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ファイン・ワインへの道vol.5

サンジョヴェーゼはトスカーナの“だめ息子”か??

 「サンジョヴェーゼは、ピノ・ノワール、ネッビオーロと同じグループに属するブドウだよ。つまり、妖艶で官能的な香りと味わいが魅力のブドウ品種さ」。
 トスカーナで取材にあたる際、現地の生産者からまさに毎日飽きるほど度々、聞かされる言葉です。この時点で、シビアなピノ・ノワール・ファンやネッビオーロ・ラヴァーからは、「おいおい、そんなに簡単に一緒にするんじゃない!!」とのお怒りお叱りの声が聞こえて来そうでもある。
 実際、この言葉を発する際のトスカーナ人の雰囲気は、普段の自信満々・キリッと胸を張って発言するというよりは、珍しく、やや目が泳ぎがちというか「同意してもらえたらいいな。同意してほしいな」とでも思えるかのような、懇願のニュアンスさえ、帯びているように往々にして感じられるものだ。
 それにしても、サンジョヴェーゼの謎(闇?)は深い。普段の食卓の、簡単なテーブルワインにはチョイスは簡単だが、“偉大なファインワイン”を、この品種から探し出すとなると、その至難さはピノ・ノワール、ネッビオーロよりも格段に厄介とさえ思えはしまいか?

 このブドウを、なんと「トスカーナの“だめ息子”」とまで呼ぶのは、栄えあるフォンタッローロの生産者、ファットリア・ディ・フェルシナのオーナー、ジュゼッペ・マッツォコーリン。続けて「サンジョヴェーゼは全く手に負えないブドウだと人は言う。しかし、サンジョヴェーゼは何としても我々がうまくやっていかなくてはならないブドウなのだ。今から50年後、きっと僕らはカベルネ・ソーヴィニヨンと同じぐらいサンジョヴェーゼのことも理解できていると思う」とまで。ちなみに「だめ息子」と仮に訳したもとの英語は、“useless son”。「役立たずの」とか「使いものにならない」息子くらいの意味だろう。とすれば、つくり手の期待に応えられないといった役どころだろうか。訳してだめ息子と決めつけるのはいきすぎかもしれない。
 それにしても、このブドウがだめ息子とまで言われる所以の幾つかは、すぐに思い当たる。非常に薄くデリケートな果皮(ゆえ損傷しやすく、腐敗菌に冒されやすく、畑でもセラーでも扱いが難しい)、日照不足時はタンニンがドライになり易く、同時に酸も厳しく、また青いニュアンスが出やすい・・・。そうだ、「難しい」くらいが適訳かもれない。
 だからというわけではないだろうが、ジャンシス・ロビンソンはその大著、800品種のブドウの品種別特性を書いた『ワイン用葡萄ガイド』で、ブドウ品種のポテンシャルを表す棒グラフによって、「サンジョヴェーゼは最高峰の偉大なワインを生む品種ではない」、とまで分類している。(つまり、ジャンシスは“サンジョヴェーゼは、ピノ・ノワール、ネッビオーロと同じグループ”論には同意していない)。

 と、ここまで読まれた方々は、「おいおい君。サンジョヴェーゼ・グロッソとサンジョベーゼ・ピッコロの区別もなくして、粗雑な話をするんじゃない!」とご立腹の方もおられるはずだ。しかし、この区分が、例えばピノ・グリとピノ・ブランの区分のように容易にはできないどころか、単純な二分法での区分は実質不可能であり「現在のサンジョヴェーゼ・グロッソという言葉は単に、安易で誠実さに欠けるマーケティング・プロモーション用語の一つだ」と言う生産者さえ少なくない。

実際、この区分を生産者に尋ねてみても「房や果粒のサイズ、葉の形など、外見からは明確な質的判定はできない」とみな答えるだけでなく、「純粋なサンジョヴェーゼ・グロッソは、とっくの昔にモンタルチーノからも消滅してしまった。もし君が僕に、本物のサンジョヴェーゼ・グロッソの樹を見せてくれたら、お礼にうちの最高峰のブルネッロ、10ケースはプレゼントするよ」とまで語るジュゼッペ・マリア・セスティ(セスティ。オーナーで天文学の著作もある)のような豪の者も存在する。
 いずれにせよトスカーナだけで現在約70のクローンが認可されているだけでなく、それ以外に数百の研究中・未認可クローンがあるとされるサンジョヴェーゼを、グロッソとピッコロという二つに要約もしくは特定して把握することの困難さ(無理の多さ)は、例えそこにプルニョーロ・ジェンティーレというもうひとつの口上が加わったところで、同じことである。

 ちなみにこのブドウの起源についても、長らくの太古からのトスカーナ固有の土着品種という説は、2000年代、トレントのサン・ミケーレ農業大学の教授らの研究により覆された形となっている。彼らが繰り返したDNA鑑定により、サンジョヴェーゼはトスカーナ南部の土着品種チリエジョーロと、カンパーニャで発見された未知の品種、カラブレーゼ・ディ・モンテヌオーヴォの自然交配により誕生したことが証明されている。
 実はこのチリエジョーロというブドウ品種、近年トスカーナ南部のマレンマ周辺でこの品種主体、時には100%のワインが造られているのだが、そのトップ生産者のワインはまさに瞠目させられる素晴らしさ。
 特にサッソトンド(Sassotondo)のチリエジョーロ100%ワインは、弾けるような活力あるアカシア、アセロラ、ハーブ、東洋的スパイスのアロマと、深い奥行きと陰影あるタンニン、妖艶な甘みある酸の統合感と、明るくラテン的に歌い踊るような長い余韻が圧巻の、堂々のファインワイン。個人的には畏敬すべきピノ・ノワールと同じグループのブドウとしてより近いのは、少なくとも一般的レベルのサンジョヴェーゼよりは、このチリエジョーロではないかとさえ思える。

 と長々と書いてくると、「で、結局。君はサンジョヴェーゼがピノ・ノワールやネッビオーロと同じグループのブドウと思っているのか?」という皮肉な声が、聞こえてきます。そんな声に臆することなく、あくまで個人的見解にこだわれば(全てのワインライターの“ポイント”も“個人的見解”ですから)、高貴なまでのサンジョヴェーゼは…

 ソルデーラ(現在IGT)、サン・ジュースト・ア・レンテンナーノ、旧ポルタ・ディ・ヴェルティーネ、イゾレ・エ・オレーナ(キアンティ・クラッシコ)、サン・ジュゼッペ(モンタルチーノ)、カザーレ(キアンティ・コッリ・セネージ)、イル・マッキオーネ(モンテプルチアーノ。ボルゲリのマッキオーレ、に非ず)ほか、です。 

 極々、極々ほんの一握りの生産者のもののみが、その高みに属するというのが私見です。ざっくり、非常に感覚的な言い方をすると、300~400本に1本ぐらいの確率でのみ、やっとのことで偉大なワインに巡り会える、という感じでしょうか。それは毎年2月、トスカーナのアンテプリマ試飲会で約200種類のキアンティ・クラッシコと、約150種類のブルネッロ・ディ・モンタルチーノ、および80種前後のロッソ・ディ・モンタルチーノの試飲を重ねての思いです。
 それにしても、先ほどサンジョヴェーゼの謎(闇)と書いたのですが、一番の厄介は、なぜソルデーラ(最高峰ワイン)と、その次点格にあたるワインとの差がかくも大きいのか、という問題です。ブルゴーニュでも、ロマネ・コンティとルロワのサン・ヴィヴァンの差、ボルドーでもペトリュスとラフルールの差は、そこまで大きくない、というかルロワのほうが、ラフルールの方が好き、という人もいらっしゃるほどなのに。
 誰かがどこかで手を抜いているのか、もしくは先ほどのファットリア・ディ・フェルシナのオーナーの言がいみじくも大きく暗示するように、多くのトスカーナ人にとっても、まだ完璧に正しいサンジョヴェーゼの扱い方は霧の中にあるのか・・・。
 ま、ジャンシスのように「偉大なワインを生むポテンシャルなし」と切り捨てるより、そう考えた方が、来年以降の夢に、なることだけは確かでしょう。(もしくは、もしかするとジャンシスは、まともなソルデーラやサン・ジューストを飲んだことがないのかも)。

 

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毎年2月、フィレンツェで行われるキアンティ・クラッシコ、新着ヴィンテージ試飲会。大御所ワイナリーのオーナーたちも自ら試飲テーブルに立つので、歯に衣きせない質問をするにも絶好の機会。

同、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノの試飲会場。写真はフロアの極一角。こちらも80社以上の生産者が試飲テーブルに立つ。

 

 と、長らくサンンジョヴェーゼの気難しさと、良品選びの困難さを(≒世の中の厳しさ?)を書き連ねて来ましたが・・・・・・、先ほど挙げた、ある面で例外的に傑出したワインを見ると、その背後の多くにやはり一人の偉人の存在が浮かび上がります。はい。2012年、86歳で亡くなったマスター・テイスター、ジュリオ・ガンベッリ氏です。

 気難しいサンジョヴェーゼを、“他の人に見えないものが、この人には見えていた”とされる試飲能力で、真に偉大なワインに導いた、このマスターが手がけたワインについて。次号「アヒルの子を白鳥に変えた男(仮題)」として、僭越ながらお伝えしたく思います。

追伸:
 度々、ジャンシス・ロビンソンを僭越にもネガティヴな引き合いに出し、恐縮です。あくまで、一消費者からの“素朴な疑問、および違和感”としてご解釈いただければ幸甚です。

 

 

今月のワインが美味しくなる音楽
お正月にバッハの教会音楽。不思議とテクノにも通底。

 カンタータとは教会での礼拝用の音楽。バッハは、このカンタータだけで生涯200曲以上を作曲したと言われています。そのバッハのカンタータに特化して演奏・録音を行うのが神戸松蔭女子学院大学客員教授・鈴木雅明氏。なんとバッハのカンタータのみで55枚!ものCDをリリースする権威です。そのシリーズNo.2の冒頭を飾るこの曲、勇壮にして神聖、澄み切った透明感は、まさにお正月の凜とした空気の中で飲むワインに美しく和合してくれます。

 それにしても不思議なのは、バッハの曲にある、現代のデトロイト・テクノなどにさえ通じる音の展開感と構成感。ハウスやラテンが好きな人が聞いても、バッハこそ全ての西洋音楽の父であり源流と言われるルーツ感を、実感していただけると思います。

★バッハ『神はいにしえよりわが王なり』

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(from album  バッハ:カンタータ全曲シリーズ2)

演奏:バッハ・コレギウム・ジャパン

https://www.youtube.com/watch?v=w-Q0MnkwUuU

(バッハ・コレギウム・ジャパンは音をYouTubuにアップしていません。このURLは、あくまで曲調の参考試聴用です)

 

今月のワインの言葉
『ワインは飲み物として最も価値があり、薬としては最もおいしく、食物の中で最も楽しいもの』 ヒポクラテス(古代ギリシャの医師、哲学者)

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。


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