ファイン・ワインへの道vol.1
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寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
たぎるギリシャワイン・ルネッサンス。 現地マスター・オブ・ワインが愛する生産者は?
ブラジルのボサノヴァが、アメリカの(権威が確立された)王道ジャズより劣る、ニッチな音楽・・・…、などと考える人は現在、ほとんどいないように思います。両者、対等どころか、ジャズにない偉大な魅力がボサノヴァにあったりしますね。
ギリシャワインとフランスワインの関係も、少しこの関係に似てきたとさえ思えます。完全に権威が確立したフランスワイン(その権威の担い手の中には今やかなり裸の王様が、との話はさておき)に対して、ギリシャワインはまだまだ、ちょっと目先の変わった、珍奇でニッチな辺境マイナーワイン、または垢抜けない観光客のお土産ワイン・・・・・・、てなイメージでしょうか??
20年ほど前までは、そのイメージも正しかったでしょう。
でも、世界は、変わる時は急速に変わる。
それがまさに、今のギリシャ。先日来日したギリシャ人マスター・オブ・ワイン、コンスタンティノス・ラザラキス氏と共に、試飲とディナーの機会を得て、その確信がさらに深まりました。
上質の日常消費ワインという域をはるかに超え、仏、伊の最高峰自然派ワインに迫ると共に、全ヨーロッパのトップクラス・ワインにさえ数えるべき、輝かしい深みと奥行き、鮮烈な生命感、ソウル・ヴァイブレーション力を持つワインに多数、出合えたのです。
それは3500年を越える歴史の中、一度もフィロキセラに犯されてないサントリーニ島の、樹齢100年の古樹の力なのか。同島の貧しい土壌が自然に生む平均収穫量15hl/haという、ドメーヌ・ルロワなみ、ボルドー1級シャトーの1/3ほどの驚異的低収穫ゆえなのか。
基本的に極度に乾燥した気候ゆえの、ビオロジック栽培の容易さゆえなのか。またはギリシャ全土で150種を容易に越えるといわれる固有品種ブドウの魔力なのか・・・・・。
ちなみに、サントリーニ島がフィロキセラを免れたのは、フィロキセラ繁殖に最低限必要な5%の土壌中粘土が、島になかったから。島の土は基本粘土0%の火山性土壌となる。
ともあれ、この日のディナーにラザラキス氏が満を持し厳選した8種のワイン、および試飲38種のワインの中で、特に傑出していたのが以下の4種でした。
サントリーニ2015(ガヴァラス・ワイナリー)
ギリシャの白の最重要ブドウ品種の一つ、アシルティコ100%。ピュアで格調高いミネラルの奥に、若い柿や枇杷を思わせる引き締まった酸。ちなみにこのブドウ品種、先日来日したジャンシス・ロビンソンも、注目すべき世界の土着品種の一つとして推薦していました。
エフラノール2011(ドメーヌ・スクラヴォス)
鮮烈で勢いあるライム、ハーブ、シトラスのアロマと、澄みきった純粋な果実味。高貴かつ妖艶、やや官能的でさえある酸とミネラルの奥行きは、スリムに引き締まったグランヴァンの域。亜硫酸添加も、この日のワインで最も少なく感じられたものの一つでした。
テオペトラ・エステート マラグージア,アシルティコ2015(チリリス)
白い花、刈りたてのハーブ、青リンゴなどの、勢いあるアロマ。筋肉質とさえ思えるほどの豊かで格調高く、緻密な酸とミネラルが圧巻。こちらも亜硫酸添加、極少量。おおらかでイキイキと伸びやかな表現力は、ギリシャ自然派の最良の部類の一つとも思える域。
アルファ クシノマヴロ レゼルヴVV2012(アルファ・エステート)
クシノマヴロは、ギリシャの最重要赤ワイン用固有品種の一つ。涼しいミントとハーブ、優しいスパイスのトーンあるアロマ。どこかピノ・ノワールに通じる高貴な酸とセクシーな奥行きは一瞬、モレ・サン・ドニの上級品のようなニュアンスさえ感じられました。
その他、ラザラキスM.W.がディナーに持参したのは以下のワイン。
マンティニア・チェレポス2015(オイノポティキ)
マラグシア2015(アヴァンティス・エステート)
タラシティス2015(イエア・ワインズ)
ドメーヌ・メガ・スピレオ2010(ドメーヌ・メガ・スピレオ)
ラムニスタ2012(キリ・ヤーニ)
サモス・ネクター2009(サモス共同組合)
ここで、自然派ワイン・ラヴァーなら「おかしいぞ!!」と思うはず(私も思いました)。ギリシャ自然派の最高峰、ドメーヌ・ハツィダキスが何故ないんだ、と。もちろん、尋ねましたよ。その訳を。答えは、
「今回、手配が間に合わなかった。でも、私は自分用にハツィダキスのほとんどのキュヴェを各2ケースづつ、ほぼ全ヴィンテージ購入している。あの造り手は、特別な造り手だからね」とのこと。
この話を聞き、このM.W.への信用度がさらに増した人も、いるかも知れない。(かく言う私もその一人)。
ちなみにラザラキスM.W.、ギリシャ人らしい飾らず気取らない素朴な人で、ディナーでは色々と歯に衣着せないコメントも、次々に。
「ギリシャはまさに、固有ブドウ品種のジュラシック・パーク。品種が判明しているもので150種類。特定されてない謎の品種で、現在研究とDNA鑑定が進められているものが別に150種ある」とのオフィシャルな話以外にも、
「モダン・スタイルのボルドーは、もう個人的には飲めない」とか。
また「ワインの個性がマーケティングや会計士によって決められる国のワインではなく、ギリシャ人は各家庭の職人気質がワインを造る」。
「ギリシャワインを味わうことは、本質的に一つの探求を意味し、それはワインの多様性を支持する行動でもある」との、なかなかに哲学的名言も飛び出しました。
そんなラザラキスM.W.に、ギリシャワイン以外で、自分自身の楽しみのためにプライベートで飲む赤ワインを3本、尋ねたところ、
1:自然派ボージョレ(イヴォン・メトラ、マルセル・ラピエールなど)
2:オーストリアの自然派ブラウフレンキッシュ(ハインリッヒなど)
3:クラシック・スタイルのリオハ
とのこと。
ともあれディナーの最後に、「ギリシャワインを、単にちょっと目先の変わった、ユニークで物珍しいワインと見なすのは、既に失礼ですよね。ギリシャのトップ生産者のワイン、既に全ヨーロッパの中でも屈指の“ファイン・ワイン”そのものですよね」と感想を語ると、
「そう! まさにそこなんだぁ!!」とぶ厚い手で、ドカンと大きな音をたて、ザ・リッツカールトンのテーブルを、M.W.は叩いてくれました。
(了)
今月の、ワインが美味しくなる音楽:(ワインバーの売り上げがアップ?)
(クリック一つで試聴してもらえるネットの利器を享受していただければと思います)
キューバ版ボサノヴァ、フィーリンの妖艶。
キューバにも、しっとりメロウなバラードがあるのです。イケイケのアッパー音楽ばかりがキューバ音楽じゃないのですよ。中でも“キューバ版ボサノヴァ”とも言われるレイドバックした、スタイリッシュなジャンルが、人知れず1960年代には確立していたのです。「フィーリン」と呼ばれるこのジャンル、カリブ海ハバナの熱帯・深夜の甘く妖艶な空気感と、心地いい湿度感をそのまま音にしたような、どうにもクール・セクシーな音が悩殺的。奥の奥で、不思議と上質ピノ・ノワールのアロマに通じる官能性さえ匂う音。ワインに・・・・合わない訳がないと思います。
このアーティストは近年、キューバの若手女性ヴォーカリストの中でも最注目の美声の持ち主。夜更けのワインバーでこんなCDがかかり始めたら・・・・・、おかわり1、2杯では終わらない、はずです。
★アイデー・ミラネス「PALABRAS」
今月の、ワインの言葉
本文とは直接関係ありませんが(深いところでは繋っていますが)、毎月ワインにまつわる名言を、シンプルにご紹介できればと思います。
『ワインとは、光である』-レオナルド・ダ・ヴィンチ
寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。
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