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ドイツワイン通信Vol.57

ドイツワインの現在

―ワインズ・オブ・ジャーマニー・ジャパン主催セミナーをめぐって―

 先日、今年再開されたドイツワインの広報団体DWIの日本支部、ワインズ・オブ・ジャーマニー・ジャパン(以下WOGJ)の主催で「New German Wine Stories-新しいドイツワインの物語が始まる」と題したセミナーが開催された。講師はロマナ・エヒェンスペルガーMW(マスター・オブ・ワイン)と、大橋健一MWの二人。ドイツでソムリエの経験の長いエヒェンスペルガーさんと酒販業を営む大橋氏が、それぞれの視点からドイツワインの現在を2時間にわたり語った。

  セミナーは二部構成で、前半はエヒェンスペルガーMWが以下の項目を挙げ、大橋MWがそれを補足する形で進行した。

(1) Trends, Facts & Figures of the German Wine Industry (統計とキーファクター)

(2) Try Dry & the other Grapes of Germany (ドイツの辛口系品種への指向)

(3) The organic movements in Germany (ドイツの有機栽培への動き)

(4) Pinot Noir. The rise of German Spätburgunder (シュペートブルグンダーの台頭)

  会場の八芳園の会議場は約100人前後の参加者で埋まり注目の高さを伺わせた。本稿ではそれぞれのテーマについて、セミナーの内容を整理しつつ、背景となる情報を私なりに補足しながらお伝えする。

 

 (1) Trends, Facts & Figures of the German Wine Industry (統計とキーファクター)

  ドイツには13のワイン生産地域があり、それぞれ気候、土壌、栽培されている品種の割合が異なる。例えば南部のバーデンではピノ・ノワールが最も広く栽培されていてブドウ畑の35% (2014年)を占めている。東部のフランケンではジルヴァーナーが栽培面積の23%を占める。他の産地では酸がきつくなりがちなこの品種は、フランケンの大陸性気候の夏の暑さで酸が穏やかになる。北部のモーゼルではリースリングが61%を占め、ミッテルライン(67.1%)やラインガウ(78.6%)でも盛んに栽培されている。粘板岩土壌と冷涼な気候によるタイトな酸味が甘味やエキストラクトと調和して、辛口から甘口まで多様なスタイルを生み出している。

  ブドウ品種に注目すると、ドイツ全体では白ワイン用品種の栽培面積が64.9% を占める。 最も盛んに栽培されている白ワイン用品種はリースリング(22.9%)で、ミュラー・トゥルガウ(12.5%)、グラウブルグンダー(=ピノ・グリ、5.5%)、ジルヴァーナー(4.9%)、ヴァイスブルグンダー(=ピノ・ブラン、4.7%)と続く。リースリングは酸味が持ち味の品種として知られるが、その他の白品種、特にブルグンダー系品種とジルヴァーナーの酸味はマイルドなので、リースリングとその他の品種は相互に補完しあう関係にある。

  最も栽培されている赤ワイン用品種はピノ・ノワールで、ドイツ全体のブドウ畑の11.5%を占める。11,783haという面積はフランス、北米に次いで世界で3番目に広く、ドイツは隠れたピノ・ノワール大国である。ピノ・ノワールの次に来るのはドルンフェルダーだが(8,015ha、7.8%)、この品種は冷涼な気候でも完熟し、収穫量が高く色の濃いワインが出来る。ピノ・ノワールは栽培の難しさから女優やサラブレッドに例えられるが、ドルンフェルダーは労働者、農耕馬であり、栽培が容易で手ごろな価格の日常的なワインがもっぱら造られている。

  ドルンフェルダー以外にポルトギーザー、シュヴァルツリースリング(=ピノ・ムニエ)、レゲント、レンベルガー(=ブラウフレンキッシュ)といった赤ワイン用品種が栽培されているが、メルロ(599ha、0.6%)、カベルネ・ソーヴィニヨン(359ha、0.4%)といった国際品種も増えてきている。これはドイツが世界最大のワイン輸入国でもあり、世界中のワインと競争しながらワイン造りが行われていることを反映している。

 

 (2) Try Dry & the other Grapes of Germany (ドイツの辛口系品種への指向)

  現在ドイツで生産されるワインの大半(66.6%, 2014年)が辛口か中辛口だが、日本を含むドイツ国外では「ドイツワイン=甘口」のイメージが根強いことに驚かされる、とドイツ人のエヒェンスペルガーMWは言う。彼女はフランケンのジルヴァーナーの将来性についてMW資格審査論文を書いていることもあってか、ドイツの辛口ワインのトレンドを紹介するにあたり、まずジルヴァーナーを例に挙げた。

  ジルヴァーナーはオーストリアから17世紀半ばにドイツに持ち込まれた品種で、栽培しやすく収穫量も高く、1970年代以降ミュラー・トゥルガウに取って代わられるまで盛んに栽培されていた。かつてはドイツの約3割のブドウ畑はジルヴァーナーだったという説もある。収穫時期はミュラー・トゥルガウの約2週間後で大体9月の下旬から10月上旬にあたる。

  酸味がマイルドに仕上がるフランケンでは、近年ジルヴァーナーの栽培が少しずつ伸びている。しかし1950~60年代まで主流だった、房が大きく果粒が密な高収量型のクローンは減って、房が小振りで果粒がばらけており、間引きが不要で風通しがよいため灰色カビが繁殖しにくく、しっかりした酸味と豊かなコクと芳香の高品質なワインが出来るプレミアム・クローンが増えている。

  この「ジルヴァーナー・ルネッサンス」とも言える状況は、醸造方法の変化にも現れている。90年代まではステンレスタンク、培養酵母、低温発酵といった人為的なコントロールを積極的に行った醸造が主流だった。しかし近年はコールド・マセレーションや野生酵母を用いたり、伝統的な木樽や卵型コンクリートタンクで発酵したり、白ワインではあまり行われてこなかった乳酸発酵を行ったりと、新しい醸造手法が積極的に取り入れられている。

  先に述べたとおりジルヴァーナーはリースリングよりも控えめな味わいの品種なので、日本で魚介類似合わせやすいドイツワインの品種を考えた時、エヒェンスペルガーMWやマルクス・デル・モネゴMWが真っ先に候補にあげた品種がジルヴァーナーだったそうだ。ジルヴァーナーと似ているのはヴァイスブルグンダーだ。やはりリースリングよりも酸味は穏やかで、日常的に消費する気軽なタイプからオーク樽で熟成した凝縮感のある複雑なものまで、多様なスタイルが造られている。シャルドネほどパワフルではなく、アルザスやマコンのピノ・ブランがテロワールの個性を明確に表現しようとしているの比べると、ドイツのヴァイスブルグンダーは控えめな印象を受ける。

  ドイツワインは以前からリースリングを高品質なワイン産地の証としてアピールしてきたが、日本市場への浸透は、残念ながら未だに限定的である。DWIでは6年位前からリースリングに次ぐ有力品種として「ピノ・トリオ」と称してピノ・ノワール、ピノ・ブラン、ピノ・グリをアピールしてきた。昨年はドイツワイン女王の来日にあわせて焼き鳥にピノ・トリオを合わせるセミナーを開催して手応えをつかんだようだが、今回リースリングではなくジルヴァーナーとヴァイスブルグンダーを辛口のドイツワインを紹介する際取り上げたのは、日本の嗜好を意識した賢明な選択だったように思われる。

 

(3) The organic movements in Germany (ドイツの有機栽培への動き)

  ドイツの有機栽培認定畑は2012年の時点で約7400ha、現在は約8000ha前後と推定され、ドイツ全体のブドウ畑の約8%に達している。2003年の約1700haから2008年には約4400haと急速に広がっており、世界的なトレンドと一致する。有機農法の生産者は1990年代までは変わり者扱いされていた。しかし現在は有機農法に取り組むのはプレミアムワインの生産者という認識に大きく変化した。

  有機栽培の基本は合成肥料、除草剤と化学農薬を使用しないことだが、とりわけ菌類病対策として在来農法で使われる浸透性の化学農薬は植物に吸収されると、樹液に乗って長期間体内に留まりブドウ樹全体を保護するが、残留農薬が収穫に残らないよう散布量と濃度に注意し、散布から収穫まで規定の日数をおかなければならない。農薬には浸透性の他に展着性の農薬があり、代表的なものがボルドー液だが、これは植物の葉や実などの表面について保護効果を発揮するが、散布にムラが出来たり雨で流されやすいという欠点がある。いずれにしても、有機栽培はボルドー液以外の化学農薬は使用せず、基本的に薬草や石粉などの自然素材から作った環境に影響の少ない物質を用いるが、それは植物を保護しても病気や黴を攻撃する効果は無いので通常の農薬よりも頻繁に散布する必要があり、ブドウ畑をよく観察して病害虫の被害が広がる兆候の段階で対処しないと手が着けられなくなる可能性もあって、在来農法の何倍もの手間を要する。

  それに加えてドイツでは夏のブドウの成長期に雨が降るため、南仏をはじめとする地中海性気候の産地よりも有機栽培は困難である。また、トラクターで走行出来るなだらかな斜面や平地に大半のブドウ畑があるファルツやラインヘッセンよりも、アールやモーゼルといった急斜面が多い産地はさらに大変な作業となる。急斜面にあるブドウ畑はヘリコプターやセスナで空中から農薬を散布することも出来るが、散布範囲が広くなるため村単位で行うことが多く、特定の畑や区画だけを避けるのは難しい。最近まで急斜面での有機栽培は困難とされ、農薬散布に抵抗するビオロジックの生産者が変わり者扱いされていたのにはそうした事情もあった。

  ではなぜ近年有機栽培に取り組む生産者が増えてきたのか。一つの理由は健全な土壌の重要性が理解されてきたことである。気候変動で猛暑と豪雨が頻繁になり、毎年のように新しい病害虫が発生したり、雹や霜の被害を受けたり、収穫期の高温多湿による黴や腐敗に悩まされることが増えてきた。土壌が健康で十分な有機物質を含み、ブドウ樹が健康であればそうした極端な気候条件にある程度耐えることが出来る。また健康な土壌で育ったブドウから品質の良いワインが出来るということが一般に認められてきた。

  もうひとつエヒェンスペルガーMWが語った興味深い話がある。浸透性農薬を吸収したブドウ樹はショックを受けて生理的成熟が停止する。その一方で糖度はあがり続ける。しかし有機栽培では生理的成熟は止まらないのでブドウは早めに完熟し、果汁糖度は低く酸度は高い状態で収穫可能になり、その結果辛口に仕立ててもアルコール濃度が低めになる。また、酸度が高いことで有害なバクテリアの活動が抑制されてクリーンな発酵を行うことが出来、亜硫酸の添加量も抑えることが出来るのだという。これらの条件は白ワインのマセレーション発酵や亜硫酸無添加醸造など、実験的な醸造を行う場合にも重要な条件となる。

  有機栽培の基本となる認証は公的なEU有機認証だが、その他にも民間の有機農法認証団体がある。代表的なものはECOVIN、Bioland、Demeter、Naturlandの4団体で、このうちECOVINはワイン生産者を専門としており、メンバー数は246を数えるドイツ最大のビオワイン認証団体である。Demeterはビオディナミ認証団体で現在のメンバー数は47。BiolandとNaturlandは農業全般の有機農法を対象としている。この他にもオーストリアの醸造所を中心にしたビオディナミのワイン生産者団体Respekt、サステイナブルな農法をも含め持続可能性のあるワイン造りを推進するドイツのFair’n Greenが活動している。

 

 (4) Pinot Noir. The rise of German Spätburgunder (シュペートブルグンダーの台頭)

  今回のセミナーで最後に取り上げられたテーマはピノ・ノワールだった。「ゼロからヒーロー」になった品種、とエヒェンスペルガーMWは表現した。1964年は1,839haだった栽培面積は2014年には11,783haに拡大し、気候変動に伴う温暖化とともに、この20年間のブドウ栽培・醸造技術の見直しで品質が大幅に向上している。

  ドイツはピノ・ノワール栽培の歴史が長く、8世紀からという説もあるが、おそらく12世紀にシトー派のエーバーバッハ修道院がラインガウに設立された当時から栽培されている。1980年代までは収穫量の増大を目指したドイツ産クローンが主流だったが、1980年代半ばころからブルゴーニュスタイルを目指す生産者が登場し、1990年代からアール、フランケン、バーデン、ファルツ、ラインヘッセン、ラインガウで高品質なピノ・ノワールを造る一部の生産者が注目を集めるようになった。2000年代に入ると国外で赤ワイン醸造のノウハウを学んだ若手醸造家が増える一方、温暖化も後押しして全般的に品質が向上した。ドイツ国内で国産ワイン、とりわけ辛口リースリングが見直され、ドイツワインの辛口グラン・クリュ「グローセス・ゲヴェクス」や「エアステス・ゲヴェクス」が登場し、高品質なワインはテロワールを表現した辛口という認識が浸透した。やがて2010年頃から海外でもドイツ産ピノ・ノワールが注目されるようになって来ている。

  ピノ・ノワールは生産地域の個性を明確に反映する。旧西ドイツ最北の生産地域で粘板岩の急斜面があるアール渓谷では、スモーキーな香りにフレッシュな酸味とラズベリーのヒントが特徴で、これは粘板岩土壌のラインガウにも通じる。一方でドイツ最南部を含むバーデンでは、アタックが控えめでハーブのニュアンスと清涼感のある酸味を感じることが多い。温暖な気候でバーデンと同じくフランスとの国境に接しているファルツにも石灰質土壌があり、高品質で充実したピノ・ノワールにしばしば出会う。またフランケンやファルツ南部の雑色砂岩土壌でも独特の華やかさを持つピノ・ノワールが造られている。この多様さがドイツのピノ・ノワールの魅力だ。「ドイツのピノ・ノワールは日本ではまだあまり知られていないが、驚くほど素晴らしいものが沢山ある。今後1年間で日本でも優れた生産者が脚光を浴びるようになるのではないか」と大橋MWは指摘した。

  以上の前半に続き、後半は両MWがセレクトした8種類のドイツワインを試飲した。それぞれドイツワインの現在が象徴的に現れていて大変興味深かったが、長くなるのでここでは割愛する。    

ドイツ本国のDWIでもセミナーを担当するエヒェンスペルガーMWの解説は学ぶことが多く、あわせて大橋MWを起用したことで、日本国内の注目度は上がったことだろう。今後同様のセミナーが各地で開催されることを期待したい。

  WOGJが主催するドイツワインセミナーは恐らく今回で3度目になるが、いずれも業界関係者を対象としており、セミナー受講者も限られていた。もちろん、会場のキャパシティからも参加者数が限られるのはやむを得ないところだ。でも、せっかくそれなりの予算をかけて行ったであろう、そして講師もスタッフも準備に相当な時間をかけたであろうセミナーを、確かにそれなりの成果はあるにしても、ただ一過性のイヴェントとしてやりすごしてしまうのはとてももったいないと思う。公式サイトで内容をレポートして、レジュメをPDFでダウンロード可能にしてはどうだろうか。一般にワインに関しては情報と知識の拡散が販売促進に欠かせないことは周知の事実。過去数年にDWIが主催したプレスツアーの掲載記事もPDF化して公開すれば、「ドイツワインの今」を広く伝えることになるのではないか。またÖchsle.TVでDWIが作成した動画の日本語字幕版もあるといい。

  さて、日本の「新しいドイツワインの物語が始まる」かどうか。WOGJの今後の活動によるところは大きい。

(以上)

 北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。


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