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ドイツワイン通信Vol.65

ドイツワインを飲むべき理由

1.ドイツワインを飲むべき三つの理由

  先日、ネットでこんな記事を見つけた。
 「みんな、ドイツワインに回帰する時が来た。これがドイツワインを飲むべき三つの理由だ」
https://www.pulled-corks.com/3-reasons-you-should-be-drinking-german-wine..html)。ドイツのワイン産地ファルツに住む二人のワイン愛好家が英語で書いているワイン情報サイトだが、短い記事でわかりやすく、的を射ていると思うので紹介したい。

 「最近ロンドンに行ってきたが、ドイツワインがほとんど見当たらなかった」と筆者は言う。いくつものワインショップや食料品店、ワインバーを訪れて感じたのは、ドイツがワイン産地として好まれていないようだ、ということだったそうだ。アメリカ人の友人やその仲間のワイン好きも、せいぜい甘口のリースリングしか知らなかったという。そこで、なぜ今ドイツワインを飲むべきなのか、彼は三つの理由を挙げている。

1.品種の多様性。大抵の人はドイツワインと聞くとリースリング、それも甘口を思い浮かべるけれど、実はドイツでは100種類以上の品種が栽培されている。リースリングしか知られていない背景には、言葉の壁があるかもしれない。というのは、シュペートブルグンダーはピノ・ノワールのことだし、グラウブルグンダーはピノ・グリ、ヴァイスブルグンダーはピノ・ブランだ。これらの品種もドイツでは人気がある。

2.品質の向上。およそ100年前はドイツはヨーロッパで最高の品質を誇るワインの生産国だったが、戦後は甘口の安ワインで知られるようになってしまった。しかし近年、ドイツワインの品質は目に見えて快復しているし、高品質なワインを造る生産者は大勢いる。彼らは北から南の産地まで、見事なブドウ畑で誇りを持って仕事をしている。例えばシュペートブルグンダー、つまりピノ・ノワールは大抵のブルゴーニュ産に決してひけをとらない。

3.手頃な価格。質の高さに比べたら、どれだけ買っても破産することのない値段は魅力的だ。ドイツで多くの生産者を訪問して感じるのは、あと10年から20年もしたらものすごく値上がりしているかもしれないということ。買うなら今のうちだ。

 

2.ドイツワインを飲むべき理由の理由 

 上記の記事で指摘されているのは特に目新しいことではないけれど、その内容を良く理解するために、自分なりに補足してみたい。

 1.の品種は (1) 地場品種、(2) 国際品種、(3) 交配品種と、大きく三つのカテゴリーに分けることが出来ると思う。リースリングはドイツを代表する地場品種だし、シュペートブルグンダーも中世から栽培されている地場品種だが、これは同時に(2) 国際品種と言っても良い。その意味ではリースリングも国際品種といえる。2009年頃からドイツ本国の広報団体ドイツワインインスティテュートは、ピノ・ノワール、ピノ・ブラン、ピノ・グリのピノ系3品種を『ピノ・トリオ』と総称して、リースリングに次ぐドイツワインを代表する品種としてアピールしている。実際リースリングとピノ・トリオは、ドイツのブドウ畑の約45%を占める主要品種だ(2015年)。国際品種は他にもカベルネ・ソーヴィニヨン、ソーヴィニヨン・ブラン、シャルドネ、シラー、メルロなど、いわゆる新世界で成功している品種が温暖化の恩恵もあって、今世紀に入ってからドイツで品質の向上が著しい。これらも今飲むべきドイツワインと言えるかもしれない。

 (1) 地場品種と(2) 国際品種が台頭する一方、(3)の交配品種はいささか不遇をかこっている。過去の悪評の責任を押しつけられている感があるけれど、まっとうに栽培・醸造すればなかなかどうして、素晴らしいワインになる。例えばエンデルレ・ウント・モルのミュラー・トゥルガウ『ミュラー』や、リンクリンのミュラー・トゥルガウの素直な美味しさと手頃な価格を思い出したい。交配品種には多かれ少なかれアロマティックで若干派手目なところがある。しかし同時に、それがわかりやすさ、親しみやすさでもある。立地条件をあまり選ばず、早めに熟して量もとれるから価格も手ごろなものが多い。長い間日陰者扱いされてきた交配品種だが、それもそろそろ終わりにしたい。鑑賞用ではなく日常消費用として、ここにもまた今飲むべきドイツワインがある。

 2.の品質の向上は、もともとドイツには高品質なワインを産するポテンシャルがあったのに、長い間それを生かしきれていなかった、という指摘だ。1950年代からドイツ国内では80年代前半まで、輸出市場では90年代前半まで続いた甘口ブームの後、1990年代後半から「量より質」「甘口より辛口」へと舵を切ったドイツワインの生産者達は、21世紀に入ると熱に浮かされたように、辛口で「テロワール」を表現しはじめて、ブドウ畑の土壌の種類をワイン名にすることが流行ったほどだった。辛口がブームとなり、それを後押ししたのが気候変動である。1980年代までは10年に2、3年しか完熟しなかったので酸度が高く、糖分でバランスをとる必要があったが、1990年代以降はほぼ毎年完熟するようになったお陰で、辛口にしても酸が突出しにくくなるとともに、ヘクタールあたりの収穫量を抑えることで増加したエキス分で、酸が複雑な味わいに溶け込んで調和するようになった。さらに醸造技術の向上で、2010年や2013、2014年のように、仮に酸度が高い状態で収穫されても、巧みな除酸処理で目立たなくすることが出来るようになった。赤ワインにしても、フランスをはじめとする国外の生産国で経験を積んだ若手醸造家達や、熱心な醸造家同志の交流で、薄甘くて野暮ったい仕上がりの赤は次第に減って、目隠しで試飲したら生産国がわからないような洗練された赤ワインが増えている。逆に、昔ながらのドイツ赤に郷愁を感じている人もいるかも少なからずいるかもしれない。

 そして3.の品質に対する価格の手ごろさだが、実のところ、既に値上がりは始まっている。大体年に2ユーロ前後を、特にフラッグシップのワインで値上げしているケースを若干目にするが、これを仮に10年続ければ結果は目に見えている。とりわけドイツ国内で評価の高い生産者は、強気に出ても不思議ではない。今の狙い目は、私見では有機栽培をしている若手醸造家のワインである。有機栽培は自然環境保護だけではなく、ブドウの質と、ひいてはワインの質の向上への意志の現れと私は解釈している。もっとも、有機栽培ではなくても極力農薬の使用を抑えて、質の高いブドウをつくっている生産者もいるので、有機ならば良いとは一概には言えない。また若手というのは、先入観にとらわれない自由なワイン造りをしている可能性があるという意味で、興味深いワインに出会えそうな気がするからだ。もっとも、40代、50代でも好奇心の衰えない醸造家はいるけれど、そういう生産者は大抵、既に高い評価を得ている。

 いずれにしても、ドイツワインがブルゴーニュやボルドーと並び賞賛されていた20世紀初頭の状況が、あと10年位で再び訪れる可能性はゼロではない。たまに20年、30年前に買ったブルゴーニュやボルドーの値段を見て「あの時もっと買っておけばよかった」と思った、という話を聞くが、近い将来、ドイツワインでもありうることだ。そういう意味で、現在既にやや高価になっている、定評のある生産者のワインを今のうちにストックしておいても良いかもしれない。もしかすると予想が外れて、それほど値上がりはしないかもしれないが、美味しさは間違いなく向上しているはずだ。

 

3.ドイツワインの個性の理由

 先日、ドイツのワイン産地ヴュルテンベルクからとある生産者が来日した。昔私がトリーアに住んでいた頃何度か遊びに来てくれて、3年位前にドイツワイン専門のインポーターを起業したM氏が、ドイツの試飲会で出会った34歳の若手醸造家だ。ブルゲンラントのバイオダイナミクス農法を実践する醸造所で研修した経験があるそうで、ピュアで繊細な良いワインだった。寿司と彼のワインをあわせる会に参加したのだけれど、特にトロリンガーが良くあった。イタリアのトレンティーノではフェルナッチと呼ばれている品種だ。ロゼのような白のような不思議な味の赤ワインで、おだやかで突出したところがなく、のっぺりとしているようで適度に果実味が味わい深く、軽く柔らかな酒質が様々な種類のネタに自然に寄り添った。和食全般にあわやすそうな、食中酒として申し分ないワインだった。

 トロリンガーはドイツ南部のワイン生産地域ヴュルテンベルクの主要品種だが、メルセデス・ベンツやポルシェといった大企業を抱える地元で生産のほとんどが消費されてしまい、ドイツはもとよりヴュルテンベルク地方の外でも見かけることはあまりない。そしてこの産地は比較的雨が多く(年間平均降水量約700mm)、ライン川沿いからシュヴァルツヴァルトの山岳地帯を超えた東側の、シュヴェービッシュアルプの山脈にかけて標高が上がっていく渓谷の斜面にブドウ畑があり、適度の冷涼さと降水量の多さが、輪郭がぼんやりとして滲んでいるような、軽く繊細で柔らかい酒質のワインを生む気候条件となっている。

 ヴュルテンベルクのワインを飲んで改めて思ったのだが、私見では、ラインヘッセンから南のワイン生産地域の酒質はやわらかく、ラインガウよりも北のワインは硬いとおおざっぱに言えそうな気がする。硬いと言っても酸とミネラルによる硬さで、背筋が伸びて張りのある印象を指す。例えば急斜面の粘板岩土壌で栽培されたリースリングのように、繊細で抜けが良く軽やかなワインにも感じることがある、あの硬さだ。南の産地の柔らかさは、緩やかで柔らかな、ぬいぐるみのような感じの、ほのぼのとして素朴な味わいをイメージさせる。重かったり軽かったりすることはあっても、水彩画のような透明感ではなく、クレヨンで描かれた優しいタッチの絵画のような味わい。あくまでもおおざっぱな印象だが。

 この南北の違いは、北ドイツが本拠のプロイセンと、南ドイツで19世紀はファルツも領地に含まれたバイエルンの違いに重ねるとわかりやすいかもしれない。規律を重んじ、目的の為ならば手段を選ばない印象のあるプロイセンの厳しさと、日曜に教会でミサに行った後、仲間達と昼間からビールを飲んでいるバイエルンの穏やかさと。あるいはプロイセンで信仰された、勤労と祈りを通じて自らを救うプロテスタントと、バイエルンで信仰される、あまたの聖人への祈願と慈善による魂の救済を説くカトリックとの違いもまた、北と南のワインの個性に通じる側面があるように思われる。

 とはいえ、こうした区分けの試みは、それぞれの産地の個性を把握するためのとっかかりにすぎない。ただ、ドイツという生産国のくくりよりは、少なくとも南北で分けた方が、そしてさらに生産地域で分けた方が、ドイツワインをよりよく理解し、表現する手がかりになるように思われる。

(以上)


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