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ドイツワイン通信Vol.52

リースリングとデトックス

 このところ寒い日が続いている。去る1月18日に東京で積雪があり、交通機関に大きな影響が出たことは記憶に新しい。奇しくも同じ18日とその翌日、ドイツ各地のワイン生産地域でアイスヴァインの収穫が行われた。樹上で凍結したブドウを収穫し圧搾することが法律で決められているアイスヴァインは、早朝の気温が最も下がる頃合いに収穫される。2015年は夏の暑さと乾燥で果皮が厚く、秋の晴天で黴や腐敗が抑制されて状態の良い畑が多かったため、例年よりも多くの生産者がアイスヴァインの収穫に賭けて一部のブドウを残しておいた。しかしブドウの凍結に必要な氷点下7℃以下の寒気はなかなか訪れず、1月上旬にあきらめて貴腐ブドウとして収穫したり、地面に捨てた生産者もいたという。18日にようやく訪れた寒気は所により氷点下11℃に達し、2012年以来のまとまった量が収穫されたとDWIドイツワインインスティトゥートは報じている。(http://www.deutscheweine.de/aktuelles/meldungen/details/news/detail/News/eiswein-kroent-den-jahrgang-2015/

  アイスヴァインは寒気が厳しいほどブドウの水分がしっかりと凍結して圧搾機の中に残り、糖・酸・ミネラルなどの成分が凝縮されるので濃厚な果汁が得られる。一方、近年の温暖化の影響がアイスヴァインの収穫を難しくしているとはよく指摘されているが、それには二つの理由がある。一つはブドウの凍結に必要な寒気が訪れにくくなっていること。アイスヴァインは貴腐ワインと異なり腐敗の無い、出来るだけ健全な状態で凍結した房が望ましいので、なるべく早い時期に強烈な寒気が訪れた方が良い。二つ目の理由は秋の気温と湿度が上昇し、ブドウが傷みやすくなったことが挙げられる。例えば2013年と2014年は収穫期の雨と暖気で黴と腐敗が広がり、寒気はもとより完熟を待つことさえ困難だった。収穫量が少なくて既に傷んでしまっていては、アイスヴァイン用に房を残しておく余裕は無い。また歩留まりが悪く、普通に圧搾した場合に比べて5~10%の量しか果汁が採れない。そんな訳でこの北国らしい製法のワインは年々貴重になりつつある。(ご参考までに、アイスヴァインについてはヴィノテーク誌2006年1月号に詳細にレポートしていますので、もし出来ればご参照下さい。)

 

リースリングの健康効果

  さて、ワインが健康に良いと言われて久しいが、最近はドイツ産リースリングの健康効果が注目されているという。その発端となったのは昨年11月18日にフジテレビ系列の昼の生番組「バイキング」で、アンチエイジング医学の専門家として知られる横浜クリニック院長の青木 晃医師が出演した「腸内フローラを整える最強の飲み物『白ワイン』 便秘解消・美肌・ダイエット 名医が教える選び方・飲み方」というテーマのコーナーで、ドイツ産リースリングが白ワインの中でも最も効果的と紹介されたそうだ(http://www.fujitv.co.jp/viking/week151116.html)。

  それによれば、白ワインは有機酸を多く含み、アルコールとの相乗効果で悪玉菌を殺菌するので腸内フローラのバランスが整えられて便秘を解消する。便秘が解消されると腸内の老廃物や毒素が排出され、ニキビや肌荒れも解消する。さらに利尿作用のあるカリウムを含むので、体内の不要な水分を排出し、むくみも解消されて痩せやすい体質になる、という。

  そして便秘解消に良い白ワインを選ぶポイントは、「敢えて酸味を残す製法」で造られるリースリングがお勧めで、それも寒い産地の方がブドウが熟しにくいので酸っぱいワインが出来やすく、殺菌効果の高いワインが多く造られる。だからドイツ産が良い。また、飲めば飲むほど便秘の解消には良いが、飲み過ぎると肝臓に負担がかかるため、一日にワイングラス2杯(200ml)がお勧めだそうだ。

  この番組のことは、今年再開されるDWIドイツワインインスティトゥート日本支部の松村由美子氏から、先日のリースリング・リング新年会で聞いて初めて知った次第だが、調べてみると、美容と健康を話題にするいくつものブログで、番組で取り上げられたことが盛んにまとめられていた。デトックス、美肌、アンチエイジング、痩身、便秘解消と良いことづくめのドイツのリースリング、なのである。

  個人的にはワインは健康によいかどうかよりも美味しいかどうかが関心事なので、白ワインはもとより赤ワインの健康効果も全く気にして来なかった。否、むしろ邪道として距離を置いてきたのだが、考えてみると、ワインに普段あまり興味の無い人々に、ドイツ産リースリングを試してみようかな、と思わせるには効果的なツボを突いているかもしれない。何しろこれまで一部の酸フェチ(=ドイツワイン好きの中でもとりわけ酸味を愛好する者)には評価されても、往々にしてペトロール香(これも誤解のひとつなのだが)とともにリースリングを苦手とする人々の言い訳になっていた酸味が、180度方向転換して圧倒的な長所として脚光を浴びることになったのだから。これは日本のドイツワイン市場におけるコペルニクス的転換と言っても過言ではないかもしれない。

 

古くて新しい白ワイン健康法

  もっとも、白ワインの健康効果についての指摘は目新しいことではなく、既に1998年、日本の赤ワインブームがピークに達した年にメルシャン酒類技術センターの佐藤充克博士が酒類専門誌WANDSで詳細に語っている(http://www.wine.or.jp/wands/1998/3/alacarte.html)。それによれば (1) 白ワインは大腸菌やサルモネラ菌に対する抗菌力が高く、赤ワインよりも即効性がある。なぜなら白ワインの方が赤ワインよりも有機酸が多くてpHが低いからだ。(2) ワインにはカリウムが多く含まれるので利尿作用があり、新陳代謝が良くなるので痩せやすくなる。(3) 白ワインにはカルシウムとマグネシウムが同程度にバランス良く含まれているので骨粗しょう症に効果的。有機酸が多くてもカリウムなどが多く含まれているのでワインはアルカリ食品に属する。これは酒類の中ではワインだけの特性である。(4) 酒石酸やリンゴ酸など有機酸含有量が多い白ワインを摂取すれば、腸内のpHが少し下がり、悪玉菌が死ぬが善玉菌には影響しない。腸内細菌群のバランスが良くなるので大腸がんを防止出来る。大腸がん防止で一番良いのは便秘をしないことなので、有機酸の多い白ワインを飲んでいると体内の発がん性物質が少なくなる。(5) 一日に飲む適量はアルコール総量で10~30g、ワインとしてなら100ml~360mlなので、二人で1本が適量。毎日飲むのが一番良い。また、30gのアルコールは4時間強で体から抜けるので二日酔いにもならない。食事と一緒に飲んだ方がアルコールの吸収が抑えられ、血中アルコール濃度は約半分になる。そしてアルコールのエネルギーは糖と違って蓄積されず、熱になって発散されるのでカロリーとして残らない。従って少量の寝酒は問題ない、という。

  毎日欠かさずワインを飲み続けている身としては日頃の行いのお墨付きを得たようで、佐藤博士の指摘はとても魅力的な情報ではあるのだが、語っている内容は上述の青木医師とほぼ共通している。ただ、青木医師の方がわかりやすく論点を整理しており、しかも佐藤博士が白ワイン全般を対象にしているのに対して、青木医師はドイツのリースリングをピンポイントで推奨している点が新しい。

 

リースリングは酸っぱいか

  ただ、私は番組を見ていないので、もしかすると放送では十分に説明されていたかもしれないが、公式サイトの要約にある「敢えて酸味を残す製法で造られる」リースリングという表現と「寒い地域の方が熟しにくく、殺菌効果の高い酸っぱいワインが多く造られる」のでドイツが良いという指摘について、及ばずながら少しだけ補足させて頂きたい。

  ドイツのリースリングは一般に伝統的な木樽(容量1000ℓ以上の大樽)かステンレスタンクで醸造されるが、果汁のpHが低く(3.0~3.2)、かつセラーの温度が低い(10℃前後)ので、微生物の活動が抑制されて乳酸発酵が起こりにくい。そのためリンゴ酸が分解されずに酸度が高く保たれることが多いのであって、「敢えて」酸味を残すのではなく自然に残るのだ、と言うことが出来る。もっとも醸造家も乳酸発酵したリースリングの香味を不自然として嫌う傾向があるので、人為的に酸味を残していると見ることもできる。

  また、ドイツ産リースリングの持ち味は酸っぱいのではなく、甘味と酸味、そして冷涼な気候で長期間かけて果実に蓄積されたアロマとミネラル類の調和にある。確かに酸度は乳酸発酵を行うブルゴーニュなどのワインに比べれば高く、それが時としてキリリとして引き締まった印象を与えることはあるが、良い生産者は丁寧に栽培して忍耐強く完熟を待ち、必要なだけ時間をかけて醸造することで、角のとれた熟した酸味を得ている。熟した酸味とは未熟な果実の薄っぺらく尖って刺激的な酸味ではなく、完熟した柑橘類やリンゴにあるような甘味を引き立てるまろやかな酸味である。また、収穫量を低く抑えたリースリングは、例えばザールの粘板岩土壌のワインのように、豊富に含まれるミネラルが酸味に複雑なニュアンスを与えて土壌の個性を表現する。確かにドイツのリースリングは他の生産国のワインよりも酸味が明瞭でフレッシュに感じられることが多いかもしれないけれど、それはレモンや梅干しのような口をすぼめたくなる酸味のあるワインではない。控えめなアルコール濃度で軽く繊細で生き生きとして味わい深い、冷涼な産地ならではの魅力に満ちたワインである。

 

 とはいうものの、デトックスやアンチエイジング、便秘の解消や美肌・痩身・癌の予防という観点からドイツ産リースリングを試してみようという人が増えるなら、それは歓迎すべきことだと思う。かつて1990年代に赤ワインの健康効果が注目されてブームとなり、やがて辛口ワインを食事にあわせて飲む習慣が日本でも広く定着したように、ドイツ産リースリングの健康効果をきっかけに、ドイツワインを見直す動きが広がれば良いと思う。

さて、今夜もデトックスとアンチエイジングに励むとするか。

 (以上)

北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。

 
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