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合田玲英のフィールド・ノートVol.39

公開日: : 最終更新日:2016/04/28 ライブラリー, 新・連載エッセイ, 合田 玲英のフィールドノート

Vol.39

 ロアーニャがこの3月、ついにお披露目の運びとなった。大聖堂のようなカンティーナや、雑草に覆われた斜面の畑の様子は、いつ見ても何度見ても圧倒的で、尋常ではないワインへの情熱を感じる。最上級キュヴェのクリケット・パイエは、イタリアで一番高いワインになってしまったし、一見すると大きすぎる地下セラーは人によっては余計なことを勘繰ってしまうかもしれない。けれども、ワインにはそれらを納得させるだけの力がある。クリケット・パイエで8年、ヴェッキエ・ヴィーティ シリーズで5年の樽熟成を要し、それらを安静に寝かせるためのセラーは、広いが余計なものは何もない。醸造のことも考えあわせ、可能な限り重力での作業を行うために、フォークリフトで階層を移動できるようにもなっている。ブルゴーニュやシャンパーニュの古い石造りの地下セラーとは趣が違うけれども、ぼくが初めて見たときは、「ここまでやるのか」と、細部まで計算された造りに感動した。シャンパーニュ・マルゲを訪問しても感じるのだが、資金力や設備のある生産者が、望ましいワイン造りのためにお金を惜しまないことは、一消費者として本当に嬉しい。
 一昔前のコンテルノ兄弟やブルーノ・ジャコーザの話を聞くたびに、タイムスリップして彼らのワインを飲めたらなと思うけれど、今この時代に生きて、ロアーニャのような生産者のワインが毎年新たにリリースされるのを目の当たりにするのも、またありがたいことだ。

 トリノが活動拠点のせいもあり、ピエモンテのワインに親しむことがこの2年間は多かったけれど、この3月はようやくブルゴーニュワインを一通り飲むことができた。知っての通りグラン・ジュール・ド・ブルゴーニュは、5日間にわたってブルゴーニュの各AOCの生産者が集う試飲会で、2年に1度催される。ブルゴーニュワインは正直あまり飲む機会もないし、敷居が高い気もするが、2年前のベッキー・ワッサーマン事務所主催のパーティで飲んだワインたちは今でも忘れることができない。そしてモーゼルのファン・フォルクセンでもランゲのロアーニャでも、人が集まればテイスティングが始まり、飲むワインはなぜかブルゴーニュワイン。試飲会場も各国語がとびかっていて、多くの関心が寄せられていることがわかる。

 顧客の趣味に合わせているのか、それとも生産者がそう望むのかはともかくとして、ピノ・ノワールは本当に変幻自在で、各ドメーヌそれぞれの味わいの違いがよく出る。でもそれらの多くはいわゆる低温発酵やセミカーボニックマセレーションされ、樽の香りが強すぎてバランスを欠いている。よくナチュラルワインのブレタノマイセス香や揮発酸の香りが槍玉に挙がり、テロワールの表現が出来ていないと言われるけれど、大きく言えばどちら側のワインも、結局は醸造の香りを強く感じさせてしまっているということ。なので揮発酸の香りやちょっとした還元香がナチュラルっぽくて好きというのも、新樽の香りが好きというのも大差ないし重要ではない。要は、頭を空っぽにして飲んで余計な考えが頭に浮かばず、美味しいと思えることが何より大事。そういう意味ではグラン・ジュールで試飲したコート・ドールのシャルドネは、どれも樽がきいていてバランスも悪くなく、酒質もしっかりしていてなんとなく美味しい。だけれど、何を飲んでも同じ味がしてしまって一つ一つの個性を見いだすことはできなかった。そしてどのシャルドネもなんとなく美味しい中で、コント・ラフォンのような生産者が飛び抜けて素晴らしいワインを造っていることだけが、コート・ド・ボーヌの魅力なのだろうか。

 でも今回の試飲会での一番の収穫は、ダヴィッド・モローのワインが素直で誠実なことに気づけたことだった。1日に何杯も試飲を重ねているさなかに、彼のワインを飲むと肩の緊張がほぐれた。他のワインよりも飲んだことも多く、親しみのある味だったからというのも大きいのだけれど、祖父母との間柄が強くて、人に優しいダヴィッドの性格がワインによく表れ出ていて、飲んでホッとした。と、試飲会の帰りにベッキー・ワッサーマン事務所のスタッフと話していると、「ダヴィッド・モローのワインを飲んですぐにこれは日本、ラシーヌが頭に浮かんだ」と返ってきた。実は、事務所の片隅におかれていたダヴィッドのワインを、ラシーヌ側が目ざとく見つけて試飲するという一幕もあったとか。ちなみに彼の造る、サントネー・キュヴェ・エスのSは、スペシャルという意味もあるが、ダヴィッドの祖母のシモーヌ(Simone)さんの名前に由来している。

 ブルゴーニュの2014年はセラーでの大量の選果が必要だったが、各畑の個性がよく表れた素晴らしい年だったと、ラシーヌ取り扱いの若手3生産者が口をそろえて言っていた。ダヴィッド・クロワは2013年もまた涼しすぎた気候のため、バランスがとれてくるまでに少し時間がかかるだろう、と言っていた。が、メゾン・カミーユ・ジルーのコルトン・シャルルマーニュは、ダヴィッド自身も彼が造った中で最高の出来だと自負していて、確かに味のバランスがとれていると言う以上に、清らかさを感じた。シルヴァン・パタイユは、周りがシャルドネにばかり注目する中でアリゴテに異常なまでの情熱を注いでいて、品種やクローン、畑や醸造環境の多様性が失われていくことへの問題意識が強い。これら3名の若手の生産者のワイン造りは、明らかに他とは違っていることが今回の試飲会で分かったし、彼ら以外にも情熱的な若手を発掘し続けるベッキー・ワッサーマン事務所の凄さもわかった。

 ブルゴーニュへ来るたびにワインサーチャーのベッキーへのインタビュー(http://www.wine-searcher.com/m/2014/07/q-and-a-becky-wasserman-hone)を読み返す。インタビューの最後の質問が自分のお気に入りだ。

Q : What gives you the greatest happiness?
A : When a wine is wonderful, to look at someone else who has also found beauty in their glass and there is no need for words or discussion.

 

Q : あなたの一番の幸せはなんですか?
A : 素晴らしいワインを飲みながら、他の誰かがそのワインの美しさをグラスの中に見出していて、言葉も議論もその場に必要ないとき。

 

合田 玲英(ごうだ れい)プロフィール
1986年生まれ。東京都出身。≪2007年、2009年≫フランスの造り手(ドメーヌ・レオン・バラル)で収穫≪2009年秋~2012年2月≫レオン・バラルのもとで研修 ≪2012年2月~2013年2月≫ギリシャ・ケファロニア島の造り手(ドメーヌ・スクラヴォス)のもとで研修 ≪2014年~現在≫イタリア・トリノ在住

 
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