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『ラシーヌ便り』no. 135

オフィス移転

 ラシーヌは、1月10日に移転しました。Office Warming Party と第一回試飲会ではたくさんの方におこしいただきありがとうございました。その時に、「この場所はどのようにして探されたのですか?」と多くの方からご質問いただきました。一昨年(2015年秋)に、スタッフの人数が12人を超えたときに、「引っ越しを考えないといけないなー」と、机と机の狭い隙間を体を横にしながら歩くたびに思いました。5階オフィスと1階試飲ルームが離れている無駄も気になっていました。お昼休みに、机がひしめきあっている狭い空間で、自分の机でお弁当を食べるスタッフがいる一方、1階試飲ルームは、月に1・2度しか使われていませんでした。すでにその数か月前から、塚原と合田の机は、事務所スペースが手狭なため、キッチンルームに追いやられていました。
 2016年1月初め、四谷周辺を時間をかけて歩き、規模が適切な建物の写真をとっては、空き物件があるかどうかネットで確認し、不動産屋さんと相談を始めました。新宿通りに面した建物は避けて探しましたが、結果として新宿通りに面した、このあたりとしては小さなビルに移ることになりました。
 外装は落ち着いた茶系の色調で、神戸の居留地区にあるような趣です。最上階に大家さんが住んでいるのも、いわゆる貸しビルでなく、家庭的な印象です。大手のビル管理会社が運営しているビルでは、キッチンの設営は難しいのですが、幸運にも、再びキッチンを造ることができました。以前のオフィスに続き、今回も誰かの家を訪れたような雰囲気があるのが気に入っています。

 新オフィスのテイスティングルームは、床が分厚いオークの板で壁は珪藻土のため保温効果があり、暖房に頼らず暖かで、午前中は陽がよく入ります。初めはセラーを2台置いたのですが、モーター音が気になり、事務所スペースに移動しました。LANケーブルもないので、試飲ルームには、電気系統は何もありません。居心地がよいので、身体がとても楽なように感じます。きっと、生命を持ち続けるヴァン・ナチュールとの相性もよく、ワインが美味しく楽しめるでしょう。将来もラシーヌの仕事がここで続いていきますようにと、心から願います。私もここでの仕事を楽しんで参りたいと思います。

 

引越狂想曲

 さて、12月23日に一階試飲ルームと、5階の日常実務と関係のない、書棚と台所関係を移動しました。それから1月10日まで、年末年始をはさんでは、朝から晩までひたすら、古い箱に詰められっぱなしの書類を確認。不要書類は廃棄すべきですが、確認しないと捨てられないし、確認すると面白くてつい読んでしまって作業が進まず、最期には「エイヤッ」で、すべて箱に詰めてそのまま持ってきたという具合。相変わらず机の前には、段ボールが十数個残ったまま。探していた、ヴェネツィアで買ったメガネが出てきたり、大切にしていたブドウのアクセサリーが出てきたり、行方不明になっていたものが見つかるなど、嬉しいこともありました。面白かったのは、昔書いた原稿を見ると、ワインの見方が大きく変わった2004年以降、考えていることの基本は少しも変わっていないということです。
 塚原の箱から出てきたのが、1976年3月"TASTEVIN”日本ブルゴーニュ・ワイン協会誕生創刊号。創立総会は三菱倶楽部であり、アルバート・スタンプ、岩野 貞雄、大塚謙一、坂根進、岡本太郎、田口朝一(ミツミ)、武石孝夫(ミツミ)山本博、塚原正章 といった面々の名前が出席者に並びます。1976年といえば、ベッキー・ワッサーマンがブルゴーニュのドメーヌワインをアメリカに輸出を始めたころ、ボルドー神話が圧倒的に強かったころ、ブルゴーニュ・ワインを広めようと、尽力した方々がおられた。ブルゴーニュ・ワインが一般人の手の届かない世界になってしまった今、ブルゴーニュ・ワインを一生懸命理解し、広めようとしていた時があったとは、若い世代の方には信じがたいでしょう。


 できるならあの頃にもどって、さいわい自分で仕入れることができたユベール・ド・モンティーユ、アルマン・ルソーとコント・ラフォンを思いっきり飲みたい。先に歩いた人があって、市場が広り、今こうしてワインの仕事ができていると、日本のワイン業界史を振り返る貴重な資料です。他に、塚原の箱から、ワイン・バーのさきがけ「銀座TORIFUJI」の針井さんのニューズ・レター「イカノモト通信」もでてきました。針井さんご本人の手元にもなく、驚かれたとか。

 ジュゼッペ・クインタレッリ、ジュリオ・ガンベッリ、アルド・コンテルノといった、今は亡きイタリアの巨匠達を訪ねた時の写真、ほとんど解読不可能な、ジュゼッペ・ラットからの手紙。歩み来た道が、箱一杯に詰まっていて、当分箱は減りそうにありません。

ガンベッリ

クインタレッリ

アルド・コンテルノ

アンリ・ジャイエ

R・パーカー

 

 スタッフにとっては、2度と経験したくない引っ越しだったでしょう。ほんとうにご苦労様でした。そういえば、2012年2月、倉庫の移転という大仕事がありました。あの時も、前倉庫からの在庫のスリアワセが終了するのに、半年以上かかりました。ワインの仕事の移転はどうしても真冬になってしまうようです。

これは仕方ないことですが、当分はごめんですね。


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