ファイン・ワインへの道vol.2
公開日:
:
寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
ワインと言語の国、ジョージアの、 ほのぼのさせる言葉たち。
まるで大地そのものの雄叫びが、全身に響くようなエネルギー感。どこか伊勢神宮に参拝し心身を清められるような、スピリチュアルな波動。また時には、地球自体の美しく澄んだ生き血を飲むような魔性さえ感じさせてくれる……、ジョージア・トップクラスの古代土器製法ワインたち。その深み、奥行き、深遠さ、神妙さは、特に白ワインに関してはブルゴーニュ最高峰のグランヴァンにさえ匹敵するとさえ、個人的には感じています。
8000年前、なんの技術もない時代に、自然に“人が楽しめる”ワインができた天啓ともいえるテロワール。そして巨大な素焼き土器、クヴェヴリを地下に埋めての醸造が生む味わいは、静かに、着実に。熱狂的ファンを増やしているようです。
その母国、ジョージアのディナーで、ワインと共に欠かせないのが“トースト”と呼ばれる、いわば乾杯の祝辞。ディナーの間中、列席者は次々に、比較的しっかりとした長文で、世界平和、人類愛、遠方からのお客へ、母国の明るい未来に、などについて、長めのスピーチをした後、“ガウマジョス(我々の勝利に乾杯)”と発声し、グラスを空にします。これが延々、ディナーの間中繰り返される訳です。で、さすがに日本人チームも何か言わない訳にはいかず・・・・・“トースト”に加わる。
例えばこんな風。
「私のファイナル・アンサーに乾杯。日本のワインファンは毎日迷ってる。今日はどのワインを買うか。フランス、チリ、イタリア、アメリカ、南アフリカ、などなどなどなど。しかしやっと、私個人の中で、特に白ワインでは最後の答えが出た。それこそがジョージア・ワインだ。ジョージアの人々よ、有難う。私にファイナル・アンサーをくれて」。
このトーストには、特にラマズ・ニコラゼが大いに喜んでくれたようで、「今度フランスとかイタリアの試飲会に行ったら、向こうの生産者に、今のトーストを自慢して言いふらそう」と言ってくれました。
現地で、ラマズの言葉でもう一つ、忘れられないものがあった。それはワインライターの悪癖でつい、栽培法、醸造法などの技術的な話を数字を交えて聞き、傑出したワインが生まれる秘密を探ろうとしていた時のこと。
同じような質問を、生産者に会うごとにしていたのだが、三日目に、通訳も兼ねてくれたラマズ曰く、
「う~ん、秘密ね。ジョージアではワイン造りは親から子に代々受け継がれるものなんだけど、ヘクタールあたりの収穫量をどうしろとか、ピジャージュの回数をどうしろ、みたいな話は、親は子に全くしないのよ。それより最も親が熱心に子に言うのはこれ。
“善悪の区別がつく、良い人間になれ。そうすれば自然に、いいワインができるのだ”ということ。この基本が各家庭で徹底して受け継がれているのが、ジョージアでいいワインができる秘密だと思うよ」と。
なんたる含蓄深さ。ジョージア・ワインの純粋さの理由の一端が、少し垣間見えた気さえしたものです。
もう一つ、なぜそこまで亜硫酸の使用量を減らし、リスクを恐れないのか、との質問についても「あの~、基本僕らのワインは自分と愛する家族と友達のために造ってるワインなのよ。販売用の商品性第一じゃないわけ。自分と家族のためのワインに、どうして亜硫酸なんか入れて、不味くて変な味にしなくちゃいけないわけ?」
と素で語る。ほんとうに、全くの素で。
ともあれそんな、ディナーの間中ずっと誰かが祝辞を語ってる“言語の国”、ジョージアで聞いた、ほのぼのと心温まる民族の慣用句・諺を、あと少しお伝えしたいと思います。
「チーズとパンとワインだけ。しかし温かい心も」
-来客への至らぬもてなしを、主人がわびる、謙遜する際に、よく使われる言葉。
「私たちは分刻みの世界の客だ。留まる人もあり、去る人もある」
-一期一会の出合いを大切にしなさい、という教え。
「水の中で溺れるよりもワインの中で溺れる人のほうが多い」
-ドイツにも同じ諺がありますね。
「礼儀は市場では買えない」
-しっかりした教育が大切、の意。
「愛は我々を高める」
-12世紀のジョージアの大詩人・ルスタヴェリの言葉。
そして
「お客様は、神様からのもの」-“お客様は神様です”とは全く、似て非なるニュアンスがありませんか?
このコラムの読者に、もしソムリエさんやワインショップの方などがいらっしゃれば、明日の接客時、このジョージアの慣用句、思い出されてみるのも悪くないかもしれません。
私の知人のソムリエには、「この言葉を念じながらワインを注ぐと、ワインがより美味しくなる気がする」と言う人も、少しいます。もしそうなら、ワイン以外にも、ジョージアに感謝する理由が一つ増えるのは、いいことじゃないですか?
(了)
今月の、ワインが美味しくなる音楽:(ワインバーの売り上げがアップ?)
クワイエット・サンバのセクシー余韻
へヴィメタルだけがロックじゃないように、カーニバルのアッパー音楽ばかりがサンバじゃない、のです。むしろアッパー・サンバは全体の中では少数派。実はボサノヴァも、サンバの中の一分野。しっとりとメロウで、ゆるりと脱力できるサンバの名曲は、無数です。通称クワイエット・サンバ。中でも近年の最高傑作は、ブラジル音楽の大御所作曲家、ドリヴァル・カイミの名曲を、カエターノ・ヴェロ-ゾ、ナナ・カイミら現代の神様級アーティストがカヴァーしたこのアルバム。ゆったりとスロー&メロウ&セクシーな、ヴァイオリンとクールなホーン・アレンジ、艶っぽいヴォーカルが奇跡的に融合。ここ2年ほどの間で出たブラジル音楽のアルバムの中でも金字塔的傑作であるだけでなく、秋の夜のワインを倍、美味しくしてくれる極上の媚薬です。
★V.A.『CAYMMI CENTENARIO』
今月の、ワインの言葉
『涙をワインに変えることは出来ないが、ワインが涙に変わることはある』-ドイツの諺
寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。
- PREV ドイツワイン通信Vol.59
- NEXT ドイツワイン通信Vol.60