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『ラシーヌ便り』no. 136

公開日: : 最終更新日:2017/03/24 定番エッセイ, 合田 泰子のラシーヌ便り, ライブラリー

 春に向かう時期、毎日めまぐるしく陽気が変わり、急に寒くなったり、気もそぞろになるような暖かな一日だったり、毎日の服装に工夫の毎日です。また春一番が吹いて、啓蟄後、ワインが特別に美味しく味わえることを何度か経験しているので、この季節はとても楽しみです。

 

1)ロッソ・ラシーヌ/エツィオ・トリンケロ 製造終了のお知らせ
 残念なお知らせです。長年ご愛顧いただきました「ロッソ・ラシーヌ/エツィオ・トリンケロ」 が、2013年ヴィンテッジでの販売をもって終了となります。 2001年ヴィンテッジからスタートしましたロッソ・ラシーヌ(旧ブルー・ラベル)は、ブドウの樹が「フラヴェシェンツァ」(バッタにより媒介される菌)の病害にあったため、2013年の収穫後すべて引き抜かれてしまい、2014年以降の生産はありません。

 ラシーヌの低価格帯ワインは、どれをとっても≪低価格=大量生産≫でなく、優れた造り手によるリーズナブルな価格のワインです。高額なワインと同じ扱いで輸送保管していますので、多くの方々に理想的な味わいを楽しんでいただいています。なかでも高い評価をいただいているのが、エツィオ・トリンケロが造るロッソ・ラシーヌ。エツィオと相談し、1タンク(およそ15000本) 全量先払いして製品化した、ラシーヌ専用のワインです。誕生の経緯は、単なるカリテ・プリを目指すことなく、リーズナブルな価格で、かつ、妥協せずに造られたワインを、できるだけ多くの人に知ってもらいたい、という気持ちからです。 「若い世代の方たちに、本当にいいワインを知ってもらいたい」。予算がないので、低価格だけが取り柄といういいかげんなワインを飲んでいたら、いつまでたっても美味しいワインを自分で選べるようになりません。価格の上下を問わず、つねに質の高いワインを飲んでいれば、『いいワインとは何か』が自分で判断できるようになります。

 ご存知のように、トリンケロの大きな地下セラーには、広い畑を所有していた時代に使っていた、何基もの理想的なコンクリート槽(発酵に使う)と大樽があります。すでにイタリアのヴァン・ナチュールを代表するエツィオですが、彼の代になってから生産本数を減らし、セラーに余裕が生じたため、十分な醸造設備を使って、一ヴィンテッジごとに長い熟成をすることが可能になりました。限られた醸造環境では、数年分の収穫を熟成させることなど、とうていできません。 
 「バルベーラ種は、元来酸の高い品種だ。醸造技術で低酸にもっていく操作をして、早飲みできるようにするなんて、うんと簡単だ。ここに入っているワインも、すぐにでもそうできる。でも、時間をかけて味わいがまとまってこそ、いいワインになるんだ。」

 まさしくエツィオの哲学そのままに、低価格のロッソ・ラシーヌも収穫から3年後にビン詰めし、さらにビン熟をへて、収穫後50か月前後に販売されます。したがって現在は、2012年ヴィンテッジを販売しています。最初のうち、「売れ残りのワインじゃないの?」なんて言われましたが、ラシーヌの考え方をお伝えしてきました。結果、この十年というもの、多くのレストランとワインショップで、「カンティーナで時間をかけて仕上げられた、理想的なお手頃ワインだ。このワインは、奇跡!」と、喜んでいただきました。
 病害のため、《ロッソ・ラシーヌ by エツィオ・トリンケロ》は、やむをえず終売になります。次なるワインの候補をずっと検討しているのですが、そう簡単ではありません。それでも、「お手頃だけれど、妥協せず造られた、いいワインを知ってもらいたい」という考えのもと、「新しい何か」をお届けできますよう、造り手と相談してまいりますので、楽しみにお待ちください。

 

2)イヴォン・メトラの来日 
 ワインのおかげで、素敵な人たちに出会うことができました。造り手、取引先の方々、ラシーヌのワインを応援してくださっている消費者の方々です。取引が始まってからの期間が短くて、互いに深くは知りあえていない造り手のなかには、会ってすぐに親しくなれる人、仕事でのつながりだけで、さほど親しくもならないけれども長く取引が続く人、長年取引しているのにどう話したらよいかと悩む人など、いろいろです。2月に来日したイヴォン・メトラは、この三番目のタイプです。

 1週間ほどの滞在中イヴォンは、自分のワインが日本でどのような味わいがするのか、どのように大切に味わわれているかを知ると、次第にうちとけて笑顔がほぐれ、親しくお話しできるようになりました。この度の来日をつうじて、私たちにとってはそのことが最大の悦びで、収穫でもありました。
イヴォン自身もFleury V.V 2003を飲んで、「このワインは、日本のここで味わったほうが、ずっと美味しいね。2003がこんなに美しく熟成してるなんて」と、まず驚いていました。そして言葉を続け、「2003は暑い年だった。平地のモルゴンのワインは、熟成しなかった。とくべつ冷涼なセラーをもっていても、ワインがもたなかった。うちは標高が高いから(350m)、まだましだった。でも、2-3年前にこのヴィンテッジを飲んで、よくなかったから、全部飲んでしまったので、もう1本も持っていない。」と、残念がっていました。

 以下、来日中に印象に残ったイヴォンの言葉です。

 とことん貫くことが、誠実。Les bonnes raison ne font pas bons raisins. 理屈だけではいいブドウは作れない、レシピはない。農薬を使って、ヴァン・ナチュールのふりをする人はいっぱいいる。リスクを背負わなければ、偉大なヴァン・ナチュールはできない。

 私は、レースのような、繊細さ、細やかな味わいが好きだ。2008年、2009年、2010年 と幸運にも良い年が続いた。2011、2012,2013、は難しい年だった。 
2013年は、味がのってくるのに、時間がかかった。本当に難しい年だった。良いブドウだけを選んで、残ったものだけで醸造して、残ることができたものだけで作ったから、時間をかけておいしくまとまることができる。2015年は、暑くて、収穫量少なく、アルコールが高く、味わいは果実味が強いが、長く熟成しないだろう。

 ガメを早飲みの品種で熟成しないと言われてるが、間違ってる。よくできたガメは、保管がよければ長く熟成して素晴らしい味わいになる。数年前パリで1947年のジュリエナを飲んだけれど、私が飲んだ最上のワインの一つだ。ボジョレーの造り手たちは、冷たいセラーがないから、長く熟成することができない。だからさっさと飲んでしまうんだ。お祭りさわぎが好きだしね。

 私は、1988年から造り始めた。マルセルが1978年からだから、10年後だ。1988はテヴネ、ブルトンのブドウと僕のブドウで作った,1989 はマルセルのブドウでマルセルのセラーの隅で作った。1990 今でも美味しく飲めるよ。今度着たら飲もう

 今、世界一と称されているレストランや、世界的に有名なレストランのワインリストは、大部分がヴァンナチュールで構成されているのに対して、フランスの三つ星レストランはヴァンナチュールを取り入れようとしない。三つ星で働くソムリエたちの多くがヴァンナチュールが好きなのに、店で扱おうとしないのがフランスの現状。一部の星付き有名レストランでヴァンナチュールを置いているところもあるが、まだまだ少ない。

 試飲会にお越しいただいた方々にとっても、イヴォンのワインの魅力と実力を、あらためてご確認いただく機会になったことと存じます。「畑とヴィンテージの記憶が鮮烈に刻み込まれたイヴォンさんのワインを飲んで、改めてボジョレが到達した頂点の凄みを再認識した」という声も、耳にしました
「2013-2014-2015をAOC毎に垂直試飲出来た経験はヴィンテージについてよく考えさせられましたし その特徴がしっかりと現れ どうして今の味わいなのか? というワイン好きの本能的欲求を満たしてくれるものでした。」と、感想をいただきました。
ボジョレーとしては、高額と思われてきましたが、この度の来日をきっかけに、イヴォンのワインが根付いてくれると思います。また、イヴォンと私達も、これからも共にもっとよいお仕事ができると期待しています。

 イヴォンの試飲会におこしいただけなかった方に、お読みいただきたく、当日の資料を添付申し上げます。

 

【来日試飲会用資料】 「イヴォン・メトラの記憶」 合田泰子

イヴォン・メトラが来日します!
世界中でイヴォンのワインは、ボジョレの域を超える傑作としてもてはやされています。そのワインはこれまで北米では輸入すら認められず、お膝下のフランスですら入手困難です。
「気難しくて面会不可能」とすら伝えられるそのイヴォンが、まさかの来日です!
この度はプライベートな訪日ですが、合間をぬって試飲の機会を設けることができました。本人の話とワインを味わえる貴重な催しです。気鋭の子息ジュールのワインも、ご試飲ください
【イヴォン・メトラ略歴】
ジュール・ショヴェの指導のもとに自然なワイン造りを始めた、ラピエールらの影響を受ける。ファースト・ヴィンテッジから酸化防止剤を用いないワイン造りを実践。妥協を排していちずに個性と品質を求め、セラーを山腹に移すほど。ボジョレにおける自然派ワインの名声を築いたメトラは、デリケートなバランスと優雅なスタイルで絶賛されています。

 

メトラの記憶 合田泰子
その1(2015年10月1日)

 10月1日、オフィスにてイヴォン・メトラ2013を飲みながら、メトラ親子に思いをはせる。イヴォンのワインに初めてあったのは、1996年秋・パリの"L’ANGE VIN“、今や伝説と化したワインバーです。確か1995年のヴィンテッジでイヴォンの初期のワインでしたが、すでに最大の特徴である《美しい果実味あふれる、エレガントなスタイル》が完成していました。味わった瞬間、驚きとともに魅了されたのをはっきりと覚えています。1989年に亡くなったジュール・ショヴェの最後の1年間、イヴォンはモルゴンの仲間4人と共にジュールから教えを受けた、と聞いています。そのジュールが遺した畑の一部を、同名であるイヴォンの息子ジュールが継ぎ、2014年“BIJOU”(宝石、貴重品の意)というワインが生まれました。「イヴォンは、ワインを造り続けられるのかしら?」と思ったときもありましたが、今年の7月の訪問時には父子二人でワイン造りを楽しんでいる様子が感じられ、大変嬉しく思いました。今年は、2011年以来久しぶりのウルティムも登場。ボジョレ(フルーリーのうち、標高の高い畑から造られる)、フルーリー、フルーリー「キュヴェ・ル・プランタン」、ムーラン・ナ・ヴァン、ウルティムの全てが日本に入荷しました。フルーリーのマドンヌにある、とても急峻な斜面の畑から生まれるイヴォンのワイン。イヴォン作の全てについていえることは、《繊細でチャーミング。エレガントなだけでなく、奥行きと完璧なバランスがあります》。イヴォンとジュールの未来に喝采!

 写真は、2013年に引っ越したセラー。「もし、今の味わいを超えたかったら、コンクリートの四角い建物から、天井がドームの、自然素材の呼吸する建物にかわることだね」と、尊敬するピエール・オヴェルノワの助言に従い、2年掛かりで探し当てた、16世紀に建てられた農家。戦後誰も使っていなかった。

 

メトラの記憶 その2 (2015年10月2日)

① イヴォンについて、海外のブログ(英文)を見ていたら、面白い。
「誰もおそらくイヴォン・メトラのようには、フルーリーをつくることは出来ない。メトラの本拠地であるラ・マドンヌの畑は、斜度がきつく、水晶を含む花崗岩質の表層は浅い。畑では化学物質を使わず、セラーではバカげたことをしない。結果はどうかって? あなたが飲んだことのないような、最も味わいの澄んだ、輪郭のあざやかなボジョレなのだよ。」
 
② Jamie Goodeは次のように讃えています。
Yvon Metras Fleurie 2007 Beaujolais,
This is fantastic. It has a complex, forward nose of bright cherries, spice and earth, with an underlying sweetness and some subtly tarry notes. The palate is smooth, seamless and really elegant with a delicious earthy, Minerally core to the fruit holding everything in lovely tension. There’s some sweetness and richness here that you don’t really expect from Beaujolais, but there’s also lovely elegance. This is what Gamay can do so well.

③別のブログ(仏文)には、こうあります。
「今朝、イヴォンは疲れていて、機嫌が悪かった。ここ数日そのようだ。元気がなく、まったく人に会いたがらない。釣りにいくでもなく、何も。わずかの本当の仲間のほかは誰にも会いたくないのは、まあ理由があるんだろう。彼は、広い家の階段の途中に突っ立って、作業機具が一杯に広がった中庭をぼんやりと眺めて、じっとしていた。」 
これを読んで、いくつかのことを思いだしました。2006年のディーヴ・ブティユで会った時、今にもどこかに行ってしまいそうな眼差しだったこと、何度連絡しても返事がなく、親友のギィ・ブルトンに何度も探してもらったこと、電話ダメ、FAXだめ、メールはしない、連絡のつかないなか、かろうじて仕入れを続けてきました。
昨年行ったとき、「合田さん、いつから私のワインを始めたんだっけ?」「1997年に初めて会ったから、多分1998年、ル・テロワールの出来てすぐ」「そうか、長いな、じゃあ、続けないとなー」 と、こんなやりとりがありました。今年からジュールがメールで返信してくれるから、今までのような心配はなくなったようで一安心です。


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