ファイン・ワインへの道vol.4
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寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
マスター・オブ・ワイン あれこれ
「今、バローロで一番高価なワインって、エリオ・アルターレよね」と、バローロ村で開催されたネッビオーロ大規模試飲会のディナー円卓で、とあるイギリス人ワインライターが発言した。とたん、「ノー!! モンフォルティーノ!」と半ば反射的に私が返したのは、8年ほど前の話と記憶する。(現在、価格面ではそのモンフォルティーノを抜き、ロアーニャのクリケット・パイエがイタリア最高価ワインになってしまったけれど)。
また別の席で、同じくイギリスの高名なワイン・ジャーナリストに、こう質問してみた。
「ジョルジュ・ジャイエとアンリ・ジャイエのワインの差はどうお考えになりますか? 私としては、世間で言われているほど、また価格ほどの差はないように思いますが。エシェゾーの同じヴィンテージで何度か比較したのですが」
答えは、「申し訳ない。私はアンリもジョルジュも、試したことがないのよ。エシェゾー以外でも」
アンリのエシェゾーが2万円弱、ジョルジュのエシェゾーがその半額近くで買えた時代の話である。当時イギリスのワイン業界はまだボルドー中心だったので、さほどブルゴーニュに精通する必要はなかったのかも知れない。
実はこのお二人、ともにマスター・オブ・ワイン(MW)だったのです。共にイギリス人で、前者はティム・アトキン、後者はガブリエル・ショウでした。
日本では「雲の上の存在」「ワイン界の神様中の神様」などと喧伝されているマスター・オブ・ワインですが、上記2つのエピソード、いかがなものでしょうかね? 私の庶民感覚では、その瞬間、少し驚くと同時に安堵もしたのです。しょせんマスター・オブ・ワインといえども、神の子ではなく人の子。世間では「全知全能の、ワイン版モーゼの神」みたいな扱いだけど、そうでもなかったのね、と。
つい最近のセミナーでも、例えばとあるニュージーランド人MWはスクリューキャップの是非を論じた際、「全てのワインがスクリューキャップになると、コルク産出国であるポルトガルという国が潰れる」と真顔で発言。
むろん私はポルトガル人ではありませんが、この時は、なんとポルトガルという国を愚弄、侮辱する、かつ知的厳正さのないミスター、もといマスターかと感じましたよ。ポルトガルには偉大な農業、畜産、繊維、機械工業などなどの産業が確固としてあり、何もコルク産業だけしかない国ではありません。
ちなみにポルトガルは、世界第10位のワイン産出国でもあります。
このセミナーは、ヴァン・ナチュールの大御所酒販店の主宰でした。ちなみに、かつて自然派ワインについて著作のある邦人MWと、ニュージーランド人MWの二人体制で進行したセミナーで、特に邦人MWが強調したのが、ニュージーランド起源のソーヴィニヨン・ブラン用培養酵母の、ロワール系酵母に対する優位性でした。野生酵母の話は、ニュージーランドの培養酵母がいかに素晴らしいかという話に比べれば、ないに等しいようなものでした。
さらにもう一つ、最近目にしたのが
「二酸化硫黄を添加しない場合のワインの問題点は、酸化の可能性が高まり、フレッシュでフルーティーな魅力を失い、おそらくは褐変してしまうことだ」と発言した女性MW。
そのコメントを見た瞬間、あ~このMW、マルセル・ラピエールもピエール・オヴェルノワもジェラール・シュレールもジュリアン・メイエーも、きちんと飲んだことないのかな?? ちょっと勉強不足じゃぁないの?? と反射的に思った人は、私だけではないでしょう。
二酸化硫黄無添加であろうと、ラピエールもシュレールも、その他多くの生産者も、目覚ましくフレッシュ&フルーティーなワインが出来ることを、既に何年も長期間にわたって輝かしく(激しく)証明し続けていることは、皆さんご存じですよね。
この女性MW、別のコラムでは、トム・ショブルック、ウィリアム・ダウニー、ルーシー・マルゴーら、オーストラリアの偉大な(と私には思える)ヴァン・ナチュール生産者らに、「ならず者」との栄えある称号を献じたMWでもありました。
そんな勇気のある人、誰ですと? ここではイギリス人女性MWで最も有名な方の一人で、ややご高齢ながらチャーミングな、メガネがお似合いの方、とだけふれておきましょう。
ちなみに彼女はとある自然派ワインの試飲会で約230の生産者のワイン中、48アイテムを試飲。その試飲ワインのチョイスは、「今まで飲んで楽しいと感じたものを選んで試飲する傾向にあった。知らないものに手を出した場合、その成功率は遥かに低い」と、つい最近も書くほどの勇気の持ち主でもある。
もちろん、畏敬し、瞠目すべき発信をされているMWも、数多くいます。例えば先に挙げたティム・アトキンは、近年ブルネッロ・ディ・モンタルチーノと、南アフリカの生産者を、ボルドーワインの如く5段階のピラミッド形式で独自に発表。もちろん、ボルドーの格付けのように、単に価格の上下で位階をつけたのではなく、ティム・アトキンが感じる品質によって与えられたこの格付け。この手のランキングにはつきものの諸説紛糾はあれど、勇気ある発信と実行という点で、非常に意義深いと感じられました。(ティム・アトキンはこの格付けの発表により、毎年招待されていたブルネッロ・ディ・モンタルチーノの新ヴィンテージ大規模試飲イヴェント“ベンベヌート・ディ・ブルネッロ”2016の招待リストから除外されてしまった。これは、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ協会の最大手企業の一つである某社を下位に格付けしたことへの報復なのだろうか・・・・? 頑張れ、ティム・アトキン!)
また、同じくイギリスの老MW、ニコラス・ベルフレージは「現在、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノの価格は、ヴィーノ・ノビレ・ディ・モンテプルチアーノに比べておよそ2倍である。では、美味しさも総じて2倍なのだろうか?」と発言し、鋭く的確に近年のヴィーノ・ノビレの劇的な品質向上ぶりを伝えている。(このMWの論法と視点、大事ですよね)。
もう一人、ロンドンの大規模ヴァン・ナチュール試飲イヴェント『ロウ・ワイン(RAW≒生ワイン?)』の主催者の一人であるイザベル・ルジュロンもMW。彼女はこのイヴェントを、今年ベルリンとニューヨークにも拡大し、ヴァン・ナチュールの啓蒙に努めている。RAWの生産者の参加条件は、亜硫酸の総量が70mg/L以下という規制も、彼女が設定している。
と、話は例により右往左往して恐縮です。
最後にもう一つだけ、最近目にして肝が冷えたコメントを。
「ビオワイン、もしくは無添加ワインとして売られているワインの9割以上はおいしくない」「こりゃダメだ、と飲んで思う(中略)傷んだワインを目にする機会が非常に多くなっていて、ひどいワインが大量に流れ込んできている日本の現状はとても悲しい」と言い放ったMW。
日本で流通するビオワインの9割がおいしくない??
確かに最近はスーパーやコンビニにも、怪しげなビオワインや無添加ワインがあることはある。それにしても9割、との数字の根拠は?? 検証方法は?
9割がおいしくないと言えば、一般の消費者は、信頼できる卓越した輸入元のワインも、品質管理とワインセレクトに多大な努力と情熱をかけられている偉大なワインショップのビオワインも、「9割がおいしくない(のかor のね)?」と思いますよね。(それならばいっそのこと、日本で流通しているワインの9割以上がおいしくない、とでもいえばカッコいいのに!)
個人的にはこのコメントは、ほぼ暴言。マスター・オブ・ワイン版ドナルド・トランプのようにさえ、感じられましたが・・・・・・、皆さんいかがですか?
え、そのMW版トランプって誰って? 日本人として2番目にMWになられた方、でありました。
この記事をここまで読んでいただけた方はもう、お感じになってるかも知れません。
MWは世の受け売りメディアが安易に伝えるイメージのように「まるで明治時代の天皇のように神聖にして不可侵な存在」でも「水戸黄門の印籠を持つ人」でもなく、意外に粗雑で知的厳正さに欠ける放言もあるんだねぇ、と。
つまり、要はMW=絶対正義どころではないから、MWの言うことを鵜呑みにせずに一つの見解とみなし、他の角度からも自分で見直すことが大事なような気がしますが・・・・。
皆さん、いかがですか?
今月の、ワインが美味しくなる音楽
聖母の歌声? ブラジル版マリア様的、慈悲の声で年の瀬を。
声自体の質がもう「神様からの特別な(妬ましくなるほどの)贈り物」としか思えない、天性の美声ヴォーカリストって、いますよね。ボサノヴァ~ブラジル音楽の中で、その筆頭中の筆頭が、なんといってもナナ・カイミ。温かさの中に、優しい慈愛や慈悲さえ感じさせるその声は、まるでマリア様のような天上の母性さえ感じさせるほどです。
クリスマスソングは歌いませんが、彼女の歌はブラジル発でも、しんみり親密に過ごすクリスマスや年の瀬にも、心の疲れをいつの間にか霧散させてくれる力も絶大です。
下記リンクのシングル以外も、このアルバム内の曲は全曲、歴史的名曲です。ぜひ、アマゾン等でアルバムのご入手もお薦めです。
ただYou Tubeなどで見ると、本人の佇まいが迫力ありすぎてイメージと違うことだけが玉にキズですが・・・
できれば先に、声だけ聞いていただくと、より自然に、慈愛の声に包まれます。
★Nana Caymmi『A Mae D’Agua e a Menina』
(from album,CAYMMI Nana,Dori e Danilo)
今月の、ワインの言葉
『ワインというのは、いわば食事の知的な部分だ。肉や魚は、その物質的な部分にすぎない』
アレクサンドル・デュマ
寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。
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