛肉と合わせたいお客様には、大ぶりなグラスで高めの温度設定にしたりします。

 私たちはより良い組み合わせを提案することはできますが、審判者はあくまでカスタマーです。支払うのはお客様です。お客様の好みに合わせればいい、ということを言っているのではありません。

〔お客様の要望×与えられた環境×パーソナリティ=マリアージュ〕でいかにして、最大のパフォーマンスをもたらすことができるかが、私共の仕事であるということを常に留意しなければならないと考えています。

なので、最近後輩などにマリアージュに関して聞かれた際には「あなたにとってのベストのマリアージュではなく、お客様にとってベストのマリアージュを意識しなさい」と常々言っております。

プロフェッショナルですのでリコメンドの際にある程度はこちらの意見や嗜好、癖などを挟み込むべきだとは思います。ですがそれはあくまでフレーバーでしかないのです。中心にどっしりと座っているべきなのは「顧客の満足感」であるべきなのです。其のうえでのお客様との信頼関係の構築が最も大切であるとも言えます。

 

「Aというワインが美味しかった」「Bという組み合わせが素晴らしかった」

其れでもいいのですが、それよりもむしろ

「Aさんに進めていただいたワインが美味しかった」「Bさんの提案したマリアージュ良かったなあ」を目指すべきです。個人的には「この前Aさんに進めてもらったワインってなんだっけ? まぁまたおいしいワイン聞いてみよう」や「とりあえずBさんに任せておけば大丈夫だろう」という状態が理想であると思っております(私がレストランのソムリエであるため、あくまで料理を引き立てるスタンスで。立場が変われば目標も変わります)。

 色々書きましたが根っこにあるのはあくまで、美味しい料理と美味しいワインで幸せな時間を提供したい。それだけです。我々にとって、いえ、人間にとって欠かすことのできない素敵な瞬間のお手伝いをさせていただく、ソムリエとはそんな楽しい仕事であります。
 皆様とは住んでいる国も違いますし時間も違いますが、きっと胸にあるものは同じだと思っております。そして今は、こちらとそちらで同じクォリティーのものが飲むこともできます。うかうかしていますと皆さんのほうがワインのことを知っていたりして、焦ったりします。
 違う空の下に居ながら皆さんと同じ酒を飲み、喜びを分かち合っている。そんな夢想をしつつラシーヌ様に感謝していますと、杯が重なっていき、だんだんと取り止めがつかなくなってまいりました。

また何か機会がありましたら、皆様にお目にかかれることを楽しみにしております。

 

Je vous remercie et je souhaite de vous revoir à bientôt.

Bonne journée

Yohhei Tatebe
sommelier

 

~プロフィール~

建部 洋平(たてべ ようへい) 
北海道出身で1983年生まれ。調理士の専門教育をへて、国内で各種料理に携わる。
ブルゴーニュで調理師の研修中、ワインに魅せられてソムリエに転身。
ボーヌのソムリエコース(BP)を2010年に修了、パリ6区の「Relais Louis XIII」にて
シェフ・ソムリエを勤める。現在フリー。

 
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