ドイツワイン通信Vol.61
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北嶋 裕の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
2016年の収穫状況
今年も残すところあと2ヵ月余り。時の過ぎるのは早いものである。
考えてみたら、ドイツから帰国して早5年が過ぎていた。帰国して2年目くらいまでは、ドイツを去って今日で丁度何年目だとか意識していたものだが、今ではそれも薄れてしまった。先日、新卒で就職した会社を辞めてから今年は20年目であったことに気がついた。もしもあのまま辞めなければ勤続27年目で、そろそろ退職後の心配でもしていたかもしれない。もっとも、あの頃の私は過労死するほど上司に素直でも、また仕事熱心な社員でもなかったから、それ以前にリストラされていた可能性の方がはるかに高いのだけれども。
秋の好天で挽回した2016年
さて、ドイツ各地で収穫は山場を超えつつあるようだ。今年はブドウの生育状況が前半と後半で大きく変わったことに特徴がある。前半は試練の半年で、4月26~28日にヨーロッパを寒気が襲い、各地で霜に新梢をやられたことは記憶に新しいが、ドイツでは幸いさしたる問題にはならなかった。そして5月末から6月上旬にかけて大雨が降り、6月末の開花時期も湿りがちで花震いが起きて収穫量を減らした。雨がちな状況は8月上旬まで続き、ベト病の蔓延でビオの生産者がとりわけ危機的な状況に立たされ、畑によっては全滅に近い状況だったことは周知の通りだ(ドイツワイン通信vol. 59参照)。そして8月下旬に天候が回復すると、今度は最高気温が一気に38℃前後まで上昇して、日当たりの良い区画は房が日焼けし、若木は渇水ストレスにさらされた。このように8月までは温暖化のネガティヴな側面が一気に吹き出したような様相で、収穫量の減少は必至と誰もが予想していた。
しかし9月以降は乾燥して冷涼な天候が続き、ブドウのコンディションは落ち着いてコンスタントに成熟へと向かった。10月21日にDWIドイツワインインスティトゥートが発表した報告によれば、収穫量は意外にも昨年を上回り品質も非常に良いという。「完熟した健全なブドウのお陰で、今年はフルーティな白ワインと色の濃い赤ワインが期待される。ここ数週間の適度な降水量が貢献し、収穫状況は当初よりもはるかに改善された」そうだ。予想される収穫量は平年と同じ約900万hℓだが、雨がちだった天候がどれだけ影響したかによって、地域や生産者で大きく異なる。ミッテルライン、フランケン、バーデン、ザクセンは昨年比で12~24%収穫量が増えたが、モーゼル、ナーエ、ラインヘッセン、ファルツ、ラインガウ、ヘシッシェ・ベルクシュトラーセではマイナス1~4%と若干下回っている。
生産地域によって違うだけでなく、今年はブドウ畑の立地条件の差が最後まで影響を及ぼしそうな状況だ。ラインラント・ファルツ州の農業サーヴィスセンターが出した10月17日付けのモーゼルのリースリングの成熟状況を見ても、立地条件の良いベルンカステルやコッヘムでは果汁糖度は90°エクスレ、総酸度8~10g/ℓと良く熟しているのに対して、トリーアでは81°エクスレに総酸度14.1g/ℓと相当な差があるのは、9月下旬から気温が下がり、とりわけ冷涼な立地条件の畑では成熟のテンポがスローダウンした為のようだ。また、ある生産者によればブドウの房の陽にあたった側か影になっている側か、あるいは若木か、それとも根が深くまで伸びているかでも熟し具合が異なるという。全体的な収穫量や品質は予想よりも良好な結果になりそうだが、非常に多種多様な状況があり、ワインの仕上がりにも影響しそうだ。
モーゼルでは10月10日前後にリースリングの収穫を開始した醸造所が多く、当初は22日にはほとんどの醸造所で完了すると予想されていたのだが、実際にはまだ終えていない生産者が多い。天気予報では24日、25日は雨だが26日から1週間は晴れか曇りが続くそうなので、この様子だと少なくとも月末まで収穫作業は続きそうだ。
生産者たちからの報告
そんな訳で、22日には大方の収穫を終えているだろうと予想してトロッセン、オーディンスタール、フリッケらに今年の状況を聞いたのだが真っ最中だった。それにもかかわらず合間を縫って回答していただいたので、感謝とともに以下にお伝えする。
・ルドルフ・トロッセン(リタ&ルドルフ・トロッセン醸造所/ モーゼル)
今日(23日)日曜日も収穫した。というのも、明日からまた天気が崩れるそうだから。ベーレンアウスレーゼなどを造るには向いていない年だが、私の醸造所には問題ではない。今年の天候はまさに試練だった。遅霜、雹に続いて初夏は雨が多すぎたが、夏を過ぎたら今度は水不足だ! 私の畑は運よく、あのヨーロッパ全体を覆った信じられないほどの寒気の頃はまだ展葉が始まっておらず、新梢の芽は綿のような皮に覆われていた。霜が全てをだいなしにしてブドウが一房も残らなかったところも多かったし、特にフランスとオーストリアの少なからぬ醸造所の損害は破滅的だった。5月、6月、7月は湿度が高くて暖かかったので、ベト病の被害が甚大な損害を与えた生産者もいる。
しかし私たちモーゼルの生産者は霜の害を逃れ、南の産地からの警告で前もってベト病からブドウ樹を守ることが出来た。今のところ全体的に見て満足している。熟してとてもアロマティックなブドウで、大抵のブドウ畑では量は少ないがとても良い品質だ。
トロッセンがメールに添付してくれたリースリングの写真。
・アンドレアス・シューマン(オーディンスタール醸造所/ ファルツ)
2016年は我々生産者にとって厳しい試練の年だった。今年前半の半年で、一年分もの量の雨が降ったんだ! ベト病が多数の醸造所の収穫の一部を台無しにしたし、その前に霜の被害を受けた地域もあった。
幸い私の畑には霜は降りなかったし、ベト病対策もうまくいった。薬草を煮るための大鍋をもうひとつ購入して、柳の樹皮やツタの煮汁を週に2回散布したりした(訳註:柳の樹皮は抗炎症性のサリシンを含み解熱鎮痛効果を持ち、ツタにはサポニンなどの薬効成分が含まれている)。これで1ヘクタールあたり年間3kgという銅(訳註:ビオロジックにも使えるボルドー液に含まれる重金属)の制限も問題なくクリア出来た。大抵のビオロジックで栽培している同僚は、特例措置で上限を緩和された年間4kg/haという枠を利用した。
これまでのところ目立った収穫量の減少はない。収穫作業は現在約50%を終えたところだ(10月18日現在)。ヴァイスブルグンダーの本収穫はまだこれからだし、リースリングの前収穫(訳註:傷みのある房や果粒を除去する作業)を大体終えた。このほかにベーレンアウスレーゼにするリースラーナーが残っている。
全体的に現時点で言えることは、今年のブドウは比較的低い果汁糖度でも素晴らしく香り高いということだ。つまりワインはそれほど重くはならず、アルコール濃度は大体11%前後だろう。市場にウケの良いワインを造るため補糖したり補酸したりする生産者も当然ながら多くなるだろうが、私たちの場合は生産年らしさを表現することが肝心で、分析値は問題ではない。
・エファ・フリッケ(エファ・フリッケ醸造所/ ラインガウ)
今はまだ収穫が終わっていないのであまり言えることはありません。10月末までかかる見込みです。とはいえ、全体的に非常に良い状況で、とても高品質なワインとなるでしょう。ベト病対策は大変でしたが、ビオロジックで見事に克服しました。
今年は昨年に続く新しいセラーでの二回目の醸造になります。とても順調ですし、作業環境は以前のセラーよりもずっと良いです。(10月18日回答)
新しいヴィンテッジ・新しい生産者
以上まとめた今年のヴィンテッジ情報からすると、2016年産は2015年産よりも若干酸度が低く、アルコール濃度も控えめな仕上がりになりそうだ。また花震いがあったこと、雨と低温でゆっくりと開花が進行したことから、凝縮感と広がり感のある味わいになるだろう。8月上旬まで雨がちだったことから、土壌中のミネラルが多く吸収されて、エキストラクトの多い複雑な味わいも期待出来る。そして開花時期と7月から10月にかけての天候からすると2012年に類似したワインになりそうだが、実際はどうかは飲んでみなければわからない。
少し話題が変わるが、近年の新しい傾向として白ワインをマセレーション発酵して醸造する、いわゆるオレンジワインの生産者が、まだごく一部ではあるけれど、次第に増えてきているようだ。最近フェイスブックやメディアで紹介されていただけでも、ミュラー・トゥルガウをマセレーション発酵するフランケンのビオの生産者シュテファン・クレーマー(http://www.kraemer-oeko-logisch.de/)や、2012年にブルゲンラントからフランケンに移住して、2haの畑でジルヴァーナー、ミュラー・トゥルガウとリースリング栽培し、一部をマセレーション発酵したヴァン・ナチュールを醸造しているシュテファン・フェッター(https://vetterwein.wordpress.com/)や、昨年からフランケンで試験醸造されている花崗岩のタンクでジルヴァーナーを発酵するラインヘッセンのイェンス・ベッテンハイマー(Weingut J. Bettenheimer)といった若手生産者たちが目についた。
新しい生産年も楽しみだが、新しい生産者との出会いも楽しみだ。だからドイツワインは面白い。
(以上)
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