ドイツワイン通信Vol.62
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北嶋 裕の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
日本市場におけるドイツワインの近況
11月初めにバーデンの生産者エンデルレ・ウント・モルのフロリアン・モルから、少し遅れて今年の収穫状況のメールが届いた。10月半ばに質問していたことへの回答だ。
「今年は我々ビオの生産者にとってとても難しい年だった。春先と夏に黴(べと病)が蔓延して、特に春先には雷雨、霜、雹が各地を襲った。我々の醸造所でも被害の無かった畑もあるけれど、40~50%、あるいは80%の損失を被った畑もある。全体としてブドウ樹の健康状態を維持するのにとても苦労した年だった。
しかし夏の後半からは乾燥した好天に恵まれ、ブドウは順調に成熟した。9月は夜に冷え込んでほとんど雨も降らなかったから、今年はオウトウショウジョウバエ(訳註:黒ブドウに卵を産み付けるコバエで2014年に大発生した)も全く問題なかった。収穫は9月中旬に始まって、完璧な天気としっかりしたブドウのお陰で、とても落ち着いて作業をすすめることが出来た。収穫を終えたのは10月中旬で、質にも量にも非常に満足している。数年前から約7haのブドウ畑を所有する親友と仕事をしているので、彼のブドウで損失を十分に補うことが出来た。
最終的にはバランスがとれた上品さと、厚みと力強さを兼ね備えたワインになるだろう。仕上がりがとても楽しみだし、発酵中のワインの様子からすると、とても良い出来になりそうだ」(2016年11月1日)
先月の玲英さんのフィールドノートにある、9割が買いブドウというスヴェンの話と微妙にズレているが、いずれにしても難しい年だったようだ。近くにビオの友人がいて十分な収穫があったのは不幸中の幸いだった。恐らく以前から「リエゾン」に使っていたブドウだろう。彼らの造るワイン-特にリエゾン-が大好きな私としては喜ばしい。
ヴィネクスポ東京のドイツワイン
11月中旬に開催されたヴィネクスポ・東京に行ってきた。今年が第二回目で、第一回だった一昨年は人出が少なく閑散としていたというけれど、今回はそこそこ賑わっていたし、東京タワーの近くにこれほど巨大な地下空間があることに驚いた(会場はザ・プリンス・パークタワー東京地下2階)。フランスとイタリアの生産者が二つある大ホールの過半数を占め、その他の生産国の出展は総スペースの約3分の1といったところか。開催国である日本や、ジョージアからの出展がなかったのは残念だが、2日間で28のセミナーが開催され、モルドヴァやギリシャ、ポルトガルが広いブースで存在感をアピールしており、特色のある展示会になっていたと思う。
ドイツワインに関しては、今年開設されたワインズ・オブ・ジャーマニー日本オフィス(以下WOGJ)が比較的大きなスペースをとって出展していた。若手醸造家団体ジェネレーション・リースリングをテーマにして、ブースでの試飲とともにセミナーを開催し存在をアピール出来ていたのは、日本事務所でスタッフを抱えるソペクサがWOGJを運営していればこそだろう。若手醸造家団体というテーマ自体は7月に開催されたリースリング&Co.と同じで、試飲に供されたワイン20種類もその時に「Generation Rieslingワインセレクション2016」として選出されたものだったが、今回の方がコンディションも良く落ち着いて試飲出来た。惜しむらくはドイツ本国から誰も来ていなかったことだろうか。ほぼ同じ時期の11月10~12日に香港で国際ワイン&スピリッツ・フェアとプロヴァイン・チャイナが同時開催され、そちらにはドイツワインインスティテュート本部が出展していたのは、2014年にドイツワインの輸入量で日本を追い越した中国市場重視の表れかもしれないし、詳細な事情はわからないが、日本のことは日本オフィスに任せておこう、ということなのかもしれない。
ドイツワインセミナーのこと
2日目に行われたセミナーの講師を務めたのは森上久生ソムリエで、テーマも講師も7月と同じだった。ただ、ワインのコメントとそれにあわせる料理の提案は、恐らくあれから熱心に研究されたのだろう、今回の方がずっと良かったと思う。試飲に供されたのはジェネレーション・リースリングのワイン5種類で、いずれも今どきのスッキリした辛口系。それぞれについてソムリエらしい、外観・香り・味わいについて、豊富な語彙を駆使した的確な表現をよどみなく提示されていた。料理との組み合わせの提案はフレンチ、イタリアン、和食、アジアン、創作料理など幅広く想定して、ドイツワインの使いやすさと可能性を感じさせた。90分の枠の中で生産国ドイツの紹介は基本情報のみ押さえてサラリと流し、大半を生産者紹介、試飲とコメントに振り向けていたのは、それぞれの生産地域のワインに接しながら親しみやすく伝える意図もあったようだ。ワインの温度管理も行き届いて、約40名の参加者の満足度は高かったのではないかと思う。
少しだけ気になったのは、個々のワインの表現と料理の提案は申し分ないのだけれど、その背景となる産地に関する説明に安定感が若干足りない印象があったことか。例えばヴュルテンベルクの主な土壌を火山性と指摘されていたけれど、実際はフランケンと同じコイパーと貝殻石灰質で、特にコイパーがこの地域では広範囲に分布し、標高の高さによる冷涼な気候と相俟ってワインに個性を与えている。そう考えて試飲すると、味わいの受け取り方も違ってくるのではないだろうか。また、ファルツを地中海性気候と表現していたのも、温暖な産地の比喩として用いていることはわかっても少しひっかかった。確かにファルツはドイツワインの生産地域の中でも温暖で、年間降水量も約670mmと少ない地域ではあるが、主にブドウの成長期に雨が降る点で地中海性気候とは真逆だ。成長期の雨がドイツワインの冷涼感、みずみずしさ、ミネラリティ、豊富なエキストラクト、品種によっては緩やかな感じといった独特の個性を形成する要因であることは、なるべく押さえておきたい。また、近年なぜブルグンダー系の栽培面積が増えているのか、という参加者からの質問に対して、温暖化の影響を的確に指摘されていたけれど、もう一点、80年代末からのドイツの消費者の辛口指向と食習慣の変化についても、恐らくご存じなのだろうけれど、言及がなかったのは惜しかったと思う。こういった点については、もしもドイツから生産者などが出席していれば、恐らくしっかりと説明されていたことだろう。
もっとも、ドイツワインだけでなくフランスワインやイタリアワインにも精通したプロのソムリエがドイツワインを評価し、その使い方を積極的に提案していくことは、特にレストラン関係にドイツワインをプロモーションして行く上でも重要なポイントだろうし、今後も是非続けて頂きたいと思う。その一方で、今年6月のロマナ・エヒェンスペルガーMWと大橋MWのセミナーのように、酒販店やメディアに向けて鮮度と質の高い情報を伝えるイヴェントも継続してほしいところだ(セミナーの概要についてはドイツワイン通信Vol. 57参照願います)。この二つの視点は車の両輪のような関係で、どちらが欠けても前には進まないだろう。片方だけでは堂々巡りを続けることになりかねない。
日本市場におけるドイツワインの近況
WOGJのドイツワインアドヴァイザー松村さんによれば、今年のドイツワイン輸入量はまだわからないが、状況は昨年とあまり変わっていないのではないか、とのことだった。興味を持ってくれる人は増えていても、実際の輸入にはなかなか結びつかないのが実情のようだ。さきごろリリースされたDWIの統計資料2016/2017年版(http://www.deutscheweine.de/service/downloads/)によれば、2015年の各国への輸出は量ベースで12.1%減、金額ベースで5.2%減となっている。日本向けも量ベースではマイナス3.5%と減少が続いているが、金額ベースでは0.7%とわずかではあるが増えており、リットルあたりの単価も3.97Euroから4.14Euroに上昇している。これは全世界平均の2.80Euroに比べても高く、ドイツワインの27.4%が輸出される北米市場の4.17Euroとほぼ肩を並べており、上位輸出先の中ではノルウェー(4.31Euro)、中国(4.49Euro)、スイス(4.66Euro)と同様に高単価なワイン中心の市場であることが伺える。
一方でメルシャンのワイン参考資料(2016年7月)によれば、日本のワイン消費は2014年に過去最高の消費数量を3年連続で更新し、輸入ワインではリーズナブルな価格帯のチリを中心とした新世界ワインの台頭が目立つという。2015年のドイツ産スティルワインの輸入ワインに占める割合は量ベースで1.6%、前年比2.4%減と相変わらず少なく、金額ベースでも5.5%減と振るわない(参照:スペイン大使館経済商務部によるワイン輸入統計 pdf)。ドイツと日本の統計値の違いは、日本の数値は容量2ℓ未満を対象にしているのに対して、ドイツはバルクワインも含めた数値であることに由来するものと思われる。いずれにしても、ここ数年の伸び悩みの原因の一つはドイツの生産量の減少によるところもあるだろうけれど、日本市場でドイツワインについての理解が進んでいないことにも原因があるように思われる。
だから今年、ドイツワインの公式な広報機関であるWOGJが活動を始めたことは、希望を抱かせる。これまでのところ業界向けのセミナー主催が目を引いてきたが、それは公式な組織による安定した情報発信がなかったことの裏返しでもある。来年はそれを継続しつつ、セミナーを行うことの出来る人材を発掘して、会場と開催都市を増やしてはどうかと個人的には思う。消費者向けの活動に関しても、7月のジャーマンワインウィークだけでなく、例えば百貨店をはじめとする商業施設でのワインフェアの協賛であるとか(もうやっている?)、ドイツ観光局とタイアップしたドイツワインツアーであるとか、ワインスクールとコラボしたセミナーであるとか、昨年私たちがDWIに日本支部の担い手として立候補して叶わなかったアイデアを実現していただけたらと願っている。SNSでの発信もフェイスブックで見ているけれど、私見では情報の質に向上の余地がある。いてもたってもいられず、時々コメントで事実とは明らかに異なる点を指摘したりするのだが、きっと小うるさい奴だと思われているに違いない。いつかその必要もなくなる日が来ることを願っている。
(以上)
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