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ドイツワイン通信Vol.59

生産年の概要2015-2010

 今年もはや8月末である。ドイツのラインヘッセンでは22日に今年の濁り新酒フェーダーヴァイサー用のブドウの収穫が始まった。オルテガやソラリスといった、毎年真っ先に収穫される早熟交配品種である。収穫量は今年蔓延しているベト病の影響で少なめだそうだ。

 ベト病はドイツでは「ペロノスポラ」とか「うどん粉病もどき」(falsche Mehltau)などと言われるカビの一種で、花芽について結実を阻害したり、葉に白っぽい油染みのような斑点をつくり光合成を阻害したりする。今年はドイツ各地で蔓延しており、特にビオ農法を採用している生産者にとって深刻な問題となっている。というのは、ベト病に効く物質はビオ農法ではボルドー液(亜硫酸銅溶液)しかないが、ドイツのビオ農法のブドウ畑では銅のヘクタールあたりの年間散布量は3kgまでに制限されている。今年は特例で4kgまで上限が引き上げられたが、それでも足りないと、2013年にビオ農法への利用が禁止されたカリウムホスホン酸(Kaliumphosphonat)を再認可してほしいとの声が高まっていた。カリウムホスホン酸はボルドー液に添加することで抗菌効果が強まるのだが、効果が強いため農薬に分類されてビオ農法で使えなくなってしまった物質である。人体への影響は無いそうだが、自然由来ではなく工業的に生産される物質であることも、EUの担当部署から再認可が下りない理由のようだ。

 ビオ農法以外の減農薬農法や在来農法では、銅以外の化学合成物質でベト病などに対処可能で、カリウムホスホン酸も使えるため事態はビオ農法の生産者ほど深刻ではない。土壌に蓄積し微生物に影響する銅を、少量であれ使うことに抵抗を感じるから在来農法に留まるのだ、という生産者の話も聞いたことがある。試練の年となった今年、やむをえずビオ認証を返上する生産者も出るかもしれない。

 8月に入って天候が持ち直したことから、カリウムホスホン酸の再認可の話はひとまず落ち着いたようだが、夏場に雨の降るドイツのビオ農法の難しさを、今年は再認識させる生産年となった。現在ドイツのブドウ畑の約8%がビオ農法で栽培されているが、今後もさらに増えるかどうかは微妙なところだ。

ドイツワインのヴィンテッジ情報

 過去の生産年を振り返ってみると、2012年にもザールのエゴン・ミュラーが、ベト病の蔓延でビオ農法に転換中だったシャルツホーフベルクの畑で認証をあきらめて、農薬を散布したことがあった。ブドウ栽培が天候に左右され、ワインの質と量にも大きく影響することはよく知られているが、私の知る限りでは日本語によるドイツワインのヴィンテッジ情報は、近年は断片的なものがほとんどで、まとまったものがなかったと思う。そこで以下に昨年2015年から2010年までを要約した。とはいえ、13生産地域を個々に取り上げることは手に余るので、手元にある通時的で信頼のおける情報として、ジャン・フィッシュとダヴィッド・ライヤーが年に3~4回発行するニュースレター「Mosel Fine Wines」(www.moselfinewines.com)のヴィンテッジレポートをもとに、モーゼルの状況を紹介する。モーゼルはドイツの中でも冷涼な産地ではあるが、ドイツ南西部に集中するワイン生産地域の、各生産年における天候の推移(寒暖・降水量)の全体的な傾向はおおむね共通しているので、ドイツワイン全体の状況の一例として見ることも出来る。

天候の推移とワインの個性への影響

 各生産年のワインの特徴は、周知の通り展葉の時期の早い遅い、開花時期の早さと長さ、夏の天候の推移、収穫時期の状況によって左右される。その影響の出方についての私の理解は以下の通り。

・展葉はブドウ樹の一年の活動開始を示す目安であり、その後の天候の推移にもよるが、展葉の時期が早ければ開花の時期も早くなり、遅ければ遅れる。そして開花の時期は収穫までの成熟期間の長さを左右する。

・次に開花が早ければ収穫までの成熟期間が長期間になり、そのぶん完熟まで時間的余裕が出来るとともに、ゆっくりとエキストラクトやアロマが蓄積される。反対に開花が遅ければブドウの成熟も遅れる。気温が高くなれば成長速度も上がって平年に追いつくこともあるが、一般に酸度が高い生産年になりやすい。また、開花時期の雨や寒さによる花震いで結実する実が少なければ、ヘクタールあたりの収穫量が自然に減って凝縮感のある味わいになる。開花期間の長短に関しては、開花が長期間にわたって続くと成熟度合いにばらつきが出て、収穫期間も長くなる。逆に開花が一気に進むと果粒の大きさが均一になり、一様に成熟がすすんで「明るい」味になるという説もある。

・夏の天候の推移に関しては、低温ならば酸度が高くなり、高温なら糖度が上がる。降水量が多ければエキストラクトが吸収・蓄積されやすく、逆に渇水状態だとブドウが自分を守ろうとして成熟速度が落ちたり、収穫後のワインに不自然な熟成香が出やすくなる。これはブドウのストレスによると言われている。夏に晴天が続いた生産年だと味わいも晴れやかに、雨が多かった年だと陰気になるという説もある。

・収穫期の状況については、ブドウの成熟状況と気温の高低、それに降水量の多少が左右する。温暖化の進んだ近年は、収穫期の雨と暖かい気温がボトリティス菌をはじめとするカビの繁殖を促す場合が多く、完熟をどこまで待つか、どのタイミングで収穫するかについての生産者の判断が、ワインの質と個性を左右する。2010, 2013年のように酸度が高い年は、辛口は除酸処理を行ったり、マセレーションを長時間行って酸味の角を丸めたりと醸造過程で操作を行うことが多く、生産者の技量が問われる。

 以下で参照したMosel Fine Winesの生産年の状況は収穫翌年の6~7月、つまりベーシックなランクの新酒のリリースが一段落ついた頃に発表されたものである。それぞれの生産年のワインは現在ではそれなりの熟成期間を経ているため、ワインの印象も甘味がやや後退して個々の要素が調和するなどの変化があるはずだ。

 かつては1971年や1976年など、果汁糖度が高かったり貴腐ワインが多く収穫された年を「当たり年」などと称したものだが、1989年以降毎年完熟するようになってからは、あまり言わなくなった。むしろ熟しすぎて辛口に醸造した場合アルコール濃度が高くなりすぎることと、酸度が不足することを嫌う傾向がある。また長期熟成能力は果汁糖度だけではなく、ブドウ畑のポテンシャルと生産者の手腕が左右する。生産年の優劣を考える前に、目の前の一杯のワインからそれぞれの生産年に思いを馳せつつしみじみと味わいたい。

 

 モーゼルのヴィンテッジ情報2015~2010

 2015

展葉:平年並みの冬の後、展葉は4月末に始まった。

開花:立地条件の良い畑は6月中旬(例年より1~2週間早い)、冷涼な畑は6月下旬。5月は非常の暖かく乾燥していたので開花が早まったが、6月中旬から天候不順となり一部の畑で開花が遅れた。

夏の天候:2003年を思わせる非常に暑く乾燥した夏で、若いブドウ樹は渇水ストレスに見舞われた。猛暑はブドウの成熟を若干早め果皮を厚くした。8月下旬から9月上旬にかけて待望の雨が降り、ブドウの成熟を助けた。

収穫期:9月中旬から下旬にかけて雨がちで、カビの広がる兆候が見られたが、気温が低かったため急速には広がらなかった。一方で酸度は高めで推移した。

10月は好天に恵まれ、乾燥して涼しい日(最高気温18~20℃)が続いた。急速に成熟が進むこともなく、健全な房を選りすぐりながら収穫することが出来た。

一部の畑で開花が遅れたにもかかわらず、果汁糖度は2005年のような成熟度に達した畑が珍しくなかった。しかし10月の低温のおかげで2011年や2003年のように極端に果汁糖度が高くなることはなかった。長期間に渡る開花で、多くの生産者が軽めのカビネットからアウスレーゼまで様々なタイプのワインを醸造出来た。酸度は9月末の時点で約12~13g/ℓと高く、10月末まで9~10g/ℓに留まったが、これは2010年ほど高くはない。

ワインの個性: 熟した果実とクリスピィな酸味の組み合わさった、個性のはっきりしたワイン。ルーヴァーとザールはやや酸味が目立つ。厚くなった果皮のタンニンと酸味でしっかりとした味わいの辛口も。

(参照:Mosel Fine Wines, No. 31, Jun. 2016.)

 

2014

展葉:非常に暖かい冬の後で、展葉は平年より約三週間早く4月初旬に始まった。4月末にザールのヴァヴェルンWawern周辺で雹が降り深刻な被害を与えた。

開花:乾燥して暖かい天候で、開花は平年よりも2~3週間早く5月末に始まり6月中旬に完了。スムーズかつ均一に進行した。

夏の天候: 雨が多く冷涼で、7月と8月は平年の約2.5倍の雨が降ったが、地区によって大きな差があり、ザールは例年よりも少なく、中部モーゼルから下流にかけては多かった。8月の冷涼な天候は春先から早めに進行した成熟をペースダウンさせた。ドイツ南部のバーデンからラインヘッセにかけては、成熟した赤ワイン用ブドウの果皮に穴をあけて産卵するオウトウショウジョウバエの被害が深刻な問題となった。

収穫期: 9月は晴れ間が多く、降水量は例年の半分ほどだったが、気温は平年より1.5℃前後高かった。これはブドウの成熟を促進し、糖度は上昇し酸度も平年並みに下がった。開花が早かったので収穫も早く、リースリングを9月末から早々に収穫しはじめる生産者もいた。

10月7~8日に降った大雨で状況は一気に悪化した。水を吸ったブドウの熟して薄くなった果皮が破れ、ボトリティス菌や酢酸菌による腐敗が広がった。10月前半はとりわけ夜間も暖かかったことが被害の拡大を招いたが、他の地区よりも冷涼なザールとルーヴァーは相対的に落ち着いていた。

大半の生産者は出来るだけ急いで収穫し、収穫作業者を大幅に増員してスピードを上げた生産者もいた。中には天候の回復を期待して10月中旬以降も房を残し、貴腐ワインの収穫に成功した生産者も。

ワインの個性:降水量と生産者の対応が様々で、ワインの仕上がりも多様となった。2011年のように熟して量もとれたという生産者がいれば、1994年のように酸味が目立ちつつボトリティス菌の影響のあるワインだという生産者や、2006年のように過熟した果実にボトリティスのヒントが多かった年に似ているという声もある。2000年のように難しい年だったという者もいれば、1998年のようにクリスピィで複雑で軽やかという人もいる。(個人的には酸味とミネラル感が持ち味の、やや影のある生産年だと思う。)

(参照:Mosel Fine Wines, No. 28, Jun. 2015.)

 

2013

展葉:過去30年間で最も寒い冬が3月上旬まで続いたため、展葉は例年より遅く4月末に始まった。

開花:ヨーロッパ各地で5月から6月中旬にかけて大雨と洪水に見舞われ、ブドウの開花は6月末と平年より約3週間遅れた。結実不良も多く収穫量は減った。6月20日モーゼル中流で雹が降り、これだけで例年比約20%の損失となったが、開花前だったのは不幸中の幸いだった。

夏の天候:7月と8月は好天に恵まれ、ヴェレゾンは8月末に約3週間遅れて始まった。この間の天候の回復が辛うじてこの生産年を救った。

収穫期:9月は冷涼で気温があがらず、ブドウの成熟の遅れはなかなか取り戻せなかった。9月8日と9日に大雨が降り、10月上旬、特に4、5、14日に大雨が降ったのを契機にボトリティスと腐敗が急速に広がり、酸度が高い状態で傷んだブドウが多かった。

多くの生産者は10月17~21日にかけて収穫を開始したが、その当時酸度はかなり高かった。23~26日に再び雨が降って気温が上がり、酸度が下がるのを待っていた生産者のほとんどが例年より急ピッチで収穫を終えた。11月初旬にも雨が降ったが、その後も完熟を待ち続けた生産者も若干いる。

ワインの個性:酸度が高くエキストラクトが豊富なワイン。除酸処理や残糖を多めに残すことでバランスをとっていることが多い。辛口には若干難しい生産年で、オフドライから甘口に見るべきものがある。

(参照:Mosel Fine Wines No. 25, Jun. 2014)

 

2012

展葉:3月は非常に暖かかったため展葉は平年より早かった。

開花:5月、6月と雨が多く冷涼で花震いが多く、収穫量はこの時点で10~20%減が見込まれた。

夏の天候:7月と8月の気温は平年並だったが、降水量は平年の50~100%増しで7月5日にはルーヴァー川が氾濫した。ペロノスポラが蔓延し、ザールのエゴン・ミュラーはビオへの転換を諦めて農薬を使用せざるを得なかった。

収穫期:9月の日照時間と気温は平年並みだったが降水量が少なく、その結果月末には2011年と同程度まで果汁糖度は上昇したが、酸度は高いままで推移した。10月前半は所により大雨が降ったが、14日の大雨を最後に11月上旬まで好天が続いた。しかし夜間の気温が低く酸度はなかなか下がらなかった。

多くの生産者は10月8~10日に傷んだ房を取り除く作業を行い、15日から本収穫を開始した。花震いで房が少なかったこともあり速やかに終えた。10月26日にザールで気温が氷点下4~7℃まで下がり、早々にアイスヴァインの収穫に成功した生産者もいる。その後12月10日頃にも厳冬となり、2012年12月12日にもアイスヴァインが収穫された。

ワインの個性:花震いで収穫量が低く、冷涼な天候でボトリティス菌が繁殖しにくかったので、2004, 2002を思わせるフレッシュかつクリーンでエキストラクトが豊富なタイプが多い。

(参照:Mosel Fine Wines No. 22, Jul. 2013)

 

2011

展葉:平年並みの冬の後、4月は非常に暖かく乾燥していたため4月20日頃に展葉が始まった。5月上旬にドイツ各地で遅霜があり、モーゼルでも若干の被害を受けた。

開花:4月に続き5月も好天が続き、開花は5月末に一部で始まり、6月5日に大半で開花した。これは平年よりも約3週間早い。

夏の天候:6月と7月はやや冷涼で平年並みの気温で推移した。6月に若干雨が降ったが全体として降水量は少なかった。早期の開花とあわせ、1811, 1911は偉大な生産年だったことから、2011にも期待する声があった。8月26日にモーゼル中流で局地的に雹が降り深刻な被害があった。

収穫期:9月は晴れ間が多く暖かかったため、果汁糖度は2005, 2006, 2007よりも高く、酸度も8月末の時点で既に低かったがさらに減少を続けた。

9月の雨は7, 11, 18日の三日だけ強く降り、既に熟して薄くなっていた果皮を破り、夜間の高温と相まってボトリティスの繁殖を促した。しかし暖かく乾燥した天候が11月末まで続き、ボトリティスや酢酸菌による腐敗は抑制され、ストレスの少ない理想的な収穫となった。

ワインの個性:完熟した収穫のアロマティックで複雑なワインが多いが、酸がやや大人しく感じられるものもある。

(参照:Mosel Fine Wines No. 19, Jul. 2012)

 

2010

展葉:2月まで氷点下の寒さが続いたが、3月と4月は暖かく乾燥し、4月末頃に展葉が始まった。

開花:5月上旬から5週間寒い雨が続き、ブドウ樹の成長を全体的に遅らせた。開花は6月下旬に始まり、前年の2009年より10日ほど遅れた。6月中旬に雨は上がったが気温はわずかずつしか上昇しなかったので、立地条件の良い畑では花震いで収穫量が減った。立地条件にそれほど恵まれていない畑では開花の条件は良く、スムーズに完了した。

夏の天候:6月末から7月中旬にかけて非常に暑い日が続いた。6月は降水量が少なく樹齢の低いブドウ樹と立地条件の良い畑で渇水ストレスが観察されたが、7月中旬の雷雨でモーゼル中流では水不足は解消された。7月末まで好天が続き成長の遅れを取り戻した。8月は雨がちで寒く、降水量は平年より35%多く、平均気温は2009年より2℃も低かった。9月も同様に寒く雨がちで、晴れ間と驟雨が交互に訪れた。

収穫期:冷涼な8月にもかかわらずリースリングは良く熟した。8月9月の湿った天候でボトリティス菌が早い時期から繁殖した。カビの一種であるボトリティス菌がつくと菌糸が果皮に穴をあけて、そこから水分が蒸発するので果汁糖度が高くなる。9月末に大雨が降り、ブドウの成熟がすすんだ立地条件の良い畑ではボトリティス菌が急速にひろがった。糖度と同時に酸度も凝縮されるとともに花震いで減った収穫量をさらに減らした。

10月3日以降は雨があがり、曇りがちで気温は低かったがブドウを乾燥させ、糖度は上昇しなかったが酸度は下がった。10月22日にドイツ各地で最低気温が氷点下に下がり、ブドウ樹はことごとく落葉して光合成がストップし、糖度はそれ以上あがらなくなった。

11月6日頃まで雨は降らなかったが、その後天気が崩れて気温が上昇した。11月29日に寒波が襲い、氷点下10℃に達した地区ではアイスヴァインが早々に収穫された。

ワインの個性:いまだかつてないほどエキストラクトと糖度と酸度が高レヴェルで凝縮した年。酸度が非常に高かったが辛口からオフドライも生産され、多くの場合除酸処理(炭酸カルシウム、ドッペルザルツ法が主で一部乳酸発酵)が行われた。収穫時期には最悪の生産年という評もあったが、現在は非常に楽しめるワインの多い年である。

(参照:Mosel Fine Wines No. 16, Jul. 2011)

 以上、ご参考になれば幸いです。

(以上)

 
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