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ファイン・ワインへの道vol.3

北向き斜面のバローロは貧しいか?

 今やバローロの公然の秘密、だろう。
 「残念ながら、それはもう、このあたりでどこにでも見られる光景になってしまったよ」。そう肩を落とし気味で語ったのはバローロ、セッラルンガ・ダルバ村の古豪、アンセルマ・ジャコモの当主フランコ・アンセルマ。彼らが所有する栄光のクリュ、ヴィーニャリオンダの全景を見ようと、リオンダから二峰南にあたる丘、ブリッコリーナからヴィーニャリオンダの丘を眺めていた時のこと。目の前の畑、つまり真北向きの畑にも植わっているのは、どこからどう見てもネッビオーロだったのだ。そこで、
 「この畑、真北向きなのに、植わってるのはネッビオーロですよね」と筆者が確認した際の、フランコ・アンセルマの答えが、先の「どこでも見られる光景だ」というものだった。
 (その際、隣から明るく奥様のマリアは「あ~、あと、ビオロジック、ビオロジックって派手に宣伝してる生産者でも、夜中にせっせと農薬まいてる人もいるよ~」と笑っていた。ピエモンテの人は、意外に明るい。)

 数ある葡萄品種の中でも特に畑の位置に敏感とされるネッビオーロ。ランゲでは昔から、陽当たりのいい南東、南、南西向き斜面で、なおかつ湿度のたまる谷や平地ではなく、丘の上部に植わるべきものとされてきた。
 ところが、例えば次の表で分かるとおり、バローロの畑面積はこの45年間で、概ね約3倍に、DOCG認定の1980年と比較しても約倍に増えている。(1968年・644.79ha、1980年・1111.70ha,2013年・1984.17ha)。

Alessandro Masnaghetti『BAROLO MGA』 15頁

Alessandro Masnaghetti『BAROLO MGA』 15頁

 

 もちろんDOCG認定時から現在まで、バローロDOCG地区とその他のエリアを分ける境界線は変わっていない。

 ということは、畑の増加分は例外もあるにせよ、歴史的には栽培好適地とはみなされなかった畑、例えば先述の北向きの畑などが大いに役立っていると考えるのが妥当だろう。
 その結果は・・・・・・?
 ブラインド試飲とは残酷なものである。筆者は毎年5月、ランゲとロエーロの新着ヴィンテージ約400種類がブラインドで出る試飲会に出席するのだが、やはりどうにも味わいが浅く単調、かつ貧困とさえ思えるバローロに、容易に出合えてしまうのだ。
 もちろん栄光のバローロが単調貧困味になる理由は、北向き畑以外にも、過収量、過化学肥料など多数の要因も考えられる。しかしながら試飲ではやはり「このバローロの畑、多分陽当たりが不十分だったのでは?」と思われるものが、無視できない数となるのだ。

 ならバローロ・ファンの皆様はこう思われるだろう。2010年ヴィンテッジから公式に表記認定されたクリュ名を頼りにワインを選べばいいだろう、と。
 ところが。
 バローロに計170、認定されたクリュにもまた、悲しいかなかなりの北向き斜面が含まれる。しかも有名クリュの中にさえ、である。その理由の一つは、ブルゴーニュなどとは比較にならないほどのバローロDOCG地区の地形の複雑さである。その丘の稜線は、まるで魚の骨。南北に走る大丘陵(背骨)から東西に無数の小丘陵(腹骨)が、時に軽く蛇行するようにギザギザに走るのだ。
 ブルゴーニュの、ほぼ一枚の斜面が、なんと単調に思えることか。
 ゆえ、例えばジャコモ・コンテルノ所有のフランチャから徒歩1分の畑がすぐ北向き、というような光景は日常茶飯事。そのフランチャなど、セッラルンガのクリュは概ね15ha前後なのだが、これが高名なブッシアとなると380.09haもの広さ。その稜線(等高線)は蛇行に蛇行を繰り返すゆえ・・・・相当の北東、北西向き畑が含まれる。ゆえ、このクリュ、最も高名なものの一つでありながら、最も購入に注意深さと慧眼が求められるクリュとも言えるだろう。

 であれば。
 有名生産者の名を頼りにクリュを選ぶ手が考えられる。例えばジャコモ・コンテルノが近年買収したチェレッタ。広さは39.93ha。セッラルンガ・ダルバのやや北寄りの丘の頂上を中心にほぼ360°に広がるクリュである。丘の頂上を中心に360°ということは・・・・・、やはりここにも北東、北西斜面が含まれる。実際、ジャコモ・コンテルノが購入した区画も、真西から一部は北北西向き。ゆえ、彼らの本丸、フランチャと比較試飲すると、このクリュのものはやや軽やかで奥行きに欠ける感が否めない。

Alessandro Masnaghetti『BAROLO MGA』 347頁

Alessandro Masnaghetti『BAROLO MGA』 347頁

  ちなみにそのチェレッタの南端から徒歩3分ほど。こちらも高名なラッツァリート丘陵の西側クリュ、ガブッティを所有するカッペラーノの畑は、同クリュの中でも最高の南向き斜面となる。

Alessandro Masnaghetti『BAROLO MGA』353頁

Alessandro Masnaghetti『BAROLO MGA』353頁

  ちなみにいわゆるよく言われた現代派バローロのルーツとは、立地の劣る畑しか持たなかった生産者が、そこからなんとかインパクトあるバローロを作ろうとひねり出した、いわば苦肉の策だったと言う話も・・・・現地では時々聞くが、その検証はまた次回の課題としたい。

 と、ここまで書いてふと立ち返ると、今一つ日本では、例えばソムリエ諸氏などプロフェッショナルの間でさえ、バローロの重要クリュと、トリッキー・クリュの区分がつく人はそう多くないと思える現状である。例えばバローロで、絢爛豪華なロッケ・ディ・カスティリオーネと、繊細至極なモンヴィリエーロの区別を意識しないことは・・・・ブルゴーニュでラ・ターシュとサヴィニー・レ・ボーヌの違いを意識しないことに近いようにさえ感じられる。
 もちろん、その不手際はバローロ側にある。
 170ものクリュが公式の格付けなしに並列に提示されれば、その頂上到達までに出合う、無限の回り道と落とし穴(行き止まり?)の数は想像に難くない。遭難者の数も同様であろう。
 ゆえ、歴史的にも1969年にルイージ・ヴェロネッリが、1976年にレナート・ラッティが、私的見解としてクリュの格付けを行っている。最近も2014年に、元エスプレッソ・ガイドの鑑定責任者、アレッサンドロ・マスナゲッティが6段階でバローロのクリュを格付けしている。その中の最高位、5ッ星Sに選ばれたのは4つ。ヴィーニャリオンダ、ロッケ・ディ・カスティリオーネ、チェレクイオ、ブルナーテ。
 それに次ぐ5ッ星が5区画。フランチャ、モンプリヴァート、オマート、ヴィレッロ、ロッケ・デル・アヌンツィアータとなる。
 (有名なカンヌービ、ジネストラは3ッ星にとどまる)。
 このマスナゲッティの労作である格付け「Barolo and Barbaresco Classification」は、アマゾンで電子書籍でも簡単に入手できるので、イタリアワイン・ファンなら一読される価値はあるだろう。

 ならこの本を買えば道は平坦になったのか?

 実は簡単にはイエスとは言えない。
 それは、異なるクリュをブレンドする(伝統的)バローロにもまた、荘厳な輝きを放つワインが、少ないながらも確と存在するからだ。
 その筆頭がルイージ・オッデーロとカッシーナ・フォンタナ。特にカッシーナ・フォンタナは、マスナゲッティが5ッ星をつける偉大なクリュ、ヴィレッロさえブレンドにまわす気概を持つ。ちなみにカッシーナ・フォンタナの当主・マリオと現地で話した際、ヴィレッロについて「僕が所有する畑の中で最高の区画だ。唯一のプルミエ・クリュだ」と語った。つまり、この畑にさえグランクリュとの表現を使わない真摯な謙虚さは、彼のワイン造りにもしっかりと刻印されているように感じられ、非常に印象に残ったものだった。

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セッラルンガ・ダルバ村南部、ブリッコリーナの北東端付近から北側を見た光景。画面、右上角の小さな塔がセッラルンガ村の中心部。斜面は西向きから徐々にカーブし、北北西向きに変わる。

 ともあれ、そんな難儀極まりない魔境、バローロから、たいへんな苦難を乗り越えて銘品を探し当てようとする人は、それでも後を絶たない。そこがネッビオーロという葡萄の、次元ちがいの魔性、つまり報われた時の悦びの、次元ちがいの大きさゆえ、だろう。

追伸:
 より詳細なバローロ、バルバレスコのクリュ探求については2016年11月号『ヴィノテーク』にも記述しています。併せてご高覧いただければ幸甚です。

 

 今月の、ワインが美味しくなる音楽 
「月」という名のほっこりチル・アウト。イタリアより。

 エレクトロニカ、アンビエント、電子音楽って文言に即、拒絶反応が出る人にもあえて。このオーガニック感、ソフトさ、ジェントルさのなごみ力は、お薦めしたいもの。いわゆる“なごみもの”のチル・アウト・サウンドをイタリアで紡ぎ続けた、知られざる大御所のユニットなのですが、最近やっと国内盤のリリースもスタート。ビョークがこの人の作をサンプリングしたことでも話題になりました。アナログ・シンセとアコースティック・ピアノを軸にほっこりと、温かく優しい浮遊感があるだけでなく、奥のほうにある、泣きやんだ子供のようなトーンの人肌感も、しみじみ。
 アルバム・タイトルはなぜか日本語で「月」。秋の名月を見ながら、しみじみと熟成ワインに酔った後などにも、いいですよ。

 

★Tempelhof&Gigi Masin『tsuki』
https://www.youtube.com/watch?v=cJ6nHZNpsDM

 

今月の、ワインの言葉 
『ワインのない食卓は、太陽の出ない一日』 ゲーテ

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。

 
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