『ラシーヌ便り』no. 125
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最終更新日:2016/06/01
定番エッセイ, 合田 泰子のラシーヌ便り, ライブラリー
no. 125
~スペインのワインと料理にぞっこん~
この春、新たにスペイン・ワインが入荷します。
Envinateエンヴィナテ Ribeira Sacra(ガリシア地方リベイラ・サクラ), Canaria(カナリア諸島)
Mandrágora Vinos de Pueblo/Cesar Ruiz マンドラゴラ・ヴィノス・デ・プエブロ/セザール・ルイス (シエラ・デ・サラマンカ)
Narupa Vinos (ガリシア地方リアス・バイシャス)
昨年のスペイン探訪で出会ったワインが、ようやく5月に入荷します。2013年の探訪以来、まだまだ面白い造り手がいそうだと思い立ち、情報収集を重ねてきました。その中で真っ先に訪ねて行ったのが、エンヴィナテ。大学時代の同級生4人が立ち上げたボデガで、スペインの4つの生産地で、ワインを造っています。
アルフォンソ・トレントが担当するガリシア地方のリベイラ・サクラと、ロベルト・サンタナが担当するカナリア諸島からです。彼らはそれぞれの地域にある特別な畑を選び抜き、その可能性と特徴を最大限にひきだし、ピュアで真正な味わいのワイン造りを目指そうとしています。ガリシア地方にあるリベイラ・サクラは、モーゼルと同じほど急峻な畑で、カナリア諸島も同じく、樹齢の高い自根のブドウが残っています。
昨年10月29日、マドリッドで行われた試飲会会場を訪ねました。涼やかな果実味をもち、まっすぐな味わいにすっかり魅了され、翌日車で4時間余りかかってリベイラ・サクラを訪ねました。その間さまざまな面白い話を聞きましたが、一番面白かったのが2週間前に行われたブラインド・ワイン・コンテストで優勝したこと。アルフォンソとロベルトの2人は、ラ・ルヴュ・デュ・ヴァン・ド・フランス主催の18か国が参加したブラインド・ワイン・テイスティングに、スペイン代表4人チームとして参加し、二位のベルギー、三位のスエーデンに大差をつけて優勝しました。どうやらアルフォンソは、ブラインド・テイスティング・コンテスト荒らしのようで、ネットを調べるとさまざまなコンテストで賞金を獲得しています。しかしながら、世界のワインに通じる彼らが、目指したのは、優れた畑からの純粋な味わい。美しい調和を備えながらも、骨格があり、ピュアなワインです。
その後、マドリードでワインショップを営むセザール・ルイスを訪ねました。ラシーヌの前身であるル・テロワールでは、2001年にリッカルド・パラシオスの紹介で、ラウール・ペレスのワインを日本に初めて紹介していました。セザールは、そのラウールが率いるプロジェクトの一員でもあります。ボーヌの醸造学校を卒業後、パリのカーヴ・オジェで働き、才能を見込まれてマドリードのラヴィーニァのマドリッド店の仕入れ担当者となり、長年ラヴィーニァを支えてきました。数年後、有名銘柄を中心に扱う仕事から、自らの望むワインと仕事をすべく、マドリッドにLa Tintoreria Vinotecaを開き、フランス、イタリアを中心とするファイン・ワインの輸入販売を始めました。もちろん店には、彼の目利きによるスペイン中のファイン・ワインがあふれています。
そんなセザールが、これまでの経験を生かし、日常楽しめる控えめな味わいのワインを造り始めました。マドリード近郊にある、サラマンカ地方は標高が高く、乾燥して、寒暖の差が激しく、ゴブレで栽培された自根の古い畑が残っています。色淡く、花のような香りで、かつきちっとした美しい味わいです。
≪料理便り:スペイン料理に首ったけ≫
それにしても、スペインは美食の王国です。昨年3度スペインを訪ねて、食材の力強さ、文句なしの美味しさに何度も感動しました。
クロード・クルトワからこんな話を聞いたことがあります。「フランスでは、一昔前は地方に行けば、その土地のおいしい料理が食べられたが、最近は、フランス中どこも調べた上で、特定の店に行かない限り、美味しい料理に出会えなくなってしまった。それは、国全体の食の質が落ちていることを意味する。イタリアでは、特別調べなくても、とても料理がおいしい。野菜も、肉も、大変質が高いのに驚いた。」クロードは、2005年にヴィラ・ファヴォリータでのラ・ルネッサンス・デ・アペラシオンの催しに、ルカ・ガルガーノに招待された際、クロディーヌと一緒にイタリアを旅しました。じつは、このあたりから、フランスに多大な影響をうけて、イタリアにおける自然なワイン造りが本格的に始まったのであって、日本で伝えられている話しには、事実の間違いがあるのですが、それは余談です。
さて、そのイタリアも最近は、わざわざ選んで行かなくては、ちゃんとした料理に出会えなくなっています。ところが、スペインでは大きな驚きの連続でした。シックな洗練されたレストランから、街の小さな食堂にいたるまで、素材が素晴らしく、温かみを感じさせる、細やかな感覚で仕上げられた料理は、素朴で完成度が高い。料理が大地につながっているかのように感じながら幸せな食事を楽しみました。あるバルでは、「僕らのアイデンティ」と書かれたメニューがあり、生みたて2日以内の卵でつくられる、真ん中がとろとろのジャガイモ・オムレツ、しっとりとした滋味あふれる豆料理や赤ピーマン、手間をかけてつくられる極上のイワシのマリネ、豚肉の別格なおいしさ。お店のオーナーも、カウンターにいるマネージャーの方も年配の方で、話し方が感じよく、仕事が楽しくてしかたないという様子で、とても楽しい時間でした。食事を楽しみながら、サンティ・サンタマリアのインタビュー記事を思い出しました。
バルセロナのトレ・ポルケにて、この日のグラスワインは、ルカ・ロアーニャのドルチェット2013
バルセロナに近いサン・セロー二村のRestaurant 『El Raco De Can Fabes』のシェフだったサンティは、エル・ブジの料理を批判したことで知られています。季節ならではの地元の食材を生かし、正確な火入れで焼き上げる典型的な「テロワール」(大地)の料理と評価されていましたが、残念ながら心臓麻痺で54歳で亡くなってしまわれました。いつか行きたいと、ずっと思っていたのですが、スペインに通い始めるのが遅すぎました。辻調理師学校のホームページにインタビュー記事が載っていますが、私はそこに書かれていることを読むと、スペインで食べた各地の料理が次々と目に浮かんできます。
先日あるジャーナリストに「カタルーニャ料理で一番好きなのは何か」と質問されたので、「春の野生のアスパラガスを使ったオムレツ」と即答しました。やはり市場の料理、季節の素材の料理こそ最も素晴らしく、私はそうしたものの価値を今も信じているのだと、改めて感じました。
でも実際にはどうでしょう?もし私が非の打ち所の無いアスパラガスのオムレツを作り、お客様に出したとすると、それがどれほど素晴らしいオムレツであったとしても、お客様は「わざわざアスパラガスのオムレツを食べに高級レストランに来たのではない」と仰るでしょう。
どうして非の打ち所のないアスパラガスやトリュフのオムレツを高級レストランで食べることが人々にとって喜びにならないのでしょう?それはきっと”クリエーション(創造)”ではないと思われるからではないでしょうか?最高品質の卵を使い、本物の旬のアスパラガスをフライパンで炒めておき、完璧な塩加減で作られた究極のオムレツ。どうしてそれに感動しないのでしょう?
現代の人々は野生のアスパラガスのオムレツがまさに料理のクリエーションそのものであることが理解できないのです。
●10年ほど前から料理人とお客の間に遊びがなくなってきて、お客が皿の上に求めるのは商品になってきています。
その通りです。でもどうしてオムレツでは駄目なのでしょう?
・・・・・・ ここで注意していただきたいことは現代の料理人にとってのリスクとは、複雑で凝った、写真向きの料理を作ることではなくて、その土地に伝わってきた、素朴な料理をることだということです。なぜテロワールに根ざした料理を作ることがリスクになっているかというと、常に「新たな」料理を求めるメディアの影響があるからではないでしょうか。そして、メディアなしには自分の存在を認められないと思い込む傾向があるからではないでしょうか。「みんな料理に刺激をもとめすぎた結果、感覚がマヒしていないだろうか。食べ物は神聖なものなんだよ。食べ物で遊んじゃいけない」と述べています。
サンティさんは亡くなられましたが、まだまだスペインには素晴らしい食の世界が残っています。ステーキ・レボリューションに登場する世界一のステーキは、スペインのルビア・ガレガ牛(パラシオスのあるビエルソから1時間ほどにある、ヒメデス・ハムス村で育てられる巨牛)です。バルセロナ、マドリッド、ビルバオ近郊では素晴らしいセレクションのワインを楽しむことができます。
さて、以上のように、昨年秋はスペイン漬けでした。今回ご紹介しきれなかったワインも、順にご紹介してまいります。いずれのワインも素直で純粋さに満ち、複雑さを備えたファイン・ワインです。ラシーヌが選ぶ、私たちが好きなスペイン・ワイン、ご一緒に是非お楽しみください。
合田泰子
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