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ファイン・ワインへの道vol.7

3,000円のワインも30万円のワインも同じで当たり前??

 はい。表題はもちろん、味のことではなく、ワインの試飲コメントについて、であります。
 例えば、こんな風。
 「赤い果実の持つ優しい酸を伴った香り。バランスよく、香りの持続性もある。はっきりしたアタック。粘性も感じられ、細かい酸が後味の心地よい渋みへとつながってゆく。樽からの要素と思われる乾いた木質の渋みも。」
 「赤い花や赤い果実の熟した分かりやすい甘みが感じられる。加えて少しヴァニラや黒いゴムの香りも。アタックは滑らかで、甘みが十分に感じられ、強すぎない飲みやすい酒質である。」
 これは日本屈指の有名ソムリエ氏による、いわば教科書的なワイン・テイスティング・コメントの見本のような文言です。皆さんも日々多数、ご覧になられているはず。
 ともにピノ・ノワールに関してで、前者はジュブレイ・シャンベルタン コンブ・オー・モワンヌ(1級)フェヴレイ。後者はベリンジャー ピノ・ノワールについて。現在、市場価格はヴィンテージにもよりますが前者10,000円少々、後者1,800~2,000円ほど。つまり価格差は5倍以上! もあるワインですが、コメントでは2,000円のワインも10,000円のワインも、同じとは言わないまでも、さして大差がないようにさえ、感じられませんか?
 (試飲時のベリンジャーが、フェヴレイに迫るほど素晴らしかった、という可能性は、今回は排除していいと思います)。

 もちろん上記は、ほんの一例で、他にも各誌・各ワインジャーナリズムで、ラ・ターシュやドメーヌ・ルロワのグラン・クリュのコメントなどを見てみても、30万円以上の出費に見合うようなワインの魅力や素晴らしさが、コメントからはほとんど酌量できないどころか1/10、1/20の価格のワインのコメントと大差ない、ひいてはそのワインを飲みたいな、という気持ちに全くならないという釈然としない思いを、抱かれたことはないでしょうか?
 有名ソムリエの、30万円のワインのコメントを読んでも、全くその1本に興味が湧かない、飲んでみたいと思えない、しかもその風潮をアプリオリなものとして是認する空気さえワイン業界内に漂っているとなると・・・・・・、これは業界全体の“象牙の塔”化、というか不吉な閉鎖社会化、とさえ感じられるのですが、どうでしょう?

 もちろん、偉大なワインの素晴らしさを言葉で表現するのは至難というか基本、不可能。最初から負け戦は承知です。でもその上で少々もがく、手足をばたつかせる試みは、あってもいいんじゃないでしょうか。
 例えばこんなコメントを書いた人もいます。ともにある程度、アロマやボディ感について叙述した後の文言ですが、
 「このワインの真の偉大さを表現するには、シェイクピア級の文学者、100人は必要なはずだ」(クロード・デュガ グリオット・シャンベルタン)。
 「このワインを試飲した際、私は大女優を膝の上にのせて試飲していた訳でもなく、特殊な薬物のせいで平常心を失っていた訳でもない。しかし、このワインは、そうだったのではと疑わせるほど、人を熱狂させる力さえ感じさせるものである」(ドメーヌ・ルロワ ロマネ・サンヴィヴァン)。
 なんとなく、なるほど、別格にすげ~ワインなんだな、ってニュアンスが伝わりませんか? そして、飲んでみたいなと興味が湧きませんか?
 実はこれ1996年から2000年代前半の短期間、パーカーのブルゴーニュ担当だったピエール・アントワーヌ・ロバーニのコメントなんです。パーカー評点は一瞥もしない方々(私も、ですが)にも、ロバーニ時代のブルゴーニュのコメントは、なかなかにエキサイティングかつダイナミックなものが多いですよ。残念ながら、ロバーニの後任となったアントニオ・ガッローニ時代には、また紋切り型の凡庸な分析コメントばかりになってしまったのですが・・・・。

 もちろん、人によっては「トップ中のトップ・ソムリエは、伝統的な試飲コメントの枠と型からはみ出した表現はしないものだ」との意見をお持ちの方もいらっしゃいます。
 本当にそれが正しいのでしょうか?
 私は偉大なワイン生産者を訪問した際、一時期よくこう質問してまわりました。「いわゆる香り、タンニン、酸など分析や分類に終始する、ソムリエの紋切り型の試飲コメントについてどう思いますか? 私は、貴方のワインの真の素晴らしさは、分析的コメントでは全くワイン・ラヴァーに伝わらないように思うのですが」と。
 答えは予想通り、「全くその通り。そこに気づいた人から、より真に迫る表現を生み出してほしい」と力強くおっしゃいます。「紋切り型コメントがソムリエ業界の決まりだから、仕方がない」と答えた生産者は、一人もいませんでした。
 と、偉そうなことを言う君は、どんなコメントを書いてるのか? ですよね。
 僭越至極ながら、例えば最近出合った、偉大なコンプレキシティー、陰翳、奥行きあるワインについて、ついこんな言葉が口を突いて出ました。
 「ヨーロッパ中の教会のステンドグラス、全てが瞬時に頭の中を駆け巡るようなワイン」(イル・マッキオーネ ヴィーノ・ノービレ・ディ・モンテプルチアーノ・リゼルヴァ2008)。
 「大英図書館の全ての本を、一瞬で読破したようなあと味」(ロアーニャ バルバレスコ・クリケット・パイエ2006)。
 こんなくだらないコメントなら、書かない方がまし?? お叱りごもっともです。でも、このコメントを発した時の、生産者のパッと輝いた顔と、「是非! そのコメントを君の記事に書いてくれ!!」との熱い言葉とともに、背中をドカン!と力強く叩かれた時の感触を胸に、“最初から負け戦”に立ち向かいたいと思います。
 みなさんもどうですか? ご一緒に。

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽 
ボサノヴァのルーツを作った、偉大な作曲家。
ナチュール・ピノのはかない余韻に溶け合う。

 20世紀を代表する偉大な作曲家という点で、故国ブラジルの枠を越え、世界的に評価されるべき人だと思います。1910年、リオ・デ・ジャネイロ生まれ。わずか26年の生涯に残した数百曲もの珠玉の名曲は、今も大いに聞き継がれる。そんなノエル・ホーザの残した天界級の美メロの数々を、カエターノ、ジャヴァン、ガル・コスタら現代ブラジルの最高峰アーティストがカバーしたコンピレーションに昨年末、待望の再発が実現しました。廃盤時代は一時3万円近い中古価格が付いたのにも全く納得の、奇跡の名曲密度です。どの曲も、ソフトでジェントル、心のひだをフワッと優しく撫でられるような曲調は、どこか熟成した極上ナチュール・ピノ・ノワールのはかない余韻にも通じる世界。きっと、一生ものの家宝CDになってくれると思います。

★V.A.SONGBOOK NOEL ROSA

https://www.youtube.com/watch?v=csOg0MZBoM0

 

今月の、ワインの言葉
『水を飲む人は詩人にあらず』 スペインの諺

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。

 
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